第207話 雲霞の如し、ワゲニ・ジンハン進撃す

 オーゥ・ジ星系とバ・イランヤ星系との境界、ポイント・ジーグを観測している最も近い観測ステーションは、凄まじいまでの怒号と喧騒に包まれていた。


「レーダーの故障の疑いはっ!?」

「共和国製の欠陥機械じゃねぇぞっ! しっかり帝国工廠規格の正規レーダーだっ! 間違う訳ねぇだろうがっ!」

「こんな馬鹿な……」


 開祖クマから引き継ぎ、害意と殺意を撒き散らす異物ワゲニ・ジンハンと戦い続けて来たア・ソ連合体の長い歴史でも、ここまでの軍勢を観測した記録は無い。相手軍勢の初期集結状況から、今回はそれなりにまとまった数が襲ってくるとは分かっていたが、まさかここまでの数になるとは予想出来なかった。


「ニカノール様へ連絡はっ?!」

「既にっ! 現在、守備艦隊を緊急召集していると返答来てます!」

「良しっ! ……しかし、今回の指揮はアラバマ……ベアシーズ四部族がでしゃばって来る……荒れるだろうなぁ」


 ベアシーズの四部族は確かに強力な戦闘能力を持っているが、協調性が絶無なのが問題なのだ。それに彼らは開祖クマから継承したレガリアでの、周囲を全く配慮しない戦い方しか出来ない。それでいつもア・ソ連合体の他種族から突き上げを受けては、権力で叩き潰すという事を繰り返しているから、理解もされていない。職員の男性がぼやくのも無理からぬモノがある。


「これ、まず四部族がすり潰されるんじゃ?」


 レーダーを確認しているオペレーターがひきつった笑顔で言う。彼が見ている計器は、もう個別の反応が分からないくらいワゲニ・ジンハンが密集している状態を映している。彼がひきつるのも無理もない。


「ニカノール様を信じるしかあるまい」


 怒号と喧騒の中、まるで動揺した様子のない、落ち着いた低いバリトンボイスが響き渡ると、それまでの騒々しさが嘘であったかのように静まり、多くの職員の視線がそのバリトンボイスの男性へと集中する。


「初期の集結状況は、誰よりも早く代表へ知らせた。それを聞いた代表は素早く行動を起こしている。ならば我々は彼の対抗策を信じて、己の職務に忠実であれば良い。それでいつものように乗り越えられるだろう」


 まるで巨木のように揺るが無く、それでいて一切の迷いも無く言い切った男性は、このステーションを長年任されてきた監視部門のトップだ。どの職員よりも長くこのステーションで働き、どの職員よりも多くの戦いを目撃してきた歴戦のふるつわものの言葉は、それだけで職員の冷静さを呼び覚まし、それまでの喧騒はどこへやら通常時の業務のように落ち着いた対応へとシフトさせた。


 男性はその様子に満足気に頷くと、チラリとステーション後方に広がる故郷ア・ソ連合体のコロニー郡へ視線を向ける。


「……今回も犠牲は出るだろう。多くの死傷者も出るだろう。だが、ア・ソ連合体はまた新たなる時間を刻み続ける……それだけの事だ」


 男性は視線を正面へと戻し、厳しい表情で部下達の背中を見つめるのであった。




 ○  ●  ○


「これはまた」


 調査船団の旗艦ブリッジ、キャプテンシートに座ったアベルがうんざりした口調で呟く。


「なるほど、これは見た事がない船の形をしている」

「陛下がおっしゃっていた、何であれが普通に船として動いてるのか理解できない、という感想もあながち外れてはおりませんな」

「珍妙な形をしておるなぁ」


 船の最新鋭観測機器を使用した望遠映像に、シャモジのような形をした巨大な艦船が、それこそモニターに入りきらないレベルで映り込んでいる。


 そのシャモジを見た調査船団の各技術クルーがのんきに感想を言い合って、あそこが機関部ですかな? ここはあまり効率的とは言えませんぞ? ははぁこれはつまりこうですな? みたいな意見交換をしていたりする。まぁ、ライジグスの技術者らしいと言えば、これ程らしい感じもないが。


「ア・ソ連合の守備艦隊のスペックは?」

「……これです」


 アッシュが顎先に指を当てながらアベルに聞くと、アベルはコンソールを操作してホロモニターに、ア・ソ連合体が保有する艦船のデータを表示させる。それにざっくり目を通したアッシュは、眉間に深いシワを寄せて唸った。


「……ここから観測されるアレのエネルギー総量からすれば、確実に今も帝国領宙域で暴れているレガリア級戦艦並みのエネルギー総量と同一レベルだぞ? これは勝負にならんだろう」


 アベルは苦笑を浮かべ、コンソールを操作してもう一つのデータを提示する。


「……なるほど、醜態をさらした彼らの自信の源泉はこれか」


 アッシュが馬鹿にしたような感じで鼻を鳴らし、ホロモニターを激論交わす技術者に投げる。それにはとある戦闘艦のデータが映し出されていたのだ。


「フォレストベア、型番151A。典型的な中遠距離タイプ戦闘艦……ですが、これを継承したアラバマ部族の戦い方を見るに、使いきれてませんね。なんでかこれでガリガリの接近戦闘を行ってます」


 ホロモニターへ飛び付き、むひょーと奇声をあげる技術者達を横目に見ながら、アッシュは肩を竦める。


「……それはもう駄目なんじゃないのか?」

「そうですね。レガリアですからア・ソ連合体では、ロクな整備も出来てないでしょうし、その性能もフルスペックでは発揮出来ないでしょうしね」


 アベルの言葉にアッシュは重い重い息を吐き出す。どっちともなく二人は苦笑を浮かべ、やれやれとモニターの艦隊へ視線を向けた。


「取り決めでは、ア・ソ連合体の守備艦隊で一当てするのを待って、こちらが介入する、という形にするんだったか」

「はい。ベアシーズ以外にも面倒臭い種族というのはいるらしくて、そっちを黙らせるには、現実を見せた方が話が早いだろうと、ニカノールさんからの提案です」

「なるほどな……ニカノール氏、引退したらアルペジオに引っ張られそうな優秀さだ」

「ええ、義父なら欲しがりそうな人材ですね、確実に」


 二人が見ているモニターが切り替わり、ア・ソ連合体の軍事拠点に集結している守備艦隊の様子が映し出された。


「ほほぉっ! これはまた骨董的な価値のある艦船ばかりっ!」

「相応にカスタマイズはされておるが……これではそこらの宙賊が持ち出す艦船の方が、使い勝手が良さそうだな」

「何のためにこんなド派手な装飾をしておるんじゃろ?」

「部族的なあれじゃろ? 格好良いからだっ! みたいな? 陛下が良くなさるじゃないか」

「ばっか! 陛下の格好良いからだっ! は飾りじゃ無くて実用性もちゃんと確保した上での遊び心じゃぞっ!」

「つーかうるせぇっ!」


 技術者達は実に楽しそうだ。アベルはその様子に怒声を浴びせてから、オペレーターに指示を出す。


「二番、三番へいつでも動けるように指示。エッグコア隊には第三種待機命令」

「了解しました」


 アベルが指示を出している間も、モニターをチェックしていたアッシュが、乾いた笑い声を出す。


「どうしたました?」

「先走る一団が出てきたぞ」

「はっ?!」


 アベルが慌ててモニターに視線を戻すと、フォレストベアとフォレストベア量産タイプの部隊が、陣形を整えている艦隊を置き去りにしてすっ飛んでいく様子が見えた。


「何やってんでしょうね、あれ」

「功を焦った馬鹿か、慢心した馬鹿か、レガリアなら大丈夫と思い込んだ馬鹿か……げに恐ろしきは無能な味方の典型だろうな」


 苦々しいアッシュの言葉にアベルは額を押さえたが、すぐに気持ちを切り替えるよう頭を振ると声を張り上げた。


「はあ……予定を繰り上げる! 二番と三番に一番へ続けと指示! エッグコア隊、第一種待機命令!」

「了解」

「ジェネレータ出力四十! 火器管制ロック解除! フィールドシステム準戦闘レベル! バリアシールドオペレーションシステムチェック開始! 一番艦行動開始!」

「「「「了解!」」」」


 アベルの指示にオペレーター達がテキパキ行動を開始し、船がゆっくりと動き出す。


「これは面倒臭い戦場になりそうな予感がするな」


 心底同情するような眼差しでアッシュが言えば、言われたアベルは苦笑を浮かべてうなだれる。


「……言わんで下さい。薄々そんな気はしているので……」

「ははははは、まぁ、これだけ状況がアレじゃぁなぁ」


 アッシュにも経験があるが、無能な上司と同じくらいに、無能な同僚というのも使いモノにならないのだ。


「何かあったら、アッシュさんのお力も貸していただきます」

「ああ、その時は全力で応じよう」

「頼みます」


 アッシュの頼もしい言葉に微笑み、ついでぎゃーすか全力で騒いでいる技術者達へガンを飛ばす。


「そこの技術者! 騒いでないで自分達の部署で大人しくしてろっ!」

「こんな面白い祭りを見ずに引っ込んでろと言うのかっ?! 殺生なっ!」

「邪魔はしないから! ここに居させてくれっ!」

「そうじゃそうじゃ! 別の技術を見るのも技術者として必要な事なんじゃぞ! この頭でっかちの小僧が!」

「やっかましいわっ! 見学してたいなら静かにしてろ! こっちはお前らの技術談義に戦闘の邪魔をされかねんのだっ!」


 ぶーぶーと文句を言うおっさん集団に溜め息を吐き出し、アベルはコンソールを操作して嫁達を呼び出す。


「ブリッジにいる馬鹿を掃除してくれ」

『あーはいはい、任せて』


 こっちにも無能とまではいかないが、邪魔をする味方はおるぞ、そんな事を考えながらアベルは大きく溜め息を吐き出すのだった。




 ○  ●  ○


 Side:アンバー・アラバマ・


 開祖クマが後世の血族に残したと言われているレガリア、フォレストベアに乗り込んだアンバー・アラバマ自称クマは、彼に賛同する仲間が乗り込んだフォレストベア量産型の姿を確認し、ニヤリと獰猛に笑う。


「このレガリアは俺の一族しか使えん。これに乗り込んで手柄を立てれば、また俺の時代がやって来る!」


 アンバーはブラウンの息子だ。常にブラウンと比較されてきた彼は歪みに歪み、自分こそがアラバマを導く選ばれたクマであると思い込むようになっていた。だから、父親が下手を打ち、族長を下ろされた時は自分の時代がついに来たと、自分が族長になるんだと疑いもしなかった。


 だが、族長はどこの誰とも知らない、ひょろい成人したての奴に奪われ、自分達一族は要監視対象として隔離されるという始末。その状況にアンバーは納得するどころか、理解する事すら拒絶をした。だから思った、つまりは自分に実績、功績が足りてないから族長として認められていないのだと。今回の戦いこそが、自分の族長としてのデビューであると全力で思い込んだのだった。


『アンバー様、本隊の通信を傍受。やはりあの化け物達はポイント・ジーグから来るようです』

「だろうな。バ・イランヤ星系に、いや、俺の国へ一歩でも踏み込む事を許さんぞ、原始生物共め」


 アンバーの野望はアラバマ部族が頂点に立って、ア・ソ連合体を奪う事だ。それにはまず、ア・ソ連合体には生きていてもらわなければならない。


「くっくっくっくっ、この船さえあれば、原始生物なぞ物の数ではない。クソ親父、俺はお前を越えて一国の王となるぞっ!」

『さすがですアンバー様。我々はどこまでもアンバー様について行きます!』

「おう、お前達は俺の国の重臣として引き立てよう! 功績は無数に転がっているからな、食い散らかせ!」

『『『『はっ!』』』』


 血気盛んで愚かな若者達は知らない。現実とは実に残酷で実に非情である事を。それまで温室で守られてきた彼らは知らない。戦場とはそれまで積み上げてきた常識を置き去りにした異常空間である事を。彼らはまるで理解していない、ワゲニ・ジンハンという生命体が本物の化け物である事実を……


 恐怖の体現者はすぐそこまで迫って来ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る