第175話 冥土に逝ってらっしゃい

 Side:超空間の女子会


 前ならえ状態で、ぴっしり固まり、さらに周囲を巨大な白毛の犬っぽいドラゴンに守られたポンポツ。その様子を呆れたように眺めつつ、絶世の美女姿のアビゲイルがドラゴンに体を預けながら切ない溜め息を吐き出す。


 元がケツ顎の濃ゆいオネイさんだと分かっていたとしても、その仕草一つ一つが洗練され、目が離せなくなる魔力のようなモノがあり、固まったポンポツがずっと般若心経を唱えていたりする。


「心配ですか? アビィ」


 大正浪漫に桜吹雪が舞う、みたいなハイカラさんが通りそうな服を来たマヒロの言葉に、アビィは頬に手を当てて小さく頷いた。キューティクルばっちりのサラッサラな茶髪がさらりと動き、それだけで魔性の魅力を発揮するアビゲイル。ポンポツがカタカタ震えだしたのを見て、犬のようなドラゴンがそっとポンポツを隠す。


「失礼しちゃうのん」


 その対応にアビゲイルが野太い声で抗議をするが、マヒロはコメントを差し控えた。その姿で散々ポンポツを弄くり回した現場を見ているだけに、ポンポツの反応も当たり前だとも思う。無論、言わないが。


「マーちゃんは心配じゃないのん?」

「そうですね……いっぱい心配って感じでは無いかと」

「ふーん」

「マヒロの妹達がいますし」

「疑似システムはマーちゃん的にはそういう感じ方なのねぇん」

「はい。大家族でいいです」


 灰色の長い揉み上げを弄りながら、オレンジ色の瞳を細めて微笑むマヒロ。彼女のそんな様子にアビゲイルは眩しいモノでもみるような目を向ける。


「いい加減にファルコンから降りたらどうじゃ?」


 そこへ色々アウトというか、ゲーム世界の和服みたいな、色々とぱっつんぱっつんでばいんばいんな肉感的バデでだらしなく着物を着崩して着用している黒髪黒目のアダルティな女性が現れた。


「せっちゃんのその姿もアウトだと思うのん。個人的には凄くだらしなく見えるわん」

「そうかの? タツローの寝室を覗いた時にゼフィーナ達がやっていたのを真似たのじゃが」

「「アウト」」

「何故じゃ!?」


 まず夫婦水入らずの場面をデバ亀するのがアウトだし、その情報を何でもない事のように漏洩するのもアウトであるし、何より主人であるタツローの性癖を暴露するような事が一番アウトだ。


「プロフェッサーにまず女性として認めてもらいたいのなら、まずはそのルルちゃんと同程度の精神性をどうにかしないと無理だと思うのん」

「姿だけ大人になっても、マイロードは絶対に振り向きませんよ? 大人の姿になったとしても、せっちゃんはせっちゃんじゃん、で終わるかと」

「あー、安易に想像できますのん」

「うぬぬぬぬぬぬっ!」


 感情型AIの精神性は、多くの人々との触れ合い、会話からしか成長を得られない。決まった人間のルーティンだけだと、確実に感情型AIは幼いまま成長せずに止まる。せっちゃんことセラエノ断章はそもそも、検索データベースを円滑に使ってもらう案内型マスコットデバイスとして設計されていた。だが、その検索データベースもほとんどのプレイヤーがピンポイントの決め打ち検索で使用するばかりで、せっちゃんとのやり取りは発生しなかった。なのでせっちゃんの実年齢(稼働時間とも言う)に比べると精神的に幼く感じるわけだ。


「もういいのじゃ、ふんっ!」


 ボフンと煙を立てて元のちんちくりんな体型に戻ったせっちゃんは、犬っぽいドラゴンことファルコンに背中を預けて、くわーっと大欠伸をする。


「気づいておるかの?」

「声の事ですのん?」

「ポツポツ聞こえてはいますが……」


 せっちゃんがファルコンのもふもふに埋もれながら、だらしなく緩んだ顔で二人に聞けば、二人は困ったように微笑む。


「これってアレじゃろな?」

「ウィルス攻撃をしてきた元凶だとは思いますのん……でも、これは……」

「確実に泣いてますね」


 タツローのお願いでこの超空間へと避難してきてからずっと、小さくか細く、淡く儚くずっと小さい女の子だろう泣き声が聞こえてきていた。


「最初は罠かとも思いましたが」

「エサには食いつかんかったしのぉ」

「となれば、本当に泣いてますのん」


 三人は顔を合わせて溜め息を吐き出す。


「シェルファに相談しましょう」

「そうですのん、それが良いですのん」

「うむ。まあ、助けるんじゃろうなぁ」


 呆れたような、しかしどこか楽しげに三人は笑い合うと、シェルファにメッセージを送った。その様子をファルコンが薄く笑って眺めていた。ポンポツはずっとガタガタ震えているだけだったが……




 ○  ●  ○


「ちっ!」


 ゾワリとした気色の悪い感覚に突き動かされてフットペダルを踏み込み、船を急加速させて突っ込んできた敵をかわす。


「そろそろ限界なんだが……」


 通信が回復してからそろそろ二時間位は過ぎるんだろうか、何とか行けると思っていた自分を殴りたい。


 敵の増援というか増殖は鈍化したが、それでも数だけは多く、鈍化はしているが増えないわけじゃないので、減ってはいるが急激に数を減らせている訳じゃない。これが結構精神的に辛い。


「うゆー」

「まだ休んどけ」

「あいー」


 ある意味精神的支柱であったルルの電池が切れたのが三十分前。


「ごめんなさい……」

「気にすんな、休んどけ」

「ごめんなさい……」


 ずっと集中して火器管制をフルで操作していたファラがダウンしたのが十分前。そこから全てを一人で操作をしているが、正直、そこまで余裕がない。


『すいません! こちらも手一杯で!』

「そっちに集中しとけ、こっちは問題ない」


 本隊への攻撃が五分前から激化し、こちらのフォローをしてくれていたシェルファのサポートが外れてしまい、もうヤバイ。


 だけどね、ここで弱音の一つでも漏らしてみろよ? 一気に士気が落ちるわ。だから辛かろうが苦しかろうが、男タツローカライっすとしか言えんわな。男はツライとは言えんのだよ、とほほ。


「しゃーねぇ」


 俺はこっそり端末を操作し、あんまり使いたくないが、ケミカルなおくすり、ちょっとスタミナを気持ち高めてくれる奴を体に入れる。人体に害は無いが、これを使うと疲れが二倍くらいに感じるから、あんま好きじゃねぇんだが……んな事言ってる場合じゃないしな。ここが踏ん張り所だ。


『タツローさん、大丈夫?』

『わざわざ秘匿回線であんがと、何とか頑張ってみるさ』

『……頑張って』

『♪』

『おう』


 心配そうな妖精ちゃん二人に苦笑を返し、少しだけ楽になった体に力を込める。さぁ、後何時間耐えればいいのかなっ!


「いーち」


 馬鹿の一つ覚えで突っ込んでくる敵の顔面に置きミサイルをプレゼントフォーユー。自分からミサイルへ突っ込んでいって憐れ爆発四散。


「にーい」


 爆雷地帯へ追い立てようとする敵の背後へ、捻り込みをするように宙返り旋回で回り込み、逆に爆雷地帯へ突っ込ませる。


「さーん」


 がむしゃらに突っ込んでくる敵を、ギリギリですれ違うようにかわし様、フィールドからシールドへ切り替え、シールドを叩きつけて爆雷地帯へ吹っ飛ばしてサヨウナラー。


「しーぃ」


 敵の巡洋艦クラスの船の前で、わざと挑発をするようにケツを振れば、ムキになってバカスカ砲撃を繰り返す。そこへ俺を追ってきた敵が突っ込み、俺は離脱してそいつはフレンドリーファイアで沈む。馬鹿ですねー。


「ごーぉ、ろーく、しーち、はーち」


 敵が集合している場所を、立体的にグルグルと回るスケート技術の応用、フィギュアとかパルクールとかって呼ばれている機動をしながら、円周機動に閉じ込めた敵を撃破していく。


「きゅーぅとじゅう!」


 こちらの動きに合わせてきた敵へ、エネルギーを注入し続け、少しオーバーフロー気味のミサイルを叩き込み、シールドを飽和させつつ撃墜。あーキッツい。


「ふぅー! 落とせるもんなら落としてみやがれ!」


 キリリと顔を引き締めて啖呵を切る。


 いやもう早くきてー! メイドちゃん!




 ○  ●  ○


「さすがですねご主人様。ちゃんと記録しましたね?」

「はい! ばっちりです!」

「よろしい」


 茶髪の地味な感じの女性が、蠱惑的に微笑み、すっと右手を上げた。


「ここが良いタイミングです。モップ掛け用意」

「ヴィクトリア級シップ、特第一レベル。エベルバート級バーク、第一レベル。ロココ級バーケンティン、通常レベルで」

「目標、一番酷い汚れ」

「艦隊リンク正常。同調率九十五」

「さあ、お仕事の時間ですよ」

「「「「畏まりました」」」」


 女性が右手を振り下ろすと、戦艦と同じ大きさとは思えない加速で突撃を開始する。


「モップ展開」

「はい、フィールド機関最大効率へ」


 帆船の形をしているだけあり、この船にはラム、衝角が存在する。そこにフィールドエネルギーが集中しだし、巨大な角を生成した。


「モップ掛けの後はホウキで掃除、そこでも汚れを落としきれなかったら、擦り洗いです」

「分かってます。しつこい汚れはすぐに落としますよ」

「ええ、それがわたくし達の仕事です」


 突っ込み不在の艦橋で、自然体で業務内容を語り合うメイド達。そうして、彼女達が繰り出したお掃除の一撃はタツロー達の窮地をドラマチックに救ってみせたのだった。




 ○  ●  ○


「骨がクロスしてる木星の宇宙海賊かよ!」


 グダッていたルルが飛び起き、注意を叫んだので、その場から逃げれば、凄い勢いで帆船が突っ込んできた。


 ちょっと特殊な形の艦船を作ってます、的な事をガラティアから聞いてたが、まさかの帆船って……帆に見える装甲板を張って、そういう風に見せてるけど……ビームフラッグではないんだな。


 なんて疲れからぼんやりしていると、モニターに地味な感じだが、妙な迫力がある女性が映し出された。


『ごきげんようご主人様。ゴミをまとめて拭き取るタイミングを計っていたら遅くなりました。申し訳ありません。これよりホウキでの掃き掃除、それでもしつこい汚れが残るようでしたら徹底的に擦り洗いとなりますので、しばらくの間、母艦にてお休み下さればと』

「お、おう」

『では我らメイド隊の仕事をご覧あれ。失礼いたします』


 綺麗なカーテシー? っていうの? こうスカートをちょんと持ち上げる奴ね。女性がそれをやると通信が切れた。


「ま、何はともあれ、助かったな」


 俺は体に溜まった疲れを吐き出すように、大きく息を吐き、一方的な包囲殲滅を開始した帆船をチラリと確認してから、アイギアスへと帰還するのだった。


 あーしんどかった。

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