第204話 クマたんゲットだぜっ!

 酷い有り様というのは、まさしく目の前の状況を言うんだろう。実にスラム的な光景がそこにあった。臭い、汚い、見るに耐えないが揃ってやがる。


「こりゃ酷い」


 俺の言葉にグリズリー部族とかいう部族出身のブルグ、娘達に叩きのめされいっちゃん最初に目が覚めて俺と会話していた青っぽい黒ベースな毛並みのクマが、切なそうな溜め息を吐き出す。


「成人の儀式で無能認定された俺らじゃ身分証を貰えねぇ……コロニー抜け出すのがやっとで、抜け出したら抜け出したで働く最低ラインにすら達していない事実に愕然とする……メガネーズがあったからギリギリ生きていられたけど……常に何で生きてるんだって思ってる状態で、呼吸するためだけの置物になってるような感じだからな」

「……少しは反逆せぇや……」

「無茶を言う。あそこで無能認定された存在がどんな扱いを受けるか知らないから、気軽にそんな事を言えるんだ」


 ブルグの言葉を聞きながら、ぽっかり空いたスペースとなっている広場をぐるりと見回す。まるでクマの動物園に迷い込んだ気分になるような空間であるが、本来ならばメルヘンチックな気分になりそうな場所で、こちらを呆然と見るクマ達の目はもれなく死んでいる。全然メルヘン感じねぇ……


「これは重症ですわ」

「だぁなぁ」


 あまりに的確なクリスタの言葉に、俺も苦笑するしかない。薄汚れたというか、ほぼゴミだらけというか……そんな場所に身を寄せあって生活している状態は、アルペジオにかつて存在していたスラムより状態が悪い。


「代表者、みたいなのは居るのか?」


 これは早々に動くべしと思ってブルグに聞くと、無能判定を受けた部族で固まってグループを作っているらしい。ちなみにブルグはグリズリーの代表だとか。


「部族代表ってのは何人?」

「四人だ。成人の儀式の無能判定というのも、俺ら出身の四部族がやってる悪習だ。他の五部族、グラシズ、マーレイ、タイアード、ノースポー、ホアブラ部族に成人の儀式で烙印押しってのはねぇからな」


 一々無能を認定して、自分達部族の生産能力を引き下げるなんて頭悪過ぎるからな、そんなブルグの言葉がもっとも過ぎて言葉もでねぇ。


「んじゃ代表者を集めてくれ」

「……なぁ、ここだけで百人近くいるし、あんたが計画してる事をするなら、全部で五百近くの頭数になるんだが……いけるのか?」

「余裕過ぎて欠伸がでらぁ」

「……はあ、俺らを騙したところで違法奴隷くらいしか価値はねぇだろうし、それをしたところで二束三文の価値にもならんから、詐欺とかって心配はしてねぇけど……」

「まま、信じなさいな。きっと幸福が待ってますわ」

「……分かった、集めてくる」


 かったるそうに移動するブルグを見送り、俺はおっさんに視線を向ける。


「代表的な四部族の他は、どんな扱いなんだ?」


 俺の言葉におっさんは呆れた表情を浮かべ、仕方ねぇなという感じに肩を竦めながら、的確に説明してくれた。


「代表四部族の奴隷。他の五部族は戦闘より技術だとか商売だとか、そっち方面が強い」

「おけ、把握。クリスタ、おっさん夫婦連れて五部族の族長と繋ぎを。ライジグスとお付き合いしてもらいたいから、側妃代表としてお前が言質を取ってくれ」

「うふふふふ、このクリスタにお任せあれ。ええ、それはもう完璧にこなしてみせましょう。行きますわよ!」


 最近増えまくっているドリルヘアーをばさぁっと払うと、まるで悪役令嬢のような高笑いをしながら、おっさん夫婦を引き連れて歩き去る。うん、マジで似合うよなぁ、ああいう感じ……


「ダーリンがクリスタさんに色々吹き込むから、濃いキャラクター性能がますます濃い、圧縮濃縮したキャラクターになっちゃったじゃないですか」

「そこが可愛いんじゃないか。それに似合ってるだろ?」

「……そこは否定しないけど……ダーリンって自然に惚気るからずるい」

「君らに鍛えられたからね。愛が溢れて止まらんのだよ」


 若干、クリスタに関しては勢いとノリに任せて、やべっやっちまったっ、と感じない事も無いんだが……あんな濃いキャラなのに、一番自己主張すべき場所で一歩引いちゃうタイプだからな、あれはあれで良い。うん、圧倒的に尊い。それで良しっ!


「とと様。マヒロねーねにおつたえしたらー、おこってたよー」

「え? マジ?」

「また置いてったと怒っておったぞ?」

「うん。ポンポツお兄ちゃんが、要請したお船に皆で押し掛けるって言ってたの」

「……今回のは不可抗力じゃないでしょうか?」

「妾に言われてものぉ。弁明は兄と姉達に直接じゃな」

「マジかー」


 いやだって、お前はここからいなくなれー、ってどっかの女性っぽい名前の主人公みたいな感じで追い出されたんだけど、俺。


 また、正座でクドクド言われるんですかね? 俺、これでも一応国王なんですが……


「自分が一番国王だなんて思ってないくせに」

「そうやって都合が悪くなると持ち出すのが、呆れられている部分だと思うんです」

「そこが良いとこでもあるんだけどね」


 また顔に出ていたらしく、ネレイス達がそんな事を言う。もうがっくしだよ。そんな俺を見た娘達はきゃいきゃい笑うし……お父さん形無しだ。


「……なんか楽し気だな」

「お前達もこうしてくれようか?」

「……はあ、連れてきたぞ」


 俺の閣下的な口調の物真似はお気に召さないらしく、ブルグは呆れた溜め息を吐きながら、視線を横へ向ける。そこには赤っぽい毛並みをしたクマと彼? 彼女?に寄り添うちょっと薄汚れたピンクっぽい毛並みのクマ。白に近い灰色っぽい毛並みのクマ。藍色っぽいが黒にも見える毛並みのクマの四人が立っていた。


「こういうのって一発分かりやすい方が聞いてくれる?」


 俺がこっそりイーリスに聞くと、彼女はこくりと頷いた。ならば、ここはちょっと王様スタイルで行きますか。


 俺は最近実装した虚空庫。亜空間を固定した倉庫へ物を仕舞える、ようはインベントリみたいな装置を起動してエクスカリバーを取り出す。


「ライジグス王国国王タツロー・デミウス・ライジグスと言う。敬う必要は無いし、へりくだる必要も無いが、まぁ俺の話を聞いてけ、それなりに楽しい未来を見せてやるぜ?」


 ニヤリと笑って、少しだけ普段は抑えている気配ってのか、存在感? なんか出てるらしいんだけど、それの手綱を緩めるとブルグ達が一斉に土下座スタイルで頭を床へと擦り付け出した。


「……あれ?」


 そこは嘘こくんじゃねぇ、みたいな反応するんじゃねぇの? 何故に土下座?


「とと様? それこーもーさまです」

「そうじゃな。まさしく、頭が高いじゃの」

「とー様……やりすぎなの」

「え? 俺が悪いのっ?!」


 何でだ、って顔して娘達を見れば、それはそれはお手本のようなやれやれを返してくる。え? 何で? マジどうなってんだ?!


「ダーリンのあれって、問答無用でこうべを垂れる威力あるよねぇ」

「威圧、じゃないんだけど、凄い精神的に逆らったら駄目って気分になるよな」

「これもやらかしタツロー日記に掲載されるのかしら?」

「「「いつものいつもの」」」

「そこ! 酷いぞっ!」


 あーもうグダグサだよ! 俺は慌てて緩めていた手綱を引き締め、エクスカリバーもインベに放り投げ、ブルグ達のフォローに回るのであった。




 ○  ●  ○


 ライジグスで最近流行っている事、それは現状最高技術で既存の製品を作ったらどうなるんでしょう? という試みだ。ある意味での趣味人の趣味人による趣味人の為の技術開発あそびであるのだが、これがかなり洒落にならない技術革新の雛形を産み出すので馬鹿に出来ないのだ。だからこそ、その流れを断ち切るような命令を出せず、放置という形になってしまった……恐ろしい事に。


 んで、最近の流れから、戦闘方面での技術不足があるんではなかろうか、という技術開発部の見解により、ここへ現状最高技術をつぎ込んだらどうなるべや? という開発が行われた。うん、行われちゃったのだ。


 そうして生まれ出でる化け物性能の宇宙船の数々。極地の調査船団にも回されたゴツくて巨大で化け物みたいな性能を誇る船の雛形は、ここでこうして誕生した訳で……んならば、それをさらに叩いてプロトタイプじゃない制式採用仕様の船を作ったらどうなるでしょう? という閃きと共に開発競争が行われてしまい、現在ライジグスには多くのダブついた船が溢れている。あはははーおかしいぞー、というレベルで溢れてるんだ。


 そんなダブついている船を三隻程回してもらい、俺達は極地調査仕様外宇宙探査タイプ超級旗艦シリーズ五番艦という、何とも仰々しい名前の船のリフレッシュルームに集まっていた。開拓移民船団の船をモチーフにしているから、どっちかというとダイニング的な雰囲気ではあるが。


「とまぁ、そんな感じです。ご質問などはありますか?」


 こちらから要請して寄越せとお願いした船に、なぁーんでか乗っかっていたレイジ君が、ニコニコと胡散臭い笑顔でクマ達に説明をしている。いやまぁ、俺が説明するよか分かりやすいし、何気にレイジ君の方が顔が売れてて信用されやすいってのも分かるんだが……何故に来たし。


 ま、まあそれは置いておいてだ。ブルグ達の『ははーっ』事件から実は五時間程経過しているのだが……あの場に居たクマ達があまりに小汚ないやら衰弱してるやらで、こいつはまともに話し合いなんざ出来ねぇというレイジ君の判断が下され、彼ら彼女らに入浴と食事と簡易医療施術を施し、少し落ち着く時間も必要だろうインターバルを挟んだりして話し合いになるように整えた。


 今現在の彼らを見るに、状況を飲み込むのに必死過ぎてそれどころじゃねぇって感じだけどな。インターバルは必要だったのか? まぁ小綺麗にはなったから必要だったんだろうけどね。


 しっかし、いや本当、レイジ君は凄いよねぇ。ブルグ達が休んでた五時間を使って、クリスタが交渉して連れてきた五部族の族長達と会談をし、がっつり協力体制を結んで条約みたいのを締結したとか、さすがとしか言いようがない。頼りになるぅ~って言ったら、キッと睨まれた、解せぬ。


「あ、あの」

「はい? どうしました?」

「俺達、あー、じ、自分達は――」

「ああ、言葉遣いは気にしなくて良いですよ。国王がアレですし」

「アレってなんだアレって」

「ね? ご自分の喋りやすい口調で大丈夫ですよ」

「あーじゃぁ……その、俺達は身分証を持ってないので、ア・ソ連合体から出れないはずなんですが……」


 ちらちら俺を見ながらアラバマのジルジェだっけっかな、が聞いてくる。それにレイジ君はにっこりと笑顔で答えた。


「はい、どうぞー」


 レイジ君の言葉と同時に立体ホロモニターが起動し、そこに呆れた表情のニカノールさんが映し出される。


『……君達の身分証は私から直接出そう』

「はい、大丈夫でしょ?」


 呆気にとられて呆然とするクマさん達に、レイジ君にんまり。あれは多分、何か取引を持ちかけてパワープレイで押し通したな、きっと。いやまぁ、俺がどうこう言える立場じゃないからなぁ、俺の我が儘にレイジ君が付き合ってくれてるんだし。


『君達の事は把握していたが……まぁ、後手後手に回ってしまっていたからな。ライジグス王国からの要請は実に渡りに船だった。だから君達は君達の望む通りに進むと良い……私に言われたくはないかもしれないが、君達の人生に幸多き実りがある事を祈っているよ』


 ニカノールさんは複雑そうな表情でそう言うと、薄く笑って通信を切った。うん、絶対任期満了したらうちへ引っ張ろ、あの人。


「まだ問題はありますか?」


 レイジ君渾身のドヤ顔で聞けば、クマさん達はじっと黙った。


「よろしい。では身分証が発行されるまで、この船での研修を受けてもらいます。そこで自分達の適正を判断してもらって、兵士になるも良し、メイドを目指すも良し、一般企業に就職するも良し、好きな道を選ぶと良いでしょう。おめでとう、今日から君達はアラバマでもグリズリーでもヒグマでもムーンベアでもない、ライジグス部族のクマになりました。誰かに聞かれても胸を張って答えなさい、自分達はライジグスのクマだと」


 レイジ君の言葉に、クマさん達は困惑の表情を浮かべ、ついで感情を爆発するように吠えた。こうして彼ら何者でも無かったクマさん達は、我が国ライジグスへと迎え入れられた。超巨大部族、ライジグス部族のクマとして、ここに生まれ変わったのだった。

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