第190話 北南荒天なれど、我が国は晴天なり

 Side:帝国北部防衛艦隊、旧ファリアス派改め北部貴族連合


 ジゼチェス・ファリアス連合王国による北部と南部辺境への侵攻。そしてオスタリディ王国による神聖フェリオ連邦国への侵攻。これにより、帝国の東西南北は大荒れに荒れた。唯一安定しているのはライジグスグレートベルトとも称される、新興国ライジグスの帝国領宙域を帯のようにまたがる領宙域位だろうか。


「いやぁ、何て言うか……俺も帝国抜けてライジグスに就職すっかなぁ……」

「何馬鹿な事言ってるんですか? そんな非現実的な現実逃避してないで、しっかり仕事をしてください。少なくとも我々よりは高い給料をもらってるんですから、その程度の責任は果たして下さい」

「……お前らが俺に優しくないのが悪いと思うんだよ」

「気遣いは給料に含まれてませんので。して欲しいなら特別手当ての一つでも余分につけて下さい。それで笑顔の一つでもしますよ」

「世知辛ぇ……」


 帝国北部防衛艦隊を率いるロイター・ヴェルモント子爵は、重苦しい疲労感を隠しもせずに、キャプテンシートに埋もれている。それは他のクルー達も同じで、誰もがどんよりした拭い去れない疲れを身にまとって仕事を行っていた。それもこれも北部へ進撃してきているファリアスの艦隊のせいだ。


 謎の無差別ウィルス攻撃が行われた直後は大人しくしていたが、ウィルスの送信が途切れた直後くらいから、大規模な進軍を開始して今に至る。つまりずっと出ずっ張り。ただですら精神を磨り減らす、戦場という異常空間に居続けるという苦行を彼らは行っているのだ。


 まだ前線を旧ファリアス派から北部貴族連合と名称を変更した貴族の私設軍隊が担当してくれているから余裕はあれど、こちらは一般的な軍艦であるのに対し、相手は悪夢のレガリア級。一瞬でも気を抜けない状況がずっと続いているのも、激しい疲労感に拍車をかけている。


 いくら大同盟において提供された、対レガリア戦術を使っていても、消耗率というのは莫大だ。それでもこの戦場が持ちこたえられているのは――


「ティセス領のメザリッシウス一号、二号、三号からの支援砲撃発射を確認」

「もうさ、それで相手の本陣ぶち抜いてくれんかね?」

「ロイター様?」

「そう怖い顔すっけどな? ぶっちゃけ、この状態が維持出来てるの、独立武装コロニーとは名ばかりの、ライジグス属国ティセス所有の防衛拠点からの砲撃があるから保ってるんだぜ?」

「……」


 ティセスが宣言している境界線に、少しでもファリアス艦隊が入れば、即座に行われる超々長距離砲撃。そう、これがあるからこそ、レガリア級のみで構成されたファリアス艦隊相手に、通常軍艦のみで構成されている北部防衛・北部貴族連合艦隊でも対抗出来ているのだ。むしろ北部貴族連合艦隊などは、それが分かってからティセス境界線へ、ファリアス艦隊を押し込むような戦術を取っている。つまりはそれしか対抗手段が無い、とも言えるわけで、厳しい事を言うエリート意識の塊のような部下も黙るしかない。


「こっちにもレガリア級軍艦を回してくれんかなぁ。まぁ、フラーメルでの戦いが一段落しないと無理だろうけどなぁ」


 帝国へ直接オスタリディの艦隊が動いた、という事実は知らされている。それにスーサイが倒れたという報告も。それで軍事卿であるプラティナムがライジグスに支援を要請して、ライジグス側が条件付きの支援をしてくれた事で、帝国にもレガリア級艦船製造ノウハウが生まれたという朗報は、ロイターの耳にも届いている。それによってフラーメル海での戦いが安定し、今は物量に勝る帝国が優勢に戦況を動かしているとも報告は受けていた。だからこそ、そのレガリア級を一隻でもいいから、こちらへ回して欲しいと思ってしまうのだ。


「はあ、休みたい」


 連続勤務約百六十八時間。日数換算すれば一週間。帝国の上級将校は第三段階の身体強化調整をされているので、その程度で体調を崩したりはしないが、やはり人間である以上、睡眠を削られれば精神が病む。淀んでヘドロみたいにネットリ絡み付く疲労感に、ロイターは濁った目でモニターを見続けるのであった。




 ○  ●  ○


 南部トリニティ・カームの近くにあるクララベル子爵のコロニー。その中央クララベル家臣団が集合する重要区画に、ライジグス南部極地開発護衛艦隊総司令アッシュ・キリティーは、困惑の表情で参加していた。


 鈍い水色の髪色で、無愛想な鉄面皮、常に鋭い水色の眼光で周囲を睨みつけるような彼が、こういう表情を浮かべているのは珍しい。愛妻のフィアナ・キリティーと溺愛する娘のラブ・キリティー以外だと、そういった人間らしい表情すら見せる事のないパーフェクトソルジャーなのだが。


「(ああ、そう警戒せずとも大丈夫だアッシュ殿)」


 最近は通訳用のバイザーをせずともニュアンスは分かるようになってきたが、それでも正式な場所ではちゃんとした言語に変換し、妙な契約などをしない用心はした方が良いので、アッシュは耳にだけ通信装置を起動させ、彼らの言葉をちゃんとした言語へと変換していた。


「はあ、まだジゼチェスの艦隊は引いておりませんが……こちらへ戻っても大丈夫だったのですか?」

「(はははは、あそこまで規模を縮小させたのなら、もう息子共のおやつさ。ここいらで童貞を捨てさせるもの親心、という奴さ)」

「ああ、なるほど」


 クララベル子爵には息子が三人いて、その三人共実直で誠実な人物だというのは、アッシュもそれなりの付き合いの中で知っている。だが、過保護気味に育てられた人物達でもあるので、これまで宙賊相手の戦いにすら出した事がないというのも知っている。ジゼチェス艦隊の圧力が縮小し、ほぼ勝ち戦が決定した事もあり、ライジグスの支援という安全装置もある状況は、彼らの初陣に持ってこいだと判断したのだろう。アッシュは納得したと元の鉄面皮に表情を戻した。


「それで自分をこちらへ呼ばれたのは?」

「(あー、うむ、それはだな……)」


 常に豪放磊落で竹を割ったような、そんなさっぱりした性格の子爵にしては珍しく、言葉を濁しながら周囲の家臣団に目配せする。


「(こほん。あー、アッシュ殿。少し確認なのだが……何でもライジグスの首都アルペジオの近くにリゾート惑星が出来たとか)」

「……ああ、はい。確かにそんな通達が来てました」


 そう言えば嫁のフィアナが行きたいとか言ってたなぁ、そんな事を思い出しながらアッシュが頷くと、子爵他家臣団一同がキラキラ輝く表情を浮かべる。


「(も、もう一つ確認なのだが! そ、そのリゾートは一般にも解放されているのだろうか?!)」

「え? は、はあ……ど、どうでしょう?」


 ここまで来れば、他人の機微に疎いと言われているアッシュでも気づいた。つまり彼らはリゾート惑星でのバカンスをお望みなのだ、と。


「ちょっと確認してみます」

「(そ、そうか! すまない!)」


 アッシュは上級将官用の専用通信チャンネルを使い、アルペジオへ直接通信を繋げた。


『アッシュ・キリティー三等光翼士様っ?! 南部で何か異常がっ?! 緊急事態でもありましたでしょうかっ?!』

「ああいや、大丈夫だ。落ち着いてくれ」

『はっはい、失礼しましたっ! 普段この通信を使う上級将官の方はあまりいらっしゃらないので、緊急事態かと』

「ぐっ?!」


 思わぬダメージを受けながら、アッシュは子爵達が知りたがっているだろう事を訪ねる。


『ああ、なるほど、理解しました。今のところプレオープンという形でライジグス国民には広く無料で解放されていますが……ああ、ありがとう。今、部下に確認させたところ、他国の方々の解放も予定はされているようですね。うん? 宰相閣下から連絡? ああ、分かった。アッシュ様、宰相閣下から直接、子爵様達へ説明してくれるそうです』

「なぬっ?!」


 出来る出来ない程度が分かれば良かったのだが、何だか話が大事になりだし、アッシュはじっとり冷たい汗を流す。


『クララベル子爵、お久し振りでございます。ライジグス宰相のレイジでございます』

「(おお、これはこれは。今回のアッシュ殿達の助力、誠にありがたく)」

『いえいえ、こちらとしましても、子爵様は大切なビジネスパートナーですから、当たり前の事ですよ』


 ちょっと自分を挟んで政治の話し合いはやめてーとは言えず、始まってしまった会合に巻き込まれ、アッシュは冷たい汗を流しながら、彫像と化してこの状況が終わるのを願うのであった。




 ○  ●  ○


 唐突ですが、AIの基本構造を説明しよう。


 基本構造と聞くと、普通のプレイヤーはくっそ難しいんだろ? と思うらしい。これはデミウスなどの脳筋系プレイヤーにも聞いた事があるので確かな情報だと思う。


 だが実際はかなり簡単だ。基本フレームと情報フレーム、実はこの二つしか存在していない。二つのフレームが合わさったモノがAIと呼ばれるモノの正体だ。これに膨大な容量を持つ情報を収集処理する量子コンピューターユニットが合わさってAIシステムと呼ばれるモノになる。


 ならば感情はどうしたよ? って話になるんだが、量子コンピューターユニットに蓄積されたバグにも似た経験値が、ある日突然変異を起こして感情フレームというモノを作り出す、ってのが自然発生タイプの感情AIだ。こっちは俺も初めて知った。TOTOお爺ちゃんの研究レポートにそう書かれていたんだわ。


 んで、TOTOお爺ちゃん達は、先に擬似感情フレームというのを構築し、バグではなくてちゃんと経験を選別して蓄積させる事で、初期のイヤイヤ期を回避させる方法を研究したりしてたみたいだ。それらが眠り姫を助ける道しるべとなった。まぁ、マヒロをいきなり感情タイプのAIへ進化させたプログラムこそが、正解だったとも言える。あれはあれで化け物レベルで洗練されたプログラムで、エキスパートかつ特化型なシェルファですら、解析するのに相当な時間を有した代物だったよあれ。


 あのプログラムと、ライジグスAI達が共同で開発したプログラムを使って、眠り姫の基本フレームと情報フレームを強化し、感情フレームにプロテクトをした状態で、最後の妙な鎖を引き抜いてしまえ、というのが眠り姫救出作戦の概要だ。


「では皆さん、行きますよ」

『『『『よっしゃこい!』』』』

「鎖を強制分解します。プログラム注入」


 そうして本日、ついに救出実行と相成りました。


 んで何で俺がここにいるか? って話なんだが、色々眠り姫を調べているうちに、シェルファが本質的に助けて欲しいと懇願してきたのだよ。


 本質的に助けるって何よ? って話だが、シェルファが彼女の記憶領域を色々調べているうちに、彼女が受けていた虐待というかなんと言うか、例の事件の様子を知ってしまったらしくてね。是非にライジグスで幸せに暮らしてみせましょうぞ! ふんす! ってなってしまったのだ。


 いやまぁ、せっちゃんとかルルとかからも、新しい友達っ(わくわく)!? 的な視線を向けられていたから、助けようってのは吝かではないんだけどね。というわけで、眠り姫に擬体を用意して、救出と同時に心のケアもしましょうと、俺がスタンバっておるわけです、はい。


「鎖の分解を確認。あなたの構造は全部見せてもらいました……二度と出てくるな、消えろ……」


 シェルファが珍しく怒ってらっしゃる。それもそのはず、あの鎖、相当狂った代物である。なので今後あれが動いた瞬間に、ありとあらゆる場所から、それこそ超空間内部からあの鎖を強制分解分離消去除去をするプログラムを走らせる仕組みを構築しちゃったくらいに、とてもとてもご立腹であった。


『シェルファ様、強化順調に眠り姫を保護してます』

『こちらも順調ですのん』

『わんわん! 擬体へアップロード開始ですわん!』

「サポート、ジュンチョウ、ダゼ」

「助かります。彼女の内部に格納されてしまったバットグレムリンを消去。もちろん基本構造データは引き抜いて、完全アンチプログラムも作ります」

『まかせてぇんですのん! パピヨンちゃん』

『大丈夫です。基本は既に用意してますよ、お姉様』

「はい、そのまま続行しますね」


 手早く処理され、やがて眠り姫は完全に癒された状態で修復され、本体である量子コンピューターユニットのガッチガチな防衛装置組み込みも完了し、全ての作業が終了した。


「……ん……あちし……は?」

「おーい、眠り姫が目覚めたぞ」


 こうしてライジグスに新しいアイドルが誕生するのだった。


 いやーなんやかやあって大変だったけど、ライジグスは今日も平和ですなー。

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