第173話 フェイカー、残り火 ③

「はあ?! オジキとの通信が繋がらねぇだぁ?!」

『はい、定期的に直前まで通信が繋げられていたんですが、ミュゼ・ティンダロスにすら繋げられなくて』


 肩まで伸びてしまったアッシュブロンドの毛先を邪魔そうに払いながら、ベビーブルーの瞳に苛立ちを浮かべたライジグス宰相レイジの言葉に、確実に白に近い銀色の短髪をガシガシ掻きむしるようにしつつ、ブラウンの瞳を鋭くしたガイツが睨む。


「……何かあったと思うべきだろうなぁ」

『ええ。道が無い? 無いなら作ればいいじゃん。おん? 障害物があるって? なら遠距離から爆破して平坦にしてから道を作ろう、って人だから、この状況は想定外だと思う』

「ちょっと似てるのがムカつくが……さてどうすっか」


 敬愛する国王陛下のモノマネが予想以上に似ているレイジに苦笑を向けつつ、ガイツは目の前の状況に鋭い眼光を向ける。ちょっかいをかけては逃げていく、それを繰り返している艦船の逃げる姿が、モニター越しにチラチラとまだ見えていた。


 ゼフィーナから直接命令指示を受け、順調にこなしていた監視任務だったが、数時間前から謎の勢力が散発的に現れ、こちらの妨害でもするように攻撃を仕掛けては姿をくらますという、非常に面倒臭い、嫌がらせのような行動をやられている。鬱陶しいが、これでは特務艦隊としても、非常に遺憾ながら動くに動けない状況だ。となれば、この状況も敵の思惑にハマってしまっていると考えるのが自然だろう。


「北部と南部も動くに動けないだろうなぁ」

『ご明察通り。まるでタイミングを合わせたように攻勢が強まり、ここでライジグスの艦隊が抜ければ、北部と南部は落ちます』

「瞬間移動、ワープってのは実現が難しいって話じゃ無かったのかよ」

『うちのパパンならその内、それこそ鼻唄混じりで作っちゃいそうですけど、現状ではどこの国も産み出せてません』

「だよなぁ……」


 ガイツもゼフィーナの直属であり、立場的にはタツローに次ぐ軍部の責任者の一人だ。各方面からの報告は常に受けているし、その戦況も把握している。レイジやアベル程の軍略家ではないが、それでも他国の元帥程度なら赤子の手を捻る能力の高さを持っている。なので、各方面、それこそ自分達の周囲をちょろちょろしている奴らすら、唐突にいきなり出現した事にも気づいていた。自分よりも視界が広いレイジが気づいて無いのはありえないだろうからと、それでワープという話題が出たのだ。


「オカルトになって来たな」

『我々の敵は神か悪魔か、って奴ですかね』

「笑えんよ、そりゃぁ」


 やれやれと男臭い笑みを浮かべ、ガイツは太い首を撫でながら、モニター越しの宇宙空間へ視線をさ迷わせる。


「なるほどな……つまり、アイツらを動かしたいから通信をしてきたって事だな?」

『はい。残念ながら政治的な側面は僕が、軍事的な側面はガイツさんが賄えますが……このライジグスという巨大な家族の集団をまとめるのは――』

「オジキじゃねぇと無理だわなぁ。少なくとも俺は御免こうむるぜ? 面倒臭ぇ」

『激しく同意します』


 ライジグスのトップ二人が笑い合う。色々と華やかで繁栄し、飛ぶ鳥を落とす勢いである王国であるが、その内情は凄まじく煩雑であり複雑怪奇摩訶不思議な案配で混沌としている。レイジもそこに関わっているが、正直にこの状況を今の状態へ保てているタツローの手腕が信じられない程に神憑りなのだ。これを自分がやってみろ、と言われれば全てを捨ててでも逃げ出す未来しか見えない。


「各コロニーの治安維持を自動ボットへ移行。運営維持管理も一時管理官へ移すのを承認する」

『承認承りました。ライジグスメイド部隊全力出撃します』

「おう、暴れて来いと伝えろ。それと、この状況を産み出した糞も掃除しとけ、とな」

『了解しました』


 キザったらしくウィンクをして敬礼をするレイジに、右手を拳銃の形にしたガイツが射つような仕草をして返事をする。ライジグスを形成する全コロニー・ステーションに散らばるガラティア直属メイド隊の出撃が決定した瞬間であった。




 ライジグスには常に違法奴隷がやってくる。そもそもライジグスがその権利を取り戻したコロニーやステーションといった場所は、交易の経路上重要な場所が多く、その手のアンダーグランドな組織の拠点が腐る程溢れていたのだ。タツローはそのアンダーグランドな組織を生かす殺さず飼い殺し状態にし、日々単細胞生物が如く勢いで増殖する違法奴隷商人どもを潰すべく、拠点を潰さずに残し、運ばれてくる違法奴隷を受け入れ商人共は断罪しつつも、着実に人材を保護育成していたのだった。


 少女達の多くはメイドになる決意をし、少年達は力を求めて軍の門を叩く者が多い。傷ついた女性達には健全な職場を、物理的に色々砕かれた男性にはしばしの安息と後の職場を、とタツローは被害者をケアし続けた。それは彼がブラック寄りの会社に渋々勤めていた事も要因ではあるし、何よりも家族に裏切られた人々の多さから、かつての自分を重ねていたのも確かにあった。そしてそれは、そのままライジグスの結束、レイジではないがライジグスという巨大な家族という意識を産み出し、国王タツロー・デミウス・ライジグスへ向かう忠誠心は、ほぼ狂信に近い。それだけ世間が世知辛いのだが……


 中でもライジグスメイド隊は、タツローを唯一無二(結婚した後はちょっと微妙になるらしいが、そこはそれと割りきるメイドも多い)の主人であると認識している。ご主人様と言ったらまずタツローの事を指す言葉だ。そして国王直属の真なる近衛こそが、このメイド隊だったりする。対外的にちゃんとした近衛はもちろん別に用意されているが。


 時間加速による訓練、必須履修項目、実地訓練項目……その全てをクリアーし見習いの見習いになるのですら時間加速を用いて最低百年。アプレンティスへ昇格するのに厳しい試験を受け、より高度な訓練等を課せられる事、時間加速を用いて最低二百年。一人前のメイドと認められるのに、メイド長と副メイド長から直々に試験を受けるのに必要な項目が、データパレットの容量的に百ゼタバイト(テラ→ペタ→エクサ→ここ)以上と鬼畜。アベルがうちのメイドと同程度、などと言っていたがとんでもない。彼が知っているメイドの能力は見習いの見習い程度でしかないのだ。


タ「いやお前さぁ、どこを目指してるの?」 ガ「無論! 全宇宙制覇さ☆」

等という会話があったとかなかったとか……




 ○  ●  ○


 黒紫の艦船から吐き出される、龍を模したミサイルがこちらをぴったり張り付いたように追ってくる。飛火槍とかっちゅうミサイルの原型みたいな物をモチーフにしてるらしいが、性能はめっちゃ高い。


「ちっ! 板野さん家のサーカスかってぇのっ!」


 白光の線を引いて飛翔するそれは、アニメで見た事ありゅぅ! という光景を産み出す。鬼ごっこを強制的にやらされている身としては、大変和まない光景だが。


「とと様! おなかっ!」

「はいよっ!」


 スラスターを手早く操作し、思いっきり左方向へ噴射すれば、ルルの叫び通りに、今までオールドシルバーがいた場所へ戦闘艦が抜けていく。ったく、面倒臭い。瞬間移動かワープかショートジャンプか、いきなり船が飛んで来やがる。すぐさまファラの腕で、そいつの機関部へシールドを貫く超重レーザーがぶちこまれて消滅するが……それだけで相手をしている船が尋常な存在じゃ無い事が分かる。爆発しねぇだもんよぉ、何なんだよこいつら。


「キリがないわっ!」

「泣き言も言わせてくれんよねっ!」


 何とか戦えているのは、南部と北部の極地を開拓して、そこから得た新素材による技術革新があったから。それが無かったら、その技術が無かったらマジでもう終わってたぞ、これ。


「かおにーからもーるす! ごうりゅうできない!」

「合流とか考えないで、そっちはそっちで生き残る事だけに集中しろって怒っておけ!」

「あい! ぷんぷん!」


 こっちがキレずに何とか平静でいられるのは、マジでルルのお陰だ。彼女が時々見せる普段通りの姿は、キレかけの精神を何とか落ち着かせてくれる。娘に助けられるとか、お父さん形無しっすわ。


「朗報! 本隊が持ち直したわ!」

「さすがはゼフィーナだな。損害状況はどうだ? 目視で確認できる範囲で」

「少し消耗してるけど、深刻な被害みたいなのは無いかな。煙吹いてたりスパークしてるようなのも無し」

「うし! それはマジで朗報!」


 この作戦が無事に終わるようだったら、本格的に各地にある極地の探査を進めるぞ。そしてワープとジャンプ、ショートジャンプの研究を進める。もうムカついた。誰がこれを仕掛けたか知らんが、俺の家族を、俺の大切な奴らに危険をもたらす奴が居るって分かったからにはガッチガチに固めてやる。絶対に許さん。


『これで……タツロー、聞こえます?』

「っ!? シェルファ!」

『はぁ、手間取りました。通信回復させました。全く面倒な事をしてくれます』

「ひゅーっ! さすがアタシ達の頼れる妹!」

「シェルファ! 愛してるっ!」

『はい、その愛情分は後ほど回収しますね。レイジ君とガイツさんが手を打ってくれました。ライジグスメイド部隊が動きます』

「「ちょっ?!」」


 う、動かしたの?! マジでっ?!


『ルルちゃん、頑張りましたね。さすがシェルファママの娘ちゃんです』

「むふー! ルル! 娘ちゃんだもん!」

『はい、後でとと様と一緒にお風呂に入りましょうね』

「あいー! たのちみ!」

「「そこっ! 和むなっ!」」


 ガラティア直属メイド部隊のカリキュラムつうか、ガラティアブートキャンプつうか、もはや洗脳つうか……悪い娘達じゃないんだけどね……あの忠誠心がありとあらゆる部分から溢れ出すような娘達が動いちゃったって……かなり大事だと思うんですが……


「ま、まぁ朗報だ。これで負けはなくなったな」

「え、ええ、そ、そうね」


 ガラティアが特別予算枠をでっち上げて、ライジグスの国費から阿呆みたいな予算を引っ張って整備してたメイド部隊の戦力がどうなってるか恐ろしい。


『ふむ、元気そうだな』

『やっとお顔を見てー戦えますー』

『オジキ、こっちはそろそろ片をつけられるけど、そっちへ向かうか?』

『ガラティア自慢の娘達が来ちゃいますの! 楽しみですの!』

『メイド長……あれはちょっとさすがに引かれますよ? 色々と』

「「一体何をしたし?!」」


 ふふふ、通信が回復して皆無駄に繋げやがるし……やれやれ、全く。


「よっしゃっ! メイド部隊が動いた! 彼女らが来るまで引っ掻き回すぞっ!」

『『『『了解っ!』』』』


 おうごら、誰だか知らんが、誰に喧嘩を売ったか分からせてやろうじゃねぇか。

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