第167話 叫びの影響
Side:ア・ソ連合体・小国家群国家代表ニカノール・ウェイバー
前兆も無ければ、予告も無い、その唐突かつ絶望的な攻撃は、ア・ソ連合体と呼ばれている小国家群にとって致命の一撃となる驚異であった。
ア・ソ連合体は小国家群と呼ばれているが、実際のところは部族の集まりのような感じであり、それぞれの部族で不足している様々なモノを、部族間で融通しあって厳しい宇宙での生活を成立させよう、といった感じの集合体である。なので技術というのが一番不足している部分であり、フォーマルハウトでの会談後から始まった大同盟関連の技術交流で、念願とも言える部分を補えるという矢先のこれで、小国家群の小型コロニーは恐慌状態に陥っていた。
「ちっくしょう! システムがガンガン上書きされていく!」
「システムを切って、ネットワークから物理的に切り離した状態で再起動させたらどうだっ?!」
「再起動に必要なシステムが真っ先に書き換えられたんだよっ! そんな事したらコロニーの全ての機能が止まっちまう!」
「生命維持装置回りだけでも食い止めろっ!」
「やってるってっ! ちっくしょうっ!」
コロニーの運営を管理する中枢司令室は、ずっとレッドアラートを吐き出し続けているし、それに対応している職員達の怒号も止まらない。その怒号も悲鳴に近くなっているから、状況は悪化の一途をたどっているのだろう。
今期の国家代表ニカノール・ウェイバーは、激務によって薄くなったバーコード状の頭部を叩きながら、歯痒い気分で司令室の様子を見ている事しか出来ない自分を苦々しく思っていた。
冴えない風体の、外見年齢四十後半くらいの中年男性。鈍い灰色の髪は、就任当初はフサフサであったが、激務につぐ激務に追われれる内に抜け落ち、すっかり寂しくなってしまった。不規則な生活環境で体も緩み、すっかり中年太りの居酒屋通いしているおっさん的外見になってしまっている。就任前は、そこそこのイケオジだったのだが、その面影はちょっと見当たらない。
「代表、各コロニーへ指示を出し、緊急酸素プラントの稼働を始めますか?」
「そうだな、すぐに全部が落ちるという事態は無いとは思うが、手配を進めて欲しい。それと熱を発生させる原生生物の用意も」
「は、すぐに始めます」
人混みに紛れたら、絶対見つからないような冴えない風貌だが、彼は歴代最高の国家代表と言われている。低迷していた小国家群が抱えていた借金の完済や、周辺宙域の惑星探査に力を入れての特産品開発、出生率低下と生活難へのテコ入れ等々、彼の手腕によってア・ソ連合体はようやっと浮き上がって来たところなのだ。今、指示を出した酸素プラント、僅かな光合成で酸素を大量に発生させる珪藻類に、二酸化炭素の吸収で熱を発生させる原生生物も、惑星探査によって見つけたモノである。色々と不足の事態が多い小国家群にとって、確かな保険となる大発見であり、すぐに国家運営に組み込んだ彼の慧眼は凄まじいの一言。
だが、まさかここまでの事態が発生するとは、そこまではさすがに見抜けなかった。その事が、ただただ歯痒い。
「はい、お茶」
「ん? あ、すまん」
「大丈夫ですよ。もっと大変な時もあったじゃないですか」
「そうだな」
専門の秘書を雇う金すら勿体ないと、自分の妻に頼み込んで秘書の仕事をしてもらっている。そんな彼女が出してくれたティーカップを、大切そうに両手で包むように持つ。
「そうだな、こんなのは絶望ですらないな」
ずぞぞぞぞと茶をすすり、その香りと味に驚いて、長年連れ添った妻を見る。とりわけ優れた容姿をしているわけでも、抜群のプロポーションを持っているわけでもない、どこにでも居そうな地味な妻が、嬉しそうに微笑む姿に、彼の体から余分な力が抜け落ちた。
「いただき物ですよ」
「そうか……そうかー」
ティーカップをそうっと置いて、妻の細い腰に腕を回す。妻はイタズラが成功した少女のようにクスクスと、鈴が転がるように笑う。
「代表っ! ライジグスの国王陛下から独立稼働タイプの生命維持装置が! 人道支援で無償でっ!?」
慌てて駆け込んできた補佐官の言葉に、ニカノールは妻を見上げた。
「技術指導にいらっしゃってた方に、頼んでみましたの」
上品にニコリと微笑む妻は、出会った当時から変わらず美しい。そんな妻の腰をトントンと優しく叩きながら、ニカノールは頭を下げる。
「……君はいつだって最高の妻であり、この国最高の外交官だね」
「あらあら、そんな誉められると照れてしまいますわ、あなた」
味も香りも凄い、界隈で話題になっている高級なお茶。それをいただき物と言う妻。そうしてライジグスの人道支援……まったく敵わないなぁと、ニカノールは苦笑を浮かべてティーカップを両手で包んで持ち上げた。
「はぁ、しっかりお礼をしないといけないな」
「そうですね。事態が落ち着いたら、折角ですし、アルペジオコロニーへ訪問するのも良いかもしれませんね」
きっと妻はすでに予定を組んでいるのだろう。彼女のお陰で最悪の事態は避けられそうだ。ならば後は自分が踏ん張る番である。
「良し! コロニー内部の住人へ状況を説明。落ち着いて、いつも通りの生活をしていれば大丈夫だと放送を流してくれ。補佐官、すぐに撮影の準備を、私が直接説明する」
「は、はいっ! 直ちに!」
美味いお茶を一気に飲み干したニカノールは、ティーカップを妻へ手渡し、その頬にキスをすると、キリリとした表情で頷く。
「はい、行ってらっしゃい」
「行ってくる」
パンパンと頬を叩いたニカノールは、おっとり微笑む妻に見送られて、自分の戦場へと向かうのであった。
○ ● ○
Side:フォーマルハウト行政区
「アリシア大統領! 周辺のステーションやコロニーからの避難民が押し掛けてます!」
「大丈夫。受け入れる余裕はまだまだあるから、慌てず騒がずに、冷静に行動するように通達して」
「はっ!」
「防衛隊はどう?」
「ライジグスからの指示で対策を行いましたので、ウィルスはシャットアウト出来てます。なので、ウィルスによって座礁してしまった艦船の救助に回ってもらってます」
「よしよし。警備ボットからの異常などの報告は無い?」
「数名、手配中の宙賊が入り込んだようですが、すでに捕縛済みとの報告が来てます」
「よしよし」
突然の無差別ウィルス攻撃により、フォーマルハウト以外のコロニーやステーションが混乱状態へ陥ってしまった。ライジグスにいるセラエノ断章ことせっちゃんにより、いち早く対策を高じて影響を排除出来たフォーマルハウト政府は、人道支援を表明し、危機的状況に陥ったコロニスト達の受け入れを開始していた。
「大統領、そろそろ休憩してはいかがですか?」
「これが終わったら休むわ」
「あまり無理をしないように」
「はいはい」
数々の修羅場に試練、人外な国家元首達との会合やら会談。そんな様々な経験を積み重ねたアリシアにかつてのような初々しさはない。そこにはすっかり一国の代表として成長した政治家の姿があった。
「これで良しと。うーん! 疲れた!」
グイッと伸びをするアリシアは、せっせか働く部下達を見回し、やれやれと首を鳴らす。
「マーホー亭ってもう開いてるかしら?」
「どうでしょう? マーホー亭がどうかしましたか?」
「いや、皆も動きっぱなしだし、ここらで休憩でもってね。マーホー亭のケータリングなら英気も養えるでしょ?」
アリシアの言葉に歓声があがる。フォーマルハウトのマーホー亭と言えば、かなりの高級料理屋であり、そんなおいそれとケータリングを頼めるような気軽な店ではない。
「分かりました、すぐに確認します」
「私のポケットマネーから出すから、領収書もよろしくねー」
大統領愛してますっ! という大合唱が響き渡り、アリシアはにこりと微笑む。
「それじゃもう一頑張り、気合い入れて!」
「「「「はいっ!」」」」
商売は一流。金回りも悪くない。ただし政治は最悪と呼ばれていた国はどこにもない。そこには完全に生まれ変わった強い国の姿があった。
○ ● ○
「出撃準備、完了しましたっ!」
「はい、ご苦労様。レイジ君からの指示もあったと思うけど、順次休暇に入っていいから……あーそれと、家庭でちょっと問題があるようだったら、気軽にこっちへ相談するようにね、対策考えてるはずだから、義理の息子が」
「ははは、ありがとうございます」
「いやいや、そこ、大切だからね」
港の総責任者の報告にそんな世間話をしながら、俺達は船に乗り込む。今回はかなりのガチ編成だ。
今回はリズミラの新しい船アイギアスを旗艦に、シェルファとファラの船も入れての側妃、才妃の船大集結状態である。
あ、リズミラの前の船は、ゼフィーナの船と合体する度に金属疲労が洒落にならないという事実が発覚し、もう面倒臭いから一つの船にしちまえよ、って事でゼフィーナの船にくっつける改修作業中である。なのでゼフィーナの船は現在動かせません。
「さて、第二艦隊の対ウィルス改修が遅延してるって報告があったけど?」
「ハンマーシリーズとマリオンの船を行かせたから、エリュシオンに到着する位には目処がついてるだろう」
「ふむ。まぁ、終わってなくても、こっちのメカニックを回せばいいしね」
「そうだな」
今回はリズミラがキャプテンシート、俺はゲストシート、ゼフィーナが副官ポジでリズミラの横に立っている。ちょっと新鮮な光景だ。
「準備はよろしいー?」
「全て完了してます」
「はあーい、では出港ー」
「アイマム」
いやー雑事というか色々と重なってね、かなーり準備に手間取ったよ。
いや、うちの国はそれ程大変じゃ無かったんだけど、うち以外のコロニーとかステーションとかがね。
鬱陶しい事だが、脆弱かつ貧相な拠点を使っていた宙賊達が、例のウィルス攻撃で真っ先に住処を追われたらしく、このクソ忙しい時に周辺コロニーやらステーションで暴れやがって、結構な被害が出たんだわ。それをプチプチ潰しがてら、独立稼働タイプの生命維持装置の設置とかをしてたので、かなり時間がかかってしまったのだよ。全く、宙賊ってのは害悪でしかねぇぜ。
「これでやっと騒動を終わらせられる」
「そうですねー、何だかんだでゆっくり出来ませんでしたもんねー」
リズミラさんが怖い。まぁ、それぞれであっちこっちに駆り出されてって感じだったし、俺は俺でレイジ君から回される各種書類のチェックとかに忙殺されてたし、嫁は嫁で忙しそうに動いてたからなぁ……ぶっちゃけイチャイチャ出来なかったんだわ。だから、嫁達の機嫌がすこぶる悪い。今回の騒動を引き起こした犯人、今からご愁傷さまと手を合わせておこう。なーむー……
「ではーコロニーエリュシオンへ向けて進みますよー」
「アイマム、ハイパードライブへ突入します」
こうして俺達は、面倒臭いウィルスをばら蒔く相手を潰しに動き出すのであった。
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