第169話 進撃のライジグス(プロローグ)

「さて、申し開きを聞こうか?」

「うおーしにたくなーいしにたくなーい」


 リズミラ旗艦アイギアスの艦橋。キャプテンシートの後方に存在するゲストシートで繰り広げられる妖虐。鳥籠に囚われし、青紫色の髪をツインテールに結ぶ妖精、金色に輝く瞳を恐怖に歪めながら、そのわりと筋肉質な両腕で、がっしゃんがっしゃん籠を揺らす様を、我らがタツロー君は嬉しそうに眺めている。


「くっくっくっくっ、さぞ高く売れるんだろうなぁ~今から楽しみだ」

「うおーやめてくれーしにたくなーい」


 ヴィヴィアンと俺とでノリノリに遊んでいると、それを見ていたゼフィーナが呆れたように溜め息を吐き出しつつ聞いてくる。


「何をしている」

「「悪党と囚われの人ごっこ」」

「さいですか……」


 まあ、これは冗談として。こいつを呼び出したのは別の本題が有るわけだ。顔をキリリと引き締める。


「さて、冗談はここまでにして、こっからは真面目な話だが……貴様、良くも娘を誑かしたなぁ?」


 なるべくぎぬろんと睨み付けるように言えば、ヴィヴィアンは瞳を盛大に泳がせながら、わちゃわちゃ体をコミカルに踊らせつつ良いわけを並べる。


「いやぁははははは、自分のお腹を痛めて産んだ娘に頼まれたら断りきれなくて」

「痛めてねぇじゃねぇか、いきなりぽんと出現したじゃねぇか」

「酷いっ! あなたと私の子供なのに! 認知しないつもりねっ?!」

「やかましい。教育に悪いから戦場へ連れ出すなって話をしてんだ」


 ヴィヴィアンは不貞腐れて、空中で何かを蹴るような仕草をしつつ、面倒臭そうに頭を下げる。


「ち、うるせーな……反省してまーす」

「マジでこのまま宇宙に放り出してくれようか?」


 この野郎……ぐわしと鳥籠をつかんでダストシュートにそれごと突っ込もうとしたら、ヴィヴィアンがわーわーと騒ぐ。


「ぎゃーっ! 冗談冗談! だってルルとレナスにうるうるした目でお願いされたら断れないでしょっ! 絶対タツローさんだって断れないって!」

「……」


 うん、それは俺も断れそうにないな。だが、そこはそれ、ちゃんと俺に相談してくれよって話でもあるんだが……なんでスニーキングする事になったんだよ。


 溜め息を吐き出しながら、鳥籠をテーブルに置いて聞けば、ヴィヴィアンはあれ? という表情を浮かべた。


「えっ? 聞いてないの? 居住性バッチリのコンテナを港の職員さん総出で仕立ててくれて、せっかくだからここに入りたいってルルが」

「うちの港湾職員は何してくれてんのっ!?」

「ガラティアにちゃんと報告したけど?」


 聞いてないよー! そういう事でちゃちゃっとコンソールを手早く操作し、スカーレティアの艦橋を呼び出す。


『何ですの?』

「何ですの、じゃねぇよ! ルルの事じゃい! 報告来てねぇぞっ!」

『……あっ』

「あっ、じゃねぇっ!」


 麗しき我がメイドは本日も美しく、そのキューティクルばっちりで天使の輪が浮かんで見えるオーシャンブルーな長い髪をお団子状に襟足辺りで結び、その淡いはしばみ色の瞳を盛大に泳がせる。こいつ、高性能量子コンピュータが頭に入ってるような状態なのに、忘れやがったな。


「おやおや~メイド長のクセに報連相を忘れてしまいましたってかぁ~?」

『ぐっ……申し訳ありませんでしたの』

「ったく、頼むぜマジで」

『はい、ごめんなさいですの』


 別にへこませるのが目的じゃないからな。注意喚起だけはしとかないと。


「らしくねぇじゃねぇの」

『仕事が多くて……それとダーリンの愛が不足気味でしたの。ガラティアはダーリンの愛が不足すると死んでしまいますのよ?』


 いやまぁ、結果的に君へ仕事が集中している事実は知ってましたが……そう、疲れたような表情をされると、ごめんって。


「……まあ、これが終わればいくらでも」


 しっかりフォローせねば。うん、これは俺が悪いな絶対。気を付けよう、マジで。


『はい、それも理解してますの。雑事に忙殺されて重要な項目を後回しにしてしまいましたの。注意しますの』


 にこりと嬉しそうに微笑むガラティアに、俺はごめんねと頭を下げつつ、気になった事を聞く。


「一応確認だが、ウィルスに感染したとかって話じゃないよな?」

『ガラティアの頭にあるのはコンピュータではありますが、どちらかと言えば生体部品を使用したモノですから、そもそもハッキングなど出来るモノじゃありませんの』

「……あの変態共、どこまで突き抜けてんだ、マジで……」


 生体コンピュータって、そんなんどうやって作ったし。そもそも生体部品とはなんぞや? いやまぁ、出産が出来るガラティアの体の仕様書は流し見したけど、何が何だかチンプンカンプンの魔術書状態だったからなぁ……そっちも後で確認しとこ、ざっくり目を通して無理って投げたから、詳しく読み込めば新しい技術をゲットできるかもだし。


「リズミラ様、第二、第五艦隊、オスタリディ艦隊と接触しました」

「はいはーい、げき、めつ、とー指示して下さいー」

「マジですか……ええっと」


 こっちであーだこーだしている間に、ジーク君とリューネさんはしっかり仕事をしていたようで、オスタリディの軍勢と会敵していたようだ。その報告で即座に相手を撃滅しろと命令を下す緑色の髪した腹黒正妃に困惑している嫁オペ子が、ちらちら助けを求めるように俺を見る。


「良いのか?」

「良いのかーとは?」

「いや、親父さんがいっかもしれんぞ?」

「尚更滅菌消毒が必要なのではー?」


 いや、真顔で言うなし……


 パテマド・ザビア・オスタリディ。ご存知のリズミラのパパンで、彼女の美しい容姿からも分かるように、遺伝子提供元のパパンもかなりのイケメンだ。まぁ、リズミラママンも凄いけどな。だからパテマドのおっさんはモテる。そして何より女癖がひじょーに悪い、つーか病気レベルの女好きで、かなりの絶倫王だとか。リズミラが黒い感じになったのも、何度か父親の情事風景を目撃してしまったが為らしく、言動からも分かる通り猛烈に激烈に嫌っている。いや、憎悪していると言って良いレベルだ。


 ……俺、このまま娘とかが産まれて、嫁達とイチャイチャしてたら、娘に嫌われたりするんだろうか……それはちょっと恐怖増し増しだぞ……


 そんな考えが表情に出ていたのか、リズミラがぷくぷくーと頬を膨らませて、ていていと指を振りながら言う。


「アレとダーリンを一緒にしないで下さいー、ダーリンはちゃんと責任を果たしてますがー、アレはやり逃げのやり捨てですから」


 リズミラが普段閉じてるエメラルドの瞳を開いて断言し、彼女の言葉を聞いた嫁オペ子の数人が力強く頷いた。


「貴族の女の扱いって、クソですからね」

「やっぱ、自分の父親って殺害対象よねぇ?」

「股間の粗末なヤツ、何度切り落としてやろうかと思ったかって、最近こっちに来たお母さんが言ってるのを聞いちゃった」

「楽しくも気持ち良くもないってのも言ってたよね。そう考えると自分は凄いラッキーだって実感するよ」

「それー母にすんごい言われる! もうクソジジイと離縁して、ライジグスで新しい人生始めようかしらって、わりとガチのトーンで言われてさー、別に反対しないよって言ったら乗り気になっちゃって」


 ……うん、マジで子供の教育は頑張ろう。俺も自分の実の家族に明るいイメージはねぇけどさ、ここまでボロクソに言えるかって聞かれると、さすがにちょっと、と引く程度には実の家族に殺意までは持ってないから。


「なので、撃、滅、でーよろしくー」

「「「「殲滅したれっ!」」」」


 どうやら色々な地雷を踏んでしまったらしく、嫁達の様子が振り切れてしまった。助けを求めてくる嫁オペ子へ、俺は頷く事しか出来なかった。


「私も手伝うねータツローさん。さすがに、コレハヒドイ」

「あー頼むよ。俺も頑張る」


 あっちこっちでシャーシャー威嚇音が聞こえてくる艦橋で、俺は将来の事を色々考えてしまうのであった。うん、頑張ろう俺。




 ○  ●  ○


「本隊から指示来ました! 即時撃滅、もしくは殲滅せよ」

「……マジで?」


 半舷休息で彼女と思う存分イチャコラ出来てご機嫌に戻ったハイジだったが、予想に反する本部からの指示に、一気に浮かれた気分がぶっ飛んだのを感じた。


「あれ? ハイジちゃんは知らんかったっけ? 帝国の貴族って、特に男の場合、令嬢達から蛇蝎の如く嫌われるパターンがあってねぇ……それのトップが女にだらしない、なんだよ。確か、オスタリディの、リズミラ様の父君は相当な女好きで有名だったかな」


 いつもの如くだらっだらでキャプテンシートに埋もれるジークに、ハイジは胡乱な瞳を向けてしまう。


「……殺したい位に嫌われるのか?」

「酷かったんじゃない?」


 さらりと言われると、何だか妙に納得してしまう説得力があり、ハイジは物凄い苦い薬を飲み込んだような表情を浮かべる。


「うへぇ……貴族ってクソだな」

「うちの国がまとも過ぎるってのもあるけどね。のぶりすおぶなんちゃらっだっけ? それこそが貴族を貴族足らしめる教えであるって陛下が言ってたから、うちはまともだって話みたいだよ。レイジ君が言ってた」

「……お前の交遊関係、マジで謎だな」

「誉めるなよ」


 誉めてねぇよ、そう呟きながら、それなりに長い時間を共に過ごしてきた悪友から視線を外す。彼がいつの間にか、その時々で一番力を持つ顔役と繋がりを持つなんて事はこれまでもあったし、きっとこれもそうなんだろうと納得する事にした。もはやジークの才能だろうからして。


 自分は自分の仕事をきっちりこなすべ、とハイジはオペレーターに指示を飛ばす。


「陣形ムーンシールド。シールドからフィールドへ切り替え、第二艦隊の動きに合わせろ」

「サーイエッサー」


 事前に取り決めしていた通り、第五艦隊は最新鋭のフィールド触媒装置を組み込んであり、それを使用した戦術で第二艦隊のサポートをする事が決まっていた。陣形ムーンシールドは、フィールドを発生させた第五艦隊を三日月型に、立体的に見た場合は完全に巨大な凹んだ盾になるよう配置する陣形だ。相手から見れば月に見える事から、ムーンシールドと命名された。


 本来ならばムーンシールドで敵を受け止め、足の早い高速駆逐艦で敵後方の蓋を閉じるように新しいフィールドを発生させ、あえて作る隙間から、高威力のエネルギー注入タイプミサイルをぶちこみ磨り潰すというのが、第五艦隊必勝のパターンなのだが、今回は第二艦隊という火力特化な方々がいるので、フィールドで受け止めて放っとけば、第二艦隊が敵後方から撃滅してくれるという算段である。


「いやー強力なフィールドなんて、陛下様様、アベル卿様様だよ」


 キャプテンシートでばんじゃーいと両手を挙げるジークに、ハイジは半目を向ける。


「それ、アベルのヤツ嫌うから言うなよ?」

「言わないよ~ある意味ライジグス一般部門最強の男に」

「全く」


 先日、フィールド触媒を発見した功績により、新しく貴族となったアベルとハイジは親友である。何気にハイジもそれなりに上層部との繋がりを持っているのだが、彼からしてみれば友達になったのが、偶々そういう役職の人間だった、というだけで普通の友達と思っているところがズレているのだが……まあ、その部分がアベル達に好評であるから友達になれたとも言える。


「オスタリディ艦隊来ます」

「第二艦隊は?」

「予定通りの行動をしてくれています」

「よし、いつも通りだ。だからと言って油断するなよ」

「「「「サーイエッサー」」」」


 緩い空気の中、十全に隙なく準備を整えたライジグスと、全宇宙へ宣戦布告したような形の何者かとの戦いの火蓋が切って落とされた。

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