第171話 フェイカー、残り火 ①

「アベル!」

「陣形ファランクス!」

「陣形ファランクス! ジェネレータ第一戦闘レベルまで上昇せよっ!」

「ノルンを前へ! ブリジットとフォルトゥナ、アナーヒターはノルンのフィールドへ! イズンはイシュタルのフィールドへ! ラクシュミはこのまま先頭でフィールド全開にせよ!」


 唐突に、まるで滲み出るみたいな感じで、目の前に出現した暗い黒寄りの紫色した艦船。その奇っ怪なシルエットの艦船の出現に、すぐさま警戒を発したミィの声に反応して、アベル率いる艦隊はすぐに防御に特化した陣形へ移る。


「攻撃来ますっ!」

「衝撃に備えろっ!」


 アベルが叫ぶのと同時に、所属不明だが、確実にこちらの敵だろう船から、見た事も聞いた事もない色をしたレーザーとビームが吐き出され、生き物の姿をしたミサイルが全力で張り巡らされたフィールドへ殺到する。


「ぐおっ?!」


 軍に所属してから、船が揺れるという体験をした事が無いアベルは、その初めての経験に冷や汗を流す。これまでかするとかシールドで受け流す事はあったが、ここまで真正面から受け止めるというのは初で、レガリア安全伝説みたいな感覚になっていたのもあり、アベルはかなりビビッていた。


「っ!」

「いってっ?!」


 そんなアベルの頭を、ユリシーズが蹴飛ばした。オリエンタルブルーの長い髪を振り乱し、ストロベリー色した瞳を精一杯吊り上げて、しゅっしゅっとシャドーボクシングをしてアベルを威圧する。その姿に、ビビッていた心がすっと消え、背中を流れていた冷や汗も引っ込んだ。


 小心者な自分が本当に嫌になるぜ、アベルは苦笑を浮かべながら、頼り甲斐のある相棒の頭をポンポンと叩いた。


「ありがとうよ、相棒」

「♪~」


 この程度の修羅場、これまでだったらもっと手持ちのカードが無い状態で潜り抜けてきたと、ユリシーズの一撃でそれを思い出したアベルは、すぅっと息を吸い込み、浅く長く息を吐き出し続ける。


「落ち着け。俺はもう昔の俺じゃないんだ。タツローさんがいる。その、もちろん母さんもいる。それに嫁も何か一人娶ったらいっぱい来ちゃったし……それはちょっと謎だけど……大丈夫、大丈夫だ。あの無力で馬鹿だった頃の俺はもういないんだ」


 アベルはブツブツ呟き、勢い良く自分の両頬を叩いて気合いを入れ直す。


「フローラリア改二へ繋げ」

「了解、繋ぎます!」

『こっちは忙しくてよ! 泣き言かしら?』


 ピンク色のドリルをブルンブルン揺らしながら、鋭く艦橋へ指示を飛ばしているクリスタがモニターに出る。


「チームアベルは先に敵防衛拠点を叩きます。この場は行けますよね?」

『何ですって!?』


 落ち着いて冷静になったアベルは、襲いかかってくる艦隊よりも、後方でエネルギーをチャージしている防衛拠点の方が危険であると、それはそれは凄い悪臭を感じていた。そっちを先に叩かなければ、思わぬ被害が出そうだと直感が知らせてきている。それを含めてアベルはクリスタにこの場を任せると伝えたのだ。


『全く、男の子はすぐに男になっちゃって困ったものよね?』

「ええっと?」


 凄く優しい目で言われ、アベルは居心地の悪さを感じながら、頬をポリポリ掻く。そんなアベルにクリスタはやれやれと溜め息を吐き出し、くいっと顎をしゃくって不敵に笑った。


『これぐらい支えてみせますわ』

「助かります。陣形スピードスター! イズンとアナーヒターに艦載艦イシュタルタイプの出撃を要請!」

「了解! ガラハド戦隊全力出撃せよ! 繰り返すガラハド戦隊全力出撃せよ!」

『忙しいから切りますわよ!』

「御武運を!」

『そちらもね!』


 アベルは再び両頬を叩き、鋭く息を吐き出すとモニターを睨む。


「目標は敵防衛拠点! 我々の動きが全体の衰勢を左右すると思え! 各員奮闘せよ!」

「「「「はいっ!」」」」


 レイジ程どっぷりではないが、アベルとてキオピスにしっかりしごかれた弟子なのだ。アベルは謙遜して大した事ないと言うが、彼の戦術眼もなかなか多くを見通している。


「俺が動けば確実にタツローさんか、母さんが動くだろうしね」


 高速戦闘スタイル陣形スピードスターへ隊列を組み替えていく艦隊を確認しつつ、モニターで本隊の動きを見たアベルはニヤリと笑って自分の仕事に集中するのであった。




 ○  ●  ○


「チームアベル、チームクリスタを置いて、敵防衛拠点へ移動を開始!」

「ホワイトブリムにエッグコア隊の出撃を要請!」

「アイマム! ソード、アクス、スピア隊の全力出撃を要請!」

「……」


 謎の敵乱入で少々慌てたが、そこはそれ、ゼフィーナの的確な指示ですぐに建て直し、俺達もクリスタと合流すべく動き出している。俺は俺で、目の前に出現した黒っぽい紫の艦船をジッと見ている訳だが……


「お知り合いですかー?」

「知り合いって間柄じゃないかな。どっちかってぇとライバル関係かね?」

「ほほーう」


 クラン『百英雄』。何を思ったのか、大宇宙時代へ三国志と水滸伝を持ち込んだ奴らで、船も三国志時代の船を参考にデザインされていて、見ただけであいつらの船だ、と分かるシルエットをしている。ただ、見た目は古くさいが中身は最新鋭していて、三国志を愛してやまない人々の集団だけあって、艦隊戦はとても強かった。まぁ、キオピスおじいちゃんにぼっこぼこにされる程度だったけど……あのじいちゃんが異常だって話かもしれんが。


「驚いたが……何だこれ」

「どうした?」


 俺がしきりに首をかしげていると、ゼフィーナが不思議そうな顔で聞いてきた。


「んんん~……」


 何というべきか、言葉が出てこないんだが……もやもやすんな、何だこれ。


「違和感あるよね?」

「お前もそう思う?」

「言葉が出てこないんだけど……何か、違うって気がする」

「俺もそうなんだよなぁ」


 ヴィヴィアンも俺の左肩で胡座をかいて、こてんと首を傾げて唸る。違和感なんだが、違和感って言葉だけだと説明が追い付かないんだよなぁ。


「とりあえず、倒すわよ?」

「通信は繋がらないんだよな?」

「応答ありません! というか通信が届いてないような感じです!」

「仕方がないか……任せる」

「はいはーい、アイギアス前進しますよー」

「アイギアス前進! 各艦も旗艦に続け!」


 曖昧な感覚であり、ぶっちゃけ勘でしかないが、アレに『百英雄』のメンツは乗って無いように思える。何というか、完璧に動きというか行動は真似出来ているんだけど、こうチグハグというか、全然、戦術通りに動けてないような、魂とでも言うべき何かが宿って無いような、そんな気がする。


「エッグコア隊が交戦」

「スカーレティアが分離開始!」


 エッグコアの三隊が大艦隊に突っ込み撹乱を開始し、そこへスカーレティアから分離した高速駆逐艦が襲いかかる。敵の艦隊は撹乱されず、冷静にこちらへ反撃を加えてくる。それはかなり苛烈であり、ずっと船が小刻みに揺れている事からも分かるのだが……あの『百英雄』がこの程度って……


「ち、なかなかやるじゃないか、あの艦隊」

「……この程度じゃねぇんだけどな……」

「はいー?」


 俺達のクランと常に戦績を争ってたクランが、この程度とは……つまりは偽物って事、なんだろうなぁ、これ。


「チームクリスタ、こちらへ合流します!」

「シェルファの方に回して、そのまま後方の護衛に」

「アイマム!」

「敵のフリゲート艦から艦載艦多数出撃!」

「アイギアス対宙システム起動ー、ガンガン落としちゃってー」

「アイマム!」


 敵味方入り乱れての乱戦状態に入り、アイギアスの武装が起動する。対戦闘艦特化型戦艦アイギアス、そのハリネズミのような武装がニョキニョキ船体から飛び出す。戦闘は嫁達に任せて大丈夫だな、これ。


 嫁達の能力が劣るとは言わないが……やっぱり違うよなぁ。エゲつなさが弱い。これが本物の『百英雄』だったら、この段階で宙域にリモート爆雷をばら蒔いて、味方は気合いで避けろ、むしろ敵を誘導しろ、的な事を平気でやってきたりするんだけど……戦い方が妙に紳士的と言うか、クリーンと言うか……


「ゴルゴーンの盾完全起動! 迎撃開始!」

「ガラティア! そちらで敵の主力は削れるか?」

『やってみますの』

「頼む。右翼左翼、パターンデルタ!」

「アイマム! 右翼左翼! 行動パターンデルタを指示!」


 ゼフィーナの的確な指示と、ファラのフォローアップ、リズミラが全体を見て、という感じに進められ、敵の数がガンガン減っていく。


「アベル君の方も順調と」

「むしろあの段階で動いてくれて助かったよ」


 防衛拠点のジェネレータを潰して、設置されているレーザー砲を無効化してくれているアベル君を、ゼフィーナは誇らしげに褒め称える。本当、お母さんになったよなぁ。


「そろそろー敵の殲滅が完了――」

「っ?! エネルギー反応っ! 敵艦隊が出現した時と全く同じパターン!」

「また来ます! 数が先程より多い!」

「ちっ、そう簡単に行かないか」

「散っていた敵の防衛拠点がこちらへ向かって来てます!」

「っ?! 再びエネルギー反応っ! 同じパターン!」


 和んでる場合じゃなく、ガンガン敵の増援が溢れんばかりにやって来る。嫁オペ子達の報告が悲鳴混じりになってきた。モニターに映る敵の反応だけで、ほぼ画面半分以上が真っ赤に染まっている。


「第二、第五艦隊は?」

「まだオスタリディ艦隊と戦闘中!」

「ち、ここで勝負を仕掛けてきたか……」


 ゼフィーナが親指の爪を噛み、切れ長の目尻を吊り上げる。


「もっと来ます! 反応止まりません!」

「この状況で撤退は出来ないな……エリュシオンに救援要請」

「ダメです通じません! 通信が遮断されます!」

「何だとっ?!」


 どうやら本気で俺達をここで潰したいらしい。どんな陰険野郎か女郎か、どっちか知らんけど、全く迷惑な……さて、行くか。


「ファラ、行くぞ」

「え? あ! は、はいっ!」

「カオス、出番」

『分かった』

「皆、落ち着け。冷静に対処しよう。大丈夫、何とかしよう」

「「「「イエス! マイロード!」」」」


 さて、今回は出番なぞ無いと思ってましたが、そうは問屋が卸さないらしい。


「ルルちゃん、ヴィヴィアン、行くぞ。レナスもおいで」

「あい!」

「はーい!」

「お供します」


 どれどれ、いっちょ頑張ってみますかい!

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