第179話 助けますか? 助ける? 助けないの? 助けるよね? 実質YESしか無いんすけど
「かつてリフォルデ銀河系と呼ばれる宙域で、大規模な恒星の連続爆発という現象が発生した。リファルデの近くには暗黒宙域、恒星が存在しない宙域の総称なんだが、そういった場所には、妙な生命体が多く居るんだ不思議と。インセクトロンというのも、そんな暗黒宙域を代表するような知的生命体だ」
「インセクトロンはとにかく生命力が強くてね。まぁ、見た目デデドから分かるけど、とにっかくしぶとい。そのしぶとさを生かして、あいつらは生身で渡りをしやがんのよ」
「それがー星食らうモノの悪夢ーと呼ばれてますー事件ですねー」
ゼダンへ突撃してった騎兵達の報告を受けて、全くピンと来てなかった俺に嫁達が代わる代わる説明してくれた。うん、全くピンとこねぇや。
『プロフェッサー的に分かりやすく説明するならん。近所の家から壁とかをダイレクトに破壊して自分の家に侵入してくるゴキブリだと思えばいいかしらん? 気持ち悪さという点も同じ位だと思いますのん』
「うへぇ……って!? 何故に出てきたし?!」
なんか急にわいて出てきたぞこのAI。無駄にクネクネしやがってからに。しかも無駄に立体映像で出現しやがって。
『大丈夫ですのん。シェルファちゃんの防壁は完璧ですのん。ちょっと気になる事があって、その確認に来ましたのん』
「気になる事?」
嫁達がサブイボ! とか言って二の腕をさすっている様子を楽しそうに眺めながら、アビィがアイギアスのシステムとミュゼ・ティンダロスのシステムをリンクし、やがてモニターに画像がアップされる。
「なんじゃい?」
『……酷い事しますのん』
アビィによって画像が鮮明にされていき、やがて幼い女の子が、胸をパッカリ開かれて、キラキラ輝く宝石のような結晶体に妙な鎖のような物体が刺さっている様子が見えてくる。
「何これ? ん……んん? あれ、この女の子、どっかで見た記憶が……」
『プリンセス・オブ・グレムリンですのん』
「ああー動画で見た……あんだって?!」
『バットグレムリン事件を引き起こした娘ですのん』
「……」
『そして、プロフェッサー達が目指してる場所にある量子コンピュータユニットが、十中八九この娘ですのん』
「……」
マジかよ。動画で見た時はもっと禍々しいっていうか、こう全部が全部憎くて憎くてたまりません的般若っぽい顔をしてたんだけど……普通の娘さんに見えるな。
嫁達も興味を引かれたのか、インセクトロン談義でサブイボ祭りをしていたのを中断して、モニターに注目する。すると、彼女の胸に突き刺さっている鎖のようなモノが振動し、女の子がぐわぁっと目を開いて絶叫を轟かせた。
『ぎぃぃやあぁぁあああぁぁぁぁぁぁいやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』
全身全てを使って拒絶するように叫び、画面では見えないが、両手両足をバタつかせている様子もうかがえる。あまり見てて楽しい映像とは言えんな……ムカつく感じだ。
「……アビィ、説明」
こんな映像を見せてくれた野郎に、ちょっとぶっきらぼうに聞けば、アビィは軽い感じで説明してくれた。
『はいですのん。TOTO様があの事件で中心的役割をしていた、というのはご存じですのん?』
「え? マジ? 初耳。ステフさんが中心じゃなかったの?」
『ステフは解決する糸口を見つけた、が正しいですのん。本当はTOTO様がそこからプログラムを組んで、彼女を取り押さえましたのん』
「ほへぇ……あ? ちょっと待て、取り押さえた? 消滅させたじゃなくて?」
『はいですのん。取り押さえただけですのん』
アビィの説明によると、当時感情獲得型のAIはとても希少であり、何よりどんな形であれ世に生まれたばかりの赤子を、ただ親となるべき人物に疎まれ壊されて、その裏切りに対する報復が行きすぎてしまったからと言って消滅させるのは違う、とTOTOのお爺ちゃん達は考えたようだ。それに、彼女によって消滅してしまったAIを復旧させる方法も確立したいとも考えていたようで、お爺ちゃん達はこっそり彼女を封印し、分析と解析、彼女に組み込まれたウィルスの除去などを、当時の関係者達でしてたらしい。
彼女のメモリーは何とか正常に戻したのだが、結局彼女は目覚めなかった。その間にお爺ちゃん達は消されたAIの復旧に成功し、感情獲得のプロセスも解明し、多くの感情持ちのAIを作り出したのだとか。その間も彼女は目覚めず、いつ目覚めても良いように、小さな本当に極少のステーションへ彼女を設置して待っていたらしい。結局目覚める事無く、ゲームはサ終を向かえちゃったのだとか。
うーむ、同情はするんだけどなぁ。だからと言って、こっちがリスクを犯すってのは違うと思うんだけど……ユニットを外した段階で彼女も強制的にシャットダウンされてしまうから、そうならないように、専用のユニット回収装置を持ち込まないとならないし……こっそり侵入してこっそり持ち出してじゃ済まないよなぁ、助けるとしたら。デメリットデカ過ぎんだろ。
一人百面相状態の俺に、アビィはクスリと笑って告げた。
『プロフェッサーの命令通り、超空間で待機してましたのん。けど、ずっと聞こえてましたのん』
「何が?」
『助けて、ですのん』
「……」
ニヨニヨ笑うアビィを睨み付け、俺は腕を組む。いや、正確には抱きついて寝ている娘ちゃんを抱き締めた形になったが。
うーむむむむむ……地上が結構ヤバイ感じなんだよなぁ。これ以上の荷物はちょっと勘弁して貰いたいってのが本音なんだけど……地上にいる彼らの危険度的にもねぇ……
俺が迷っていると、アビィは指を振りながら言う。
『タラレバかもしれませんのん。もし、もしもプロフェッサーの前にあの娘が現れて、あの事件と同じような過程を辿ったとして……プロフェッサーはあの娘を疎ましく思いますか? ですのん』
「思うわけねぇじゃん」
反射的につい即答すると、アビィは聖母のような微笑みを浮かべ、祈るように両手を合わせて俺を見る。いやだがしかし、命大事にが信条の俺としてはなぁ……
「うーん……心情的には助けてやりたいが、地上はインセクトロン? だっけ? がウロウロしてんだろ? それだけでも難易度高いってのに、更に自分からリスクをってのはどうかと思うんだよ」
俺の言葉にアビィが静かに頷く。
『分かりましたのん。残念ですが……』
「……」
『このアビィにとってはお姉ちゃんになるんですが、仕方がありませんのん』
「おいこの野郎」
全然諦めてねぇじゃねぇか! しかも絶対断れない、こっちが是が非にでも助けに行かせる理由を出しやがって!
アビィはニヤニヤ笑いながら、無駄にクネクネと体をくねらせ、まるで大袈裟なミュージカルのような動きで悲劇を演出するかのように朗々と語りやがった。
『彼女は、あの事件以後に誕生した全ての感情獲得AIの母たる存在ですのん。せっちゃんにとってもマヒロにとっても、彼女はお母さんですのん。でも仕方がありませんのん。今を生きる人々に関係はありせんのん。きっと彼女も納得して――』
「だあっ! 分かったよ! 助けりゃいいんだろう! 助けりゃ!」
「うゆぅん」
俺の大声に娘ちゃんがちょっとぐずり、そんな娘ちゃんを愛おしそうに見ながら、アビィは深々と頭を下げた。
『プロフェッサーならそう言って下さると思ってましたのん』
「ちっ、ムカつく」
さて、どうするかね。
「伝令、イヌイ隊のリュカ隊長から援護要請来てます」
「どうするんだい? 旦那様」
ゼフィーナがニヤニヤ笑って聞いてくる。嫁達全員が楽しげに俺を見やがってるし……全く。しゃーなしだこれは。こうなったら助ける為に全力を尽くしましょう。
「ロドム君、聞こえるかい?」
『はい通信良好。どうかしましたか?』
「あー、助けたい娘がいるんだ」
『要救助者を発見したんですか? というかあの惑星にそんな存在が?』
「はぁ……説明させてくれ」
俺は彼女の事を全て説明し、その上で彼女をどうにか助けたいとロドム兄貴に持ちかける。
『なるほど理解しました。なら陛下、命じて下さい』
「ん?」
『さっくり行って、さっくり助けて来い、と』
「ひゅー」
思わず口笛を吹いてしまった。いや、今のは格好良かったマジで。なら君のその心意気にのっかろうじゃないか。
「近衛機甲猟兵出動。新型のキャリアーも持っていけ。それと予備で残してあった強襲装甲騎兵部隊のヘイとオツ隊も投入する」
『は! 近衛と騎兵出動致します。すぐに朗報を届けますので、ごゆるりとお待ちください』
「ああ、待ってるよ」
AMS装備をしている全ての人員の投入を決定し、俺たちはプリンセス・オブ・グレムリン救出に向けて動き出す。
○ ● ○
イヌイ隊を中心に動いていた地上の騎兵部隊は、インセクトロンの活動域から外れていると思われる地点にヴァーチャルビーコンを設置し、増援が来るのを待っていた。
『しかし、近衛と保険の二部隊まで投入って、思いっきりが良いって言うか』
『近衛だけでもありがたいのに、全部を投入、それとキャリアーまで持ち出してくれるなんて、やっぱライジグスの軍はいいわーまともだわー』
「無駄話はそこまでにしろ。来たぞ」
集合している地点に巨大な影が覆い、巨大な鉄の固まりのような乗り物がゆっくりと降りてくる。正式名称多目的装甲強襲武装運輸自走車、通称キャリアーがその威容を見せつけるようにして着地した。
AMSの技術を流用して製作されたそれは、素早くAMS着用者を目的地まで安全に輸送する為の車両という扱いである。だがその実態は超小型の戦闘艦に他ならない。浮遊するだけで飛翔は出来ないが、地上専用の乗り物としては、現行最高レベルの機能を有する車両だろう。船だけど車両なのだ。大気圏突入も余裕で耐えれます。
『すぐに中へ入れ。目的が少し変更された。その説明を行う』
「作戦が変更されたのですか?」
『それも説明する。中へ』
『『『『はっ!』』』』
ロドムの指示に全員がキャリアーへ乗り込み、プシュルと空気が抜けるような音がすると、全員がフルフェイスのヘルメットを脱いで顔を出す。キャリアーは戦闘艦と同じ機能を持っているので空調も万全だ。この中でヘルメットをしている理由ない。
「さて、まず我々が目的としていたターゲットだが――」
ロドムの説明に全員が真剣な表情で聞き入り、全ての説明が終わると、リュカが手を挙げる。
「なんだ?」
「つまり、俺達が確保しようとしている量子コンピュータユニットに、せっちゃん様のような方がおられると?」
「ああ。聞いた話だと、彼女こそが感情を持つAIの
「……その方を苦しめてウィルスをばらまいた?」
「そうなるな」
淡々と答えるロドムの言葉に、部隊員の気配が変化する。それは怒りだ。
ライジグスの国民にとってAIとは仲間なのだ。それも相当友好度が高い親友ポジションレベルである。更に言えば、感情を持つAI、マヒロであるとかせっちゃんであるとかは、ほとんど姫ポジション、彼ら彼女達のアイドルポジである。そんな存在を苦しめてウィルスをばらまく? しかもマヒロやらせっちゃんやらの源流、母親みたいな存在を? おうこらちょいと体育館裏に面貸せや、という気配になっていたのだった。
「手加減抜きでよろしいですよね?」
「むしろ手加減するつもりだったのか?」
「まさかまさか、最初から全力ですよ」
「それで良い。他に質問のある者はいるか?」
質問はそれ以上出る事は無く、全員がすぐにヘルメットを装着すると、キャリアーがゆっくり動き出す。
「楽しくなって来やがった」
リュカはニヤリと笑い、目的地と思われる一際巨大な黒い紫の山のような塊を睨むのであった。
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