第181話  お ま え か っ !

 首からデータパレットをぶら下げたガラティアが、張り付けた笑顔で軽食の用意やらお茶の用意やらをしている。そのデータパレットには『反省中』と書かれている。


「なんと言うか、悪い事して廊下に立たされる子供を見ている気分になるなぁ、それ」


 俺からの呼び掛けにも反応せず、淡々と仕事をこなすガラティア。その張り付けた笑顔だけはやめてもらいたいんだが、反省中って事なので深くは追求すまい。


「しっかし、何だろうな、この日曜日の朝っぽい雰囲気」

「何よそれ?」

「にーちよーぅ?」


 ファラも目覚めて俺の隣のゲストシートを倒し、アンニュイな感じでガラティアが淹れた紅茶に口をつけて首を傾げる。相変わらずルルは俺に張り付いたまま、サンドイッチをもぐっている。食べにくくねぇんかね? この娘ちゃん。


『にちようびって何です?』

「おう、定期連絡かい?」

『はい、どうやら無事みたいですね。それよりにちようびって何ですか?』


 唐突にこっちの話に乱入してくるレイジ君。妙にテカテカしてっけど、何かあったんかね?


「あー、こっちだと曜日ってねぇんだっけ。コロニーの朝昼晩のサイクルが大体二十四時間で一日経過って設定されてるだろ? それが七日間で一週間という単位になって、その一週間の終わりが休みの日って感じに設定されてるんだよ」


 ゲーム時代の設定の名残で、コロニーの環境変化は地球上と同じになっている。つまりは一日二十四時間。まぁ、商業区だとかビジネス区画とかはその限りじゃないし、繁華街なんかはずっと薄暗く設定されていたりするんだけどね。


 それと太陽暦じゃないから暦ってのが存在しない。曜日も無い。一日とか一週間とかっていう感覚じゃなくて、時間で区切ってるんだよねぇ、こっちの人達って。俺はどうしても地球の感覚が抜けないから、時間で日数換算してしまうんだけどね。年齢とかも、ここからここまでの時間経過、って感じに年齢が加算されるって聞いて、むしろそっちの方が面倒臭くない? と思ったが。


『ほっほー、つまりその日がにちようびって事なんですね?』


 そんな感じに思いを巡らせていると、妙に元気なレイジ君の声に、意識を呼び戻される。


 リーマン時代の自堕落な休みの日を思い出しながら、俺はうんうんと頷き、代表的な休日の過ごし方を思い出す。


「仕事が休みで、思いっきり寝坊したりさ、一日何もせずにボーッとして過ごしてみたり……まぁ好きに休める日って感じだと思ってくれればいい」


 休みがあるから仕事を踏ん張れるってのもあるんだよな。あーそういや、こっちに決まった休日って無いな。そんなに長時間拘束して働かせてないけど、不味いかな……


『それ良いですね。ライジグスでも採用しましょうか? メリハリが出来て仕事が捗りそうですし』


 お、食いついた。うむ、それならそれで――


「それは君に任せるよ」


 必殺、丸投げ。


『任されます。それで、何でにちようびっぽいんですか?』


 思ったより食いつきの良いレイジ君に、俺はモニターに映っているAMS部隊対インセクトロンの戦いを指差す。


「こう、家族と朝食を食べながら、子供にテレビ、あーこっちだと動画とかビジュアルネット(こちらの公共放送)とかになるんだが、子供と一緒に戦隊モノを見ている気分になってなぁ」

『……センタイモノですか?』

「おう」


 AMS白兵戦仕様のイヌイ隊とかだと、カラーリングがダーク系の一応迷彩をイメージした塗装なんだけど、射撃戦仕様のカノエ隊がねぇ、カラーリングが原色なんですよ。赤とか黄色とかピンクとか青とかね。そんなんで見た目戦隊モノの戦闘員みたいなインセクトロン相手に無双状態な訳で……どっからどうみてもなんたら戦隊うんたらジャー状態じゃねぇか、と思ってしまうわけですよ。なので気分がすっかり日曜日のお父さんみたいな感じなんだよねぇ。戦隊って日曜日の朝の放送だったしね。


『センタイモノって面白いんですか? こんな場面を子供達に見せるって問題ありません?』


 レイジ君が顔をしかめて映像を指差す。いやまぁ確かに、イヌイ隊の人達とか、インセクトロンをフットスタンプで潰してるし、さすがにこんなのを子供に見せるのは不味い。俺はいやいやと首を横に振って説明する。


「いや残酷な描写は一切……いや、たまぁーに毒吐く場合もあったりしたな……いやいや、そういう直接的な描写はないぞ? うん」


 思わずかつて子供心にショックを覚えた光景がフラッシュバックしたが、そんなものは沢山は存在してなかったはず……多分、恐らく、きっと……


 俺が一人百面相をしていると、レイジ君がふむふむと頷きながら更に聞いてくる。


『それってどんな感じなんです?』

「あーそうねー、子供達の情操教育に特化した内容だね。とにかく敵は絶対にぶれない悪党で、戦う戦隊ヒーロー達は絶対にぶれない正義で、勧善懲悪なストーリーで進むんだ。もちろんちゃんと心理描写とかも入れるけど、子供達が共感しやすい話の作り方はされているね。まぁ、子供の頃は絶対の正義とか信じてたけど、大人になるにつれてそうじゃないって分かるんだけどさ。少なくとも子供の頃は戦隊ヒーローの言葉を素直に聞いたもんさ。いつかボクもヒーローにって、そんでもってヒーローになるんだからって、一般的常識な道徳を守ったりしてね」


 俺の説明に、しきりに感心したような様子のレイジ君。何か凄く良い笑顔をしているのだが……何でしょね?


『なるほど……詳しい内容を後で教えてもらってよろしいですか? 何かに使えそうですし』

「んー、せっちゃんに問い合わせれば、映像持ってたりすんじゃね? あそこのクランってそういう変な収集癖あったし」

『分っかりましたっ! せっちゃんに聞いてみます。では、無事に帰って来てくださいね』

「おう。まぁ、俺は動けないから、地表の奴らの活躍に期待って感じで」

『それなら大丈夫ですね。では』


 レイジ君の通信が切れると、妙な視線を感じ、その視線の元へ目を向ければ、すんごいキラキラした瞳の娘ちゃんがいらっしゃる。


「見たいのかい?」

「あい!」


 ですよねー。でもなー、レイジ君にああは言ったけど、多分せっちゃんでも映像は無いだろうなぁ。ほら、著作権的なアレコレで、さすがにねぇ。


「うむ、そうだな……よし!」


 俺はモニターを操作して、ちょうどロドム君と対峙しているでっかいインセクトロンの映像をアップにする。


 あーこほんこほん。あめんぼあおいなあいうえおっと……さて――


「ぐわぁーはっはっはっはっはっ! よくぞこの虫将軍様の企みを見破ったなレッドよ!」

「っ!? きゃっきゃっきゃっ!」


 娘ちゃんを座り直させ、俺は一人アフレコを開始するのであった。まさかその様子を嫁達がしっかり録画しているとも知らずに……




 ○  ●  ○


 キャリアーで第一陣は一掃できたのだが、さすがにその状態のまま、地下へ潜るというわけにも行かず、一行はキャリアーから降りて行動している。


 しかし、インセクトロンの巣、拠点というだけあり、わらわらとインセクトロンが現れては乱戦状態となり、全く進めていない。


「お役に立ちまくりだぜ! AMS白兵戦仕様! とりゃぁっ!」


 AMS白兵戦仕様オルト型。イヌイ隊とコオノト隊がこのタイプのAMSを装着していて、今現在、スレイブとソルジャー階級のインセクトロンを、背中に背負うペンギンを分離変形させた鈍器で殴り飛ばしている。


 ダイレクトモーションアシストシステムという、人間の筋繊維にとても良く似た人工筋肉を使う仕組みで、いつも以上にスムーズに、いつも以上の怪力でインセクトロンをホームランしまくっていた。だが、状況は芳しくない。何故なら――


「これで生きてるんだから質が悪いぜ」

『呆れた生命力ですよ。興味深いですが、今は必要ありません』


 力一杯殴り付けても、何事もなかったように立ち上がり向かってくるのだ。


「頭を潰しても、再生しやがるし、なっ!」


 ふらふらと近寄ってきたインセクトロンの足を払い、すかさずフットストンプをして頭を踏み潰すリュカだったが、その状態でもインセクトロンは動くのだ。生命力が強いっていうレベルじゃなく、化け物を相手にしている気分になってくる。これではまるで物語に登場するゾンビのようだとリュカは顔をしかめる。


『あ! そうだ!』

「あん? どうした? ちっ! うらぁっ!」


 唐突に叫んだ別の場所で戦っている部下に、おざなりな返事を返しつつ、襲ってくるインセクトロンをぶん殴る。普通の人間なら致命傷となる一打だが、足がひしゃげようと腕が砕かれようと、簡単に死んではくれない。それが段々と作業感が強くなってきて、面倒臭さが先に立つ。


『こいつらってデデド(宇宙ゴキブリ)みたいな生態してるっすよね?』

「そうらしいな、おらぁっ!」

『俺の学生時代の知り合いにデデドをペットとして飼ってたヤツがいたんすよ』

「……あんだって?」

『いや、飼育に適した種類ってのがいるんだそうで。それにデデドをエサにしている魚とかトカゲとか、それ専用に増やすヤツとかもいるんだとか』

「気分は最悪だが……それで?」

『デデドって脳みそつーか、脳の機能をするヤツが二つあるって話なんすよ。だから頭を潰しても、頭無しの状態で動けるっちゅう話を思い出しまして』

「……ほっほーぅ」


 不用意に近づいてきたインセクトロンの足を払い、背中に足を置いて動きを封じるリュカ。ニヤリと笑い部下に聞く。


「どことどこにあるんだ?」

『頭と胸です』

「よしきたっ!」


 リュカがドスドスとインセクトロンの頭を胸を踏み潰す。すると今までのしつこさが嘘のように、小さく痙攣したかと思うと動かなくなった。


「てめぇらっ! 頭と胸を潰せ! それで殺せる!」

『『『『おうっ!』』』』


 部下の思わぬ気づきによって進軍速度が上昇し、段々と最奥が近づいていく。


『コンピューターユニットと思わしき反応をキャッチ』

『こちらも複数の、何かとんでもなく大きい生命反応をキャッチしました』

『そろそろゴールに近いのかな。近衛機甲猟兵先頭へ、真ん中にカノエとヘイを、周囲を他の騎兵部隊で囲め!』


 ロドムの指示に従い、陣形を整える。


「まずは周囲の奴らを一掃するぞ! 抜かるな!」

『『『『了解!』』』』


 惑星ゼダンでの作戦の大詰めが近づいていた。

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