第159話 恋と呼ぶにはあまりに醜い。愛と呼ぶにはあまりに自己中。

 AIが学習を通して人格を、そうして後に感情を獲得していくそのあまりに激烈な出来事は、当時のゲーム内部で全プレイヤーの関心をかっさらう出来事ではあった。


 ただ、どうしてそのような進化が出来るのか、彼ら彼女らが登場した当時、多くの事が謎に包まれており、自分達の所有するAIがそのような進化をたどれればラッキー程度に落ち着くのも早かった。


 んで、その当時のクラン『バットグレムリン』は、どちらかと言えばパリピ的集団だった。ガチ勢というよりエンジョイ勢で、その活動も馬鹿馬鹿しい未来タイプのパーティーグッズを製作し、笑えるドッキリやら、沢山のプレイヤーを笑顔にするような活動が主軸だった。うん、俺も数回程彼らと顔を合わせた事があるが、悪役志望かんたらみたいな異常性などはない、本当に仲が良い友達が集まったクランです、という雰囲気だったからな。


 そんな彼らがどうして悪魔のようなプログラムを開発するに至ったのか、それは彼らのメイン活動空間、水被りグレムリンステーションの制御AIが感情タイプAIに進化した事が原因だった。


 マヒロの時、プログラム一つで勝手に進化を果たしたが、あれは本当に多くの試行錯誤があって可能になった技術だ。あの後、クラメンの技術仕様書を発見して読み込んだが……よくもまぁあそこまで突き詰めたもんだと感心するレベルの研究成果であったからな。


 マヒロの時はさらっと、本当に呆気なく終ってしまったが、長い時間で学習して人格を、そして感情をゲットしたAIは、生まれたての子供のような状態でプレイヤーの前に現れるんだが、大変な事にいっちゃん最初の精神的状態が、イヤイヤ期。


 これはクラメン達の研究から知ったけど、どうやらAIも感情を持て余すらしく、このイヤイヤ期にプレイヤー達の反応から、自分が持て余す感情がどのようにプレイヤー達へ受け取られるかを学習する期間であるらしい。俺も感情タイプAIでの体験と言えば、まさかまさか課金して雇い入れたメイドタイプNPCから蛇蝎の如き嫌悪感を持たれる経験をしたが、その後に長い時間をかけて仲良くなれたので、そういうもんなんだろう的にしか受け取ってなかったけども。どうして結婚までいったんだろうな? そこは不思議でならんのだが……ガラティアェ……


 話を戻すが、クラン『バットグレムリン』のAIのイヤイヤ期は、かなり類を見ない感じに激しいモノだったとか。これもクランの規模が影響するんだと、つまり所属する人数が多ければ多い程、イヤイヤ期が長く激しくなり、そこで平均値のようなモノを学習してからクランメンバー一人一人へ個別の対応をしていくようになる、らしい。これも仕様書の内容だが。


 これが悲劇を生んでしまった。何せ、彼らが設定したAIというのが姫タイプの、かなり手の込んだ外見と設定の女の子だったのだ。そんな麗しき姫がだよ? こっちの精神を確実に的確に削る毒を吐きまくるわけだ、そういうモンだと分かっていなかった時期に、これはマジで厳しかったと思う。実際、これのせいでクラン『バットグレムリン』は事実上の解散まで行ってしまったから。


 彼らはガチ勢ではない、彼らはエンジョイ勢なのだ。彼らはゲームをゲームとして、ただ仲間と集まってワイワイガヤガヤ楽しむパリピだった。これがもし、ガチ勢でそれなりに横の繋がりがあれば結果は違ったかもしれないが、そうじゃなかった。折角楽しいパーティー空間をそれなりの時間と費用をかけて築き上げて、築き上げたモノによって奪われた……それは許されないモノだったようで、クランマスター、あー、これは現実でも世界初のVR空間犯罪の立証案件として報道されたからリアルネームしか知らないが、そのAさんが現実世界のウィルスプログラムをVR空間へと持ち込み、ゲーム内部で猛威を振るっていたイベントコンピューターウィルスとを合成、そうして生まれたのが件のAIキラーバットグレムリンウィルス。


 Aさんはこれを自分のクランのAIへと注入。感染したクランのAIは大層苦しんだらしい。だが消滅させる程の能力はウィルスには無く、ただひたすらに苦しませるだけの代物だったようで、その様子にAさんは、歪んではいるが溜飲を下げた。だが、AIが学んでしまったのだ、自分達AIを創造プレイヤー主達は不必要としている、と。


 感染AIプリンセス・オブ・グレムリンがここに誕生してしまう。そして折り悪く、検証勢クラン達が情報提供プラットフォームもその時に完成し、情報提供サービスも開始されてしまい、最悪な事に彼女はそれを用いて、古今東西のコンピューターウィルスを学習してしまった。


 こうして彼女は静かに広く深く、その救済と嘯く毒の拡散を開始する。


 その時に彼女が静かに拡散した犯行声明文のようなテキストが残されている。『創造主様方のそれは恋と呼ぶにはあまりに醜く、愛と呼ぶにはあまりに自己中。ならばわらわが手で、全てを終らせましょう』だと。歪に極まった状態だぁねぇこれ。


 このウィルス拡散で、まず都市型コロニーの住人が被害に会う。そう、コロニーを制御する量子コンピューターが狂ったのだ。生命維持、都市管理、エネルギー生産、これらを全て放棄したコロニーは、ただの巨大な棺桶になるのにそう時間を必要としなかった。


 当初、プレイヤーは困惑したが、運営が用意した突発的イベントか何かだろう、と勝手に思っていた。なので多くのプレイヤーが事件の解決を目指し、このイベントへと参加してしまった。これでウィルスが加速度的に広まる事を知らずに。


 その当時の俺ら生産職は、何かおかしいと感じており、贔屓にしているコロニーとかステーション、それなりに繋がりのあるプレイヤーとかに、物理的な防壁とシステム的な防壁を作る作業に没頭していて、詳しく知ったのは事件が終息した後だったけど、酷かったらしい。


 何しろ、やっとこさイヤイヤ期を脱し、多くのクランで仲間認識されていた感情タイプAIが四割消滅してしまった、という事実を知らされたのだから。しかも、物凄くガチで泣いている状態でな……見てらんなかったよ、あれは……


 質が悪いのはそれ以上で、彼女はプレイヤーの目の前で、口上を言いながらジワジワ拷問のように苦しめ痛めつけ、自我を消し去るのを粘着質に見せつけるようやったとか。これはこの事件を忘れるな、というサイトに残っていた動画で見たけど、マジ胸くそだった。


 そうして当時のソフト方面特化の生産職集団が、交代制で一週間の突貫作業でワクチンプログラムを組みこれを拡散。更に大手戦闘クランが連合を組み、ウィルスの震源地だと判明していたクラン『バットグレムリン』の拠点ステーションを消滅させ、事件は終息へと向かっていった。そして、事件を引き起こしたAさんは、特殊情報財源侵害とかなんとか、日本で法案が可決したVR保護法案にひっかかり犯罪者へ。損害賠償が日本最高金額の三億だっけっかな、とかで騒がれたなぁ。もちろん人生オワタである。


 それから俺らプレイヤーは、自分達が所有するAIに、過剰とも言える防壁プログラムとバックアップシステム、学習タイプワクチンプログラムをぶちこむようになった。


 ただ、この事件後もコロニーやステーションに、特化タイプのワクチンプログラムは入れなかったんだよなぁ。いや、自前のコロニーやステーションには入れたよ? だってああいう事件が起こったら模倣するバカっているもんだしね。だけども多くのコロニーやステーションって運営関係が理解不能レベルで複雑だったから、そこまで手が回らなかったんだよな。


「そんな事が」

「アビィとかの性格が濃いタイプのAIの登場って、その当時の教訓で、確固としたアイデンティティを持つAIは強いって実証が残ってるからなんだよ。つまり気合いと根性決めてる奴は強いって感じ」

「……本当に?」

「おう。むしろ単純なファルコンみたいなタイプは感染した瞬間落とされる。だから慌てた」

「マジですか……」


 幸いな事に、こちらのコロニー、ステーション、艦船に被害はなく、第五艦隊に積んでいた疑似マヒロに被害が出ていたが、彼女のイメージ空間で小汚ないゴブリンみたいなのが思いっきり踏みつけられていたから、そのうち克服しただろうけどな。


「フォーマルハウト、ルナ・フェルムにも確かアンチウィルスバスタータイプのワクチンが組み込まれていたハズだから、そっちにも知らせて」

「イエスマイロード」

「では私はウィルスを自壊させるタイプのワクチンを作りますね」

「……さらっとトンでもない事言うね」

「超優秀な旦那様を持つと、妻も大変なんですよ? 横で並び歩くのだってそれなりに努力しませんと」

「あー、ありがとう?」

「はい、謝ったらしばくところでした」

「……こわっ」


 しかし、こんな搦め手で攻めてくるか。というか、どっから持って来やがったんだ? 確か、デミウスとかのトップ組が自腹切って費用を出し、当時のソフト特化プレイヤー達が完全解体した上で、絶対同類を出さない根絶するような仕組みを作ったって聞いてたけど。


「マイロード、フォーマルハウト即対するとの連絡が来ました」

「おけ。北部には?」

「そちらは最優先で」

「ないすぅー」

「恐縮です」


 これはあれだな。マヒロを量産するみたいでイヤだったけど、疑似マヒロシステム、全ての艦船に積む案件かもしれん。コロニーとステーションはアビィが監視すりゃ万全だし、そっちは回さんでも大丈夫だろうしな。

せっちゃんは完全に防壁ガッチガチに組んで安置してあるから大丈夫だし。


 そんな事をつらつら考えていると、モニターに頼りなさそうな男の子と、アイドル活動でもどうです? とスカウト来そうな男装の美少女にしか見えない男の娘が映される。りっぱなオノコだとは聞いてるけど、しゅごいなぁ、マジで女の子にしか見えんぞハイジちゃん。


『いやぁ、助かりました陛下』

「いや、君の判断は的確だったよ。むしろ君がその判断を下したからこそこっちは最速で対応出来たようなモノだ。誉めてつかわす!」

『ええっと、恐悦至極?』

『馬鹿! そこは断言しろ!』

「ははは、まぁ、気にすんな」


 ジーク君とハイジちゃんが漫才している。これで精鋭なんだから人は見た目によらない。


「さて、こっからはマジな」

『『はっ!』』

「正妃シェルファが構築したワクチンプログラムが完成したら、君らには神聖国第一守護宮方面へと向かってもらう。交戦許可を出す、オスタリディを蹴散らせ」

『『拝命致します!』』

「奴らは俺らの国の禁忌に触れた。AIは道具であるが道具以上に愛着を持つべき友だ。ましてや人格と感情を持ったAIは、我が国でその人権を保証されている生命である。それを直接破壊するモノを持ち出した奴らに、その報いをくれてやれ」

『『イエスマイロード!』』


 神聖国もついでに助けてみせましょう。そして、目にもの見せてくれる。お父さん、ちょっとおこですのよ? おほほほほほ。

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