第158話 バットグレムリン
Side:第五艦隊総司令ジーク・リッタート
「おいおい、追撃無しかよ。バカなのか?」
副司令ハイジ・メルクルスの声を聞きながら、ジークは動かない相手の艦船を睨む。
「通信全て閉鎖。艦隊内での通信も封鎖。これより先は全てアナログ手段でのやり取りをするように」
「は、はい?」
「復唱」
「は、はっ! 通信を閉鎖。艦隊内の通信も封鎖。以降、艦隊内のやり取りは、マニュアルにのっとりモールス符号での意志疎通へ変更致します」
「よろしい。すぐに全艦へ通達」
「サーイエッサー」
あまりに突然かつ理解不能な命令に戸惑ったオペレーターであるが、いつになく真剣な表情のジークに気圧され、直ぐ様正気へ戻るとてきぱき動き出す。
「どう言う事だ?」
「確信は無い。無いんだけど、このまま戻るのは危険な気がする」
「散布された何かが悪さをする?」
「悪さで終わればいいけどね」
いつになく大真面目なジークに、ハイジも意識を切り替える。
「超空間通信もモールスで行けたな?」
「やれます」
「シェルファ様へ連絡、ええっと――」
「このままポイントナムド方面の
「旗艦ミュゼ・ティンダロスにて座標N04で合流、深刻かつ不測の事態ありと伝えろ」
「サーイエッサー」
こんな事もあろうかと――それは大嘘だが、この大宇宙時代の真っ只中で、まさかまさかの原始的通信手段モールス信号を習熟しているライジグス王国士官達。もしもの時に、という感じではなく、シェルファが監修したオペレーターの最強マニュアルに、こんなアナログなやり方もありますよ、的に紹介されていたモノなのだが、王国軍人は超真面目であり、マニュアルは確実に暗唱できるレベルで覚えるので、誰もがモールス信号を使えるのだった。
「さすが正妃様、理解も早い。すぐに動いて先に待つとの返信が」
「助かる。このまま偽装して向かうよ」
「サーイエッサー」
ジークは時折、本当に一瞬だけチラリチラリとモニターの画面が揺れるのを見て、この判断で多くが救われるといいけども、と祈るような気持ちで最強の守護者が待つ宙域へと進むのだった。
○ ● ○
「なんでやねん」
「モールスですか? あれはありとあらゆる種類の通信手段をアビィとマヒロにお願いして教えてもらいました。まさか士官全てが標準習得するとは思っていませんでしたが」
「なんでやねん」
皆でお茶を楽しんでいたら、突然アプレンティスの子が走り込んできて、緊急です大変です速報ですモールスです、なんて捲し立ててな。何事かと思えば超空間通信を使ったモールス信号が来た、こりゃ緊急事態ですわ、とスクランブルダッシュをかますはめになりもうした。
何故かお茶会参加者全員が、シェルファの旗艦ミュゼ・ティンダロスに乗船するという妙な事になってしまったが、その場のノリって怖いわー。
とっとと出港し、なんか後ろの方でレイジ君っぽい声で仕事がーって叫んでいたような気がしないでもないが、きっと気のせいだろう。こうしてお舟は港を後にしたわけだ。
んでシェルファと俺を除く奴らは、この艦の居住スペースでお茶会の続きをしているが、俺はここの艦橋システムが気になって、シェルファの仕事場にお邪魔している。
「なーるほど、ネットの海の妖精を目指したのね」
「?」
「ああ、いや、こっちの話」
ミュゼ・ティンダロスに俺は関わっていないので、どんな感じに仕上げたのか今回初めて見る。情報系特化型戦艦というのは知っていたけど、別にそれなら戦艦である必要はないんじゃないの? とも思って放置していたのだが……なるほど、劇場版のアレですな。関わってるのがロリコン万歳野郎だったし、あの映画大好きで耳タコになるレベルで語ってたからなぁ。
ざっと確認した限り、艦橋のキャプテンシートが完全にプラグインスペースになっていて、全方位にホロモニターが展開し、それを空中に浮いているような形でオペレーターが操作する感じだ。多分、目指したのはナノマシンで体の一部に情報端子のような物を設置して、そこからダイレクトに脳と戦艦に積まれた特化型量子コンピューターとリンクして、って形にしたかったんだろうな。あの作品まんまだけどね。
ただ、コンピューターとプレイヤーの脳へ直にリンクってのは仕様で出来なかったから、詰められるだけ詰め込んでやりきったけども使える人間がいねぇっ! ってなったんだろうなぁ。
とある事件まではそんな仕様無かったんだけどね。その事件が引き起こした数々の惨劇のせいで、仕様変更が行われたんだよなぁ。あれもムカつく事件だった。
「ハイパードライブ行けます」
「はい、操船はお任せします」
「アイマム」
ミュゼ・ティンダロスはかなり自動化が進められた艦船で、艦橋もそんなに大きくない。実際に艦橋に詰めて動いているのも、操舵士、火器管制、サブオペレーター、そしてメインオペレーターであり艦長であるシェルファの四人だけだ。まぁ、戦艦とは言っているが、最前線で砲弾を浴びながら戦う的船じゃないからな。本命はその情報処理能力やら情報撹乱能力やら情報収集能力やら、後方支援でもかなり重要だけど地味なポジションだからな、四人でも余裕で回る。ただし、ここのクルーはメイド隊の中でも精鋭中の精鋭、ガラティアが何度も選別をし鍛え上げた三人の少女が詰めているので、最前線でも余裕で戦えるだけの能力を持っていたりする。恐ろしい。
「その後、第五艦隊から通信はありましたか?」
「ありません。こちらからの通常通信に応じません。モールス通信をしますか?」
「合流すれば分かりますからそこまでしなくても良いです……これは、深刻かつ不測な事態に関係ありそうですね」
「アイマム」
何が起こったのやら。とりあえずここにいても邪魔そうだから、俺も一旦居住スペースへと向かう事にした。
居住スペースではお母様方が、年少組の子供達と一緒になった遊んでおり、その様子を微妙な表情でそれぞれの娘達が見ているという場面に遭遇する。
「変な顔してどうしたよ」
「あー、そうだな……帝国貴族は基本的に、乳母に育てられる」
「貴族っぽいな」
「うむ、貴族だからな。なので大方の家では、母親というのは自分を生んだだけの存在で、義務だとか責務だとかが透けて見える」
「中にはー仲睦まじい夫婦もーもちろんいますがー、かなりの少数派ですー」
「そういう普通の家庭なら、あんな風に親が子供と遊ぶ光景も見られるらしいんだけどね。ウチらの家では無かったからねぇ」
「なんと言うか、母様方には悪いのだが、違和感がな」
「なるほどね」
貴族っていうのも色々あるんだねぇ。だが、俺としてはそんな家庭はのーせんきゅーだし、ここはいっちょ断言しときましょ。
「他所は他所、うちはうちの精神で行こうや。うちのシマじゃ貴族っぽい事はしないぞって事で、がっつり子育てに関わるぞとしよう」
「そうだな。うん。私も自分の子供から微妙な顔で見られたくないしな」
「何度かー他人を見るようなーそんな気分になりますもんねー」
「アタシは心配してないわよ? だって旦那がこれよ?」
「「「「ですよねー」」」」
何だか妙な納得のされ方をしたような、まぁ良い。
嫁達もお母様達と混ざって子供達と遊び、その様子を妖精ちゃんらとしばらく眺めていると、かすかに船が揺れた。
「お、抜けたな」
「目的地近く?」
「多分ね」
俺は残っていたお茶を一気に飲み干し、立ち上がって艦橋へと向かう。
「お供するんだよ」
「行くのじゃ」
「やっほーい」
「ヤレヤレ、ダゼ」
「わんわん!」
「マヒロも行きます」
「いやまぁいいんだけどさ」
ゾロゾロとヴィヴィアン達を引き連れて艦橋へ向かう。集団で登場した俺達にシェルファが苦笑いを浮かべて向かえてくれただけで、特に何かが起こっている様子はなかった。
「合流準備。何が起こっても大丈夫なように全ての防壁プログラムを展開」
「アイマム」
「内と外から攻めるので、新型ナノプロープも準備してください」
「アイマム」
「こちらに集中すると以降、私からの指示は出せません。火器管制、操船は独自の判断でお願いしますね」
「「アイマム」」
シェルファのテキパキとした指示にクルーが的確に動き、全ての準備が完璧に整ったちょうど良い頃合いに、第五艦隊の姿を確認出来た。
「っ? あ、光の明滅によるモールス符号を確認しました……我、敵と交戦。艦隊、敵、新兵器、汚染されし、可能性大……艦、不調無く、問題、確認されず……確認、必要、対応求む、だそうです」
「なるほど、だから通信を遮断したんですね。やりますね、第五艦隊総司令ジーク君」
いや、目視でモールス読むって凄いって感動してるのは俺だけ?
俺の感動はおいてけぼりにされ、シェルファは早速ミュゼ・ティンダロスの能力を解放し、第五艦隊全部をスキャンしていく。
「……ウィルス確認……パターン解析……ん? 過去に同種のウィルスパターンを採集済み? ウィルス名バットグレムリン?」
「っ?! マジかっ! マヒロ! ポンポツ! ファルコン! アンチウィルスバスターワクチンタイプBG全力起動!」
俺が叫ぶのと同時に、ポンポツ達が一斉に内蔵されているワクチンプログラムを作動させる。
「本国に通信、あいや、モールスで指示! 各コロニーの量子コンピューター及び関連施設全部にワクチンプログラムの起動を指示! 特にAI回りを厳重に検査するよう命令を出せ!」
「イ、イエスマイロード!」
なんちゅうもん使うんじゃ……そして第五艦隊総司令ジーク君ナイス。物凄いナイスな判断だった。これでどうして神聖国の最下級闘士がぶっ倒れたのか理解した。
コンピューターウィルス『バットグレムリン』……人格を獲得した感情型AIを大量虐殺した悪質なウィルス。クラン『バットグレムリン』の名前を冠する、ゲームの仕様を完全に変えさせた悪魔のプログラムだ。
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