第202話 そんな見え見えのエサにつられクマァー!

 Side:コロニー『ノボーリベィツェ』


『支援は必要ない、か……お前が族長をつとめるアラバマは、お前のオモチャではないのだがな?』

「……」


 グルグルと威嚇するように喉を鳴らす盟友に、ニカノールは疲れた溜め息を漏らしながら忠告を繰り返す。


『事ここに至り、部族の矜持を守る事に固執する無意味に気づいてもらいたいのだがな』

「それなくして開祖クマの名誉称号を名乗れぬっ!」

『その名誉だけで、部族の若いモンを殺すのか?』

「……」

『都合が悪く、言葉に出来なくなればだんまり……子供でも、もう少しまともな事を言いそうだがな』

「部族を持たぬ貴様に何が分かるっ!」

『その部族を存続させる為の資金を誰が調達してると思っているのかね?』

「……」

『はあ……』


 ブラウンが理性的な部分で自分が間違っている事をしっかり自覚している、ニカノールはその事を感じ取っていた……長いつき合いだ、それくらいは察せられる。しかし、伝統を重んじるアニマリアン、しかも力が強いベアシーズ(熊種族)系ともなれば伝統こそが全てであり、それが根本的に間違っていたとしても伝統にこそ従うという悪癖がある事も理解していた……実に厄介極まりない。


「我がアラバマだけではない。グリズリーもヒグマもムーンベアも、我と同じく部族の誇りに従うだろう。アラバマは孤独ではない」


 ブラウンが強気である理由、それは他の名誉称号クマを冠する三部族が、確実に自分と同じ道を進むと信じているからだ。ベアシーズ系の部族の戦士が集結すれば、ア・ソ連合体全戦力の半数近くになる。それだけの戦力があれば、ワゲニ・ジンハンの戦力が多かろうとも戦いにはなるはずだと思っているのだ。


 ふふんと勝ち誇るような表情で断言したブラウンの発言を待っていたようなタイミングで、モニターに新たなウィンドゥが開き、薄い灰色な毛並みの立派な体格をした巨大なクマが映る。グリズリー部族特有のエキゾチックな民族衣装を身に纏い、どこかネイティブインディアンちっくなアクセサリーをジャラジャラと身に付けている、まだまだ若いグリズリーの青年だ。


 何事と目付きを鋭くするブラウンを一瞥した青年は、ニカノールへ一礼して口を開いた。


『会談中に失礼。グリズリーはニカノール代表の考えに賛同します。あ、自分、新たに部族代表になりましたレッズ・グリズリー・クマと申します。ニカノール様、部族の馬鹿全て黙らせました』


 青年レッズの言葉にブラウンは絶句し、ニカノールは安心した表情を浮かべて頷く。


『上手く事が運んだのだな?』

『はい。グリズリーの青年団は伝統やら誇りやらを守る前に、家族を守るべきだと決断致しました。そしてニカノール代表が提示してくださった方針こそ、我々が従うべき道であると部族で意志決定致しました』


 レッズの言葉にニカノールは満足そうに頷いた。ブラウンは何が起こっているかまるで理解できずにいると、また別のウィンドゥが開き、そこに茶色の毛並みをしたクマが映る。ここにタツローがいたら、アイヌ伝統衣装ですかい? と突っ込む事請け合いな、完全にそっち系な衣装を着たヒグマ部族の、やはり年若い青年が、九割クマ面なのにシニカルと普通に分かる笑顔を浮かべていた。


『おっとこちらも失礼しますよ。ヒグマも馬鹿な老人共を黙らせました。そして自分が新しいヒグマの族長となりましたブッチ・ヒグマ・クマ。ヒグマを代表しニカノール代表の考えに賛同します』


 これは何の茶番だ、ブラウンが目を白黒させながら二人の若者を睨む。しかしレッズもブッチもブラウンの事など存在していないかのように扱う。


『いやいや、この非常時に老害というのは本当に害悪でしかありませんな。ニカノール代表の方針、このブッチ、感服致しましたよ。ヒグマ青年団は代表にしっかりついて行きますよ』

『すまない。非常に助かる』

『止してください。代表がどれだけ我々、我が儘な部族に配慮してくれているか、それを知っていて誇りだ伝統だなんて、馬鹿の考え無しですからな』


 カラカラと快活に笑い、ブッチは路傍の石でも見るような目付きでブラウンを見下す。


「お前達! フルズやグルチはどうしたっ!」


 ブッチの態度にカチンと来たブラウンが吠え、グリズリーとヒグマの前族長の名前を出すと、レッズとブッチはフッと鼻で笑う。


『隠居させた』

『老人ホームに叩き込んだ』

「なっ?!」

『いい加減、現実を見たらどうなんですかね? アラバマさん?』

『ア・ソ連合体存続の危機だってのに、部族の伝統だ誇りだと、それでこの国は守れるのかい?』

「若造がっ! 知ったような口をっ!」

『この茶番の発端は、そもそもご自分にある事をそろそろ自覚なさったらどうです?』


 再びウィンドゥが開き、艶やかな真っ黒い毛並みに胸元の白い三日月模様を持つ、着流し風な和服っぽい浴衣というか何というか、微妙に純和風から遠い場所にあるなんちゃって和服を来たクマが映る。他の二人と同じく年若い青年のクマだ。


『宇宙港での一件、我々はあれで目が覚めたんですよ。開祖クマを頂点に持ち、その末裔である我々こそが最強だと、実に痛々しい勘違いを、彼らは一発で吹き飛ばしてくれました。上には上がいる、そういう教えをね』

「な、何を言って……」

『貴方は無様に気絶して覚えておられないでしょうがね。あの一件、ライジグスの方々は無かった事として流してくれたんですよ。無様に気絶した奴らに殺意を向けられたのにも関わらずにね』

「……」

『ザンダ・ムーンベア・クマ。反対勢力だった老人達を拘束、コロニーからの追放処分とし、ムーンベア部族の意志統一を済ませました。新族長ザンダ・ムーンベア・クマの名の元に、ムーンベア部族は代表ニカノールの方針に従う事を誓います』

「なぁっ?!」


 新しく族長となった三人の若者は、あの事件が起きた宇宙港に居たのだ。愚かにも直接敵対行動をするようにしていたアラバマ部族とは違い、遠巻きに囲んでプレッシャーを与える、日和った消極的な反対勢力といった感じではあったが、確かにアラバマの思惑には乗っかっていた。


 アラバマの連中がライジグス一行に殺意を向けた時、さすがに不味いとは思っていたが、その殺意に尻込みするような連中だったらそれはそれで追い出す口実になる、と前族長達は考えたようだった。


 だが結果は殺意すら跳ね返す馬鹿でっかい威圧を向けられてアラバマは撃沈。消極的反対勢力だった三部族は、格の違いをまざまざと見せつけられた上に、器の大きさを見せつけられるような対応をされて完全に面子を潰された。


 この事で部族の若者達が正気に戻り、部族の風通しを悪くしていた層、伝統だ誇りだと頑固に過去の因習に固執していた老人達を排除し、ニカノールが提唱していた方針に賛同する方向へと部族全体を切り替えたのだった。


『アラバマさんは一部族でワゲニ・ジンハンと戦うのでしょう? 我らは代表に従うので支援は出来ません。頑張って部族の誇りと伝統を守って下さいね?』

『派手に戦って派手に散って、それで部族が守られるんだったら見せてくれ。ま、うちの部族じゃ絶対やらせないがね』

『開祖クマの教えは、伝統を必死に守り、誇りを必死に守り、それで部族全体を、国全体を疎かにせよという悪習でしたかね? 大人になりましょうよ。伝統やら誇りやらが絡まなければ、貴方は立派な賢人なんですから』


 三人の若者は言いたい事を一通り喋り終わると、ニカノールへ深々と頭を下げ通信を切った。


『支援は必要無いのだったな……すまないが、お前達に回す資金も無い。支援を必要としないのならば、戦費もアラバマで調達してくれ。ではな』


 実に残念だ、ニカノールはその言葉を残し通信を切った。


「……」


 通信室に残された沈黙は重々しく、そして自分に向けられる視線は痛々しい。ブラウンはそれでも意志を固め、ぐっと拳を握り締めて振り返った。


「部族の誇りの為に、皆の命を開祖クマに捧げようっ!」


 とっびきりの笑顔で告げられた言葉を聞いた若者達が、一斉にブラウンへと飛びかかり、殴る蹴るの暴行をして病院送りにすると、若者達はブラウンをそのまま族長から引きずり降ろし、ベネスという理知的な若者を族長へと選出、その日のうちに部族全員でニカノールへ土下座して謝ったのだった。


 結果的にライジグスの登場で、色々ごたごたしていたア・ソ連合体は大きく一つにまとまった。ニカノールとしては予期せぬ好事であったが、棚からぼた餅、終わり良ければ全て良しと、かなーり無理矢理、強引に納得したとか……




 ○  ●  ○


 ウェイス・パヌスの倉庫街は、ちょっと懐かしい雰囲気があった。空気感というのか雰囲気というのか、どこか田舎の倉、土蔵というか、そんなノスタルジックな感じがする。


「発酵食品を作るのに、こっちの方が都合が良いらしいんだと」

「へぇー」


 物珍しく周囲をキョロキョロ見回していると、発酵食品の蔵元である商人のおじいちゃんと仕入れ交渉をしていたおっさんが、そんな説明をしてくれた。


「ははは、古くさい、どうにも時代遅れな感じがするでしょう?」

「いやいや、これはこれでなかなか」

「ははは、そう言ってくれると嬉しいな。あたしも年若い頃は、ここが本当に嫌いで嫌いでね。でも年を重ねて、ここで商売を続けていると、何というか安心するというかね、なんとも言えない気持ちになって来てね」

「あー、すっごい分かります。実家のような安心感って奴ですかね」

「なるほど、そう言われるとそうかもしれないね」


 おっさんの相手をしていたアライグマっぽい、ケモ度四割くらいのおじいちゃんが、ニコニコ笑いながらこちらの会話につき合ってくれる。


「でも今回ばかりは駄目かもしれないねぇ」


 笑っていたおじいちゃんが、どこか悲しそうな表情で倉庫の壁を撫でる。


「これまで何度もワゲニ・ジンハンとは戦って来たけど、今回ばかりは数が今までとは比較にならないらしいじゃないか……ア・ソ連合体も終わりかね……」


 どうやら件の侵攻具合は国民に広く伝わっているようだ。まぁ、余裕がある人間は逃げろっていうメッセージなんだろう。ニカノールさんマジで、ここの代表の任期が終わったらうちに来てくんないかな。最強の政治家だと思う。


 おじいちゃんの表情があまりに痛々しかったから、おっさんが俺に一瞬だけ目配せすると、うさんくさい笑顔を浮かべて口を開く。


「ああ、そっちは心配しなくてもええよ」

「え? そうなのかい?」

「はいな。この宇宙でも最強のお人好し軍団が動いてますねん」

「……え? でも、ライジグスの方々は資源開発の調査に来たという触れ込みでは?」


 やれやれ、おっさんも十分にお人好しだこと。俺もちょっとだけサービスサービスゥ!


「調査中に喧嘩を売られたら買うんじゃないかな? 自衛は必要だと思わない? ねぇ、おじいちゃん」

「っ! ああっ! なるほど! そういう……ニカノール代表様、さすがですねぇ」


 沈んでいたおじいちゃんが、俺達の言葉で笑顔になる。まぁ、発酵食品、味噌とか醤油とかの蔵元してるこのおじいちゃんとは、末永く仲良くしてたいからね、これくらいのサービスはよろしかんべぇ。


「今回はおおきに。またお伺いしますんで」

「ええ、美味しい味噌と醤油を作ってお待ちしてますよ」

「期待しておきます。ほな、また今度」


 にこにこと笑うおじいちゃんと別れて、俺達は別行動しているティナさん達の元へと向かう。


「向こうは何を仕入れてるんだっけ?」

「明確には決めて無いはずだ。ティナのウィンドショッピングみたいなもんだな」

「……別に言葉遣い気をつけなくてもいいんだけど?」

「バザム訛りって下に見られるねん。だからなるべく出ないよう注意してんねんて」

「ノーマル言語のおっさんの方がキモい」

「へいへい、ワイが悪ぅござんした」


 そんな馬鹿話をしながら歩いていると、何やら向かっている方向から罵声が聞こえてくる。俺は額を押さえ、おっさんは天を仰いだ。


「ここって治安悪いの?」

「だから、ライジグスが異常だっとゆうとんねん」

「それこそ知らんがな。ウチの努力の結晶でんがな」


 ちょっと早足で現場へ向かえば、熊さんを踏みつけている我が娘達の姿ががががが……


「あまり良い予感がしねぇ……」

「同じく……」


 波乱が俺達を待ってるぜ! ってうるさいわっ!

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