第172話 フェイカー、残り火 ②

 Side:????


 虚無。そこはまったくの無が支配する場所であった。


 何も、何も存在しない。どこを向いてもどこを見ても、存在するのは闇。黒、黒、黒……光すら届かず、音すらしないそんな空間に、まるで陽炎のように映像が浮かび上がる。


 ティアドロップのような形状をさらに尖らせたような流線型。巨大なパルスエンジンが四つ、船体の後ろに取り付けられ、姿勢制御のスラスターが至るところにつけられている。その船体は鈍い銀色に輝き、宇宙こそが我が居場所とばかりに優雅に飛翔していた。


(待っていたぞ、日下部 達郎……奇跡は二度も起こらんぞ? せいぜい足掻け。そして絶望に呑まれて無惨に死ね!)


 虚無な空間全体がたわみ、ガラスとガラスを擦り合わせるような不協和音が空間に響き渡る。


(さぁ、全てを燃やせ、取り残された境界の残滓共よ! くっくっくっくっくっ、はははははははは、あーはっはっはっはっはっ!)


 空間がひび割れるような、空間自体が軋む音を立て、不気味な笑い声はいつまでも虚無に響き続けていた……




 ○  ●  ○


「うーっとねー、マヒロしすてむにあくせす!」

『イエスリトルレディ。ご用件をどうぞ』

「しすてむさぽーとれでぃ!」

『イエスリトルレディ。マヒロシステム完全起動。アシストタイプ、ルル・ルー・デミウス・ライジクス、アクセス……レディ』

「やー! おーるどしるばーふるこんたくと!」

『イエスリトルレディ』


 いつもならシェルファが座っている場所に、何かちんまい猫耳幼女がちょみょんと座って何かをやっている。いやいやいや、何でそこに座ってますのん? ルルちゃんや?


「シェルファがちゃんと仕込んでたわよ?」

「え? マジで!?」

「火器管制もそれなりに仕込んでるわよ?」

「マジで!?」

「凄く筋が良いのよ、娘ちゃん」

「マジかよ」


 お父さん、唖然。そんな俺に猫耳幼女は、どやぁって顔をする。可愛い。


 先程から猫耳猫耳と言っているが、ルルが着ているAMSとレナスのRVFがドッキングすると、レナスがかなり大きいからルルのタッパでは肩から頭部に張り付くような形状になる。なので肩車のような形にして、遊び心で猫耳が生えたような見た目にしたら喜んじゃって、にゃーにゃー言って可愛いったらなくてな、そのまま採用となりました。


「ぶりっじ、かたぱるとれでぃ!」

『了解、オールドシルバー一番電磁カタパルトへ移動させます』

「うおっと?! 何気に仕事が早い!」

「だから言ったじゃない。筋が良いって」


 娘の成長に和んでいたら、もう出撃カウント入る直前までの準備が終わってた。何うちの子、天才かしらやだ。


「ヴィヴィアン、サクナ、ドッキング」

「はいはい」

「♪~」

「こっちもね、エルフィール」

「♪~」


 安全の為に妖精ちゃん達をAMSへドッキングさせる。仮想バイザーに小さく二人の顔が映ったウィンドが開き、双方で様子が見れるようになった、はず。


「こっちと船のカメラとのリンクは問題ないか?」

「良好だね」

「♪」

「なら良かった。問題があったら報告頼む」

「あいあい」

「♪~♪~」


 問題はなさそうだ。何回かは試験運用はしてるけど、土壇場で壊れるなんて事もあるから、そこは要注意だしな。


『オールドシルバー、電磁カタパルトチャージ完了。いつでもどうぞ』

「とと様?」

「あいよ。オールドシルバー出るぞ!」

『了解。オールドシルバー射出します。陛下、御武運を』

「はいはい」


 瞬間船がふわりと浮かび、周囲の装置から小さい光がちらつく。ぱしゅんと少し気が抜けた音がするのと同時に、船が急加速し電磁カタパルト内部を駆け抜ける。コックピットに衝撃や重力加速度で生じる重りのような押し付け感は発生せず、そのまま宇宙空間へとオールドシルバーは飛び出す。ここの調整が苦労したのよ。エッグコアとか戦闘艦乗りって、我が国だと年若い子が多いからさぁ、変な影響が出ても困るから頑張って調整したよ。


『こちらカオス。先行する』

「了解。ルルちゃん、ジェネレータ第一戦闘レベル」

「あい。じぇねれーたえねるぎーじょうしょう、だいいちせんとうれべる」


 娘ちゃんの可愛らしいオペレートっぷりを堪能しながら、猛烈な勢いで最も艦隊が密集している場所へ突っ込むカオス君を追いかける。


「二式がシールドを飽和させるだろうから、そこを狙い射て」

「誰に言ってるの誰に」


 獰猛に笑うファラは、SF風のポリスウーマンみたいなAMSを着ている。はい! 私の趣味です! いやだってさ、銀髪でプリズムみたいな二重光彩の瞳でって、バッチリマッチしたんだもん! 採用するしかないっしょ!


「なんか視線がいやらしい」

「良くお似合いだと思いまして」

「それはありがとう前を見て集中しろやゴラ」

「アッハイ」


 そんな馬鹿をやっている間にも、カオス君のアルス・ナルヴァ二式(ヴァージョンアップ改修しました)のマニュピュレータが稼働し、超大型レーザーブレイドが現れる。


「うわぁ、デザートローズにしたんだ」

「やらない理由がない!」


 レーザーブレイドの発光色を見たファラが、うわぁっといった感じに言う。もちろん、新しい技術は使ってこその技術じゃないか。トリニティ・カームで発見したデザートローズ触媒をしっかりきっちりかっちり組み込みましたさ!


「つか、あれだけでそのまま斬れちゃうんじゃないの?」

「それならそれで良し!」

「ただ後ろを追従するだけで終わりそうね」


 ファラが言うとおりに、カオス君のレーザーブレイドはシールドを飽和させて終わりどころか、そのまま艦船を叩き斬ってしまい、追撃する予定の俺達がただの金魚の糞状態に。


「また……凄い装備を与えて」

「命大事にっ!」

「いやまぁ、そうだろうけど」


 不利な状況から一気に抜け出せそうな空気感になり、ファラが力を抜いて苦笑を浮かべた。


「っ?! とと様っ! きけん!」

「おっ?! ど、どうした?」

「きけんっ!」

「危険って何が――何っ?!」


 何とかなりそうだと、過剰に肩肘に入っていた力を抜こうとした時、ルルが娘ちゃんにしては珍しい聞いた事のない声で叫び、俺達に危険だと言う。何が危険なんだとモニターを確認しようとした瞬間、真横から駆逐艦サイズの船が突っ込み、一気にシールドが飽和した。


「くっ?! こなくそっ!」


 フットペダルを踏み抜くイメージで踏み、操縦桿を思いっきり、敵が突っ込んできた真逆、左側へ捻切るぐらいの力で動かす。


「何だと?!」


 俺達の動きを分かっていたかのように、オールドシルバーが逃げた場所に設置された大量の爆雷。そして、そこへ押しやろうと追撃をかましてくる駆逐艦数隻。


「いきなりなるんじゃねぇっ! ファラ!」

「スプレーミサイル全弾発射!」

「しーるどからふぃーるどへきりかえ! たすけてマヒロ!」

『イエスリトルレディ。オールドシルバーマヒロシステム、フルアシスト開始』


 どうなってやがる! いきなり敵の動きが賢くなったぞ?! エゲつない感じがまるっきり『百英雄』のそれじゃないか!


 とりあえずここを切り抜けないと。ファラが爆雷を一掃するスプレーミサイルを吐き出し、ミサイルからもっと小さいミサイルを吐き出すそれで爆雷を排除し、ルルがシールドからフィールドへ切り替えて、さらに疑似マヒロシステムのアシストに助けられ、何とか目の前の危機から脱出した。


「やばい」


 何とか危機を脱したが、戦場全体をモニターで確認すれば、本隊の方で敵艦隊が的確にミュゼ・ティンダロスを狙いだした。


「ええい、あっちを引っ剥がさないと」

「通してくれなさそうだけどね」

「ちっ」


 こっちの行動を読んでるように、きっちり各個撃破できる陣形を整えてきやがる。カオス君も囲まれそうになるのを嫌って、何とか囲まれないよう動いているが、こっちへ合流するのは無理だろう。


「どうするの?」

「どうするもこうするも、切り抜けるだけだな……ルルちゃん、メインジェネレータを一番から四番へ切り替え、一番をサブへ回して」

「あいっ!」


 さあ、クローンAIデミウスと何百年単位で遊んでるのは伊達じゃない事を証明しに行こうか!




 ○  ●  ○


「本隊との通信は回復しないかっ!」

「原因不明! 目下調査中!」

「ちっ、まさかここまで食い下がるとは思わなかったぞ」

「まあまあ、落ち着きなよハイジちゃんや」

「……お前はブレないな……」


 第五艦隊が陣形ムーンシールドでオスタリディ艦隊を受け止め、素早くその背後へと回り込んだ第二艦隊の砲撃によって、敵艦隊は壊滅的な損害を受けた。だがしかし、その後に第二艦隊の背後から敵の増援が現れ、そのままムーンシールド内部へと第二艦隊が押し込まれてしまう。


 生き残っていた敵艦隊の砲撃を受け、第二艦隊が被害を受け出し、第五艦隊は陣形維持を諦め、第二艦隊と挟撃をするよう残存勢力へ攻撃を開始。これを殲滅し、そのままの勢いで第二艦隊と合流、敵増援との戦闘を開始した。


 が、敵増援との戦闘中、今度は唐突に妙なシルエットの艦隊が現れ、そいつらに戦場を荒らされるように掻き回されて、現在は敵味方入り乱れた殴り合いへと突入していた。


「まずは第五艦隊を集結。近場の通信は出来るんだ、それを使ってリレー方式で命令を伝達しようか」

「サーイエッサー!」

「通じるかどうかはちょっと賭けになるかもだけど、第二艦隊へモールスを使ってみようか」

「サーイエッサー!」

「こんなの修羅場にすらならいよ。もっと酷い状況はいくらでもあったでしょ? みんな落ち着いて対処しよう」

「「「「サーイエッサー!」」」」

「……」


 悔しいが、ジークのこういう部分は絶対に真似できない。カリスマというか、どんな状況でもブレないマイペースさというのは、とんでもなく頼もしく見える。こういう部分を見てしまうと、やっぱり自分はナンバーツー向きなんだなぁっと納得してしまう。


「第二艦隊から応答ありました!」

「よし、第二艦隊は第二艦隊で集結、頃合いを見て一気に行動へ移すと連絡」

「サーイエサー!」


 徐々に落ち着きを取り戻す艦橋に、ジークはキャプテンシートへ全体重を預けるように埋まる。


「はーやれやれ……しんどい戦場だ」

「余裕そうに見えるが?」

「見えるようにするのが僕の仕事だからね。出来れば部屋に逃げ込んで惰眠を貪りたいよ」

「そうなるよう頑張ってくれ」

「うへぇ、そこはハイジちゃんが頑張ろうよ」

「馬鹿言うな。お前がこの艦隊の責任者だろうに」

「うぃーへいへい」


 全くやる気を感じさせないのに、言葉を繰り出すだけで、その場にいるだけで、あれだけ焦燥感に満ちていた空気が消えていく。これだから天才は、とハイジは溜め息を吐き出す。


「第五艦隊集結完了! 損害軽微! 脱落した船無し!」

「第二艦隊の集結も完了したようです!」

「よっと」


 ジークはキャプテンシートから立ち上がると、右手を付き出した。


「さぁ、反撃開始だ!」

「「「「「サーイエッサー!」」」」」


 タツローが大切に大切に育ててきた力が、その真価を発揮する時が来た。

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