第197話 ニカノールさんが来た

 小国家群ア・ソ連合体。最小はステーションのご家族単位の独立国家から、最大は惑星規模コロニーまで、バ・イランヤ星系のミッドガルズ宙域を中心とした、ありとあらゆる国家の集合体である。


 独自文化の宝庫であり、本当の意味での多種族国家でもある。ほんとうに色々な種族が自分達の文化文明を守って生活をしている、そんな唯一無二の国家だ。


 その小国家群を取りまとめた人物なのだが……思わず熊本? 島津? え? 首くれ? というイメージを持つ開祖クマ・モート・チーマヅの名前を歴史書で見た時は笑った。だってチーマヅって有名なプレイヤーだったし、こいつもこっち来てたんかーい! って思った。名前から分かる通り、宙賊狩りを専門としていたクランのマスターで『首! 首置いてけっ! なー! 首寄越せ!』と叫んでいたのがコイツだ。本当に皆、あの漫画大好き過ぎるよなぁ……


 なぜ小国家群の話をしているか? 今、目の前にそのア・ソ連合体の国家代表であるニカノール・ウェイバー氏が座っているからだ。奥さんであるラサナーレ・ウェイバーさんは、奥でうちの嫁達とお茶会を開いている。


「この度は誠にありがたく。無償提供というご厚意に甘える形になってしまって申し訳なく……あ、これつまらない物ですが」


 大層な苦労と激務からか鈍い灰色の頭髪が少し寂しい。きっと色々な苦労があった事を感じさせる、そんな歴史を刻み込んだ深い皺に、厳つい男の渋みが染み込んだ顔を不器用な笑顔にして、いきなり団子とパッケージリングした菓子折りを差し出してくる。


 ……おうこらおうチーマヅ、これは貴様の差し金か? こんな場面で俺に笑えと?


「……ご丁寧に、後程妻達といただきます」


 頑張ってひきつらないように笑顔を作り、恭しく両手で受け取って、側に控えていたガラティアへ丁寧に手渡す。頂き物だからね、気を使わないと。


「代表は緑茶が好みであるとか。こちらは最近、我が国から発売しました新作になります。お試しいただけますか?」

「あ、こりゃどうも。では」


 ガラティア七人衆なんつー妙なカテゴライズされている、スカーレティアで二番艦の艦長をしているエリスが、メイド・オブ・メイド(なんつーか、どんどんメイドの概念がいかちーくなっていくんすけど……)らしい、これぞ模範よ、という美しい提供の仕方でニカノールさんの前にティーセットを置けば、ニカノールさんも嬉しそうにティーカップを持って口をつける。


 日本茶をティーカップで、ってすんげぇ違和感あっけどな……いや湯呑みも作ったんだけど、あまり受けがよろしくなくてんなぁ……現在がっつり陶器な湯呑み製作を進めている段階だ。


 俺の前にもエリスがティーセットを置き、彼女の腰を軽く叩きながらティーカップを持ち上げる。


 さて、そろそろ話を振らんといかんかな。


「本題は何でしょう?」

「……分かりますか?」


 ニカノールさんが苦笑を浮かべながら、ゆっくりティーカップを置く。


「鬼殺しのニカノール」

「いや、参りましたなぁ」


 ア・ソ連合体の国家代表は悪い意味で有名だ。激務、早死に、奴隷……そんな代名詞で呼ばれる事多数、それぐらいに忙しい役職なのだ。そんなニカノールさんが、ただお礼をする為だけに来る訳がない。


 ちなみに鬼殺しとは、激務の鬼すら殺してみせるニカノール氏の能力の高さからつけられた二つ名である。国家代表じゃなけりゃぁなぁ、是非にうちに引き込むんだが。


「その、お恥ずかしい話なのですが……」

「お伺いしましょう」


 話が長くなりそうなアトモスフィアを感じ取ったのか、すかさずエリスが邪魔にならない程度のお茶請けを、そっとニカノールさんの前へ提供……なんか、動きが凄くないか? つーか瞬間移動しなかった? なんか姿が一瞬ブレたぞ?


「開祖クマの代からなのですが、ア・ソ連合体では役割というか勝手に行っている使命といいますか……バ・イランヤ星系のすぐ近くにオーゥ・ジ星系を含む暗黒星団があるのはご存知でしょうか?」

「オーゥ・ジ星系……失礼」


 俺は端末を操作してア・ソ連合体のある場所近辺の星系図を呼び出す。


 ……うわぁ……ここって……


「えーっと、妙な倫理観を持つ、無限に湧き出してくる感じの、六足歩行する奇妙な生命体が、独自技術の異常な風体の艦隊を率いてやって来る?」

「っ!? ご存知でしたかっ! ワゲニ・ジンハンの事をっ!?」


 知らいでかっ! つーかゲームでも異常難度の、なんでこれが常設ミッションで、しれっと日常お使い系ミッションに混じって張り出されてるねん! とプレイヤー全員から総突っ込みを受けた激ヤバミッションじゃんかよっ!


 ありとあらゆる生物のキメラみたいな肉体を持つワゲニ・ジンハンっつう種族がいて、独自に進化をした妙な技術を使った宇宙船を使用して自分達以外の種族を目の敵にした虐殺行為を行う、っちゅうはた迷惑な集団の種族、たぶん国家。その最前線というのが最終防衛ライン、ゲートオブバビロン宇宙要塞があるギルガメス宙域、多分現在のミッドガルズ宙域だ。


 あのミッション、クラメンの船に乗っかって見学した事あっけど、あんなんどうして常設にしたのか理解不能だったわ。完全にレイドミッションレベルの難易度なのに、最大単位が三艦隊(その当時だと、戦艦とかの合計十二隻、戦闘艦十隻で一艦隊単位と定義されていた)でクリアーしろっつう鬼畜感満載なモンだった。ちなレイド規模はクラン(大体十艦隊単位の集合体、誤差あり)が最小で四、最大で十集まってこなすようなレベルを言う。まぁ、スペースインフィニティオーケストラでの話だから、他のゲームでどうだかは知らんけど。


 このミッションがねぇ、報酬がとんでもなく旨味うまあじで、このミッションを効率良く回す為に各クランの技術職が駆り出され、上位層と呼ばれるクランの大艦巨砲主義が加速した、っていう説がある。それにゲーム全体が引っ張られたとかね。


 なるほどねぇー……あのクマが、自分のクランの運営すら投げ出したいってな感じの男が、どうして国家運営に手を出したかこれで理解できたわ。あれと同程度の事が起こっているなら、絶対に国家単位での戦力が必要になる。


「ワゲニ・ジンハンは周期的にア・ソ連合体へ侵入してきます。これは連合体の使命ですので、連合体全国家が総力を上げて戦って来ました……ですが――」

「前回のウィルス攻撃ですか?」

「っ?! いやはや、ご慧眼感服致します。はい、その通りでございます。多くの連合体のコロニー・ステーションが未だ復旧出来ず、そちらを疎かにすれば国民が死ぬ、という状況でもあり、今回のワゲニ・ジンハンへの対応が」


 俺はチラリとシェルファの膝に乗っかって湯呑みを両手で持つブルースターを見る。うん、あの様子だとこっちの事は聞こえてないな。


「ただ……」

「ただ?」


 ニカノールさんが、薄くなった頭をポンポン叩きながら、心底困った表情で告げる。


「その頑固な指導者が多く、今回の事は自分の独断でして……同盟関係にあるライジグス王国であっても、その軍隊が来たら」

「反発がありそう、だと?」

「……申し訳ありません。助けてくれと泣きついているのはこちらなのに」


 あれかな、クマが開祖って言うくらいだから、あんな感じのキャラが多いってこった? クマの性格は、完全に野武士、絵に描いたような頑固親父っぽいファッション亭主関白(リアル家庭では完全に嫁の尻に敷かれてるってクラメンに暴露されてた)だった。つまりあの手の性格の奴がたくさん、ってか? うわなにそのめんどうなしゅうだん……


 だからと言って見捨てるって選択肢はもちろんないんだけどな。スーちゃんが悲しむような事は排除しないと、幸福は義務です!


「……ちなみに規模はどの程度で?」

「それが……今回の数は異常に多いようで……このままですと、ア・ソ連合体の主要同盟国が……」


 痛し痒しとは違うだろうけど、色々と板挟み状態にあるんだろうニカノールさんは、しきりにハンカチで溢れる汗を拭いている。うん、このおっさんほっとけないなぁ……それに本当に国を想って、覚悟を持ってライジグスに来たんだろうし……であるならば、頼れるアイツの出番ですな。


「なるほど。少し失礼しますね」


 俺はプライベート機能(遮音する装置。マナーですからね)を立ち上げてから端末を起動し、神聖国で新婚旅行風味の観光中であろうレイジ君に悪いと思いながら通信を繋げる。


『ちょ、待って、まてまて! パパンから通信だって! マジ待て』

「……あーごめん、大丈夫か?」

『ステイ! あーすみませんお待たせしました。どうしました?』

「いや、どっちかつーと俺がそれを聞きたい」

『あー大した事じゃありませんよ。ちょっと女王陛下おすすめのレストランに来てるんですが、誰が僕に食べ物をあーんさせるかっていう、本当に大した事ないアレですので』

「新婚旅行気分を満喫してたんだね。ごめんなマジで」

『あははは、大丈夫です。予定切り上げまでまだまだ時間はありますから。それでどのようなご用件で?』


 俺は申し訳なく思いながら、ニカノールさんからの情報をレイジ君に伝える。


『なるほど……ちなみに陛下から見た、そのバーゲンですか? はどんな感じです?』

「ワゲニな……今の戦力だったら第一艦隊を差し向ければ問題ないかな? っていう程度だとは思う。ただ……」

『……また、ハプニングがあると?』

「んだなぁ、ありそうだよなぁ」


 俺の言葉にレイジ君は虚空に視線を走らせ、とんとんとこめかみ部分を叩きながら思案をすると、何やら思い付いたのかニヤリと笑って口を開く。


『……あー、確かミッドガルズ宙域に複数かつ小規模でしたが極地が転々とありましたね?』

「ん?」

調査しますか? せっかくその場に最高元首がおられる訳ですし、拠点構築が終わった精鋭部隊を遊ばせておくのも勿体無いですし、調査許可を貰って』


 いやぁ、さすが我が国で最も頼れる宰相閣下。


「……さすレイ」

『それほどでもある。ついでにエッグコア隊の奴らも再訓練名目で連れて行かせましょうか? エッグコアも改修が進んで別物になってるから、実戦経験も必要でしょう』


 更に国としての利益になるような事もしれっと組み込む。


「さすレイ!」

『もっと誉めるが良い。んじゃそんな感じで。うちの部署にその事を回して貰えば、僕の優秀な部下が処理してくれますよ』

「あんがと」

『いえいえ、では』

「おう、新婚旅行楽しんで」

『あざーす!』


 通信を切り、プライベート装置を解除して、俺はニカノールさんに切り出した。


「うちの方で現在極地の開発を進めてまして、ちょっと調査名目での我が国の部隊の入国許可を頂けませんか?」

「え? 極地の開発? ですか」

「ええ、我が国の精鋭部隊です。調査拠点から防衛拠点まで、幅広く対応できる我が国でも選ばれた部隊なんですけどね」

「っ!? は、はいっ! 是非にお頼み申す!」


 良かった、ちゃんとニュアンスは伝わったみたいだ。最高元首の許可を貰ったミッドガルズ宙域内の極地調査という名目だったら、ライジグスの調査船団が入り込んでも問題にならんからな。


「技術交流でもしましょうか。コロニーやらステーションやらの修繕作業とかに役立ちそうですし」

「……かえすがえすありがたく……しかし、それ程までやっていただいても、その、こちらに見返りは……」

「ああ、それなら極地から算出される資材を、適正価格で売ってくれる、というのはどうですかね?」


 いやぁ、うちのご用商人のおっさん、あいつ実は凄腕だったんだよ。だからお茶関係の利益やら、技術的な利益やらが凄いがっぽがっぽ国に入って来てて、どこかで放出しないと経済が腐りそうだったんだよ。少し連合体へ回せば、経済も回るでしょう。これもスーちゃんの気にしいポイント消滅の為だ、安い買い物よ。


「……ありがとうございます、お言葉に甘えさせていただきます」

「ええ、是非そうして下さい」


 その後、ニカノールさんとの詰めの作業を進め、ライジグス精鋭調査船団の派遣が正式に決定したのだった。おまけのエッグコア隊も添えて。

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