第209話 熊煮られて夕食に、ワゲニはしゃもじで飯よそい、鍋の出来上がりを待つ

 Side:ポイント・ジーグ


 フォレストベアとその量産型、合計十隻の船が一直線にポイント・ジーグへ突き進む。美しく整った編隊飛行をするでもなく、敵からの攻撃に即応出来るような陣形を組むでもなく、ただただ船のジェネレータをガンガン回し、整備不良で悲鳴を上げるエンジンに無理矢理火をくべて、何も考えず宇宙を駆けている。


 いや、考えてはいる。それは夢想とか幻想とか、あるいは妄想と呼ばれて切り捨てられるような、現実を見ていないファンタジーであったが……


『前方に六足確認!』


 同士からの通信に、アンバーは大きく口を開いて獰猛な笑顔を浮かべる。


「エネルギーが続く限り倒し続けろっ!」

『『『『はっ!』』』』

「後続に残してやる必要はないからな! 食い散らかせっ!」

『『『『はっ!』』』』


 フォレストベアのエンジンが咳き込むような音を出しつつも、加速を続け、量産タイプを置き去りにして突出する。


「くらぇっ!」


 フォレストベアの特徴的な船首、熊の鼻に見えなくもない部分に設置された近接牽制用のブラストガンのトリガーを引き、まるで宇宙を走るように移動する不気味な六足、無数の不揃いな腕を持つキメラの胸板を激しく叩く。


『GYUGUAUGAAAAA……』


 子供がかんしゃくを起こして地面に叩きつけた歪んだ球体のような頭部、法則性のまるで感じさせない無数の目がめちゃくちゃに貼り付けられたようなそれが、鬱陶しそうにアンバーのフォレストベアを睨む。


『アンバー様に続けっ!』

『『『『おうっ!』』』』


 アンバーの仲間達が、編隊などまるで意識せず、各々が好き勝手に速度すら合わせず、接敵したワゲニ・ジンハンへ、船体後方に銃口の向きを固定されたレーザーキャノン三門で攻撃を加えた。


『GYUGUAUGAAAAA!』


 狂った抽象絵師の描いた悪夢のようなキメラが、今明確に自分の周囲をぶんぶん羽音を立てて飛ぶ小さきモノを、敵として認識した。


「まずは景気付けに、お前の首を寄越せっ!」


 アンバーは気付かない。自分達最大の攻撃力を誇るレールガンですら、六足の薄皮すら傷つける事が出来ていない事を。六足の後方にの明らかに姿が戦闘向きに洗練された存在が迫って来ている事を。何より、フォレストベアの機体状態を示すモニターにアラートマークが激しく点滅している事をまるで気付いていなかった。




 ○  ●  ○


「あれは何をやっておるんだ?」

「ぬふっ、こちらを歓迎しているのでは?」

「いや、あれはあれで我々を攻撃しているんだ」

「「……馬鹿なのか?」」


 しゃもじの様な形をした艦船の最先端、船首に仁王立ちするメ・コム、ア・ザド、ク・ザムは、望遠機器を完全に凌駕する視力でもって、遥か前方ポイント・ジーグの入り口付近で行われている戦闘を眺めながら、呆れた声を出す。


 宇宙空間でフィールドに守られているわけでもなく、個別に生命維持に必要な装置を装着しているでもない、完全生身の状態で宇宙空間に存在し、どのような手段でもって音声を響かせているのか理解不能な能力を使って、空気無き世界でのんきに会話をしている。


 そもそもからして、六足のワゲニ・ジンハンの動きから分かるように、こいつらは宇宙空間を普通に歩くし普通に走る。なんなら真空空間であるのにも関わらず呼吸すらしている……ミッションで散々戦ったプレイヤー連中からして、、と割り切るしかなかった珍生物、それがこいつらである。


「おお! あれは懐かしい。どこぞのプロ気取りな臆病者の船ではないか!」

「ふぅむぅ? おーおー、思い出しましたぞ! 下級兵士を殺していきり倒して、我らに手も足も出なくて、見苦しく命乞いをした、あの汚らわしい毛皮の船ですな!」

「ふん、随分とボロボロになったじゃないか」


 六足の下級兵士にちまちまと攻撃を仕掛けては決定打とならず、逆に無傷な六足の数が増えて、対応できず追い詰められていく。そんな様子に三神将は、心底見下した表情で嘲笑う。


「ぬぅふっ! 諦めきれず戦い続けているのですかな?」

「さぁな。以前ならば相手をしても良いと思える腕前だったが……何だあれは」

「話にならんな」


 連携もしなければ、協力もしない。本当にただそこで好き勝手に飛んでいるだけの状態の十隻を見て、三神将は見る価値も無いと視線を奥へと向ける。


「ふむ、あちらはまだ楽しそうではあるぞ」

「ああ、確かに美しい」

「ぬふぅっ! 実にいいですなっ! 股間にビンビン来ますぞっ!」

「「その例えはやめろ、気持ち悪い」」


 三神将の目に、基本に忠実ながらも攻撃的な配置、陣形で足並み揃えてポイント・ジーグへ向かう艦隊の姿が見える。


「あっちが本命だな」

「なるほど、ならあれは鉄砲玉、囮か」

「ぬふぅ、囮にしては拙いのでは?」

「捨てても良い戦力なんだろ」

「ぬふぅっ! 勝利の為ならば切り捨てを行えるっ! ふほぉっ! なかなかどうしてっ! 腐れ生命体なのになかなか見所がありますなぁっ!」

「「だから一々興奮するなっ!」」


 興奮し過ぎて、腰をカクカク動かすア・ザドに、他二神将の拳が叩き込まれる。


「はあ……こいつが神将の一角なのがどうしても解せぬ……四足、五足、六足よ! あの憐れな囮を潰せっ!」


 疲れたように首を振りながら、ク・ザムがやや投げ槍な指示を飛ばすと、周囲のしゃもじ艦船の先端が口のように開き、四足、五足、六足の化け物が放出される。


「簡単に捻り潰されてくれるなよ?」

「せめて我らを楽しませる抵抗はして欲しいものだ」

「来ましたぞっ!」

「「だからおっ勃ってるなっ!」」


 宇宙空間を激震させる衝撃が伴う拳が再びア・ザドの頭部にめり込む。それが開戦の合図になったように、しゃもじ艦船から謎のレーザーがア・ソ連合体の艦隊へ向けて放たれた。




 ○  ●  ○


「くっ!? 何故だっ!」


 アンバーは必死に六足へ密着し、ひたすらブラストガンで攻撃をしているが、六足へダメージを与える事が出来ないでいた。それどころか、フォレストベアの船体が不気味に振動を開始し、操縦桿の時おり抜けるような感覚と共に、船のコントロールが利かなくなる瞬間が度々起こり、シールドのエネルギーを派手に持っていかれる直撃を何回か食らっている。


『アンバー様! 敵後方から高密度エネルギー反応っ!』

「ちっ!」


 支援砲撃が来たと勘違いし、六足が密集している場所へ頭から突っ込み、拙い操縦技術で、そこをギリギリ抜ける。だが目に入って来たのは、自分達を完全に無視して後方へと飛翔するグリーンの光だった。


「どこを狙っているっ! 千載一遇の、英雄たる俺を殺せるチャンスを! みすみす捨てるとはなっ! はっ!」


 げに恐ろしきは、この追い詰められた状況で、アンバーはまだ自分が優勢であると疑いもしていない事か。彼の仲間達は徐々に夢から覚め、自分達が担ぎ上げた存在が、とんでもない狂人だと気付き初めているのに。


『アンバー様! 一旦撤退を! そろそろエネルギーが限界です!』


 このままだと不味い、そう理性的に判断をしたアンバーの右腕を自称していたビットは、なるべくアンバーの機嫌を損ねないように注意しつつ進言する。


「はっ! 何を言う! まだ敵を倒していないぞっ! 臆病風に吹かれたかビットよっ! そんな事ではこの英雄アンバーの右腕とは呼べんぞっ!」


 ああ、これはもうダメだな。ビットはアンバーの言葉を聞いて完全に夢から覚めた。


『そうですか、アンバー様はそのまま敵を倒し続けて下さい。自分はそろそろエネルギーが限界なので、に戻ります』

「ふんっ! ならばお前が右腕を自称するのも今日までだっ! この臆病者がっ!」

『申し訳ありません。俺と共にに戻る者は続け! 帰るぞ!』

『『『『は、はいっ!』』』』


 アンバーの言葉に感情を感じさせない冷たい声で返事を返したビットは、ズタボロで何とか飛んでいるという状態の僚船に通信を入れると、アンバーを完全にダシに使って上手い事混線状態の空間から抜け出した。


『このまま本隊へ向かう……受け入れてくれないだろうがな……その時はこのスクラップを担保に助けてもらうか』

『あ、あの、あのままで良いんですか?』

『自殺に付き合いたいのなら止めないぞ?』

『い、いえっ! ビットさんの指示に従いますっ!』


 ビットは仲間の言葉に視線を戦場へ向ける。そこでは狂人が無数の化け物達のおもちゃにされながらも、ひたすら考え無しにレーザーと虎の子の共和国から流れてきた高性能爆薬のミサイルをばら蒔いていた。


『……それでも勝ってるって思ってるんだろうなぁ、アレ……』


 ビットは呆れ果てながら、一直線に本隊へ合流するルートを進む。その後は一切、アンバーの事を気にする事無く、ただひたすら安全な場所を求めて飛び続けたのだった。




 ○  ●  ○


「超長距離射撃ですっ!」

「ジェネレータ回せ、全艦全力防御姿勢を取るように指示」

「了解!」


 ア・ソ連合体守備艦隊旗艦ネフィリムの艦橋で、ベネス・アラバマ・クマは冷静に指示を飛ばす。ブラウンに排除されないよう、目立たず騒がず、常にほどほどのポジションで凡庸を演じ続けてきた秀才は、実に冷静に戦場を見ていた。


「六足以外もいる、と」

「五足とか四足とか、そんな記録ありましたか?」

「……」


 観測機器を使った望遠映像に映る四足と五足の化け物に、ブリッジクルーの士気はだだ下がりだ。六足の姿より洗練されていて、何より明らかに戦闘向きな体型をしている。あんな訳の分からない化け物と戦うなんて、と誰もが思っていた。


「開祖クマの記録によれば、二足の最上級種がいるらしい」

「え?」

「調子に乗って、喧嘩を売ったらボロクソにされて負けたらしい。そこで命乞いをして隙を見て逃げ出し、その後は嫌がらせを意識するような戦いへシフトして、ワゲニ・ジンハンの軍勢の邪魔をしていたらしいな」

「……な、何を言って?!」


 ベネスは鼻で笑い、面倒臭そうにボリボリ頭を掻く。


「開祖クマは聖人でもなければ偉人でもない。彼はただ単純に、喧嘩に負けた腹いせをずっと死ぬまで続けていた、ただの狂人だ」

「う、嘘ですよね?!」

「四部族どころか五部族の族長すら知っている事実だぞ? ニカノール様がご存知かどうかは知らないがな」

「……マジですか」


 開祖クマに対する美化というのは、開祖クマ自身が仕込んだ事だ。何よりベアシーズ九部族の不和を仕込んだのも、成人の儀式の無能どうこうを取り入れたのも開祖クマだ。彼が介入して良かったとされている事は、お土産のいきなり団子の味くらいだろう。


「それでもワゲニ・ジンハンは止めなければならない。あいつらは完全に殺戮者の集団だからな」


 緑色のレーザーが迫ってくるのを見て、ベネスはやれやれと肩を竦める。族長という立場になって、もう面倒事しか近寄って来ないのだから、本当に憂鬱だ。


「レーザー来ますっ! 各員対ショック防御!」


 シールドにレーザーが直撃し、船体を激しく揺らす。


「さて、面倒だが、仕事は仕事。やりますか……ジェネレータ全開、艦隊最大船速、一気に射程距離まで詰める。射程距離に入ったら、一斉に艦砲射撃」

「了解!」


 本当、厄介な事ばかり残してくれる。開祖クマのやたら美化された銅像を思い浮かべ、ベネスは忌々しげに奥歯をギリリと鳴らすのであった。

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