第194話 泥沼商法
Side:ゲド・ヴェロナ共和国領宙域
バザム通商同盟がフォーマルハウトに名前を変え、それを内外に大々的に宣言したまさにその時、かの共和国の内戦は始まった。
世に悪名高きゲド・ヴェロナ共和国。無能と犯罪と狂信者の国の内戦、内乱は当初失笑をもって各国に知られる事となる。
いやいや今さら内乱って、もうどうにも手遅れだろうとどの国でも思われていた。
かの国がまともだった頃と言えば、ちょうど帝国が旧王家の権威を手に入れて、大々的に世へ誕生した頃まで遡らなければならない。それを聞かされれば、多くの人々はむしろ逆に驚くのだが、まともな時期があったのか、と。
とにもかくにも内戦は勃発し、それは今現在でも継続中であった。
「それで、その商品を格安でこちらへ譲りたい、と?」
「はい、悪い取引ではないと思うのですが?」
「……」
共和国内戦の実情は、共和国を腐らせていた原因であった教団を排除しようとする軍人派閥と、昔の共和国政治を復活させようとしている復古派閥、そして教団こそが共和国也としている教団派閥、この三つ巴の戦いであった。
今現在は、軍人派閥と復古派閥が最終目的は同じじゃね? という意見の擦り合わせが行われ、二つの派閥連合と教団派閥の戦いになっているが、いかんせん教団の戦力が異常すぎて敗走に敗走を重ねている状態だ。
それでも軍人・復古派閥が何とか戦えているのが、とある商会の存在があるからだった。つまり今現在、連合の最高指導者の立場である、刈り上げられた焦げ茶色の短髪に、四角い顔の融通が効かなそうな茶色の瞳を鋭くするダモン・クロスベルグ名誉元帥と商談を行っている女商会主ムスタファである。
「確かに貴女の協力で我々は踏みとどまっているのは事実だ。しかし、商売である以上、君の商会は利益を出さねばならんだろう? これ以上我々へ与するのは利口とは言えんと思うのだがね?」
教団はレガリアを製造するプラントを持っているらしく、その軍勢全てをレガリアで揃えている。対する連合の陣容は、世に名高き共和国クオリティの艦船のみ……これでそもそも勝負になるはずがなかった。
分かりやすい例えを出すならば、オモチャの光線銃で本物の光線銃を倒せ、と言っているようなモノだ。それでも何とか戦いに持ち込めていたのは、商会から提供されていた帝国が最近放出し始めた軍艦のパーツを破格の値段で仕入れ、それで何とかカスタマイズを行えた事と、ダモン名誉元帥の卓越した作戦立案能力と指揮能力があったからだ。
「我々にも利益はあります。それはきっと軍人の方には理解しかねる事だと、むしろ理解不能と頭を抱える事だと思われますが……」
頭からすっぽり布を被り、口許も布で隠し、見えているのは妙にギラギラ輝いて見える巨大な双眸。確かに見えているのに、何色かすら分からない、不気味な瞳。その瞳が今確かに嗤った。
「ふむ……なるほど、その事は諦めよう」
ダモンは背中に冷や汗を流しながら、何もかも見透かされ、全てをさらけ出されそうな彼女の瞳から自分の視線を逸らし、港に係留されている軍艦を見上げる。そこには帝国でも教団でも使われていない、かなり鋭角なデザインをしたレガリア級巡洋艦があった。彼女はこれを駆逐艦一隻程度の値段で提供すると言い出したのだ。いくらなんでも裏があるのではないか、そう勘ぐるのは当たり前だろう。それに彼だけが知っている事実が二の足を踏ませる。
「もちろん同型の戦艦、重巡洋艦、駆逐艦、フリゲート艦、ミサイル艦、戦闘艦もご用意出来ます。提供するお値段も勉強させていただきますよ?」
まるで彼の苦悩を理解しているかのようなタイミングで、女主人が猫なで声で告げる。
「……いくらだね?」
「そうですね」
女主人が目配せをすれば、彼女と全く同じスタイルの女性従業員が静かにデータパレットをダモンへ渡す。その内容を確認したダモンは、ピクリと眉を動かす。
金額が、破格すぎた。
本来、レガリアというのは国家予算が吹っ飛ぶレベルの価値をつけられる。それはマスター登録が出来ない無用の長物、動かせないゴミであってもその価値は天井知らずだ。データパレットに記載されていた価格は、むしろ普通の艦船より格安だった。
これは中抜きか? ダモンはそう思って巡洋艦をチェックしているこちらの技術者へ目配せすると、技術者は困惑した表情で首を横に振った。どうやらちゃんとした完品であるようだ。ならばますます納得し難い値段設定である。
「ほほほほほ、そんなコスい商売はしませんよ。そうは言っても納得はされませんでしょうから、納品する時はいくらでもチェックして下さい。我々はそれを不快とは思いませんから」
またしてもこちらの事を理解してます、そんなタイミングで女主人が猫なで声で言う。強烈な苦々しさを感じながら、ダモンは何とか言葉を吐き出す。
「……ご理解痛み入る」
「信頼が第一、それが商売の基本ですから」
「……」
それが一番胡散臭いんだが……口にも態度にも出さず、何とか冷静さを装いながら内心で呟く。
その後も色々と女主人の完璧過ぎるセールストークは続き、ついにダモンは重々しい溜め息を吐き出し決断する。
渡されているデータパレットに、希望する艦船の数を入力して、彼の側にじっと立って待っていた女性従業員へパレットを手渡した。
「ではこちらで頼む。支払いは――」
「はい、いつものレアメタル支払いですね」
「ああ、支払い手順は」
「納品と同時に、ですね」
「すまない、それで頼む」
「承知しました。それでは二百五十時間後に再び伺います。ああ、こちらは商談成立のお礼として提供させて頂きます。毎度ありがとうございます。これからもご贔屓に」
女主人ムスタファ、夢幻商会ムスタファはそう言い残して立ち去った。残されたダモンは苦々しい表情で、港に係留するレガリア巡洋艦を見上げる。
そんなダモンの元へ、彼に絶対の忠誠を誓う副官が小走りに駆け寄る。
「よろしかったのですか?」
信頼する副官の言葉に、ダモンは色々な重さが混じった息を吐き出すと小声で告げた。
「……これは内密に頼む」
「……はっ」
「あの女狐、教団と繋がっている」
「っ?!」
ダモンはレガリアを見上げながら、信頼すべき副官に事実を告げる。副官はすんでのところで声を出さず、荒々しい息で呼吸を整えながら、厳しい視線を上官へと向ける。
「もしも今回の話を受け入れず、現行の戦力で戦った場合、どうなるかね?」
「……」
「そうだ、受けるしかない。何とか時間を稼ぎ、体が弱った老人や女子供は極秘にライジグスへと逃がせてはいる。だが、我々の背後にはまだまだ弱った民が残っている……ここで滅びる訳にはいかぬのだよ」
教団がレガリアを持ち出す前までは何とかなっていた。それこそ共和国中枢を占拠して、現政権との政権交代が行われる寸前まで行けたのだ。だが、内戦終結という間際になると教団がどこからかレガリアなんぞを持ち出して盤面をひっくり返してしまった。
そこからは敗走に敗走を重ねて今に至る。ダモンが用意していた複数のステーション拠点を利用して、何とかゲリラ的な妨害工作で命を長らえていた訳だ。
「愚かな夢だったのかもしれぬな」
「……ダモン様」
ダモンの派閥が目指す教団排除も、復古派閥が目指すかつての共和国政治も遥か遠い。しかも自分達は教団が手引きした何かに利用されている感じだ。じっとりとした絶望が魂を蝕む。
「フォーマルハウト大同盟、いっその事、彼らに滅ぼされた方が我々は救われるのやもしれぬぞ?」
いつになく弱気なダモンに、副官は痛々しい表情を浮かべてぐっと口を結んだ。
「あー、お話し中失礼します?」
「……ああ、何だね?」
そんな微妙な空気感の二人の元へ、キャップを深々と被った技術者が駆け寄り、データパレットを渡した。
「ご命令通り、あれのチェックを行いました。結果は問題ありません」
「そうか。君らにも手数をかけたな。ここはもう良いから休みたまえ」
「はっ! では失礼いたします。おーい! 引き上げだ!」
「「「「おおっ!」」」」
ダモンは引き上げていく技術者を見送り、手渡されたデータパレットを確認する。そんな彼をチラリと横目で見ながら、データパレットを渡した技術者はニヤリと笑って、手の中に隠した装置を握りつぶした。
「……まだまだ頑張って下さい、名誉元帥殿……ちょっとだけ隠れてサポートはしますからね……」
技術者が握りつぶしたのはメイン制御フレームに隠して仕込まれていた、艦船の制御を奪うウィルスチップ。ちらっと確認した限りではグレムリンアサルトと命名されたモノだった。
「……これで夢幻商会ムスタファがこちらの敵だと判明したと……まぁ、今回ばかりは俺もムカついたが……」
男は執拗に拳を握りしめ、残ったチップを完全に粉になるまで握り潰す。
「……うちのブルースターちゃんを悲しませるような事を……納品された全部のチェック、完璧にこなしてやろうじゃねぇか、クソがっ……」
アネッサがトップに立つライジグス特殊潜入部隊の最精鋭、男の正体はそれである。先日行われた無差別ウィルス攻撃、その影響が全く無かった共和国の状況を怪しんだアネッサによって、男は送り込まれ、今では軍人派閥にもっとも信頼された技術者の一人として活動していた。
男の楽しみは、アルペジオで平和な日常を送る家族の映像記録と、ライジグスまとめサイトと呼ばれているライジグス王家のやらかし案件をまとめた情報サイトを閲覧する事だ。なので彼は新しくライジグスにアイドルが誕生した事を知っているし、彼女の背景もしっかり知っている。そんな彼女を悲しませるようなクソったれなモノが仕込まれたとあっては、生粋ライジグスっ子(クヴァースの頃からのコロニストの事)としては黙ってられない。
「……姉さんにしっかり報告しないとな……」
男は表情を作り替え、ヘラヘラした顔になると、グダグダとだらけている同僚達の肩に腕を回し、この拠点に唯一ある酒場へと繰り出すのであった。
○ ● ○
Side:ムスタファ
「どの程度で引き出せる?」
「三十時間あれば、注文の品は揃えられます」
「チップの仕込みは?」
「そちらも三十時間でなんとか」
「そう。なら動きなさい」
「はい」
標準的なカーゴシップに、夢幻商会ムスタファの不気味なエムブレムを刻んだ船の貨物室部分で、女主人は嗤っていた。
「失敗した。失敗したって……くすくすくすくす、あんなに大見得切って失敗って……それで無能と罵るこちらに泣きつく……はあ、何てバカな子供なのかしら」
頭を、顔を隠す布を取り去り、全てをさらけ出すムスタファ。それを周囲で見ていた女性従業員達が素早く布を回収して立ち去る。そこに現れたのは異様な風貌をしたナニかであった。
頭部に無数の瞳があり、それらが独立してギョロギョロと周囲を睨み、褐色の肌が頭部の瞳の動きに合わせてグラディエーションするように変化する。複数の瞳も同じで色が一定しない。
古代稀少種族。その見た目で迫害を受け、その優れた特殊能力を恐れられ、滅亡へと追いやられた種族。それが彼女の正体だった。
「ここが聖地となる。やっと見えてきた到達点。ああ、何て長かった事か……貴方と結ばれる時が近いわっ!」
『こちらも準備が整ったよ、姉さん』
「ええ、ええ、もちろんこちらも整ったわっ!」
『さあ、始めよう』
「ええ、始めましょうっ!」
巨大な闇が動き出そうとしていた。全てを飲み込むような、そんな絶望にも似た闇が……
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