第211話 怒涛 ①

 Side:ア・ソ連合体守備艦隊


 ア・ソ連合体守備艦隊は極端な編成に片寄っている事で有名である。その大艦巨砲主義増し増しなラインナップは、周辺国からはどちらかと言えば脳筋的見方をされてしまうのだが、これは彼らが長年こなしてきた戦いから学んだやり方であるので致し方がない。


 彼らが勝手に宿敵認定した上で、勝手に世界を救っていた伝統行事、ワゲニ・ジンハンとの戦いは、まさに火力こそジャスティス、力こそパワーがモノを言う世界だった。大艦巨砲主義が極まるのも致し方なし、といった感じだ。


「ネフィリム主砲準備」

「艦隊! 雪崩アバランチ準備!」

「アパム艦接続」

「全艦! 集中砲火! よぉーいっ!」


 大艦巨砲主義が極まった影響で、軍艦に他国では見られない独自色が産まれた。他国では戦艦に分類される大きさの軍艦が、連合体では種類が三つ程増える。


 ジェネレータと超大型主砲とを直結したようなブラスト型。普通の戦艦タイプであるネフィリム型。ブラストとネフィリムが使用する弾薬、予備ジェネレータだけを積み込んだアパム型の三つだ。


 連合体では主に、この三種類の戦艦を用いた遠距離砲撃主体の戦い方がデフォルトである。連合体の敵は完全にワゲニ・ジンハンオンリーという考えである為、ワゲニ・ジンハンに通用する戦術、戦略しか持ち合わせていない。


 連合体代表ニカノール・ウェイバーが常に頭を悩ませている問題の一つでもある。


「守備艦隊一斉射」

「了解! 全艦てえぇぇぇっ!」


 だが、長年六足相手にこれ一本で戦い抜いて来た実績もあり、確かにワゲニ・ジンハンには有効な戦い方ではある。そう、相手には。


「ワゲニ・ジンハン、ポイント・ジーグに展開中の六十パーセントが消滅!」


 いつも通りに戦い、いつも通りに戦果を出している。その事に旗艦ネフィリムの艦橋に安堵感と歓声が広がったが、ただ一人冷静にモニターを睨み続けていたベネスは、危惧した通りの現実を目撃して、力一杯キャプテンシートの肘置きを殴り付けた。


「砲撃の手を緩めるなっ! 砲身が溶けるまで射ち続けろっ!」

「っ?! りょ、了解!」


 それまで感情を表に出さず、どこまでも沈着冷静、機械なんじゃないか? とすら思っていたベネスの叫びに、オペレーター達はすぐに我に返って、その現実を目撃した。


 五足のワゲニ・ジンハンは負傷をしているものの健在、四足に至っては完全無傷、そしてそいつらは迫ってくる速度を全く緩めずに、巨大な津波のようにこちらへ向かって来ているという現実を……


「ルバウムとネルウルを下げろ! 下げた艦はミサイルを中心とした攻撃に切り替え! アパムはガンガンジェレネータを回せ回せ回せ! エネルギー結晶がここで尽きても構わない! 全てを注ぎ込めっ!」

「りょっ了解っ!」


 牙を剥き出しに、鬼気迫る表情で叫ぶベネス。それはブラストに乗艦する新族長も同じであった。


 連合体守備艦隊の編成は、先頭にネフィリムが旗艦として鎮座し、そのやや後方にブラスト型が横並びに展開される。そしてネフィリムとブラストを補助するアパムが一塊となって、ネフィリムとブラストの中間くらいに置かれ、そのアパムを守るように連合体重巡洋艦ルバウムと巡洋艦ネルウルが配置される。


 ネフィリムに艦隊総司令が乗艦し、ブラストとアパムに副総司令が、ルバウムにも独自指揮系統として守護指揮官という役職が乗り込む。これが連合体守備艦隊の指揮系統概要である。


 今回の場合だとネフィリムにアラバマのベネス、ブラストにグリズリーのレッズ、アパムにヒグマのブッチ、ルバウムにムーンベアのザンダがそれぞれ乗艦し、特にレッズが現状の不味さに必死で足掻いていた。


「レッズ様っ! エネルギー伝達系にイエローアラート!」

「なんとか緊急処置で誤魔化せっ! 他のブラストはどうかっ?」

「二番、三番、動力系統に不調! 四番、五番はこちらと同じく伝達系に不調! 六番はジェネレータが落ちたとっ!」

「くそっ! 族長なんぞになるもんじゃねぇっ! これなら前の族長に懲罰として乗せた方が良かったぜっ!」


 ブラスト一番艦に乗艦するレッズは、だらだら流れる冷や汗を腕で拭きながら、表情を歪ませモニターを見上げる。こちらの全力砲撃をまともに食らっている四足のワゲニ・ジンハンが、まったくノーダメージで走ってくる様子に、心と体が恐怖でおかしくなりそうだった。


「ベネスが総司令じゃなければ、もう崩れてたぞ、これ……」


 今回の騒動で新族長となった若者達は、実は元々とあるグループとして活躍していた。それはネットワークギルドの戦闘部門、宙賊狩りを専門としていた上位ギルドメンバーである。


 ベネスがリーダーとして、彼の補佐をレッズとブッチが、三人が煮詰まらないように時々ザンダが茶化す、そんなまさしく戦友と言った感じのグループだった。なので、族長となってからも、お互いに助け合おうと誓い合い、腐りに腐った四部族の建て直しの第一歩としてこの戦場へとやって来た訳だが……


「……こりゃぁ、生きて帰れねぇなぁ……」


 ギルドメンバーとして宙賊相手にドンパチやってた頃にも、それなりに修羅場というのは体験してきた。だが、今の状況に匹敵するような修羅場は、ちょっと記憶に無い。


「ルバウム! ネルウル! ミサイル全力攻撃! ネフィリム前に出ます!」

「……はあ、分かってるよベネス……ここを抜けられたら、もうそこはア・ソまで阻むものが無い……ここを抜けられたら仕舞いだってのはさ……やっぱ、戦いの前にプロポーズは縁起悪かったなぁ……」


 結婚しようと結婚腕輪(ベアシーズは指が大きいので、指輪ではなく腕輪)を渡した、涙を流して喜び笑う婚約者の顔を思い出し、レッズは大きく息を吸い込む。


「生きて帰るぞっ! メカニック! 済まない! 死ぬ気で直せっ!」

『りょっ了解っ! 頑張りますっ!』


 まだ生きている。まだ心臓は動いている。なら死ぬまで足掻き続けよう。レッズは気合いを入れ直し、ネフィリムに続けと号令を下した。


 アパム乗艦のブッチも対応に追われていた。


「補助ジェネレータが火を噴きそうです!」

「分かってる! それでも踏ん張れっ! メカニック! ここを乗り越えれば英雄としてモテまくりだぞっ!」

『へへ、そいつは魅力的ですぜ! 部品を持ってこい! 絶対直すぞっ!』

「弾薬が持ちません!」

「構わん! 全部放出しろっ!」


 遠距離からの砲撃では効果的なダメージとならない、そう判断したのだろうネフィリムが前進を開始したのを見て、ブッチはギャリリリィと歯を鳴らす。


「クソ化け物が」


 ネフィリムの砲撃も、ブラストの砲撃も、ルバウムとネルウルのミサイルも、全て四足には通用しない。なんとか五足が脱落し始めているのが救いではあるが、このままでは四足の接近を許し、こちらを蹂躙されるのが見えて来ていた。


 ワゲニ・ジンハンの攻撃能力は接近攻撃が主である。先程の超長距離砲撃には驚かされたが、あれは艦隊攻撃の一種だろうし、あの一撃以降の砲撃は行われていないから、連続攻撃には使われないだろうと安心して良い要素だ。ならばここで確実に四足は落としたい。


「こっちの近接攻撃なんて牽制用のタレットくらいしか無いからな。ルバウムとネルウルの主砲程度が、あのクソに通用する訳はないだろうし」


 ア・ソ連合体守備艦隊設立からの歴史上最大の危機を向かえているだろう状況に、ブッチは深い深い溜め息を吐き出す。


「誰だよ、今回の戦いの主導権をもぎ取って来たとか言った大馬鹿野郎は……」


 四部族を私物にしていた前族長四人の、ムカつく顔を思い浮かべ、恐怖と絶望に打ち克つ怒りを心に燃やし、ブッチは大きく息を吸い込み、気合いの一喝を入れた。


「絶対に生きて帰るぞっ! こんな馬鹿馬鹿しい事で命取られてたまるかっ! 全員で生きて帰って褒賞金をふんだくってやるぞっ!」

「「「「おおおおおおっ!」」」」


 戦いは気合いだ。絶望的な時程、最終的な部分での勝敗を分けるのは気持ちである。それはそれなりに長いキャリアとなったギルドメンバー時代に学んだ哲学の一つだ。ブッチはニヤリとふてぶてしく笑うと、悠然と腕を組み前進を命じた。


 艦隊の中で最も忙しく動いていたルバウムとネルウルだったが、指揮の中心であるネフィリム、砲撃の主軸であるブラスト、その二つを補助するアパムと違って余裕があった。


「ふむ、これはちょっと頭のネジが飛んでるかな?」


 ザンダは口に咥えた爪楊枝を揺らしながら、レーダーとモニターを見比べて呟く。


「はい?」

「いや、いろいろと忘れて皆が猪武者やってるからさ」

「何を言ってるんです? ここを抜かれたらっ?!」

「ア・ソまで一直線、だろ? 分かってる。けど皆、熱くなりすぎて忘れてるよね? ニカノール代表から言われた事を」

「え? ……あっ!?」

「思い出した? そう、一当てしたら状況を見て後退せよ、そう言われたはずだけど……ベネスでも戦場の空気にやられるってあるんだなぁ」


 沈着冷静、冷静が行きすぎて冷血冷徹野郎とまで言われた元リーダーのやらかしに、ザンダはやれやれと頭を掻く。


「あれでも緊張してたんだろうか」


 四部族でも一番腐敗が進んでいたアラバマ部族。その現状に歯噛みしながらも、成人の儀式を終えるまでひたすら空気となる事を強いていたベネス。成人の儀式後も何も出来ないと嘆き、それでもア・ソの為になるのならとギルドメンバーになる道を選んだ彼。ザンダは素直に格好良いな感動して、そんなベネスを追いかけて来た人物だ。


「ベネスにしては珍しく焦った、って事なんかなこれは」


 自分に出来る事、自分にしかやれない事、それだけを実直に行ってきた自分達のリーダーの、どこか思い詰めたような表情を思い出し、ザンダは苦笑する。そうやって煮詰まった時にこそ、末っ子ポジションな自分の出番だと。


「旗艦ネフィリムに通信。内容は、ニカノールさんが悲しんでるぞ、撤退すんべ、だ」

「りょ、了解しました」


 通信してすぐに旗艦からの転進命令が下され、ザンダはやれやれと首を振り、浮かべていた苦笑を引っ込めると真剣な眼差しでブリッジを一瞥する。


「俺達ルバウムはケツ持ちだ! もしろ撤退からが本番になる! 腹に力入れて気張れや!」

「「「「了解っ!」」」」


 むしろこっからが大変だろうけど、ザンダはその言葉を飲み込みながら、忙しなく陣形を変更する他のルバウムとネルウルへ檄を飛ばし続けた。


 こうして一人冷静であったザンダの指摘を受け、ア・ソ連合体守備艦隊は転進を開始したのでった。




 ○  ●  ○


「うむっ! 天晴れ! 天晴れなり!」

「ここで転進か。なるほど、あれには笑わせてもらったが、こっちがやはり本命かっ!」

「ぬぅふふふっ! 滾りますぞぉっ!」

「「もう突っ込まんぞ?」」

「そ、それはそれでゾクゾクしますぞぉ」

「「……」」


 妙な感じの性癖を目覚めさせつつあるア・ザドから距離を取りつつ、メ・コムとク・ザムは最大限の称賛を敵の艦隊へ送る。彼らの目には、最大火力をぶち込み、六足と五足を殲滅し、その戦果を確認してから一糸乱れぬ統率によって転進したように見えたからだ。


「だが四足には届かぬか」

「六足と五足は数合わせ、四足と三足こそ我らが配下、だからな」

「ぬふぅっ」


 そう、コザーラ・ミヒテにとって六足と五足は勝手に産まれてくる認識の、実は子供認定すらしていない存在である。コザーラにしても三神将にしても、本当の意味で仲間、兄弟、同士と認定しているのは四足からという事実を、ア・ソ連合体は勿論の事、実はタツローですらも知らなかったりする。


「我らが豊穣様がどんどん戦力を送って下さっている。六足や五足は回収せずとも良いか?」


 足元のゼロ足、タツローがグレイブと呼称した化け物の唸り声を聞きながらメ・コムがク・ザムに確認する。


「勝手に増えるだろう。四足と三足を最優先だ。まぁ、必要無いだろうけどな」


 敵艦隊の殿、激しくミサイルを飛ばしている軍艦へ食らいつこうとしている四足を見ながら、ク・ザムはにちゃりと笑った。


「次はこちらの攻撃を受けてもらおう」


 ア・ソ連合体の試練は続く――

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