第182話 装甲騎兵隊 VS 女帝インセクトロン(二十歳) ①
本来、クランの拠点という場所は、敵対勢力が攻めて来た時の備えと言うものが必ず設置してある。一番分かりやすい物ならば、対人迎撃システムなどが一般的だろうか。しかし、この『バットグレムリン』の拠点はコンセプトがそもそも違う。ここはあくまで見せる為の拠点なのだ。
コンセプトテーマは完全におしゃんてぃなホテル、もしくは高級なリゾート地をイメージした感じにまとめられており、パーリーピーポー達のテンションを盛り上げる要素として存在している。
『私が頭を狙う! お前達は胸を狙え!』
『『『『はっ!』』』』
が、それは今では面影すらない。ライジグス一行が突入する前から、そこはインセクトロン特有の茶色っぽい粘液と固形物で成形された巣穴に整えられ、洒落たデザインの装飾などは邪魔だとばかりに削られ、施設というより洞窟と言った感じにしか見えない。
「早く帰ってナノマシンシャワーできれいきれいしたいぜ!」
『激しく同意します!』
AMS射撃戦仕様ヴァイス型を装着しているカノエ隊が、見事な連携でお手本のような射撃をし、巣穴からゾロゾロ姿を現すインセクトロンを狙い撃ちし、射ち漏らしをイヌイ隊とコオノト隊で潰しているのだが、綺麗に塗装されていたAMSは物の見事に真っ茶色へ染め上げられ、かなり見た目が悪い。というか腕なんかからは、染めている液体がネチャリネチャリと滴り落ちていたりするから、かなり精神的に来るモノがある。
『昔はよぉ、こんなん気にもしなかったのに、お上品になっちまったぜ!』
『汚い、臭い、不潔の三拍子揃ってるってのが普通だったもんな!』
『あんたらのそれって、本当にこちら側としては嫌で嫌で仕方がなかったんだけどね』
『お前らだって似たようなもんだったじゃねぇか!』
『最低限は綺麗にしてましたー!』
元傭兵組が多いコオノトとカノエが言い合いをし、その様子を後方を警戒しているヘイとオツのメンバーがニヤケた顔で眺めている。ここが談話室か何かかと勘違いしてしまいそうな、本当にいつも通りの光景である。
周囲はほとんどホラーテイストなアトラクションっぽいのに、誰一人としてプレッシャーなど感じていない様子だ。
閉塞感のある場所で、それでもいつも通りの空気感でいられるというのは強い。また、インセクトロンを効率的に倒す方法を見つけていたのもあって、一行は反応があった場所の前までたどり着いた。
「ここでいいのか?」
『はい、反応はこの隔壁の向こうです』
そこは物資を保管する倉庫だったのか、これまでと比べるとかなり頑丈な隔壁が備え付けられており、しっかりとロックがかかっていた。
『見張りも全部こっちへ迎撃に来たのかね? 門番すらいねぇってどうなってんだ?』
『まあ、楽出来るならその方が良い。開けられるか?』
『へいへい、お待ちを』
ロドムがイヌイ隊の一人に視線を向けると、彼は隔壁近くの入力端末へ自分の端末を繋げ、手早くシステムへ侵入する。
『あらまぁ、かなり古いシステム使ってるなぁ……骨董品レベルじゃねぇか』
『難しいか?』
困惑の声を出す彼に、ロドムが爆破も視野に入れないとダメか? と考えながら聞くと、彼はニヤリと笑う。
『こんなに簡単で良いんですかね? これの解除方法なんて、どこのデータベースでも拾えますぜ』
彼が入力端末からケーブルを抜くのと同時に、隔壁が音を立てて開いた。
『突入陣形! 近衛前へ!』
『コオノト! ペンギンを大盾に!』
『カノエ! マガジン交換! 構えはそのまま!』
「イヌイ! いつでも動けるように! ヘイとオツはバックアップよろしく!」
『『了解!』』
ロドムの号令に、一斉に全員が陣形を整え、ゆっくり開く隔壁を睨みながら、ジリ、ジリ、っと近づいていく。
『っ! 近衛抜拳!』
『『『『おうっ!』』』』
隔壁の隙間からこれまで対峙してきた中でもとびっきりガチムチなジェネラルが飛び出してきた。まるで空中を走るように突進してきて、そのままの勢いで強烈な蹴りをロドム達へ浴びせる。
ガギィィィッ! と硬質な爆音が轟き、すぐにガギギギギという何かが擦れる音が聞こえてくる。
『これまでのパワードスーツだったら腕を持ってかれてたな、これ』
『AMS様様ですね、ロドム殿』
『タツローさんに感謝だね。近衛専用AMSレッドライン型、凄い新装備だ!』
音速に近いジェネラルの蹴りを視認し、それをガッチリ受け止めた近衛機甲猟兵達に、ジェネラル達がしきりに顎を打ち鳴らす。固い爆音が受け止めた音で、その後の擦れる音がジェネラル達の顎の音だ。
『さあ、今度はこっちだぜ?』
『いくぞっ!』
『せいやーっ!』
近衛専用AMSレッドライン型は、他の装甲騎兵達が装備しているAMSよりゴツい。それこそ二回りは大きい、まさに小型の作業用ロボットへ乗り込んでいるような感じだ。
本来ならば鈍重な動きになるはずな外見をしているが、その動きは完全に騎兵のAMSよりも軽やかで早い。それもそのはず、レッドライン型は神聖国女王が装着していた物を、単純に上位互換へ昇華したような物なのだ。これでかの女王よりも鈍重な動きなどしよう物ならば、それは確実に中の人間の技量が伴ってないという話になるだろう。
「ギャギャギャギギギギ」
「ガギガチガチ」
「ギチリギチリギチ」
ジェネラル達を蹴り返し、そのまま追撃するように駆ける。その動きに合わせて陣形も動く。そうして一行は隔壁の中へと侵入した。
「マジかよ……」
目に飛び込んできた光景に、リュカが呆然と呟く。
そこはインセクトロン女帝の産卵室だった。邪魔な物は全て噛み砕かれたのか、本来あるべき金属の壁は一切無くなっており、自分達で掘ったのだろう巨大なホールを形成している。
壁には無数の小さな部屋が作られ、そこにはうごめく幼虫のようなモノが存在したり、中には卵状態のモノもあったりと、完全に巨大なアリの巣穴の中に入り込んでしまったような錯覚に襲われる。
そしてホール中央、確実に駆逐艦サイズはあるだろう巨大な化け物が鎮座していた。でっぷりと膨らんだ赤黒い下半身は巨大な芋虫のようで醜悪。その下半身にサナギのような姿をした何かが五つ六つ張り付き、下半身の脈動とは別に脈打っている。だが一番気色悪いのは上半身だ。
「キュウキィィアアアアアアアアアッ!」
「ぐっ?! 各員! ノイズキャンセリングシステム起動!」
『『『『了解!』』』』
その上半身が超音波のような絶叫を上げる。芋虫のような下半身よりも小柄な、見た目は完全に人間の女性に近い。ただ、触覚だったり牙だったりが生えていて、確実に自分達とは別の存在だとは分かるが、見た目が近いために強烈な違和感を感じてしまう。
『隊長! 化け物の右後方!』
部下からの報告に、言われた場所へ視線を向ければ、芋虫な下半身で器用に大切そうにユニットを抱えているのが見えた。
「……マジかよ……」
思わず天を仰ぎ、すぐに近衛というかロドムの方に視線を向けたが、むちゃくちゃに動き回るジェネラル相手に、こちらまで手が回らない感じだった。
リュカはすぐさま意識を切り替え、ベターだろう行動へ移すための指示を下した。
「カノエ! ヘイとオツもだ! あいつの意識をお前達が引き付けろ! コオノトは三隊のバックアップとフォローを! イヌイは目標物の確保に動く! ロドム殿!」
バッキンバッキン、ゴッスンドッスンというおおよそ出してはいけない音を発生させつつ、ジェネラルをぶん殴り続けるロドムは、リュカの声に軽く手を振る。
『了解した。それで行ってくれ。こちらは手が離せない。指揮系統はリュカ殿が引き継げ』
「了解! うし! てめぇら! 行動開始だ!」
『『『『了解!』』』』
カノエが中心となり女帝へ弾丸の雨を降らせる。更にヘイとオツの隊員が、AMSのバックパックを使って空中へと飛び上がり、カノエにヘイトが集まりすぎないよう、またイヌイが動きやすいように、かなりうっとうしい感じに撹乱を開始する。
「装置の準備は?」
『完了です』
「よし、アブロンを守りながら、アレを奪取する』
『『『『おう』』』』
「サリューナ、後の指揮はカノエで回せよ」
『了解! ちゃっちゃと終わらせて』
「善処しましょう」
量子コンピュータユニットを安全に保護する専用装置の確認をし、イヌイは素早く女帝の意識から外れた場所へ移動、そこから慎重にコンピュータユニットへと向かう。
しかし、カノエとヘイ、オツの攻撃は女帝に痛痒すら与えられず、女帝は悠然とした態度でつまらなそうにこちらを見ている。その様子に嫌な感じを覚え、サリューナが指示を出す。
『カノエ! バーストライフル使用!』
サリューナの指示で、カノエ隊が一斉に背中のペンギンを分離変形させて、それを手に持つバトルライフルへ装着する。
ヴァイス型用ペンギン機構アタッチメントタイプバースト。ヴァイス型用バトルライフルへ延長砲身を装着する形となり、強力な超電磁レールガンに変形するのだ。
『目標! 上半身! ファイア!』
バッシュンバッシュンと弾が走り、その全てが女帝の上半身へ吸い込まれていく。
「きぃしぃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
サリューナ達の動きに女帝は確かに笑い、上半身の腹を大きく膨らませて女帝が再び吠えると、その上半身が風船の如く膨れ上がった。女帝はバーストライフルの弾をその状態で受け止め、何事も無かったように弾は地面へと落ちてしまう。
『うっそでしょ?!』
あまりの事に一瞬動きが止まるサリューナ。そこへ上半身を元のサイズに戻した女帝が、ブオンと両腕を振り抜いた。
『っ?! マジかよ!』
何となく嫌な予感がし、コオノトが素早くカノエの前に立って盾を構えると、AMSのアシストですら体が浮かび上がりそうになるソニックブームが盾を激しく叩いた。
『マジで化け物じゃねぇか!』
何とかソニックブームを耐えたコオノト隊の一人が悪態を吐くが、更に女帝は何度も両腕を振り抜いて無数のソニックブームを発生させる。
『ぐおぉぉぉおおおぉぉぉっ!』
コオノトのウェイドが出す雄叫びに我に返ったサリューナは、素早く上空を飛び回ってる二隊へ指示を飛ばした。
『ヘイとオツは分散! リュカ!』
悲鳴に近い声で便りになるイヌイ隊の隊長を呼ぶが、リュカは申し訳なさそうに返事をしてくる。
「見えてる。だがこっちもこれ以上早くは動けない。何とかしのいでくれ」
マジですか、サリューナは苛立ちを吐き出すように叫ぶ。
『簡単に言ってくれる! ウェイド!』
ソニックブームから自分達を守ってくれているウェイドに呼び掛けると、彼のひきつった声が聞こえてきた。
『これぐらいなら何とか! だが、ペンギンが先にイカれるぞこれ!』
素早くコオノトの背後へ駆け寄り、その影から散発的にバーストライフルで攻撃をする。しかし今度は防ぐのではなく、ヒョイヒョイと女帝は簡単に避けてしまう。どんだけ生物としての能力が高いのか、嫌になる高性能さだ。
一応、これ以上の火力は出せるのだが、確保すべきユニットにダメージが行ってしまう。それでは作戦から外れてしまって、本末転倒である。
『参ったわね、これ』
『押さえてるこっちの身も考えてくれませんかねこんちくしょう!』
打つ手が無く、コオノトの影で考え込むサリューナに、コオノトの隊員達がやけっぱちに叫ぶ。しかし、本当に手が無く、サリューナは周囲を見回し何か無いか探すが、何も無い。
『ペ、ペンギンちゃんがミシミシ言ってる! ミシミシ言ってるって!』
『こっちは下半身のアシスト機能がアラート出してるって! やばいってのっ!』
『ちょっとサリューナさんっ?!』
コオノト隊員達がギャーギャー騒ぎ出す。これはマジでヤバイかもしれない。サリューナがイヌイ隊を置いて、一時撤退を考えた瞬間、女帝がこれまで聞いた事の無い悲鳴を上げた。
『何事?』
ヒョイッと盾から顔を半分出せば、そこには美しい剣を持つロドム達近衛機甲猟兵達の姿があった。
『遅れてすまない。手間取った』
近衛専用レッドライン型標準装備カラドボルグ。タツローが受け継いだエクスカリバーのデータを流用して製作されたグレートソードサイズの剣だ。
『さぁ、反撃と行こうか』
左の腕を切断された女帝が、ギチギチ牙を打ち鳴らしながら、憎悪に燃える複眼をロドムへ、近衛機甲猟兵達へ向けのであった。
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