第196話 フィーバータイム 裏面 妻達の戦い

 艶やかな茶髪をきっちり編み上げ、どこか鋭利な印象を与える切れ長のエメラルド色の瞳だが、顔半分近くを占める丸メガネのおかげで柔らかく優しく見える。ミステリアスな感じのアルカイックスマイルを浮かべ、じっとシェルファを見ている彼女は、クラン『遊戯人の宴』のメンバーの一人、テイメスという女性プレイヤーのクローンAIである。


「レベルを三つ上げます」

「ちょっ?!」

「まだ限界では無いでしょ? 貴女は土壇場になればなるほど能力を発揮するタイプですよ。ならきっちり丁寧に追い込まなければ、ね?」

「ね? じゃないっ! あああああっ?! 一気に情報量がっ!」


 ここは妃達専用の大型シミュレーションルームである。もちろん時間加速装置完備で、クラン『遊戯人の宴』全てのクローンAIの使用が許可されている。もっと言えば、レイジら義兄弟、マルト、カオス、ガイツ等々が散々使い込み、その経験を垂れ流しにするのは勿体ないとタツローが改良を加え、複数の量子コンピューターネットワークを増設しまくり、完全学習型AIへとアップデートした関係で、当初の能力を大幅に上昇させた鬼畜仕様へと進化を遂げた王家専用超高難易度シミュレータだ。


「ちょちょちょちょっ?! テイメス?!」

「集中! 大丈夫! 前の二倍程度でしかありません。貴女ならこなせます」

「こんちくしょうっ!」


 ジャンプ航法を開発してから、空間に対するアプローチが出来るようになり、空間に作用する装置を動かす莫大なエネルギーも、超高効率新型ジェネレータが作られたおかげで問題なく作動させられる。これによりシミュレータ装置に空間拡張装置が組み込まれ、最大三人でしか使用出来なかった物が、最大三桁人数まで収容可能となった。こうしてタツロー嫁軍団は、タツローを外へと連れ出す役割のマリオン他数名を除いて、ここに集結していたのだった。


「あっ?! あああっ!? うわぁっ?!」

「ほっほっほっほっ、詰めが甘いんじゃよ。戦場は水物じゃ。視野は広く、耳を研ぎ澄まし、感覚を拡張するんじゃ。どんな時でも対応できるように、のぉ」

「容赦無いっ?!」

「負ければ全て持ってかれるじゃろ? 敗けは許されんのじゃよ。ほっほっほっほっ」

「あああああああああっ!?」


 白髪の、品の良さそうな紳士然とした老人。キオ・ピスよりえげつない戦術を駆使し、気がつけば勝利をかっさらう事で有名な、糸目の魔術師とよばれていたタツローのクラメン、メテロ・ウプスが、顔を真っ赤に染め上げて必死に抵抗しているゼフィーナを、からかいながらえげつなく追い詰めていた。


「まだまだ勝ち筋はあるぞぃ?」

「ぐぬぬぬぬぬぬっ?!」

「ほれほれ、そんなんじゃ愛しい旦那様をあっさり殺されるぞぃ?」

「っ?! 舐めんなっ!」

「ほっほっほっほっ、感情を乱されたら、ほれ、チェックじゃ」

「ぐぬぅおぉぉぉぉぉぉっ!」


 普段のゼフィーナからは考えられない、頭をかきむしって全力で悔しがる姿に、メテロは愉快そうに笑った。


 そんなゼフィーナの隣では、真っ赤な長髪をビンビンに立てた野性味溢れる男性が、軽やかな動きで火器管制システムを操作している。


「へいへい、かもんかもんかもん! そんなスローじゃ退屈しちまうぜぃ?」

「くっそムカつくっ!」


 アロー・オブ・サジタリウスの基本を作った変態、タツローのクラメンであるルゥが、ファラを相手にガンガン狙撃をかます。二人はお互い同じ船に乗っている条件で、狙撃の射ち合いを行っていた。お互いがお互いの弾を射ち落とすという、ちょっと何を言っているか分からない系の戦いを行っていた。


「おいおいおいおい、でっかいのはお胸様だけかい? なんじゃぃ? そのチマチマした攻撃はよぉぅ。つまんねぇーな、まだマルトのクソガキの方が面白かったぜ?」

「このお胸様は旦那だけのモンよ見るんじゃねぇっ! やってやろうじゃないの!」

「ほほぉーぃ、ひゃひゃひゃひゃ、ぬるぬるのぬるま湯。あーこんなんじゃ湯冷めしちまうぜ」

「くっそ! これならどうだっ!」

「ん? 何かしてんのぉ?(はなほじ)」

「きぃぃいぃぃぃぃぃぃっ!」


 一般人の目には、二人がどんな事をしているのか理解不能、ほぼ龍の玉的なうんたら視点状態になっている。異常なのは、本気を振り絞り限界を突破してる感じのファラを、片手であしらってるルゥの存在か。その様子にますますファラが限界以上の力を振り絞るのだから、ほとんど果ての無い勝負をしているようなものだ。


「派手ですねー」

「そうね、そうなのよ」

「わたくしはーゼフィーナみたいな事はー出来ませんー」

「うふふふ、そうかしらね? そうなのかしらね?」

「はいー、ですのでーお願いします」

「いいわ、いいのよ」


 ファラやゼフィーナ、シェルファの様子を視界に入れながら、リズミラは新緑のような艶やかな、ほぼ蛍光色に近いエメラルドグリーンの長髪に、こぼれ落ちそうなくらい大きいサファイアのような瞳をしたルミ・ステアに深々と頭を下げる。それをルミは優しい微笑みを浮かべて了承する。


「基礎を徹底的ね?」

「はいー、残念ながら彼女達のようなー頭おかしい技能はー持ってないのでー、徹底的にー基礎を上げようかとー」

「うふふふふ。任せて、任せてなの、バッチリよ」

「はいーお願いします」


 完全にタツローと同じ畑出身であるが、ルミはタツローより万能タイプである。いや、今現在のタツローではなくてゲーム時代の、であるが。それでいて彼女は非常に教え上手である。マンツーマンでつきっきりのレクチャーとなれば、リズミラの地力は否応なく上がるだろう。他の正妃達と比較すればかなり平和な光景だった。


「はいですの。我々メイド隊は、ダーリンの愛情たっぷり謹製新型AMSタイプヴィクトリアンを使いこなせるよう訓練を行いますの」

「「「「はい! メイド長!」」」」

「特別講師はこちらですのっ!」

「あ、どうも門田です」

ロドムの師匠ですの」

「「「「おおっ!」」」」


 側妃、才妃メイド勢揃いの場所に、完全場違い感丸出しの、着流し姿な大男、黒髪をちっちゃいポニーテールにし、いかつい四角形な顔に困惑の苦笑を浮かべ、美女達の視線にぽりぽり頭を掻く。


「あー、護身術を中心にレクチャーを。様子を見て、適正がありそうな方には個別でのレクチャーをします」

「「「「よろしくお願いします!」」」」


 それぞれがそれぞれの特性、能力、資質を伸ばす方向での訓練を行い、クランの財産をフルスペックで使用して、必死に努力をしていた。


 全員が同時に感じた違和感。まるでこの世の終わりを迎えるような恐怖。必死に逃げているのに追いかけられているような焦燥感。何もかも失ってしまうような絶望感。そういうマイナスの感情が雪崩のように襲ってきた。


 個人個人の思い込みか、ストレスなのか、それとも疲労? などなど心当たりをしらみ潰しの多方面的に調べたが、これと言った原因は全くの分からず仕舞……ただ嫁同士でコミュニケーションを取ってたおかげで、かなりの負荷を感じたそれらを、ほとんど受け流して処理し、本来ならば専門的なカウセリングぐらいは必要だったろうそれを、そこまで深刻にならずに済んだのは僥倖であったが。


 その感覚が実感レベルで緩和したのは、タツローが開発に打ち込むようになった時だった。その事にいち早く気付いたファラが、ガラティアに協力を要請し、ガラティアが感じている感覚を数値化してもらい、ファラが試験的に普段以上に厳しい訓練を行い数値の変化を監視してもらえば、やはり数値が減少した。


 ……まるでこれから起こる何かに備えろとでも言ってるよな、そう忠告されているような、結果を聞いた嫁達の誰もがそう考えた。ならばやる事は簡単だ。いつも以上に訓練をすれば良い。こうして嫁達による合同合宿が開催されたのであった。


 タツローに内緒にしたのは、あの歩く心配性、過保護男の方向性を限定させない為だ。


 嫁達が感じている事をバカ正直に話せば、あの男の事だ、それこそ要塞レベルの装備を個人で使用できるようなカスタマイズを行い、嫁達一人一人にプレゼントする、くらいの事をしかねない。


 嫁達はそれではダメだと感じていた。これはライジグスという国家全体が直面しているナニか、なんだと。だからタツローには国家という枠組みで、ライジグスを超強化する、という方向で暴走してもらわないとならないのだ。だから自分達の事を秘密にしたのだった。


「かー様達、凄い」

「いやまぁ、君も十分凄いんだけどね?」

「そう……かな?」

「そこは自信を持って、な?」

「うん」


 白兵戦闘の基礎部分をレクチャーしているドゥス・カードが、しっかり柔軟体操をしているブルースターを見ながら、その深紅の瞳を細める。ただ立っているだけで絵になるようなイケメン。淡い灰色の長髪もあってどこか神秘的雰囲気のある男だ。


 だがその外見に騙されて、ただの優男だと油断した奴らがどれ程食われた事か。微笑みの猟奇殺人鬼、そのイケメンはそんな物騒極まる二つ名で呼ばれていた人物である。


 だが異名が物騒だから、その人間性までそうと言うわけではもちろんない。イベント戦闘とかだとはっちゃける傾向にあるが、普段の彼はとても優しいお兄ちゃんだ。それはブルースターが懐いている事からも分かるだろう。


「まずはイシカワスタイルを確実に、これが出来るようになると、ウォークスタイルは勝手に出来るようになる。イシカワスタイルを過不足なく使えるようになるまで頑張ろう?」

「はい、お願いします」

「任せて。すぐにルルお姉ちゃんに追い付くよ」

「うん、頑張る」


 タツローに年少組と呼ばれている幼い子供に戦闘技術を仕込んでいる張本人が彼であり、子供達がほぼ白兵戦闘技術をモノにしているところからも分かる通り、彼は教師としてとても優秀である。いや、優秀過ぎた。


 実は正規軍人でも、レーザーブレイドで射撃されたレーザーのはたき落としことイシカワスタイルと、射撃されたレーザーの反射ことウォークスタイルは高難易度とされている。これが出来ない軍人が本当に多い。いや、まず出来きる前提なのがおかしいのだが……普通は出来ないのが当たり前である。


 戦闘艦による変態飛行は、実は船のシステムにアシストするプログラムが入っており、これにより未熟な腕でも何とかなるのだ。だが、白兵戦でそんなアシストは介在しない。完全に訓練の内容がモノを言う。


 そんな変態技術を、まだ未熟な子供に完全に教え込めるドゥス。彼もまた最上級に変態であった。


「じゃぁ、おさらいだよ。まずは?」

「こう、して……こう」

「そうそう、それを今度は素早く?」

「やあ」

「上手い上手い」


 こうしてタツローが預かり知らぬ場所で、嫁と娘とその他大勢の、終着点なんざ関係ねぇっ! というパワーアップが進められるのであった。

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