第208話 状況は差し迫っても、僕らは元気です。(目が死んでる)
ポイント・ジーグに連合体を滅ぼす意志を体現したような、雲霞の如き軍勢が刻一刻と迫って来ている頃――
「おーれはたまなしぃーただのクマー♪」
「「「「おーれはたまなしぃーただのクマー♪」」」」
「いーつかあの子を振り向かせるぅー訓練だぁー♪」
「「「「いーつかあの子を振り向かせるぅー訓練だぁー♪」」」」
「走り込めっ!」
「「「「走り込めっ!」」」」
「走り込めっ!」
「「「「走り込めっ!」」」」
目の前に広がるどこぞの映画を思わせる光景は、時間加速装置イン拡張空間内部でのモノ。内容がまだ穏便で、あの映画ほどシモに振りきってないから、うん、まぁ許そうではないか……着実にクマー達の目がイキ始めているのに目をつぶれば、だけどね。
空間に関する技術革新目覚ましいライジグスで開発された、独立した小型ジェネレータに併設する形で亜空間を形成し、それの空間を固定した内部に超大型ジェネレータを設置する方法、というお前はどこの冥王計画の次元連結システムの応用だよ、との突っ込みが入りそうな事をさらっと実現した事で、ほぼ我が国でのジェネレータ容量重量問題は無視して良い事となった。
なのでエネルギー関係はほぼ無制限に使用可能となったわけだ。んでそれらの技術をフルに用いて製造された、この外宇宙移民船団用大型船、大きさこそ小型の交易ステーションくらいの大きさだが、その内部はとんでもなく広い。無尽蔵に使えるエネルギーのお陰で空間拡張しまくりだからね。
外宇宙へ旅立つ状態ではないから、拡張状態はデフォルト、だけどそれでも小さめのコロニー程度の広さはある。東京ドームに例えるならば五個分程度だろうか、あの例えもよう分からんけども。いや、コロニー建築技術者だったプレイヤーが小型コロニーの定義は? って聞かれて、東京ドーム五個分よりちょい大きい程度、って言ってたから、多分合っていると思うんだけど。
「可愛いあの子は俺のモノー♪」
「「「「可愛いあの子は俺のモノー♪」」」」
「今晩こそは決めてやるぅー♪」
「「「「今晩こそは決めてやるぅー♪」」」」
「つっこめっ!」
「「「「つっこめっ!」」」」
「ぶっこめっ!」
「「「「ぶっこめっ!」」」」
おっと、ついに品が悪い方向へ走り出したぞ。いやまぁ、精神修養の効果を高めるために真っ白い何もない広大な空間走らせる、なんて提案したその教官役がむしろ追い詰められてるって……自分から言い出した事だろうに……
「ちょっと心が爽やかになるような、自然豊かな高原にでも招待してやって」
「はっ、訓練空間のパラメータを調整いたします」
「お願い」
訓練空間を監視できる制御室に詰めているオペレーターが、苦笑を浮かべながらコンソールを操作すれば、まっちろ空間が軽井沢ぁ~的自然豊かな感じに切り替わる。まぁ、立体映像なんだけどね。
「お、正気に戻った」
教官役のレイジ君が、ハッとした表情で周囲を見回し、自分のやらかしに気づいたのか、勢い良く自分の両頬を叩いて首を振る。
「糞虫共っ!」
そのノリは続けるのね。俺はやれやれと苦笑しつつ、訓練に参加しているクマ達の簡易的なステータスを見える化したグラフに視線を向ける。
「こうして見ると、確かにアニマリアンつーのは元の肉体強度が高いんだなぁ」
「そうですね。素の状態で第一種強化調整に迫る能力はありますね」
「そりゃそうだ。ただの人間が、自然界の野獣に身体能力で勝てるなんて有り得ないからなぁ」
筋トレみたいな事をやりだした一団の様子を見つつ、今度は別のパラメータを表示させる。
「んでこっちは他五部族のステータス、と」
確かにアラバマを代表する四部族の若者らのステータスと比較すれば見劣りはする。だけど、四部族の選民的な思想を増長する程の差はあるか? と問われれば差異しかねぇ、って回答になる。つーかむしろ、多方面にいろいろ応用が効きそうな五部族の方が優秀なんじゃねぇ? とすら思うんだが。
「五部族の移住希望者にも訓練してるんだろ?」
「あ、はい。戦闘訓練ではなくて、どちらかと言えば、我々寄りの訓練であったり、技術開発部の方向だったりですが」
「凄く評判が良いんだろ?」
「……あれはズルいですよ」
オペレーターの男性が、力無く首を振りながら溜め息混じりに呟く。いやまぁ、移住希望者というのが、成人の儀式であまり芳しくない結果が出てしまった年少の子達なんだ。五部族の成人の儀式は三回程あるらしいのだが、一回目で失敗して心が折れちゃった子達が再起を目的に、という感じなんだよ。つまりは子グマ。もっと言えば、完全に生きたぬいぐるみ……そりゃぁ、あーた、皆にちやほやされるに決まっている。
うちの娘達も、アラバマのコロニーで保護した子グマに夢中だしな。クリスタなんかずっと女の子の子グマを抱っこしたまま離さないくらいだし。
ああそうそう、アラバマ以外のコロニーでのえんがちょ区画、無能認定された人々の救出は完了した。アラバマが一番色々な意味で悪く、他の三部族はそこまで酷い状況ではなかった。なのでアラバマ程の胸糞展開は無く、他三部族の人々はめでたく我が国の国民に迎え入れた。ちょっと衰弱はしてたけどな、それでも命の危険は無い程度には健康だったし、むしろアラバマのあの状況が特殊だったとしか言えない。無能区画の管理者みたいな役割の人も居て、その人は救われた彼らを見て涙していたのが印象的だった。
まぁそれは良い。それより今は彼らの話だな。
「でも優秀なんだろ?」
「そうですね。ノースポーとグラシズの子達はオペレーション能力適正が高いです。マーレイとタイアードは驚く程手先が器用ですね。ホアブラの子達はどこかぼんやりしてますが、妙に交渉する能力が高くて文官向きです」
「んで四部族が」
「異常発達した空間識別能力、戦闘艦乗りとしてこれ以上ないくらいに適した能力持ちですね」
まぁそれもしっかり訓練し、その能力を発揮出来てこそのモンだけどね。
「宰相閣下がランダムに配置した真っ白い空間内部の障害物すら、彼らは死んだ目で避けて走ってましたから、仕込みは十分にオッケーっていう感じです」
「レイジ君がむしろ当たってたっていう笑い話だが」
「頼まれていたので、後で宰相閣下の奥方様達へ映像を送らないと」
「愛されてるねー」
さすがに今回みたいな事は予想してなかったから、タスク関連のデータを準備してなかったんだよね。というか、この船がどノーマル状態だっていう話でもあるんだが。だから準備が整うまでレイジ君が急遽教官役をしてくれたんだ。本当は俺がやろうか? って提案したんだが、さすがにそれはクマ達が萎縮しちゃうでしょ? という話でお流れになった。
ぼんやりレイジ君の鬼軍曹姿を眺めていると、ぷしゅりと空気が抜けるような音がして入り口が開き、メイド服を来たぬいぐるみが入って来た。
「へいかー、おくがたちゃまがいらっちゃいまちた」
噛んだな……いや、何これ、めっちゃ可愛いんだけど……俺があわあわしつつ妙な動きで両腕を動かしていると、そんなメイドクマをひょいっと抱っこしたファラが、ギャンと俺を睨みながら登場。
「何でこんな面白そうな状況で呼ばないっ!」
知らんがなっ! つか睨みながら口許がだらしなく笑ってるってまた器用な表情の作り方を……
「いやむしろ、何で来たし?」
「それを言うなら、一国の王が国許をほったらかしにしてホイホイ出歩いている事の方が問題だと思うんですけど」
やはりメイドクマを抱っこしたシェルファが、やさしくお腹をポンポンと叩きながら、俺に仕方の無い人ですね、みたいな視線を向けつつ言ってくる。
「またぞろ、ぞろぞろと」
ご満悦な表情で、メイドクマーを抱っこしている正妃に側妃に才妃に……つか、マジで勢揃いじゃねぇか……
俺は肩を竦めながら、苦笑を浮かべる。
「いや、説明するの面倒臭いから簡単に言えば、クルルやらテリーやらヤザりんやらに追い出されたって話なんだよ」
ちかたないよね、とてへぺろしてみると、リズミラがピンクの毛並みメイドクマを撫で撫でしながら、首を横に振る。
「技術開発部のメンツがー顔を真っ青にしてーわたくしたちにー泣きついてきましたよー? 本当にー陛下がー出ていったぁーってー」
なんぞそりゃぁ?! 俺が驚いていると、青っぽい毛並みメイドクマを抱っこして、非情に珍しいでれっでれな表情をしたゼフィーナが、ちっちっちっと舌を鳴らす。
「せめて伝言程度は残そう? ちょっとシャレになってない状態だったからな」
「大騒ぎでしたの。タツローに見捨てられたーと、一部が大騒ぎしてましたの」
「……マジかぁー」
苦笑を浮かべて、なんちゅーか、もうテディなベア状態で抱っこしているメイドクマを頬ずりしつつ、ガラティアが言う。
「んまぁ、それは理解した。で? その可愛いメイドさん達は?」
ファラに抱っこされているメイドクマの、ホワイトブリムをずらさないように撫でながら聞くと、ジルジェの彼女メルムが入って来て、ビシッと左腕を胸に当てる。彼女、軍部の事務方に就職したんだよね。ベアシーズにしてはスラリとした体型だから、なんとか女性士官用でも一番大きいサイズの制服は入ったようだ。
「五部族の方々が、ここでの生活を広めたらしいんです。まぁ、新しい魅力的な就職口の一つとして広まりまして、それで各ご家庭の二人目以降の女の子は余り物扱いを受けますから、それで自分達も自立した生活が出来るならと」
「受け入れましたの。任せて下さいですの、最強メイドクマに仕立て上げてみせますの」
「はい、ちょうど困ってたところにガラティア様が引き受けて下さいまして」
なるほど。確かア・ソ連合体も出生率の片寄りが帝国に近いんだっけっか。何だろうね? 男児が生まれにくいって。いやまぁ、それも都会的な場所から離れるとそうでもないらしいけど。不思議な現象だ。
「で、我らが義理の息子殿は何をしているのかな?」
ぼんやり自然の不思議を考えていたら、ゼフィーナが緩んだ顔を少しキリリとさせながらモニターを見て言う。それでも普段の彼女からしたら、相当アウトな顔をしているんだが……こりゃ気付いておらんな……
「タスク訓練のデータを入れてなかったからね、その準備が整うまでの繋ぎだ」
「ああ、そういえば全然調整出来てないんだったな、この船」
「全部ノーマルだからね。むしろ訓練的に見れば都合が良かったくらいだ」
「ああ、システム構築なんかオペレーション訓練に持ってこいですもんね。特にライジグスのシステムはクセが無いから、ある程度の知識があればマニュアルさえあれば何とかなりますし」
「……それは君だけだと思うけどね……」
シェルファがなんだかぶっ飛んだ事を言っているが……まぁ、天才が言う事は信用しないので、流そう、うん。
「あ、陛下。タスクの方、整ったようです」
「お、んじゃ彼らには中間距離の戦い方の習熟を中心にプログラムを組んでくれる?」
「バランスタイプじゃないんですか?」
「彼らはこれに乗せる」
俺は携帯端末を操作して、ホロモニターに戦闘艦の設計図をアップする。
「ふーん、なるほど。確かにこれは中遠距離タイプの船ね……フォレストベア改修型ウェイブベア、ね」
あのクマ公の戦い方は否定したけどね、せめてあれの船には寄せてやろうかなって思ったんだ。まぁ、親心じゃないけど、立派になりましたってご褒美にこの程度はしてやってもよかんべ。
『陛下、アベル様から通信。件の敵性勢力が動いたと』
「あいよー。レイジ君へ指示。時間加速を使ってクマ達を仕上げる」
「はっ、指示を伝えます」
アベル君を信用していない訳じゃない。だけどゲーム時代のあのクソミッションを知っている身としては、準備のやり過ぎってのは無い。
「俺は俺でこっちを仕上げますか」
なら俺は俺でやるべき事をやりましょう。ウェイブベアを完璧に仕上げてやろうじゃあーりませんかー、ぐふふふふふふっ。
こうしてあまりにライジグス的日常風景が流れていくのであった。俺達らしいっちゃらしいけどね。
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