第193話 爆走国家! 徹夜でGO!
帝国領宙域の西部辺境。ベイティナ・フィールと呼ばれている極地があるのだが、当たり前だが全く開発なんかされておらず、北部と南部と比較してしまうと、それらより更に田舎感丸出しな感じにのどかな宙域である。
のどかと言っても、それなりに宙賊連中は出るし、極地が近い影響で驚異的な自然現象に襲われるし、と安定した場所ではない。それを証明するように、ここの管理を任された貴族家が数代続けて財政赤字を出して没落、なんて事があったりもしたらしい。
だからこそライジグスが乗り出したわけなんだけど。何せ手付かずな場所である事は確実であるし、きっと色々な素材や資材をゲットできるだろう、だからこその極地開発事業だからな。もちろんアリアンちゃんの許可は貰っている。
……レイジ君に泣きついたのは、ちょーっと迂闊だったよねぇ、プラティナムちゃん……
まぁ、何はともあれ開発事業は始まり、トリニティ・カームとルヴェ・カーナでの経験を生かした開発拠点を構築し、ガンガン採取と採掘、採集に乗り出した訳だ。
そしたらまぁ、出るわ出るわ。見つかるわ見つかるわ。あっちこっちにぼっこぼこ落ちてるわで、こちらの当初の予定をまるっとぶっちぎって、一気に大量の新素材と資材が送られてきたのだった。
俺はちょっと忙しくなるだろうなぁ、とは思っていたし、それなりに心構えもしていた。だから、色々あって忙殺されるだろう事を見越し、惑星エデンでのバカンスを全力で楽しんだ訳なんだが……
「ひゃっはーっ! この合金凄いよーっ! さすがターンブル合金のお兄さんっ!」
「まだだ、まだ行けるっ! 君の実力はそんなモノではないはずだ。さぁ、もっとだっ! もっと君の素質を見せてもらおうかっ!」
「力だけでもっ! 想いだけでも駄目なんだっ! 試験データがないと全てが無駄になってしまうっ!」
「ここからいなくなれーっ!」
こいつら徹夜テンションでおかしくなってやがる……ええっと先に言っておきますが、自分、全力で詰め込んで仕事しろ、などという狂った指示は出しておりません。むしろ、二時間実験したら一時間休んで、二十四時間中の実験回数は一人三回まで、二十四時間働いたら三十時間の休暇を取る事、っていう指示を出してます。二十四時間労働も、連続ではなくて累計だかんね? それも日を跨いで余裕を持ってやれ、って指示だかんね?
そしたらこいつら『馬鹿言ってんじゃねぇっ! こんな楽しい事、目の前にあって休んでられるか馬鹿野郎』となりましてね、ずっと不眠不休で実験とか検証とかやり続けて、今現在こんな状態になっております。
いかんせん、うちの技術部門の人間、第七種相当の強化調整を受けてるもんだから、一ヶ月くらいの不眠不休程度っだったら出来てしまう頑強さを持ってしまっているが為に、色々と歯止めが効かない状態になっているのだが……連徹出来るってだけで消耗はするから、そのうち電池が切れて寝落ちするとは思うんだけど、テンションが下がらないんだよなぁ……
「放っておくのが一番ですよ」
「そうなの?」
「はい、まともに相手すると疲れるだけなので、はあ」
長い小麦色の髪を襟足近くで縛り、ポニーテール状にしている白衣のイケメン、技術開発部門副長官テリー君は、その青い瞳をどんより濁らせながら、重苦しい息を吐き出しつつそう言う。
「クルル長官はどうしたよ?」
「ジャンプは出来ちゃったので、次はワープだって、その構築にヤザりんと一緒に暴れてます」
「……なるほどねぇ」
そうなんです、ハイパードライブの上、ジャンプ航法を開発してしまったのです、うちの技術開発部。
ベイティナ・フィールに瞬間移動するエネルギー結晶体が存在していて、それを現地の技術者が苦労して採取してくれたのを、こっちでクルルちゃんが分析し、その特性を解明してしまってジャンプ航法が完成してしまったのだった。それを聞いた時、ふぁっ?! って本気でなりました。
その新しい技術を積んだエンジンユニットをクリスタの船に試験設置を行い、何度かジャンプ航法のテストをしたのだが、全く問題ありませんという実証データが得られてしまい、見事ジャンプ航法が現実のモノになってしまったのだった。いや、すんごい嬉しいし、すんごい発明だと思うんだけど……なんか勢いとノリと徹夜で産み出したみたいで、素直に喜べない現状です。
ちなみにジャンプ航法だが、今までハイパードライブで使用していたハイパーレーンと呼ばれる上位空間よりも上の位相空間を利用するらしく、使えはするが原理は不明という訳分からない状態でもある。ただハイパードライブで百時間とか必要だった距離が、ほぼ一瞬で移動出来てしまうというのは破格すぎる。これのせいで、ますますベイティナ・フィールから送られてくる素材が増加したし。
「んで? テリー君は何を開発してるの?」
「ああ、私は地味ですよ。ネットワークシステムを経由するデータを、物質的側面でチェックする装置を作ってます」
「……あんだって?」
「ええっと……ベイティナ・フィールの特殊な金属、ターンアルファ金属とターンエクシア金属をベイティナス触媒と合わせて合金化するとターンブル合金というモノができるんです。この合金が電子信号を選別する能力がある事が分かりまして、なら電子回路に見立てて形成し、シェルファ様が開発したウィルスハンターの効果を入れたら、前回のような醜態をさらさずに済むのではないか、と愚考しまして」
「……ああ、そう、ジミデスネー」
「ええ、大した事はありません」
いや、お前普通に天才の類いだからな、その発想……なんでこう、すんごい能力激高い奴は、こういう謙遜通り越して嫌味みたいなのが多いんでしょうね? いやまぁ、俺様サイキョーみたいな事をしろって訳じゃないけどさ。
「陛下は何を?」
「ああそうね、今ある技術の正式アップグレードは、技術開発部でガンガン進められているから手の出しようがないからね、俺のは趣味方向だな」
「趣味方向ですか?」
「おう。ガラティアにメイド服をそのままAMSみたいな機能をつけられないか? って相談を受けてな。それとRVFをもうちょい小型化して着用出来る感じにしたい妖精もいてな、そっちの改良と同時進行だな」
「……それが趣味方向ですか……」
「個人的な開発だし、これは趣味だろ?」
「……そのままエグゾスーツの拡張性アップに使えるんですがそれは……長官に報告したくねぇ……」
何やらテリー君が落ち込んでしまったが、とっととこれを終わらせて、俺も本格的な技術開発に取り組もうと思っている。前回、マジで色々あったので、がっちがちに備えようと思っている次第である。
「よし、こんなもんだろ」
「……もうやだこの天才ども……」
またテリー君がどんよりしているが、まぁ問題なかろう。取り組むべきは、システム関係の拡充だろうか。なまじオペレーターが優秀なのもあってそこに頼っている部分が大きいし。
「さてさて楽しい楽しい作って遊ぼうの時間だなっ!」
俺は持ち込まれている素材のリストをじっくりたっぷりねっとり眺めながら、色々と製作物の構想を練るのであった。
○ ● ○
「あの、とー様は大丈夫なんです?」
まだまだ『とー様』の部分がぎこちなく聞こえるが、彼女がタツローを心から心配している事が伝わる口調で言われ、シェルファは反射的に小首をかしげるブルースターをぎゅっと抱き締めた。
「あの、かー様?」
やはりまだまだ『かー様』にぎこちなさが残るが、シェルファは満面の笑顔を向けて優しく頭を撫でる。
「大丈夫ですよ。まぁ、ちょっと楽しい遊びに夢中になってる子供みたいな感じだと思ってもらえれば」
「はぁ……でも、そろそろ四日、九十六時間帰ってきてないですよ?」
「うーん、そうなんですけど……ねー?」
ブルースターの言葉に苦笑を浮かべながら、近くで紅茶をすすっているゼフィーナに同意を求めると、ゼフィーナはやれやれと肩を竦める。
「説明が難しいのだが、むしろもっとのめり込めって感じているんだよ、母達は」
「?」
ゼフィーナの説明にますます首を傾げるブルースターに、ゼフィーナは笑顔でその頭を撫で付ける。そんなゼフィーナを横目で身ながら、リズミラが上品に緑茶を飲みながら、うーんと唸る。
「多分ですけどー、エデンが本格的に動き出した頃ですかねー? クーンちゃんがエデンのお城へ移ったくらいー? 時期的にそこだと思うんですけどー、妙に焦るというかー強迫観念というかー、気持ちが落ち着かない感じがずっとしてたんですよー」
「これが自分一人だったら笑い話で終わるんだけどな……」
「タツローの妻全員が、ほとんど同じタイミングで、全く同じ感覚を感じていたからただ事じゃないってなったんです」
「……気のせいじゃないの?」
「だったら良かったんだけどな。どういうわけか、どんどん気持ち悪さが巨大化していってな」
ブルースターが周囲の母達の様子を確認すると、全員がそうだと同意するよう頷いている。そんな事があるんだろうか? そう不思議に思っていると、シミュレータポットが開いて汗だくのファラが出てきた。
「ふぅ……きっついわ……でも、どう?」
「良い感じですの。やっぱり、この感覚に抵抗する意思というか、自身を高めるような行動行為を行うと、少しずつですが緩和されていってますの」
「やっぱりか……ごめん、医療ポットの用意してもらって良い? ちょっと連続で頑張ってみる」
「はいですの。すぐに用意しますの」
ガラティアとそんな会話をしていると、自分をじっと見ているブルースターに気づき、ファラは笑顔で近づくと、まるで猫でも撫でるように頭から顎下まで優しく撫で付けた。
「何の話をしてたの?」
「ファラが訓練に熱中する理由ですよ」
「ああ」
ポンポンとブルースターの頭を優しく叩き、どっかりとリズミラの隣に座る。そんなファラに冷たい玉露をそっと差し出すリズミラ。
「ありがとう。喉乾いてたのよ。んで? あの感覚の事を話してたって?」
「ええ。タツローが帰って来ないけど、止めないのかって話をしてました」
「ああー、そっちかー……ごめんね? タツローが帰って来ないと寂しい?」
「うん、寂しいけど……体を壊さないか心配。でもかー様が、もっとのめり込んで欲しいって言ってたから」
「ああー、うーん……」
ファラは玉露を一気に飲み干しながら、天井に視線を走らせ言葉を選ぶ。
「何かね、これから発生する大きな事件に抵抗するような行動……訓練でも良いし、タツローみたいに開発でも良いし、勉強を頑張るみたいな事でも良いんだけど、そういう抗うような行動をすると、気持ち悪さが薄くなっていってるのよ」
「気のせい?」
「そうだったら良かったんだけどね、ガラティアが自分が感じている感覚を数値化して、それをずっと監視してくれてたから事実なんだわ」
「……とー様も感じてる?」
「どうだろう。アイツは常に何かに備えてるような人間だから、多分あれが通常なんだろうけどね」
「……何かが起こるの?」
「起こっても良いように備えてるのよ」
ファラはにっこり笑ってブルースターの頭を撫でた。そして呼びに来たガラティアに片手を挙げると立ち上がる。
「しっかり守ってあげるから、安心なさいな」
ファラはウィンクを残し、その場を立ち去った。残されたブルースターは周囲を見回し、ぐっと両手を握りしめる。
「……うん、あちしも頑張る……」
彼女の小さな決意は誰の耳にも届かなかったが、その可愛い仕草にシェルファの抱き締める力が強くなった。
助けられた眠り姫は、幸福なる愛と信じ合う心を自分から手に入れる行動を開始する。全ては自分を受け入れてくれた家族の為に。
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