第186話 泣いている。哭いている。啼いている。

 アベルが化け物と接触し、最初の一撃を命中させた時の事――


「「「「っ?!」」」」


 アイギアスの艦橋にいる全員が、一斉に耳を塞ぐように手を押し当てた。それは俺もそうだし、ルルや嫁達も全く同じ行動をした。全く意味は無かったけどな!


「つぅぅぁぁぁぁっ?!」

「みみがーみみがー! きーんってきーんって!」

「泣き声?! 悲鳴?! サイキック攻撃?!」

「オペレーター! アンチサイキックフィールド全開で動かせ!」

「艦橋はそもそも安全装置フルコンプで最大全開全力で動いてます! どのようなサイキック攻撃も受け付けません!」

「サイキック攻撃じゃない?! じゃぁ何よっ!」


 物凄い近距離で、直接耳に口をつけたような状態で、子供のキンキン声に近い爆音の悲鳴を聞いている、と説明すれば理解してくれるだろうか? もうとにかくやっかましい感じで、防ぎようがないからひたすら悶えるしか方法がない。だから俺たちは、ただただそれが立ち去るのを待つしかなかった。


 時間的に一分も経過してないが、体感時間的にはたっぷり一時間くらい爆音の悲鳴を聞かされたように感じる。全員がぐったりしていると、今度は先程よりは小さいが悲鳴というか、泣き声? 全力で泣きすぎてしゃっくりをするみたいな感じの声が聞こえてくる。


「シェルファ、無事?」

『無事じゃないです。何ですか今の?』

「分からない。クリスタ達はどう? 第二、第五艦隊はどうか?」


 通信を開いて全員の状態を確認するゼフィーナ達を呆然と見つめていると、ヴィヴィアンとサクナちゃんがひょっこり顔を出す。


「あの娘の悲鳴でしょ?」

「ん? あのコ?」

「そう、あそこで苦しそうに暴れてる、あの娘」


 さも当然でしょ、とばかりに断言するヴィヴィアンに、俺はちゃんと理論的に説明できそうな妖精ちゃんを頼る為に、シェルファを呼ぶ。


「シェルファ、ティターニアにさっきの事を聞いてくれ」

『はい? タニアに何を聞くんですか?』

『大丈夫ですシェルファ様。先程のかなり強力な思念波の事を知りたいのですよね?』

「シネンハ?」

『超能力じゃなくて、原始的な能力と言いますか、一種の気合いというか気迫といいますか、とにかくテレパシーではありません。なんと言いますか、助けて欲しいという感じに聞こえましたが』

「おいおいおいおい」


 俺はモニターに映る化け物を見ながらひきつった笑いを浮かべる。これをどうやって助けろと? ってか敵対関係にあったよね? いやまぁ、目的地に巣食ってたから排除しましたっていう理屈で行けば、完全に俺らが悪党だけど。


「「「「っ?!」」」」


 また最初のような悲鳴が頭を殴り付けるように響き、慌ててモニターを確認すれば、化け物がアベル君達に追い詰められてジタバタと暴れながら吠えている様子が見える。


「くぅ、今度はやけにはっきり聞こえるな!」

「勝手に体を作り替えるな?! 死なせろ?! ふざけるな?!」

「誰に向けて言ってるのよ! ああぁっ! きっついっ!」

「なんでーアベル達はー平気なんでしょうねー?」


 全員が身悶えている中、ちょっとだけ顔をしかめる程度で耐えながら、リズミラがコテンと首を傾げる。ってーか、この嫁強いなっ?!


「んん?! そういや何でだ?!」

「第二と第五艦隊も聞こえなかったと! アイギアスのクルーでもアプレンティスの娘達は影響が無いようです! くぅっ?!」


 どうなってんだ?! 俺達にピンポイントでって事か?! それとも――


「王族だけに聞こえてる?! いや、妖精も聞こえてるんだろ?!」


 意味が無いと分かっていても、ついつい耳を押さえながらヴィヴィアンとサクナちゃんに視線を向ける。


「聞こえてはいるけど、そこまで強烈には聞こえてないよ? ちょっとピリピリするな、って感じ。内容までは聞こえないよ。感情はほのかに感じられるけど」

「じゃぁ、俺らに直接か?! ぐうっ!?」

「うーん……これどうなんだろう。ティターニア?」


 俺の言葉に首をくりんくりん動かして考え込み、困った様子でティターニアを呼ぶヴィヴィアン。


『波長が合った、というのが正しいのかもしれません。もしくは、彼女の今の状態を助けてくれそうなのがタツロー様達だと理解しているのか』

「マジかよっ?! つか今回なげぇっ!?」


 二日酔いに偏頭痛が重なって、その状態のまま頭を強制的にシェイクし、止めとばかりにハンマーでガンガン殴られているような痛みに耐えていると、アベル君達が光子エネルギー注入タイプのミサイルを化け物に叩き込み、光に包まれると悲鳴が小さくなった。


「ぷっふーぅっ!」


 思いっきり息を吐き出し艦橋を見回せば全員ぐったり。ルルに至っては耐えきれずに気絶したようで、ぐでんぐでんな状態で俺にもたれ掛かっている。俺も気絶したかったわ。キツかったー。


「声がするって事は生きてるって事だな」

「んだな」


 ゼフィーナが軽く頭を振りながら、光子ミサイルで出来たクレータを見つめる。


「シェルファ、観測データを取り続けていた君に聞くが……助ける事は可能か?」

「おいおい」


 ゼフィーナの言葉に、艦橋が沈黙に包まれ、通信越しのシェルファは少し呆れた表情を浮かべたが、すぐにその表情は苦笑へと変わり、仕方ないと軽く首を振りながら激しくコンソールを叩き始める。


『……セラエノ大図書館にもアクセスし、帝国のデータベースも確認しましたが……そうですね、一旦仮死状態に持っていくのはどうでしょうか?』

「ふむ、続けてくれ」

『はい。インセクトロンは生身で渡りを行いますが、インセクトロンの王族、いわゆる女帝と呼ばれている個体だけは少し方法が異なるようです。女帝は仮死状態へ入ると、より安全な渡りの手段として、一旦サナギのような状態まで戻るようです。なのでなんとか捕獲して、無理矢理にでも宇宙空間へ放り出せば――』

「仮死状態となり、勝手にサナギのような状態へ戻る可能性がある、と?」

『はい。あまり分の良い賭けではありませんが、未知の何かで変貌している以上、やれる事はそれぐらいしかないかな、と思いますが』

「ふむぅ」


 ゼフィーナが形の良い顎先を指でなぞりながら唸っていると、モニター越しにアベル君のピンチがががががっ!


「ちょっ!? アベルっち何をって何?! はぁ?! 失せろ?! 消えろ?! って誰に言ってるんだおいっ!」


 アベル君が地下から飛び出してきたワームみたいなのに叩かれて墜落しそうになるのを見て、慌てて叫んでいたら、また別の声が頭に入ってくる。どうにもあのワームを出している方も何かしらの抵抗をしているようだ。


「シェルファ、そのまま観測を続行。シネンハの主を捕捉してくれ。ガラティア、高速駆逐艦を私に回してくれ、ガラティアはスカーレティアの艦橋へ戻って私の指示を待て、反省は終わりだ。リズミラ、もうさすがに無いとは思うが警戒を頼む。旦那様は動くな。ファラも留守番だいいな?」

「おいおい、助けるのか?」


 テキパキと指示を出し、AMSに好みだからと取り付けたマントをばさりと翻すと、ゼフィーナはイケメンな笑顔を浮かべた。


「助けを求められたら助けると、私は君に教わった」

「……格好良いタルー」


 キランと真っ白い歯を光らせて、ゼフィーナは颯爽と艦橋から出ていってしまった。何あのイケメン。素敵! 抱いて! ってマジで思ったわ……




 ○  ●  ○


「ただいま戻りましたの。これからゼフィーナ主導で作戦が始まりますの。よろしくお願いしますの」

「「「「お帰りなさいませメイド長。そして、畏まりました」」」」

「はいですの。今度は無様を晒しませんの。通信、シェルファのミュゼ・ティンダロスとリンクですの」

「畏まりました」


 颯爽と艦橋に現れたメイド長の言葉に、少し弛緩していたメイド達は表情を引き締めて、きびきびと動き出す。


「三番艦、高速駆逐艦、ゼフィーナ様から分離要請」

「要請受け入れますの。分離開始ですの」

「畏まりました。三番艦、高速駆逐艦分離開始します」


 ガガゴン! というジョイントが外れる音が響き、スカーレティアから三番艦、高速駆逐艦が分離し、少し離れた場所に移動すると、変形し高速駆逐艦形態になって惑星ゼダンへ向かった。


『ガラティア、シェルファのサポートを頼む。シェルファはガンガンこっちへデータを送ってくれ。ある程度はこちらで処理をしよう』

『了解しました。ガラティア、大丈夫?』

「はいですの。先ほどは失礼しましたの。二度と同じ醜態を晒さぬよう精進しますの」

『それ以上精進するのかい? 私は今の、ちょっと抜けてて、とても人間っぽいガラティアが好きなのだけどね?』


 キランと白い歯を輝かせて、王子様っぽくキラキラしく笑うゼフィーナ。それを向けられたガラティアとシェルファは、思わずといった感じに言葉を出した。


「イケメンがいますの」

『イケメンがいますね』

『「結婚出来て良かったですの(ですね)」』

『はっはっはっはっはっ! 後で覚えていろよこの野郎』


 爽やかにキレるという妙な特技を発揮しながら、ゼフィーナはスムーズにアベル達と合流した。


『ガラティア、スカーレティアをもう少しインセクトロンの拠点があった地点へ近づけてくれますか?』

「操舵手、お願いしますの」

「はいメイド長。スカーレティア微速前進」

「緊急時に備えて、一番艦艦長ナナミ、二番艦艦長エリスは各艦橋で待機ですの。オリビアはスカーレティア艦橋でガラティアの補助。クムナ、ケイ、ココル、ニースはいつでも動けるように、待機スペースへ移動ですの」

『『『『畏まりました、ただちに参ります』』』』

「よろしくですの」


 大分らしく、いつものガラティアに戻ってきたのを確認し、シェルファはこれなら大丈夫だろうと判断して、自分が引き受けている観測の一部をガラティアへ回す。ガラティアも回ってきた観測結果に素早く目を通し、シェルファがやろうとしている事の補佐を開始した。


『シェルファ、ガラティア、準備を頼む』

「畏まりましたの」

『了解しました』


 ゼダン地表からひっきりなしに飛び出してくる触手のようなナニかを器用に避け、シェルファが計測したデータから割り出した地点へ向かっているゼフィーナの要請に、二人はコンソールを激しく操作しながら応じた。


「シェルファ、修正マイナス四……いえ五ですの」

『……ぴったり。ガラティアありがとう。ゼフィーナ、そこから少し移動です。ポイントは――今、送りました』

『受け取った。アベル隊、指示した場所へ攻撃を。使用するのは抹茶』

「すっかりその言葉が定着してしまいましたの」


 抹茶とは、火薬タイプのミサイルの俗称で、タツローが事ある事に火薬を見ては『抹茶だよ! どこからどう見ても思いっきり抹茶だって! 凄い抹茶だ!』と連呼しまくった、というのもあるが、実際はライジグスの特産品に抹茶パウダーがラインナップに加わってしまい、誰もが抹茶の現物を見るようになると、あまりにも直球で似ている為に、抹茶という単語が定着してしまった。


『分かりやすいだろ?』

「タツローに染まってきてますの」

『はっはっはっはっはっ! 仲睦まじい夫婦が似て何か問題でも?』

「ありませんの」

『だろう? ガラティアの毒舌も旦那様成分が多くなってきたけどね?』

『ああ、愛のある毒には聞こえますね。前は結構直球でキツい毒だったから余計にそう感じるのかな、と』

「仕事をするですの」

『『顔が赤いぞぉ(ですね)』』

「うるさいですの」


 シェルファの的確な観測と分析。それをフォローするガラティアの手腕。そしてゼフィーナの指揮により、地下を潜って移動していた化け物を、インセクトロン拠点近くへ的確に誘導すると、一斉にミサイル攻撃で地面を掘り、地表近くまで飛び出してきた肉の固まりのようなモノを駆逐艦のパワーアンカーでキャッチ。フォローに入った一番艦重巡洋艦と二番艦巡洋艦の三隻で持ち上げ宇宙空間まで引っ張り上げた。


 宇宙空間まで引っ張られた肉塊は、しばらく悶えるように動いていたが、余分な肉を吐き出すように分離すると、やがて卵のような形へ変態し、聞こえていた声も聞こえなくなった。


『シェルファ?』

『大丈夫です、微弱ながら生命反応はあります。仮死状態へ無事に入りました』

「ふぅーですの」




 こうしてゼダンを舞台にした騒動は幕を閉じ、残された卵と量子コンピュータユニットを土産に、タツロー達はアルペジオへと帰還するのであった。


 惑星ゼダンは後日、神聖国から持て余すから引き取って欲しいと要請があり、改修作業が終わったプラティナギャラクティカ改めラグナロティアのパワーアンカーで曳航され、アルペジオ近くの宙域へと運ばれた。そのあまりにあんまりな様子に神聖国の人々が震えた事もここに記する。

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