第166話 明日の安眠、ひいては夫婦の平穏の為にぃっ!(切実

「急げ急げ急げ! 雑に扱うんじゃねぇっ! そっちもタラタラしてっとケツ抉れるまで蹴りあげっぞっ!」

「「「「おおおおっ!」」」」


 メンテナンスを担当する整備員や、物資の搬入を操作する配送係、それに指示を出す現場監督官らが殺気立って働く現場に俺がいる。


 いやぁ、昨夜は大変でしたね。実に機嫌が悪いです。結局バタバタは収まらず、少しの時間加速を使った睡眠こそとって体調は万全だ。だがしかし、普段ならば嫁達とイチャこらしながら充実した時間を過ごしているはずが、それをしてる場合じゃないという事で、まぁ個別に休息をとったわけで、俺を含めて嫁達も、不機嫌です、というオーラを身に纏っている。


 うん、実は俺達だけじゃないんだ。ライジグスって最近安定してきたから、結構な結婚ラッシュでね、つまりここで働いてる人間のほとんどが新婚さんばかり。中には経済的な余裕から、新しい奥さんを迎えましたっていう人もいるわけで……一夫多妻当たり前な世界だからねぇ……そんなご家庭の夜時間をだ、盛大に邪魔をすればどうなるか、分かるよね?


「嫁がさ、言うんですよ……私と仕事、どっちが大切よ、って」

「ああー、お前んとこ結婚したばっかだもんなぁ、そりゃ嫁さんも理性では理解してても感情はどうにもならんわな」

「うううう、やっと結婚できたっちゅうのに……俺が何をしたって言うんだ」

「大丈夫だって、陛下が解決してくれるって言ってんだ。それに昨夜みたいな事も起きない対処をしてくれたって言ってたしよ。ここさえ乗り越えちまえば、俺らも順次特別休暇をくれるって言うし、そこで機嫌取れば、な?」

「両方大切だって言ってから、全然、話を聞いてくれないんだけど、大丈夫かな?」

「任せとけって、お前んとこの嫁とウチの嫁って仲良かったからさ、それとなくウチのから言っておいてもらうから、な? 元気だして働け」

「うううう、頼むよマジで」


 あっちこっちで野郎共の慟哭が聞こえてくる。


 うん、被害甚大だ。これ、個別にカウンセリング的なのを入れた方がいいんじゃろか? それとも俺が直に今回の事で声明を出して、大丈夫大丈夫イケるイケる! ってのを示した方がヨロシイんだろうか?


「どうかしましたか?」

「ん? ああいや、一般家庭の平和を守る為の行動をした方が良いのかな、と思ってな」

「……ああ、何か泣きながら仕事している人間が多いって思ってましたが……そうですよね、そっち方面の補填もしっかりしておきますよ。なのでパパンは作戦の方に集中してもらえますか?」

「レイジ君が動いてくれるなら大丈夫かな。それで?」

「はい、こちらを」


 レイジ君から渡されたデータパレットを眺めると、ユストマ・ナハト・ポイントとされる場所に存在する惑星の情報が書かれていた。


「アネッサさんとこの人員に動いてもらって、すぐに報告が来ました。アネッサさんもグチグチ言ってましたね、美容に悪いって」

「あっちこっちに被害が……どれどれ、以前の記録には確認されていなかった惑星が存在し、その惑星も妙な感じになっている、か」

「僕の方でもせっちゃんのデータベースから遡って調べてみましたが、やっぱりそんな惑星の記録はありませんでした。その画像の惑星は唐突に出現した、と表現するのがぴったりかと。それ以外にも小惑星がその惑星の衛星のように存在しているようで、そちらは完全なる人工物で、ジェネレータの稼働とエネルギーの発生が確認できました。迎撃用の防衛衛星と見て間違いありません」

「……こいつを用意したのが旧王家の奴らのバックにいるんかな?」


 データパレットをヒラヒラ揺らしながらレイジ君に聞けば、レイジ君は頷いた。


「ほぼ間違いなく。オスタリディの艦隊がユルヤの拠点からユストマ・ナハトへと移動していますし」

「全く、次から次へと」

「何がやりたいのか分からないのがまた不気味なんですよねぇ」

「こっちを混乱させて喜ぶ子供みたいな感じだけどな、やってる事は致死性の高いアレってのが面倒臭いが」


 俺の言葉にレイジ君が肩を竦める。


「ああ、それとですね、陛下から指示のあった外部独立ユニットタイプの生命維持装置。あれの無料配布を小国家群と独立系のコロニー・ステーションへの提供を早急に開始して、とりあえずの猶予は出来そうです」

「そっちを人質みたいにされると面倒だしね。ある程度、こっちの余裕がないと面倒だ」

「ええ、帝国の艦隊とかも動けない様子ですし。もとからあまり期待はしてませんでしたが、動けるのはうちくらいですね」

「ウィルス攻撃がどっから来てるかも把握してないだろうしな」

「ええ。ですから我が国の多くのご家庭の平和を守るついでに世界を救いましょうか」

「全く、ライジグスらしいな」


 二人でニヤリと笑い合い、拳を突き合わせた。




 ○  ●  ○


 Side:第五艦隊総司令ジーク・リッタード


 上級士官専用のエグゾスーツは、見た目完全なる舞台衣裳である。派手ではあるが、色合いがシックな暗色系である為悪目立ちはしないのだが、その威圧感はとんでもなく高い。


 それを身に付けたジークとハイジが並ぶと、どこかのヅカファンが喜びそうなビジュアルになる。実際、それを目撃している艦橋のクルー達のやる気は爆上がり状態で、コンソールを叩く音が騒音のようになってしまっている。そんな部下達の様子にハイジは苦笑しつつも、モニターに表示されている命令書を素早く読み込んでいた。


「昨日のアレ、オスタリディの攻撃に使われていたウィルスの上位バージョンみたいだぞ」

「面倒な事をしてくれるよねぇ。こっちはプライベートルームが完全に自室になっているからさ、持ち場待機はご褒美でしかないから問題ないっちゃ問題ないけど」

「俺は問題だ」

「恋人さんとイチャこら出来ないもんね」

「ふん」


 ここのところずっと出撃が重なって、まとまった時間が出来ず、ハイジの機嫌が危険領域まで来ている。だがこればかりは選んだ仕事が仕事なので、諦めてもらうしかない。あの王様の事だから、そこら辺も加味して長期休暇とかくれそうな気がしないでもないが、それは全てを終わらせてからの話だ。今は目の前の事に集中しなければならない。


『あらぁ、そっちのスーツも良いわね』

「あ、リューネ司令。そちらも華やかでいいですね」

『あらそう? もう少しシックな方が良いのだけども』


 第二艦隊の総司令リューネから通信が入り、モニターにドレスのようなスーツを着用した彼女が映し出され、ジークは素直にその美しさを誉める。リューネは彼女らしくなく、少女のように照れながら落ち着きなく身動ぎしつつ、空気を変えるように咳払いをする。


『コホン、それで命令書の事だけど』


 リューネの言葉に、ジークは視線をハイジに向ける。


「はっ、ライジグス本隊の露払いですね」

『ええ、でもね、こちらの対ウィルス改修が少し遅れ気味なの』

「……ああー、なるほど」


 第五艦隊はそもそも国王の遊び場だった為に、どのような状況でもガンガン追加装置を設置なり増設なりするノウハウが充実しているが、他の艦隊となれば話が違ってくる。それに、色々あってエリシュオンのメカニック達の作業がカツカツに詰め込まれ過ぎで、効率がかなり悪くなっていた。


 何しろ、エグゾスーツの大量生産に、外部独立ユニットタイプの生命維持装置の製造。それと平行して艦船の対ウィルス改修作業と、忙しいを通り越して修羅場過ぎた。これで、やる気を出せ士気を上げろ作業効率をもっと高めろ、っていうのは無理だ。


 むしろ国主がそういったブラック行為を何より嫌うので、それでこれだけのモチベが保たれているとも言える。何しろきっちり休みを回しつつ、それでも何とか効率を保っているわけだし。これが他国だったら、重大な事件が起こっていたとしても知らね、とばかりにストライキを起こしているだろう。


『一応、宰相閣下も動いて下さっていて、技術部直属の工作艦をすぐに回してくれるらしいのだけど、もうしばらく時間が必要なの』

「ハンマーシリーズも動かすんですね」

『ええ、もう先に才妃マリオン様のブルーエターナルは到着してるのだけど、第二艦隊全部をすぐにとは、ね?』

「理解しました。士気をあげる為に半舷休息を取らせます」

『お願いね。私とナルミは待機状態を維持するので、何かあれば報告を』

「了解しました」

『じゃ』


 通信が切られ、ジークはそわそわしているハイジに半目を向ける。


「行ってらっしゃい」

「い、いいのかっ?!」

「行ってらっしゃい。赤ちゃん出来たら、抱っこさせてね」

「ば、ばっか野郎! まだそんな……ごにょごにょごにょ」

「行ってらっしゃい」

「お、おう! 行ってきます!」


 それはもう相手がノーマルな男だったとしても、惚れてまうやろ! と思わせる可憐な笑顔を全力で浮かべたハイジは、そそくさと立ち去っていった。


「うん、これで危険は立ち去ったと。あれ以上溜め込まれると、作戦中に爆発しそうだったし、しっかり吐き出してきてもらいましょう。うん」


 はーやれやれ、と肩を竦めたジークは、艦橋のクルー達に目を向ける。


「エリシュオンへ恋人及び伴侶を連れてきてるクルーから半舷休息。そうじゃないのは、悪いけど僕と留守番な」

「「「「ありがとうございます!」」」」


 ライジグス特有のシステムで、希望者ならば軍事行動前の安全なコロニー・ステーションまで恋人、家族を連れてきて良い、という制度がある。これには士気高揚の意味合いもあるし、困難な状況でも生きて帰ってやるという意識にも繋がるとして推奨されている制度だ。また、出会いが少ない軍人にとって、この制度を利用して一緒に来てくれという告白が、カップル成立の役に立っている側面もあり、スマートかつドラマチックな告白の仕方として人気でもある。


「残った人達には後で僕から少し豪華なケータリングでも差し入れすっから」

「「「「あざーすっ!」」」」


 艦橋に残ったクルーへ、ジークは生暖かい視線を向けながら、次回頑張れという意味を込めて奢る事を宣言した。その優しさに独り身が辛いクルー達が咽び泣いたが、ジークはそれをスルーして見ない事にしたのだった。


 ライジグスで軍人は花形職業であり、さぞモテそうに見えるがそんな事はない。出会いというならば軍部にはたくさん魅力的な女性達が働いているのだから、そんな女性達と仲良くなれば良いじゃん、と思われるかもしれないが、そもそも彼女達は目標が違うのだ。


 基本、ライジグスの女性は能力がバカ高く、気がつけば階級があっという間に抜かれるなんてざら、そのほとんどが高嶺の華なのだ。何しろ彼女達が目標にしているのが、国王の妻達であるからして、そもそも意識が凄い高い。軟派な男はノーサンキューとばかりにバッサリ切られる。


 これが影響して、そこそこで安定したい女性達にも無視できない影響があり、軟派な行動がとり辛く、出会いが無いという女性もいたりと、中々複雑な様相ではある。人生、痛し痒しの見本みたいな感じだ。


「気がつけば、出来てたりすんだけどね、以外と」


 ジークはのんびり呟きながら、くわぁっと欠伸をする。彼は第二艦隊総司令リューネ、副司令ナルミとちゃっかり恋人関係にある事は、ハイジにすら知られていない。隠れリア充な彼は、心の底から部下の幸せを願うのだった。二人との関係を知られたら、モゲろと言われるだろう事は棚にあげて……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る