第184話 その流れまではやらなくていいわっ!

 Side:女帝インセクトロン(二十歳)


 意識が薄れていく。体に開けられた傷口から命の源が抜け落ちていく。思い返してみれば酷い生涯だった。


 インセクトロンは常に飢えと渇きに苦しみ、最適な生存可能惑星は、どれもが地獄のような場所ばかり……まるでされたかのように、こんなにも広大な宇宙で、端へ端へと追いたてられる。


 我々が一体何をしたというのか、見た目が不快害虫に似ているのが要因なのだろうか……それとも……


 消え行く意識を繋ぎ止めるのは、そんな疑問の数々だった。不思議と怒りや憎しみを感じないでいるのは、戦った相手が自分達を蔑んだ目で見ていなかったからか、それともその闘志に濁りを感じなかったからか……


(軟弱な……それで我が使徒だと抜かすか)


 唐突にそんな声が聞こえてきた。暖かみなど感じさせない、心胆から凍えてしまいそうな冷たい声が……


(怒れ、憎め、妬め……奪われたのなら奪い返せ、我が使徒であるのならばなおさら憎しみを、怒りを、妬みを燃やせ)


 何を馬鹿な事を。女帝は呆れ果て、まるで癇癪を起こしている子供じみた声を無視した。確かに全てを奪われたし命も取られた。それは生きているならばどこにでもあり、常に日常の隣でこちらがしくじるのを虎視眈々と待っている存在だ。特にインセクトロンは失敗すれば、それすなわち死でしかない。


 何より不快なのは、戦った相手を汚す行為をしている事だ。彼らは強かった。彼らは賢かった。そして彼らは最後まで全力を尽くした。それは戦士として最上級の礼節であり、死に行く者への何よりもの手向けだ。


(ちっ、これだから%^$@#&+の眷属は使えない……ならば無理矢理にでも戦えクソ虫が)


 消え行く意識の中で、ナニかがするりと体を貫いた。そして完全に意識が途絶えた。




 ○  ●  ○


 第二艦隊所属のブリジット級駆逐艦により、崩落した天井が綺麗に除去され、量子コンピュータユニットを包むフィールドごと、駆逐艦のパワーアンカーで引っ張られているのを、イヌイ隊の面々は見上げていた。


 一足先に近衛は本隊に戻っていてこの場にはいない。まぁ、彼らの本来の仕事は王族の警備警護なのだから、とっとと戻るのも当たり前なのだが。


 駆逐艦を見上げていた部下が、ポツリとリュカに質問する。


『この星、どうなるか聞いてますか? 隊長』

「あん? さぁなぁ、状況によって対応が違うってのは聞いたが」

『状況ですか?』

「ああ。一応、ここって神聖国の領宙域にギリかする」

『ああ、なるほど。つまりは神聖国が所有権を主張すれば』

「そういうこった」


 まぁ、あそこの人間がここをうまく扱えるとは思わんが、技術的に離れすぎて放置ってのが目に浮かぶぜ。そんな事を考えながら、離れた場所で作業をしているカノエ、コオノト、ヘイ、オツ隊の様子をうかがう。


『今日中に終らなそうですね』

「ああ。俺らもユニットが衛星軌道上まで運ばれたのを確認してからだが、作業に参加するぞ」

『……大変ですねぇ』


 他の装甲騎兵部隊の隊員達は、戦いで死んだインセクトロンの遺体を集め、遺体を燃やしては、その灰を小綺麗な金属ポットへ詰めて、近くに建てた慰霊用のタワーに納めるという作業をしていた。これは宇宙協定に定められた義務で、戦場に遺体を放置してはならない、というルールがちゃんとあるからだ。まぁ、慰霊タワーを建てたり、ちゃんと埋葬するという意識をもって恭しく対応するなんて事は、ライジグス王国だからこそという部分だろうが。


 そんな慰霊タワーを視界に入れながら、リュカは困惑したように呟く。


「なんだろうなぁ、分からなくなったよ逆に」

『はい?』

「いやな、最初は仇討ちとかって思っていたんだけどよ……なんてぇか……こいつら純粋だったと感じたんだ」

『ああ、確かに。終ってみると余計にそう感じますね』


 戦っている間は、とにかく数が多くて、四方八方から襲ってくるわ、場所がかなり汚いわで精神的に圧迫されたが、戦いそのものはとてもフェアーであったと思う。


「開拓村が襲われたのはガキの頃だったから分からんかったけど……こいつらにとって戦いってのは誇り高い行為なんだろうな」

『……』


 リュカの言葉に、話を振られた部下が、作業をしている隊員達の方を、立ち上る煙を見上げる。


『自分達もそうありたいですね』

「……昆虫面になるのはカンベンだけどな」

『はははは、そうですね。それだけはカンベンして欲しいです』


 ちょっとしんみりした空気を吹き飛ばすように二人で笑い合うと、まるでそれが合図であったように、駆逐艦がユニットを貨物エリアに収納した。


『これよりゼダンを離脱。本隊へ戻ります』

「はいはいご苦労さん。こっちはまだ作業が残ってるからな、まだまだ戻れそうにない」

『第五艦隊のフリゲート艦が降りるそうです。あそこの艦隊は色々と充実してますから、不便を感じなくなると思いますよ』

「そいつはありがたい。気を付けてな」

『了解。そちらも』


 駆逐艦がするりと浮かび上がり、急加速してすぐに見えなくなった。それを確認したリュカは、部下達に指示を出す。


「よーし、俺達も作業に入るぞ。まずは作業分担を確かめないとな」


 はーやれやれと言った感じにイヌイ隊が作業をしている装甲騎兵隊員達に近づこうとすると、学者肌の部下が立ち止まり周囲を見回す。


『隊長、周囲のキノコ、減ってませんか?』

「あん?」


 周囲をキョロキョロ見回す部下の言葉に、リュカも周囲を見回す。


「減ったか? 元からこんなんじゃないか? きっと――」


 お前の気のせいだろう、そう言おうとした瞬間、まるで地下に吸い込まれるように黒紫のキノコの塊が、ずるりと減った。


『隊長』

「……各員! 警戒態勢! 異常事態発生! 異常事態発生! 分散するな! 一ヶ所に固まれ!」


 リュカが怒鳴り声を上げると、作業をしていた隊員達がすぐさま臨戦態勢へ、それぞれの武器を構えて周囲を警戒する。


『何事?』

「周囲を見ろ」

『周囲って……何よこれ』


 ずるりずるり、そんな音を立てながらキノコが次々に地下へと吸収されていく。一面、黒い紫の絨毯だった場所が、荒れた小石だらけの地面が露出した状態になっていく。


『地下に巨大な反応検知! 直下!』

「総員空へ飛べ! そして散開しろっ!」


 センサーをチェックしていた部下の言葉にリュカが素早く反応し、装甲騎兵達は一斉に空へ飛び上がり、バッと花が散るように散開した。


 しばらくすると地面が激しく揺れ、地割れが起き、その地割れが巨大なクレーターを作り出していく。


「何が起こってるんだ」


 空からクレーターを覗き込みながらリュカが呟くと、巨大な白い節榑立った手がにゅっきり飛び出し、轟音を立てて地面に手をついた。その巨大な手は合計六本クレーターの中から現れ、それぞれが地面に手をつくと、ぐぐぐぐぐっと力が入りクレーターの奥から、手の持ち主が姿を現した。


「さっきの奴と同一……個体だよな?」

『……別の個体ではないでしょうか?』


 姿を見せたのは醜悪な姿をした巨大な化け物。先ほど戦ったインセクトロンの女帝とは似ても似つかない姿をしている。巨大な筒状の下半身が五つあり、その下半身を巨大な白い腕が無数に生えて支えている。上半身には人型に見えなくもない形状のナニかが生えているが、やはりそこにも無数の腕がぴっしり生えていた。


「きゅぅぅぅおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 どこから声を出しているか分からないが、そいつは甲高い声で吠えると、体全身に生えた腕を一斉に振り回した。


「げっ! 避けろ!」

『『『『っ!?』』』』


 無造作に振り回されたそれは、全てにソニックブームが発生し、見えない風の刃が四方八方全てに放たれた。まるで生きている竜巻か台風か。小さな子供がイヤイヤでもするように、そいつはひたすらに腕を振り回し続ける。


「こりゃダメだ。本隊へ救援要請!」

『りょ、了解!』


 すぐに打つ手無しと判断したリュカが部下に命じ、部下がすぐに救援要請を本隊へ発信した。




 ○  ●  ○


「Oh……じーざす」


 やったね皆! 友情! 努力! 勝利! だね、って感じに事態は収拾し、俺のアフレコも終了したのに、何でそこで空気を読んで巨大化すんじゃい! 端末一つで呼び出せるお助けマシンなんぞありゃぁしねぇし、特殊コマンドを入力すれば合体巨大ロボ、なんてのもないんじゃ! これ以上俺に何を求めてやがる!


「とと様?」

「うっ!?」


 しかも娘ちゃんが凄い期待感マックスなキラキラ御目目で見上げてくるこの威圧感よ……


「陛下、装甲騎兵部隊から救援要請が来てます」

「あー、ごめんなルル、お父さんちょーっと仕事しないとだから、ちょーっとごめんな?」


 ナイス! 助け船! 俺は報告を上げてくれた装甲騎兵達の誰かに感謝を捧げつつ、膨れてしまったルルの頭を撫でり撫でりあやす。


「うー」

「また今度な?」

「こんどってあしたー?」

「あー、明日は無理かな。明後日なら良いぞ?」

「ほんとー?」

「お父さん嘘つかない」

「うー、わかったー」

「ありがとう。良い子良い子」

「いひー」


 よし! 一日あればそれっぽい映像をでっち上げる事も可能だ! それと俺の心構え的な部分でも有効。軽く分かりやすい台本でもつくっておけば、更に楽になるだろう。うん、父親の好感度を守るために頑張るぞ! おー!


「陛下?」

「ああ、状況はどんな?」

「下からの報告だと、腕を振り抜くとソニックブームが飛んでくるらしいです。それと空中で回避行動に専念してるため、反撃が出来そうにないようで」

「なるほど……惑星内での戦闘訓練を終らせている翼士はどれくらい?」

「アベル殿、カオス殿、第二艦隊に三人、第五艦隊に六人ですね。第二、第五の人員はちょっと不安が残りますが」


 オペ子が回してきたデータパレットに目を通せば、確かにちょっとお願いするには実戦での飛行時間が心許ない。だが、アペル君にしてもカオス君にしても、特にカオス君は集中治療室に入っているような状態だから絶対に動かせないし、アベル君だって激戦をこなした後だから休ませたい。となれば、残る選択肢は俺か?


『おれが行きます』


 俺がどうするべと悩んでいると通信が繋がり、モニターにアベル君が映る。疲れたような顔をして、けれどちょっと良い顔にも見える不思議な表情を浮かべていた。


「大丈夫? 行ける?」

『おれの直属の部隊も使います。大丈夫です、行けます』


 俺がオペ子に手を振れば、オペ子はすぐにアベル君の部隊のデータを送ってくれた。そのデータに目を通し、俺はなるほどと納得した。


「任せた。ただし!」

『命、大事に』

「イエス! 気を付けて行ってらっしゃい」

『了解しました』


 惑星ゼダンで大暴れする巨大化したインセクトロンのお化けに、チームアベルの艦隊から戦闘艦十二隻が飛び立つ。アベル君とアベル君が自分で育てた部下達、総勢十二人の編隊だ。


 乗り手のデータを確認したけど、多分大丈夫だとは思うが、これでやばそうだったら、装甲騎兵を無理矢理どこかで回収して衛星軌道上から砲撃って手もあるし、まぁ何とかなるだろう。多分ね。


 それはさておき、俺は俺で娘ちゃん用のシナリオを考えつつ、これから行われる戦闘映像を加工してそれっぽい映像を作らないとならないな……こっちの方が大変そうだ……皆にバレないように注意しないと、さすがに不謹慎だって怒られるだろうし、こっそり考えよう。うん。

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