第176話 眠れる獅子が起きちゃって、なんかドラゴンになった
ハンガーに戻ってきたオールドシルバーに、メカニック達が一斉に駆け寄る。目だったダメージは無さそうに見えるが、国王がどれだけ無茶な戦い方をしてたか、それを映像で見ていた為に、入念なチェックは必須だろうというのが彼らの一致した見解だった。
「誰か! 救急搬送ボット持ってきて!」
いざメンテナンスと腕を捲った彼ら彼女らだったが、オールドシルバーから飛び出してきたファラの叫びに、目の色を変えて衛生担当系のクルーへ叫ぶ。それはもう怒号や悲鳴に近かった。何せ、ファラが慌てている状況と言う事は、確実に国王かその娘であるルルが関係しているだろうから。
「ちんたらしてんじゃねぇ! 急げ急げ!」
「医療区画まで開けろ! 開けろ! 邪魔すんじゃねぇ!」
「そっち! ぼさっとすんな! 受け入れ態勢を整えろ、くらいの指示は出せや!」
「こっちよこっち! 早くして!」
騒然とするハンガーに泡を食って駆け込む衛生担当クルー達。完全装備で固めた彼らがオールドクルーへ次々飛び込んでいき、やがてフロートする担架に乗せられた国王とルルが現れた。固唾を飲んで見守るハンガー要員達が、衛生担当者へ無言の圧力をぶつけ、どうなんだと視線で問いかける。
衛生担当クルーは、完全装備のヘルメットタイプのバイザーを外して、周囲を見回し、クソ真面目な表情で説明した。
「過労で寝てるだけですな」
「「「「……」」」」
ハンガーに乾いた笑い声が響き渡る。そして彼ら彼女らは、紛らわしい事をしでかしたファラ王妃様へと生暖かい視線を向けるのであった。
「糸が切れたみたいに倒れたから慌てたのよ! ちょっと! その生娘を見るような目を向けんな! 分かってますみたいに頷くんじゃないわよ!」
結構シャレにならない轟音を立てて地団駄を踏むファラは、その美しい顔を真っ赤に染め上げながらキーッと叫んだ。
「はいはい、ファラ様も休まないとなりませんよ。そんな暴れてないで、こちらに行きましょうね」
「幼児みたいな扱いするな! あ! こら! ちょっと!」
「はいはい、興奮するとますます悪化しますからねー、こっちですよー」
「アンタら! 覚えておきなさいよ!」
「はいはい、良い子ですから、こっちへ」
「アンタもそれ止めなさい!」
まるでコントのようなやり取りを見送り、メンテナンスクルー達は、適度に力が抜けた状態で、最高の仕事をするべくオールドシルバーへと向き合うのであった。
○ ● ○
「なるほど、それでこっちはこっちでこんな有り様なんだな」
「はいー」
ハンガーでの出来事を聞き、ゼフィーナはどこか困惑した表情でモニターを眺める。そこにはスカーレティアの艦橋で正座をさせられるメイド達が居た。
『わざわざ遅れて登場したのは、陛下の活躍をしっかり録画する為だった、とはどういう事か説明なさい』
いつもの語尾を忘れるレベルで激怒しているガラティア。常にニコニコしていてその表情しか馴染みがないが、彼女はまさしく人の手によって産み出された美の究極みたいな存在で、そんな存在が無表情で淡々と無感情に怒る姿の怖さったら凄まじい。普段の彼女を知ってるからこそ、ゼフィーナとリズミラ他嫁達も、かなりビビッていた。そして、彼女だけは絶対に怒らせないようにしよう、と共通の認識を持つのであった。
『それは言葉の綾ですメイド長。実際にモップ掛けをするのに最適のタイミングを計っていたのは事実ですから、その間に実益を兼ねた映像記録を――』
『誰が発言を許したか?』
『っ!? し、失礼しました』
説明しろと言っておきながら一刀両断で切り捨てる。かなり理不尽ではあるが、実際、タツローとルル、それからファラも限界以上に疲弊して集中医療ポットに入っている現状、ガラティアの怒りも無理からぬ所がある――それがいわれのない理不尽な八つ当たりだったとしても。カオスやリア、ミクなどは高度医療ポットに入っているし、どれだけ彼らが過酷な戦闘を繰り広げていたか理解出来るのも、ガラティアの怒りへ燃料を注いでいた。完全に言い掛かりレベルであるが。
「あれーほぼ難癖ですけどー、止めなくて良いんですかー?」
「止められるか?」
「「「「無理」」」」
「じゃあ、私に押し付けるなよ」
「「「「……」」」」
救援に駆けつけたメイド達が、一番理想的なタイミングで介入し、突撃攻撃を行って一気に相手の数を減らし、そこから流れるように包囲殲滅陣形で更に数を減らし、後方から慌てて追ってきた第二、第五艦隊も掃討へ参加、これで敵は完全に撃滅された。はっきり言って悪くないどころか、今後の手本にしたいくらいの救出劇だった。マニュアルにしたっていい。だが、こっそりタツローの活躍を録画して、それを自慢しちゃったのが不味かった、ただ彼女達が迂闊であった訳だ。理不尽ではあるが。
それもこれも不甲斐ない結果しか出せなかったガラティア達の八つ当たり、という見方もあるが、理性で不味いと思っても、感情がそれに追い付かないなんて当たり前にある。なのでこれ以上はダメだろうなと、やれやれ気合いを入れて止めなければ、ゼフィーナが覚悟を決めようとした時、唐突にモニターが起動した。
『そこの馬鹿メイド』
『っ?! は、はい!』
医療ポットの治療ナノマシンの液体に浸かり、相当眠いのだろうに無理矢理起きてるのか、かなり座った目をしたタツローが、口許に酸素吸入装置のようなモノを当てて、ギロリとガラティアを睨む。
『はあ……可愛い顔が台無しだぞ』
『っ!』
てっきり叱責されるのだろうと思って身構えていたガラティアだったが、弱々しくもニヤリと笑ったタツローに不意打ちを食らって、膝から崩れ落ちた。何より、疲れがにじんで少し掠れた感じの声がセクシーだったのも、こうかはばつぐんだ、だったようだ。
ガラティアの様子を確認し、タツローは少し呆けたような姿を見せたが、すぐ表情を引き締める。
『これはこの艦隊だけじゃなく、コロニーやステーションにも中継してもらっている。だから聞いて欲しい』
タツローは目も開けているのが辛いのか、何度か意識を飛ばすような感じでカックンカックンと目蓋が落ちかけていたが、気合いを入れて目を開く。
『俺達は慢心していた。自分達の国は最高だって傲っていた。自分達が負けるなんて事はないと思ってもいただろうし、今までの生活はずっとこれからも永遠に続いていくと決めつけていた。俺自身がそう思ってたからな、間違いないよ』
はーやれやれと言った感じに肩を竦めるタツローに、少し淀んでいた空気が緩んで行く。いつもの自分達に戻って行く感覚に、ゼフィーナ達は安堵の息を吐き出した。
『でもそれは間違いだった。いつだって現実は理不尽だし、どんな手段でも使って、不幸ってのはやって来る。ムカつく事にな。実に面倒臭い、こっちの事は放っておけって思うわマジで』
へへへ、とシニカルに笑うタツローに釣られて、嫁達の口許にも笑みが戻る。
『だからこそ決意した。もう停滞は止める。どうやら面倒臭い奴がこっちをロックオンしたようだ。これからは全力で進める。レイジ、計画していた残った極地の開発を進めろ。クルル、テリー、自重するな能力を無駄に発揮しろ、ヤザリも同じだ。どこのどいつが舐めたマネをしたか知らん、だが奴は俺の大切なモノを奪おうとするのは理解出来ている。我が親愛なる国民達よ、我が愛すべき家族達よ、その力をライジグスへ捧げ、今回のような理不尽を叩き伏せる力へと昇華せよ……頼むぜ?』
タツローがお茶目にウィンクをしてモニターが消えた。
一瞬の静寂。そして宇宙を震撼させるような爆発的な叫び声が、ライジグスのあっちらこちらで発生した。
○ ● ○
アルペジオ行政区画。アルペジオ中枢に作られた上級官僚用の区画であり、ライジグスの政の心臓部である。
「レイジ殿! こちらの予算の確認をお願いします!」
「探査船の建造はどの程度進んでおるのか?」
「承認待ちでしたから、もういつでも出港は可能ですよ」
「同時に行けるのかしら?」
「それはもう、問題なく。入念に準備だけはしておりましたので」
「こっちはこれで良し! 次は?」
いつもそれなりに忙しい感じではあるが、今の状況を指し示すのであれば、それは熱狂に近いだろうか。
「ガンガン進めるぞ!」
通信で名指しの指名を受けたレイジは、上機嫌で仕事を推し進めて行く。
「全く、国王陛下にも困ったもんだ」
そんなニヤケ顔で言われても説得力が無い、とは誰もが思ったが口には出さずに与えられた仕事をこなしていく。
今現在、彼らが進めているのは、ライジグス領宙内に複数存在している極地、トリニティ・カームのような場所の開拓計画の色々だ。これはもうちょっとゆっくり進めて行こうかと、国王その人が言っていた事業だったが、何があっても大丈夫なように準備だけはしっかり進めていた。
「レイジ殿! 軍部から例の件の報告が来てます」
「はいはい、どれどれ」
国王が向かった先で困難が待ち受けていたのは聞いた。それを踏まえて国王が進むと、国よ民よそれに備えよと命令を下したのだ、奮い立たなければなるまい。
「パパンじゃない、国王陛下が戻ってくるまでに開拓の前乗り段階まで進めるよ。おまいら、それまで寝かせねぇぜ!」
「「「「はいはい」」」」
だんだん国王その人に似て来たよな、そんな感想を持ちながら、官僚達の熱い日常は続くのであった。
○ ● ○
「なるほど、ヤザリちゃんのこっち方面のアプローチは凄い」
『やあねぇ、それをいうならクルルちゃんの工夫のほとんどがライジグスに恩恵を与えてるじゃないの』
「いや、それは意図してなかったんだ。それはいいんだけど、こっちは?」
『ああ、それはね?』
「……」
国王名指しの通信を受け、クルルとヤザリがディスカッションを始めた。それを横で聞いているテリーは、頭を抱えていたりする。
二人の話す技術的内容が高度過ぎるというのもあるのだが、思い付きでポンポンポンポンと画期的な技術の雛形が誕生してしまい、それだけで技術部の部下達が駆けずり回るはめになり、現在技術部が機能停止一歩手前状態まで行ってしまっていた。
「あら、こっちなんかは」
『あらまぁ、こっちもこれは』
「なるほど! で、これはこうして」
『いやん! これ凄い!』
「……はあ、これだから天才ってのは……」
会話なんかもう成立してないのに、どういうわけか響き合い、革新的な手法が産み出されていく。本当に、プライドを何度も砕いてくれる奴らである。
「仕事しよ」
せめてもの抵抗として、天才達が産み落とす技術の雛形の検証に入るテリー。そんな彼の仕事も実は、とんでもなくハイレベルである事を、自称地味な秀才は理解していない。
○ ● ○
国王タツロー・デミウス・ライジグスのメッセージはライジグスで生きる全ての人々の意識を変えた。
彼らはか弱く、そして守られる存在であった。しかし、それではダメだと国王のメッセージによって目覚めた。これから自分達は、この国を守る一人として、この国の一員として、国王タツローを父とする家族の一人として立たねばならないと認識を改める事となる。
後の世に、宇宙の根幹を根底から書き換えられる時代、と称される大技術革新の波が訪れる事となるのだが、今はまだそのスタートラインの姿が見えた段階であった。
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