第203話 クマさんのお家事情。もしくは娘ちゃん達のヒーローショー。
タツローとトイルが発酵食品の蔵元おじいちゃんと会話をしていた頃の娘ちゃん達――
「ねーねークリスタちゃんねー」
「はぁい? ちゃんねーは止めて下さいましルルちゃん」
「あんねーあれ何ー?」
「あれ?」
せっちゃんとブルースターに挟まれ、ぶんぶん元気につないだ手を振り回していたルルが、ちょうど向かっている先を、せっちゃんとつないでる手で指し示す。
「……ベアシーズ、ですわね」
「揉めてます?」
「揉めてるというか……恐喝じゃないの、あれ」
「相手のおじいちゃんは、少し顔色が悪いように見えますね」
黒系の毛並みをしたベアシーズの、声がちょっと甲高いから若者だろう者達が、商売人と思われる初老男性に怒鳴り散らしている。ネレイスが恐喝していると判断したのも頷ける程、かなり威圧した感じにガンを飛ばしていた。
「わるもん?!」
「悪者じゃな?」
「悪い人なの?」
ルルとせっちゃんとブルースターが、きゃぴーんと瞳を輝かせてクリスタに問う。
「え? ええ、恐喝はいけない事ですわ。なのであのベアシーズの方々は悪い人ですわね」
「「「わかった(のじゃ)(の)!」」」
「「「「えっ!? ちょっ!?」」」」
クリスタの言葉に三人は頷き、全速力でベアシーズの若者達へと駆けていく。
「すーぱー!」
「ライトニング!」
「キック!」
「「「「えええぇぇぇぇぇぇ……」」」」
十分な助走距離を取り、それはそれは見事ねヒーローキックを三人はベアシーズの若者達へと叩き込んだ。
「なっ?! 何しやがるクソガキ!」
「おいっ! こっち完全に白目剥いてるぞっ!」
「このガキがっ! ぶっ殺せっ!」
「「「「おうっ!」」」」
クリスタ達が呆気に囚われている間に、襲撃を受けた若者達が立ち直り、どこから取り出したのか、粗末な武器を手に持ちルル達へ襲いかかった。
「あ! このガキャァ! ウチの娘に何さらしてくれとんのじゃぁっ!」
いち早く我に返ったクリスタが、般若の形相で吠える。その声でイーリス達も我に返り、それぞれ腰に吊り下げているレイガンやレーザーブレイドを構えようとしたのだが――
「くんふーがたりてねー」
「な、うわぁっ!? ぐへぇ……」
鉄パイプのような武器で襲ってきたクマの手首をちょんと軽く捻って、そのまま自分の確実に四倍はあろうかという巨漢を投げ飛ばすルル。
「スロー過ぎて欠伸が出るのじゃ」
「ぶへぇっ?! ぐはあぁっ?! ぶべ……」
ぶんぶんと両腕を振り回すクマの攻撃を、ただ手を添えて力を少し加えるだけで、その動きをまるで操るように動かし、最終的には自分で自分を殴るように誘導するせっちゃん。
「とー様直伝、
「ぐべばあぁっ?! ぐへぇ……」
完璧なタイミング、完璧な形、流れ、力の入れ方、足の踏み込み、全てをパーフェクトに決めて、ズドォという鈍い音と共に鉄山靠を放つブルースター。幼女にして養女達には手助けは全然必要なかった。
「しゃおらぁっ! うぃーっ!」
幼女三人に完膚なきまで叩きのめされたクマ達、その死屍累々な小山の上で、ルルがどこで覚えたのか、どこぞのアメリカンなプロレスラーがするようなポーズで雄叫びをあげる。かくして幼女達が自主的に引き起こした乱闘は、幼女達の手によって終結したのであった。
○ ● ○
嫁達の語る娘のわんぱくっぷりに頭を抱えつつ、おっさんに視線を送れば、おっさんは小さくセーフとジェスチャーを返した。どうやらこのクマ達は本当に悪者だったようだ……これでただの口喧嘩とか、意見のぶつけ合いで少しヒートアップしてたとかだったら、どう責任を取ろうかとちょっと焦ったぜ……
「クリスタちゃんねーいたいー」
「痛くしてるのですわ。それからちゃんねーはお止めなさい」
「イーリス姉、苦しいのじゃ」
「苦しくしてるんですよ。ちゃんと反省して下さい。せっちゃんは止める立場のお姉さんでしょうに」
「あーうー、タリス姉様ごめんなさい」
「全く、あの二人の真似をしなくて良いんですからね?」
やらかし三人娘は、嫁達にぎゅっと、いやあれはぎゅぎゅぎゅって感じか、とにかく鯖折りのちょい優しいバージョンで抱き締められている。正座だと汚れてしまうからね、ちゃんと愛情を示して、その上で少し痛い目を見なさいという事で、抱擁(物理強化)をしてもらっている。
「あまり子供達を責めんでやってくれ。こっちは本当に助かったんだから」
そこへクマ達に恐喝されていたおじいちゃんがやってきて、嫁達に抱き締められている子供達の様子に苦笑を浮かべながら言う。
「ありがとうなぁ。助けてくれて、じいちゃん助かったよ」
おじいちゃんに感謝されて、三人はむふーと鼻息荒くドヤ顔をするが、嫁達の抱き締める力が強くなり、のーのーと騒ぐ。
「これは我が家の躾ですんで……それで、彼らは何者なんです?」
「あ、ああ……随分と過激な躾じゃと思うが……こほん、こやつらはメガネーズじゃよ」
「……あんだって?」
「いやだから、愚連隊メガネーズじゃ」
なんですか? その妙な名前の団体は……
「こやつらも可愛そうな立場ではあるんじゃよ」
「と、いいますと?」
「ふむ、アニマリアンは力の信奉者、という側面が高いのは知っておるじゃろうが、その中でもベアシーズは特に信奉具合が異常なんじゃよ」
おじいちゃんが語るには、クマ、ベアシーズ系統のアニマリアン、熊獣人系異星種族は全力の脳筋集団であるらしく、一定の年齢に達した若者達へ行われる伝統行事で、自分の力をしっかり発揮出来なかったと審判されると無能の烙印を押され、部族にいられない空気を作られるんだとか。
この伝統行事というのがそれはもう曲者で、部族でもっとも権力を持つ奴らが取り仕切っているらしく、将来的に自分達を脅かすだろう有望な若者程弾かれるというのが最近の風潮なんだと。馬鹿馬鹿しい……だから宇宙港であんな阿呆極まりないデモンストレーションかますんだよ。馬鹿じゃねぇ?
「メガネーズは、ベアシーズ部族でも一番下に見られるグラシズ部族の英雄から名前を貰ってるんじゃよ。メガネ・グラシズ・クマといえば、ベアシーズきっての知の英雄じゃからな」
「……」
グラシズね……グラスって事だよな? メガネグラスって……クマ、お前は本当にもぉ……
その後もおじいちゃんに色々と聞いて、クマさんのお家事情は大体把握した。知りたくもなかったんだけど……まあ、情報は力だからね、無駄にはならんでしょう。
「へぇ、ごっついええ品物ですやん」
「分かるかね? これは製法から拘っておってな。ここを見てくれ」
「ほぉっ! こりゃ凄い! 良い仕事してますやん!」
「ほっほっほっほっ! お若いのに目が肥えているじゃないか! 嬉しくなるよ!」
んで現在はおっさんと商談中。今は半隠居みたいな立場であるらしいんだけど、結構な有名どころの商売人らしい。おっさんが少し興奮してたくらいだからそれなりの知名度なんだろう。俺は知らんけどね。
「それで旦那様、こちらの方々はどうされますの?」
「……放置! って言いたいところだけど、先に手を、あーこの場合足になるのか? ま、まあ、先制攻撃したのはこちらだからな、捨て置くのは駄目だろうと思ってる」
「そうですわね」
ちらりと娘達を見れば、嫁達の腕の中でご満悦らしく、にこにこ笑ってぶら下がっている。これ、絶対に反省してないわ……昔々のテレビコマーシャルで『わんぱくでもいい、たくましく育ってくれればいい』みたいなフレーズがあったが……ちょいと娘ちゃん達わんぱく過ぎませんかね? お父さん、先が思いやられるわ。
しばらくおっさんとおじいちゃんのハイテンションなやり取りを見ていると、娘達にぶちのめされたクマさん達が目覚めだした。
「……金なんか持ってねぇぞ……」
目覚めて開口一番にこれである。いやまあ、問答無用に叩きのめしたのはこっちだけどね? チビッ子ギャングじゃないんだから……いや、チビッ子ギャングってあるわ。第五のジーク君なんて、それの頭やってた人物だったしな……いやいや、違う違う。
「それはいらんが……恐喝なんて誉められた行為じゃないぜ?」
「……説教かよ……説教じゃ、腹は膨れねぇんだよ……」
「ごもっとも」
クマ達は痛む体を必死に支えるようにして立ち上がると、落ちていた粗末な獲物を拾う。
「もう用はねぇだろ? 行っても?」
「……どうすっかなー」
「何だよ、まだ痛めつけ足りねぇのかよ」
かなり無気力に、本当にどうでも良いような口調で言うクマの若者。若者なのにハツラツさがねぇな……そしてなーんか気に入らない。彼らを見ってっと何だろうな、この妙にムカつくっていうか、イライラすんだけど。
「……ああ、そういう……」
「何だよ」
自分のイライラした感じがどこから来ているのか、それを探るようにクマの若者達を見て、何にイラついているのかが分かった。それは彼らの目だ。
彼らの瞳に宿る濁った諦め、もしくは何とも出来ない現実への絶望、そんなのが渦巻いている目にイライラしていた。よーく知ってる目だもの、一発で分かったよ……社畜してた時代の俺が、まさにあんな目をしてたもん。
「はあ……やっぱり俺ってお人好しなんだろうか……」
「? だから何を言ってるんだよ」
「いや、こっちの話だ」
自分の有り様にちょっとばかし頭を抱えながら、ちらりとクリスタ達を見れば、にんまり楽しそうに笑い、まるでお好きにどうぞと言わんばかりの目で俺を見ていた。やめなさい、ルル達も真似をして同じような目をしてるじゃないか……すぐに真似をするんだから……
「はあ……あー、君らのアジト? であってるのか? 溜まり場なのか? まぁ、たむろってる場所に案内してくんない?」
「……仲間も痛めつけるって事かよ……」
クマ達がサッと武器を構える。何でそうなるかね? 俺は違う違うと手を振り、ニヤリと笑う。
「君達、就職に興味はないかね?」
「……はぁいぃ?」
九割クマフェイスでも、呆気に取られた表情ってのは分かるもんなんだな、俺は彼らの表情を見て、そんな感想を抱いた。
○ ● ○
Side:無能のジルジェ
「上手く……行かねぇなぁ」
メガネーズの溜まり場というか、もうここにしか行き着く場所が無い、そんな倉庫街のもっとも薄汚い場所で、少し赤みのある毛並みをしたジルジェが呟く。
アラバマ部族のジルジェと言えば、その昔は神童だの、次期族長候補だの、それはチヤホヤされて来た人物だ。しかし、成人の儀式で現族長の息子にハメられ、儀式は失敗に終わり今ではこんな場所で停滞している。人生とはままならないと、何度も嘆いて来た。
「そろそろ、資金も尽きるわ」
「……本当、ままならないなぁ」
止せば良いのに、自分を追いかけてコロニーから逃げた幼馴染みのメルムの言葉に、ジルジェは自嘲気味に返事を返す。
アラバマ一の美少女と呼ばれていたのに、こんな荒れた生活をしているせいで、少しピンクっぽいキラキラ輝く毛並みだったのが、今ではすっかりホコリまみれだ。それでも幸せだと笑うのだから、恋だの愛情だのというのは実に罪深い。
「普通に働ければ良かったんだろうけど」
「成人の儀式をこなせないのは、ベアシーズにあらず、だからな」
「変な伝統よね」
「……こうして外から冷静に見れるようになったからそう思えるんだろうけど、な」
伝統行事、成人の儀式の成否によって、ベアシーズでは身分証を発行される。この身分証がなければ、ア・ソ連合体では働けないのだ。なので、身分証を持たないジルジェとメルムは、まともな仕事をする事が出来ないのだった。
「お腹減ったわね……」
「そうだな……あいつら、捕まってなければいいけど」
空腹に耐えきれず、強盗紛いの方法で金を手に入れようと飛び出した仲間を思い、無事に帰って来ればいいけど、とぼんやり考える。
「あ、帰って来た……誰?」
「ん? どうした?」
今まさに思っていた仲間達が帰って来た。しかし、人種族を連れて帰って来た仲間達に、彼らは首を傾げる。その人物こそが、自分達を救う神である事を知らずに……
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