第188話 問題が! 全然! 終わってねぇ!(帝国編)

 スーサイ・ベルウォーカー・ダンガダム。新しく帝国の軍事卿となったプラティナム・ケットス・ダンガダム大公爵夫人の連れ合いである。


 帝国の長い歴史で見ても、彼ほどの逆玉をゲットした男性貴族はおらず、プライドこじらせて色々と黒い感情に支配されている他の帝国貴族男性のやっかみを一身に受けていそうだが、実際は同情される事がほとんどである。


 帝国全ての苦労を背負う男の異名を持ち、『帝国に居る間は優しくしてやろうよ、かわいそうだから』と真っ黒黒助な他帝国貴族男性に言われてしまうくらいに、彼の背負う苦労は半端無かった。


 今現在、帝国は未曾有の危機に直面している。それはかつての旧王家貴族三家の離反と、それと同時に誕生した新しい王国の登場が原因である。


 北方辺境にファリアスが中心とした軍が、南部にはジゼチェスを中心とした軍が、そして東部辺境をオスタリディを中心とした軍がそれぞれ進撃を開始し、帝国はてんやわんやの大騒ぎとなった。


 これにスーサイは素早く動き、北方は辺境拠点防衛隊と旧ファリアス派の貴族に対応を要請し、南部はクララベル子爵と南部辺境拠点防衛軍、子爵と交流が深いライジグスにも消極的にではあるが、出来れば援護を頼みたい旨を伝え、東部には自分から皇帝直属近衛艦隊を率いて出撃し対応に当たった。


 が、結果はまさかの惨敗。いや、負けずに何とか引き分けた感じであるが、近衛艦隊を動かして撃滅出来てない時点で惨敗である。いや、それ程の被害を出さずに多くの味方を生き残らせたのだから、それはそれで勝利かもしれないが、その後に訪れる苦労の序章でしかなかった事をスーサイは知らなかった。


 そう、無差別ウィルステロ攻撃だ。これのお陰で帝国所属の艦船のシステムが全て凍結、動かせなくなってしまった。対外的には涼しい顔で対応してたが、実際は悲鳴どころか絶叫をあげて対応に右往左往する修羅場に突撃していた。また、帝国本星近くのコロニー・ステーションの生命維持システムが不調を起こし、その対応にも駆けずり回らなければならず、スーサイはそこで一度吐血した。


 ストレスによる潰瘍で、生命を脅かす病気ではなかったが、ビジュアル的に強烈すぎて妻のプラティナムが発狂。彼女は狂乱状態のまま、逆キレ状態でライジグスに連絡。わりとシャレにならない要請を王国宰相へ申し込んだ。


 宰相レイジは、プラティナムの様子と衰弱しきったスーサイに同情し、プラティナムの態度には多々問題があったが見なかった事とし、彼女の要請を少しだけ受ける事を快諾したのだった。それは、ライジグスからの技術者の派遣と、ある程度の技術供与である。


 宰相レイジの迅速な手配もあって、またライジグスが余剰に独立型生命維持システムを製造していた事も幸いし、帝国本星と周辺、その他にも問題があったコロニー・ステーションにもシステムを提供され、一時の修羅場を乗り越えられたのだった。その間にスーサイは緊急搬送され、入院が確定した。


 スーサイが運ばれて数日が経過した。


 彼が運ばれた先、帝国上級貴族専用の病室。病室というか、どこのホテルだよ! と突っ込みが入るくらい豪華な内装をしているが、本当に病室だ。そこにやつれたスーサイと、そんなスーサイに対して萎んだ様子のプラティナムがいた。


「プラティ……」

「ごめんなさい……」


 危機は脱した。それはとても助かる。実に良く出来た嫁である……と言いたいところであるが、彼女の要請を近くで聞いていたスーサイが、二度目の吐血をした事からも分かる通り、それは要請じゃなくて『プラティそれは要請ちゃう、それは恐喝か恫喝や』というレベルの内容だった。あの国王がラスボスとして君臨するライジグス相手に言って良い事じゃ絶対ない。幸いな事に、宰相のレイジが心底同情してくれたから不問となったが、これでライジグスまで『何? ウチと一戦交える? 良いの? 歴史がここで途絶えるけど?』となっていてもおかしくなかったのだ。


『まま、奥様の愛が深くてよろしいじゃございませんか』


 しれっと帝国でも最高セキュリティの上級病室へ通信を繋げるライジグス王国宰相レイジ。

 

「「……」」


 おちおち休んでいる暇すらない頻度で、まるでこちらがどういう状態かを理解しているようなタイミングで通信を繋げてくるレイジに、二人はうんざりした表情で黙る。いや、なんやかや手助けしてくれているから、本当はありがたいのだが、どうもこちらの反応を見て楽しんでいる節があり、どうしても態度にそれが出てしまうのだ。それこそ彼の思う壺だろうが。


『おやおや、少しやり過ぎましたかね。一応、奥様に対する釘刺しの意味もあったんですよ?』


 にこにこにこっとどこにでも居そうな少年みたいな笑顔を浮かべるレイジに、プラティナムは胃を押さえて少し顔を青くする。彼女も自分が感情的にやらかした自覚はあるので、その相手に言われてしまうと実に胃が痛くなる。


「すみません。ちゃんと教育します」

『そうですね。ウチの国ってかなり寛容な方ですけど、それでもゼフィーナ様とかゼフィーナ様とかゼフィーナ様とかは厳しいですから』

「ぐぅっ! き、気を付けます」


 実はレイジに対して言った事が、彼の嫁経路でゼフィーナに伝わり、凍えるイケメン笑顔で滔々と淡々と冷え冷えとした口調で、三時間ぶっ通しで説教を受けたのは記憶に新しい。


『それで? どうですか?』

「ライジグスからの技術供与のお陰で、全ての艦船のシステムの書き換えが終了。レガリアへの改修作業も進み、第一帝国艦隊へ随時合流させながら、船の改修を続けています」

『何とかなりそうですね』

「すみません、本当に助かりました」


 惑星ゼダンでの敗北でオスタリディ艦隊は一度首都コロニー『オスタリア』へ戻り、そこで新しく艦隊を編成し直し、帝国本星へ向けて進軍を開始した。これに第一帝国艦隊が応じる形で出撃し、現在フラーメル海というポイントでドンパチしている状態だ。


 もしも迅速にライジグスが動いてくれていなかったら、フラーメル海に帝国艦隊は沈んでいただろう。そもそも船が動かなかった可能性の方が高いが。


『もしもアリアンちゃん、おっと失礼、グランゾルト卿が遊んでたら、助けようと思わなかったんですけど、残念な事に仕事してましたねぇ』

「……」


 くっくっくっくっと黒幕みたいな笑い方で悪い顔をするレイジに、スーサイはひきつった顔を向ける。アリアンはこの混乱をむしろ好機と見て、これまで帝国を腐敗させてきた貴族をここぞとばかりにごっそり潰し、構造改革をかなり強引に進めている最中だった。レイジはそれを行っていなかったら助けなかったと言っているわけで、スーサイは再び血を吐き出しそうになりながら、アリアンへ感謝を捧げた。


『いじめるのはここまでにしましょう。こちらとしましても、それなりに帝国のケツまわりはかなり処理させられてましたので、そのせいで色々苦労もしたんですよ、ええ』


 コロニー公社とかコロニー公社とかコロニー公社とか、あと違法奴隷商人が増殖するのとか色々ありまして、そう言ってニコリと笑うレイジ。スーサイはぎこちなく微笑みながら、そっと口にレイジアン製薬の超強力胃腸薬を含んで飲み込んだ。これもレイジからの差し入れである。


『これ以上はさすがに内政干渉になりますので、後はご自分達で対処してくださいね?』

「いやもう本当にありがとうございます」

「ありがとうございます、レイジ様」

『ははは、少し楽しかったですから良いですよ。でも次もあると考えたらダメですからね? そこはちゃんと勉強しましょう。ではまたいずれ』


 通信が切れ、二人は揃って大きく溜め息を吐き出した。レイジが言う通り、まだまだ問題は片付いていないのだ。


「プラティ、本当に注意してな?」

「はい……今回は本当に一歩間違えたら大変な事になっていたと、深く深く反省してます」

「うん、さてと」


 スーサイは帝国技術工廠部門に通信を繋ぎ、上級技術監督官を呼び出す。


『おおっ! スーサイ様! 少し顔色が戻られましたかな?』

「ああ、すまない、心配をかけた。それで作業は順調か?」

『はいっ! ここ数日は実に心踊る状況でしたから!』

「そうか」


 目の前の男が、叩き上げでその地位まで上り詰めた事をスーサイは知っている。彼がレガリアを何度解明しようとしたか、その度にどれ程の挫折を経験したかも知っている。そんな彼の前に、レガリアを紐解く技術を持つ存在が現れたのならば、それはもう楽しいだろう。


『目から滝のように色々な不純物が流れ落ちるような、そんな劇的な日々でした。これで純帝国製のレガリアすら作れます』

「っ! そこまでか!?」

『はいっ! と言いましても、ライジグスにとってはありふれた技術であるらしく、我々も研鑽しなければ置き去りにされてしまいますが……』

「……出来るだけ吸収してくれ、頼む」

『はっ! むしろ喜んで!』


 それからちょっとだけ世間話をしたりして通信を終わらせ、スーサイは次々関係部署と通信を繋げる。全ての部署とのやり取りを終えると、疲れたようにベットに体を投げ出す。


「大丈夫ですか?」

「まぁ、ここに運ばれる前と比較すれば天国だよ」

「……すみません、わたくしと結婚したばかりにこんな役割を――あいたっ?!」


 暗い表情でとんでもない事を口走り始めたプラティナムの頭に、かなり強めのチョップを叩き込み、スーサイはやれやれと笑う。


「そこはわたくしと結婚出来てラッキーでしたわね、感謝しなさい、くらいは言っていいと思うぞ?」

「旦那様……」

「負い目なんて感じてくれるな、全てを分かった上で俺は結婚に同意したんだから」

「はいっ! はいっ……」


 ぐずぐずと泣き出してしまった妻の頭を撫でながら、スーサイは体の中に溜まった疲れを吐き出すように息を吐き出す。関係各所に確認した限り、アリアン主導の改革は既に一定の効果を出しており順調。フラーメル海での戦いも余裕のある優勢で推移していると分かった。これならこちらで仕事をやっつけながらでも対応が可能になる。山場は過ぎたと判断して良いだろう。


「……それでも問題が全然終わってないように感じるのは何故なのだろうか?」


 根っからの苦労人は苦労を嗅ぎ取っていた。そう、問題はまだまだ山積みであり、これはこれまでの負債のほんの利息部分を支払っただけである事を、彼は本能的に理解していたのだった。


 スーサイ・ベルウォーカー・ダンガダム。帝国全ての苦労を背負う男。もしくは、帝国が本来歩くべき道を切り開いた英雄の一人。後世の歴史書に燦然と苦労人の二つ名と共に、その名前を刻み込む軍人は、休むべき場所でも苦労の予感を感じて密かに身震いをするのであった。

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