第180話 インセクトロン受難

 Side:インセクト女帝(二十歳)


 インセクトロンは地球で言う蟻に近い生態をしている。なので、彼らの王国は地下深く掘られた穴の中に存在するのだが、ゼダンに渡った彼らは最初からあった施設を利用して自分達の居住地を作り上げた。


 その居住地の元の名前は、グレムリンパレス、悪戯妖精の宮殿と呼ばれていたクラン『バットグレムリン』の本拠地だった場所である。


 ウェーイ系クランだけあり、パーリーピーポー達が全力で楽しむようなリゾート施設という感じの場所だったそこは、おどろおどろしい見た目紫色のヘドロにまみれた伏魔殿のような感じへと変化していた。


 その伏魔殿インセクトロンハウスの最奥、女帝の産卵室内にて、超巨体の女帝へ頭を垂れるジェネラルインセクトロンの報告に、女帝は見た目ガチ昆虫面をしかめ、ジェネラル以下の部下達からそれすら可愛い尊いとすら思われている事を知らず、キーキーと甲高い、部下達はすんごいアニメ声に聞こえてニマニマする、声で苛立ちをぶつける。


「超不快なんですけどー、マジムカつく、ちゃんとしてくんない?」

「目下、調査中にございます」

「何、もっと生んじゃう? 兵数増やしちゃう? 食べ物沢山あるしー、やってやれるわよ?」

「ああいえ、それですと男共が持ちますまい」

(本当はギチギチ、ガチガチ、キーキーという音での会話ですが、分かりやすい言葉に変換してお送りしております。ちなみに口調はその人物? 虫物? の忠実なるイメージから採用されております)


 女帝の提案に、ジェネラルがチラリと彼女に同化するよう引っ付いている男達を見る。インセクトロンの男、オス個体は生まれてからずっと優先的に食べ物を与えられ、かなりパンパンになるまで太らせ、その状態で女帝に引っ付く。そうして一生分の養分を持ったまま、もしも足りない場合は女帝から養分を提供されつつ、まさしくヒモ状態で飼い殺しにされるわけであるが、現在の彼らは萎れている。女帝が若い個体である為にハッスルしまくった結果そうなり、まったくもって同情する余地すらない自業自得状態ではあるが、これ以上の遺伝子提供はマジで命が無い。一応、予備の男達もいる事にはいるが、女帝の子供であり、同じ遺伝子構造を持つ相手との子作りは種の弱体化を招く為、それは避けて通りたいという思いもあり、ジェネラルは女帝を止めた。


「女帝様が強い子供達を沢山産んで下さったので、それだけで十分対応できます」

「ふーん、じゃぁ、お願いね」

「はっ! お任せ下さい」


 ジェネラルはかなり古い個体だ。インセクトロンは他の人間種が行う身体の強化調整の段階で言えば第五種くらいの肉体構造をしている。なので実質寿命は数千年、下手すると億単位で生きられる個体が多い。しかし、生息できる環境が過酷である為に、そこまで生存できる個体というのは存在せず、このジェネラルのように百年ちょっと生きられたらそれはもう超長寿扱いを受ける。そんなジェネラルの人生? 虫生? を振り返って見ても、ここまで健康で強力な同族がひしめく一部族というのは初めてだ。


「どうせ欲に目が眩んだ馬鹿な人間達が来たのだろう。ふん、ご苦労な事だ」


 彼女は女帝が抱えている箱形の物体をチラリと見てギチギチ顎を鳴らす。その箱は、この素晴らしく美味な食べ物を提供してくれた人間が、絶対に誰にも渡すなと、自分達を雇い入れる条件として渡されたモノだ。きっと人間達はあれを狙って来たに違いない。


「分かっているな? 絶対に誰も通すなよ」

「「はっ!」」


 女帝の部屋から出て、彼女の部屋の扉を守るジェネラル二人に命じる。自分よりも頭二つ分は巨大で、同じ種族とは思えない屈強な体つきをしている部下達は、表情を引き締めて返事をする。実に頼もしい。


「何が来ても良いように、準備だけはしなければな」


 まあ、この肉体だけでどうとでもなるだろうがな、彼女はキチキチ高い音を顎から出しながら、武器を取りに兵器庫へと向かうのであった。




 ○  ●  ○


『かなり組織的なインセクトロンですね隊長』

「ああ、確かにそう見えるが……」


 数分前にインセクトロンに発見されてから、かなり身体が立派だが、それでも奴隷階層にあるスレイブと思われる個体に襲われ続けているライジグス一行。キャリアーを変形させて展開した砲台の射手を任されたリュカは、部下の台詞に頷きながらも、少々同情的な視線を襲ってくるインセクトロンへと向けていた。


「陛下……やりすぎです」


 キャリアーには四つの形態が用意されていて、ノーマルが兵員を輸送する形態であるトラック。停止して兵員を安全に休ませるキャンプハウス。隠密形態で移動するステルス。そして強襲攻撃用の移動浮遊砲台となるブラストの四つだ。


 今現在ブラスト形態で迎撃をしているわけだ。八方向上空までカバーする九つの砲台部分に射手達が乗り込み、もちろん自動化もできるが、その砲台で迎撃をしているのだが……


『なぁなぁ、どうやってレーザーがホーミングしてるんだろうな?』

『レーザーって曲がるんだな』

『これ俺ら必要なくね?』

「……」


 そう、狙いもつけずにトリガーを引けば、後はレーザーが勝手に的を補足して自分から当たりに行ってくれるという、トンでも技術を目の当たりにして、リュカは言葉を失っていた。


 もちろんタネはある。これはこのキャリアーに現在ロドムがいるから可能になっている技術だ。いや正確にはロドムの妖精ロベルタがRVFを装着してキャリアーのシステムにドッキングしているから出来ている手段であり、彼女の固有能力無しではさすがのタツローでも、現状では再現不可能だ。現状では、という部分がそのうち出来る、と言っているようで恐ろしくはあるのだが。


「あまり無理はしないでね」

『うふふふ、大丈夫、この程度なら消耗しないから』


 キャリアーの制御室でロドムが専用のシステムに繋がれたロベルタを気遣うと、彼女は妖艶に微笑みながら投げキッスを飛ばしてくる。ロドムは苦笑を浮かべながら状況に鋭く視線を飛ばす。


「インセクトロンは本来臆病な性質と勉強したんだけど……」


 ロドムの視線の先には、死屍累々といった感じに、無惨な姿をさらしているインセクトロン達の姿があり、その様子に首を傾げる。


 過去、何度かあったインセクトロンとの衝突で判明した事は多く、そんな判明している事実の中には、彼らは原始部族的な思考をしているため、こちらがより大きな力を見せつければ、わりとあっさり降伏してくる場合が多々あったらしい。なので、これだけ一方的に虐殺していたら、そろそろ降伏してそれなりの対応をしてくるだろう、とロドムは考えていたのだが、どうもそのアテは外れたらしい。


『ロドム殿。前方、我々が目指しているポイントに生命反応多数確認。かなり大規模です。組織的な軍事行動ですかね?』

「そうだろうな。こちらの状況は?」

『さすが新技術の見本市、全く消耗してません。ほとんど新品状態です』

「……タツローさん、ちょっとは自重しましょうよぉ……はあ……」


 部下からの嬉しそうな報告に、ロドムは脳裏にゲラゲラと腹を抱えて大爆笑し、驚いた? ね? 驚いた? 凄いっしょ? 自信作なんだぜ! と無邪気にはしゃぐ国王陛下の幻が見えた。


「まあ、うん……よしっ!」


 色々と思うところはあるが、無理矢理なんとか納得させ、両頬をグイッと押し込み(AMSでパワーアシストしてるので下手に叩くと顔面破裂)、頭を切り替えて指示を出す。


「交戦準備。目標は地下にあるようだから問題はないだろうとは思うが、やりすぎないように注意しろ」

『『『『了解!』』』』


 インセクトロン(ゼダン部族)の受難が開始しようとしていた。




 ○  ●  ○


 Side:元グレムリンパレス地上部にて


 ジェネラルは規則正しく整列した精鋭、ソルジャー階級の部下達を睨み、満足げに頷く。彼らの手には、このゼダンへの渡りに耐えきれず死んだ仲間達の身体を加工した原始的な武器が握られ、その身体にもかつての仲間達の身体を利用した簡素な鎧が装着されている。こんな充実した部隊を率いる事になるとは、虫生? とは分からないものだと彼女はニヤつく。


「総員準備整いました将軍!」

「うむ」


 インセクトロンの強さとは、どれだけ豊富に食料を食べられるかが重要となる。過酷な環境でしか生きられない彼女達は、それだけで種として高いポテンシャルを持っているのだが、十分な食料にありつけると肉体その物が強化され、訓練などしなくとも自然と屈強な戦士へと成長する。産まれながらの戦士なのだ。その点で見れば、ここに整列している同族達は、全員がいつでも女帝階級へと至られるポテンシャルを持っている者達ばかりである。負ける要素が無い。


 完全に慢心した状態でジェネラルは顎を高らかに鳴らす。


「諸君! 愚かな人間共が、我らが敬愛する女帝様の宝を奪いにやってくる。それは許される事か? 許されないよな? ならばどうすべきか?」

「「「「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」」

「そうだ! ここは我らの星、我らの国、我らの楽園だ! ここに人間共の居場所などない! ならばやる事は決まっている」

「「「「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」」

「勇敢なる諸君のような部下を持って我は幸せ者である。さあ! 戦いの時は来た!」

「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」


 自分の鼓舞で盛り上がる部下達の様子にジェネラルは酔う。こんなに戦いが待ち遠しいと思った事は過去一度たりとてない。これだけ充実した戦力で戦えるなど、普通にないからだ。


「さあ! 行くぞ!」

「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」


 負ける要素など微塵もない。ジェネラルはそう確信して進軍を開始した。


 だがしかし彼女達は知らなかった。絶望というのは何処にでも存在するありきたりな事象である事を。そうして彼女達は遭遇する。天を突き浮いて動く、光を吐き出す巨大な機械の、絶望を冠する化け物と……




 ○  ●  ○


「虫野郎、武装してやがるぞ」

『武装と呼んで良いんですかね? あれって確実に同族の身体を使ってますよね?』

『生体装甲って呼ばれてるくらいだから、素材としても優秀なんじゃない?』

『陛下に持ち帰ったら喜ぶかな?』

『絶対するなよ! フリじゃないからな! 絶対すんなよ! マジでAMSに組み込まれたらどうすんだよ! あんなヌメッてした見た目のスーツなんか着たくないからな俺!』

『うんごめん。想像したらマジないって思ったごめん……ぅぇ……』

「ははははは」


 緊張感が無いのはいつもの事。自然体で事に望めるというのは有り難い事ではあるが、もはやこの空気感こそがライジグス軍人の特色なんじゃねぇの? と思うリュカであった。


 そんなある種和やかな空気感を引き締めるように、制御室から通信が入る。


『戦力分析しましたが……ジェネラルが三、他はソルジャーとスレイブですね。かなり成長してますから、ここで確実に殲滅しましょう。こいつら生かして残したら、悪夢の再来どころか災害になりそうです』


 その通信にリュカが表情を引き締める。


「了解した。聞いたか?」

『サリューナ了解』

『ウェイド了解』

『バーバラ了解』

『こちらも聞こえました、了解っす。一番多く倒していいっすよ隊長』

「悪いな、特別ボーナスは俺ががっぽりもらうぜ?」

『『『『ははははは、持ってけ持ってけ』』』』


 強襲装甲騎兵に所属している軍人は、元開拓惑星出身者というのが多い。なのでリュカの出身惑星が何処で、どうして開拓が進んでいたはずの惑星から逃げ出してライジグスへと逃れてきたのか、その理由を知っている者達しかいない。なので彼に少々の踏ん切りの機会を譲る事に、誰もが納得していた。


『よし、では作戦開始だ!』

「いくぞオラ!」


 さっそくとばかりにリュカがトリガーを引き、デザートローズ触媒によるローズピンクのレーザーが次々吐き出される。それに他の八つの砲台も続き、見ようによっては光のパレードのようにも見える戦いが始まった。


 致死性のレーザーが乱舞する、それはそれは酷い蹂躙劇が始まるのであった……

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