第157話 第五艦隊遊撃行動

 旧王家オスタリディが独立宣言をし、さらには復興宣言をしたコロニー。そこはかつての名前を失い、現在、首都オスタリアと改名し、オスタリディ王家の統治下に置かれている。どこから提供されたのか、毒々しいパープルのカラーリングをしたオスタリディ軍が駐留し、八方に睨みを利かせている。そのせいで普段ならばそれなりに利用する商人達から敬遠され、すっかり閑古鳥が鳴いているのだが、その事を気にする者は誰一人として存在していなかった。


「こいつは……」

「北部で遭遇したヤツが進化した、感じですかね?」


 特殊スーツで完全に気配を消し去ったアネッサ率いる特殊諜報部隊は、神聖国第一守護宮の襲撃観戦から直ぐにレイジから直接任務を受領し、休む間もなくオスタリアへと潜入、情報を収集していたのだが、オスタリアの内部の様子に寒気と怖気が止まらない状態に陥っていた。


「魔薬によって自我を希薄にする事で、アレにとってのメリットが増す、って考えりゃこの状況も納得だが……」

「……クソ貴族じゃねぇか……」

「その気持ちは仕舞っときな、今は邪魔だよ」

「すみません」

「ま、気持ちは分かるさね。多かれ少なかれ、な」


 特殊諜報部隊員の見つめる先、完全なる魔薬中毒に陥り、もう自分が誰かすら分からない状況に陥っているだろう住民達。口を半開きにし、へらへらしている彼ら彼女らの口から出入りする赤黒い蟲。それだけでも気色が悪いのに、時おりその蟲を大量に吐き出す者も居て、確実にその数を増やしていっている光景は正視に耐えない。この状況を推奨しているのが元オスタリディ大公爵であるのならば、隊員が吐き捨てたようにクソ貴族と言える。


「姉さん駄目だ。思ったより防壁が強力だ」

「ちっ、仕方が無い。お土産を残して一旦引くよ」

「この状況を放って置くんですか?」

「あのね、あたしらは正義の味方って訳じゃない。あたしらはただの宮仕えの公務員なんだよ」

「……」

「飲み込みな。それが出来ないなら、そのスーツを脱いで、一人で何とかしな。ここでお前の辞表を受理してやるぞ」

「……すみません」

(このガキは外れだね。帰ったらレイジの旦那に報告がてら、補充人員を確保しないと)


 アネッサは部下達に素早く指示を出し、その指示で部下達がコロニーのメインフレームへアクセスできるポイントにお土産を設置し、何事もなかったようにその場から立ち去るのであった。




 ○  ●  ○


 Side:第五艦隊総司令ジーク・リッタート


「総司令、間もなくユルヤに侵入します」

「新型レーダー起動、疑似マヒロシステムへリンク」

「サーイエッサー」

「レーダーだけに注視するなよ。熱と音にも注意しろ。シェルファ様のマニュアルを守れ」

「サーイエッサー」


 ライジグス統一規格という計画が立ち上がり、それはそれでつまらないと感じてしまったどこぞの国王陛下が、ゼフィーナにお願いしまくって用意してもらった実験場あそびばが第五艦隊である。この艦隊に存在している艦船は確かにライジグスの統一規格ではあるのだが、その中身というかガワだけしか統一規格ではないという感じになっており、完全に中身が国王陛下のおもちゃ箱状態になっている。


 比較的若い軍人が多く、突然の仕様変更やらシステム変更やらに若さでもって柔軟に対応していくうちに、あらまあ不思議、超精鋭へと育ってしまったのが第五艦隊所属軍人達である……これ以外の要因もあるが。


 これを知ったゼフィーナが、独自判断で作戦立案行動を許可する、特別独立遊撃隊という立ち位置を用意したのも頷ける話で、実際彼らは特務艦隊と並ぶ成果を数々あげている化け物エリート集団でもあるのだ。


「あー、これどっかから見られてるね」

「……お前のそれ、毎回、気持ち悪いくらい当たるよな」

「えへへへへ」


 ポイントユルヤに侵入して直ぐに、ぐでっていたジークが軽い感じで言い、それを聞いたハイジは額を押さえて盛大に顔をしかめる。そんなハイジへ、ふんにゃりした笑顔を向けるジークは緊張感皆無だ。


「レーダー最大! 確実に監視している奴がいるぞ! 探しだせ!」

「サーイエッサー!」


 直ぐに気持ちを切り替えたハイジが鋭い命令を出せば、オペレーターも慣れた感じにテキパキとコンソールを叩く。


「居ました。モニターへ出します」


 そうしていとも簡単に探しだし、それをモニターへと表示するオペレーター。普通はこんな事は出来ないのだが、この第五艦隊では当たり前の事であるので、誰も疑問に感じず仕事をこなしていく。


「見た事の無い船だな」

「完全に監視専用の船だねこれ。陛下が喜ぶだろうからデータ、きっちり収集してね」

「もうやってます」

「さすが、優秀優秀」


 僕がいなくても大丈夫じゃないかな、なんて能天気に呟いている総司令へ、ハイジは何とも言えない生暖かい視線を向ける。


 確かに第五艦隊所属軍人は優秀である。だが彼ら彼女らが、高い適正を持っていてこのようになった、訳ではない。むしろ第五艦隊所属の軍人は、向き不向きで判断するならば不向きな人間が圧倒的に多い傾向にある。それはここが国王陛下の実験場であり、どんなヘマをしようとも、数々のぶっ飛び技術でもってどうとでもなるから、という理由で不向きな人間を所属させていたのだ。


 彼ら彼女らが優秀になってしまったのは、国王陛下の技術もそうであるが、何よりジーク・リッタートという、恐ろしく鼻が利く化け物司令官によって鍛えられてしまったのが原因だ。


 あっちが臭い、と言えば大規模宙賊の拠点があり、こっちが臭い、と言えば違法奴隷商人達の連合艦隊が集結していたり、あそこの惑星おかしい、と指摘すれば非合法組織の隠れ拠点があったりと、このまんま子供な幼総司令によってありとあらゆる場面が修羅場と化す。そんなもんだから、嫌でも能力がガリガリ上昇していくわけだ。


 しかも、的確に修羅場を制する指示を出す訳で、誰もこの男を疑わず、彼が指し示す先にある勝利だけを目指せば生き残れる事を理解してしまえば、誰一人疑問をさし挟まず自分の仕事を十全にこなしていく。そのメンタルも鍛えられて、気がつけば精鋭になっていたという。ハイジが向ける生暖かい眼差しの理由である。


「総司令、釣れたようです」

「マジで?! いや、ラッキー」

「喜ぶなよ」

「何言ってんの? 特別ボーナスが向こうからやって来るんだよ? これでハイジちゃんだって彼女さんに婚約指輪、結構お高いの買えちゃうんだよ?」

「うっ!?」


 ライジグスでは敵対する艦船を落とすと、特別ボーナスが発生する。相手の艦種によって値段は上下するが、戦闘艦ですら月の給料の二倍程度はもらえるのだ。国王としては危険手当てくらいの認識なのだろうが、他の軍隊からすれば羨ましい制度であり、ライジグス軍の軍人が異様にモチベーションが高い理由の一つでもある。特産品と基幹事業、特殊加工品などが売れに売れまくって裕福なライジグスにしか出来ない制度であろう。


「疑似マヒロシステムに反応。敵の艦種、データバンクにヒットあり」

「モニターへ」

「イエッサー」

「北部のアレん時の船の改修タイプだね」

「大分高性能化してるみたいだけどな」


 釣られて出撃してきた艦船は、重巡洋艦ヴァリトラ・エクラ、巡洋艦ヒドラロード、駆逐艦キングバジリスク、それと名称不明なミサイル艦と軽フリゲート艦だ。編成は小隊規模で、なかなかバランスの良いチョイスである。


「戦艦が一番美味しいんだけどな」

「不謹慎だぞ」

「お高い指輪」

「うるさいよ?! それにな、金は大切だが、一番は贈ろうっていう気持ちなんだよ」

「ひゅーひゅー、男前!」

「ちっ、いつかシメる」


 見た事の無い、それもレガリア級の新型を相手取るという場面で、全く緊張せず、恐ろしく普段通りなトップ二人に、少々緊張していた部下達は、自然と体から力が抜けて普段通りに戻っていくのを感じる。いつもの事ながら、二人の漫才にはいつも助けられる。


「総司令、敵、軽フリゲート艦から戦闘艦カラドリウスを十隻発進させました」

「……あー、これは……」

「どうしますか? 艦載艦出しますか?」


 ライジグス統一規格戦艦ラクシュミ級には戦闘艦を五隻程載せている。これを艦載機ならぬ艦載艦と呼んでいるのだ。


「いや、駆逐艦に対応させよう。副司令、駆逐艦の艦長に通達」

「はっ! どのような?」

「これを」

「……ふっ、なるほどな。特別ボーナスは無しか?」

「残念だけどね。その分、陛下が色々作って載っけてくれるんじゃない?」

「違いない」


 ハイジが通達内容をオペレーターに告げると、艦橋のクルー達は納得の声をあげるのだった。




 ○  ●  ○


 Side:オスタリディ神聖国方面侵略艦隊第五小隊


 重巡洋艦ヴァリトラ・エクラの艦橋は異様な空気に包まれていた。統一性のない服装の男女が、へらへら笑いながらオペレーションシートに座り、完全に虚空を見上げているのに、その腕は熟練のオペレーターのように動いている。


(踊る妖精、輝く聖なる剣、三つの象徴神器に黎明の輝き……ライジグスの艦隊だ)

(忌々しい。の敵討ちだ)

(いや待て。まずは例のヤツが通用するかの試験だ)

(ち、慎重なこって)

(その慎重さを忘れて殺されたのを忘れたのか? よ)

(ち、面倒臭い)


 魔薬によって意識が希薄になり、そこへ寄生する事で、死体やミートを利用しなくても知的生命体の思考を誘導する事に成功した寄生虫は、更に個体を進化させてテレパシーによるリンクをネットワークのように構築する手段を手に入れた。今までも似たような事は出来ていたが、こっちの方が高性能で高度な事が出来るようになったのだ。


(ムシュフシュから十隻、エサのカラドリウスを発進させたぞ)

(相手の艦隊全体へ散布できるようにな)

(分かっている)


 同一個体でのテレパシーのやり取りなのだが、まるで複数の異なる個体のやり取りのようになってしまっているのは、希薄とは言え意識が残っている知的生体を宿主にしている影響だ。しかし、その事に寄生している蟲達は気づいていない。


(敵艦隊に接触、分散したカラドリウスへ攻撃)

(ち、忌々しいくらいに練度が高い)

(急造のこちらと比較するだけ虚しいだけだぞ)

(ふん)

(よし、ナノプロープ展開、例のヤツが散布されるぞ)


 無策に突っ込んでいったカラドリウスが相手の駆逐艦に撃墜させられ、その船体からナノプロープが放出し、そのナノプロープから何かが散布されると、駆逐艦の動きがおかしくなり、ついで巡洋艦、重巡洋艦、ついには戦艦までぎこちない動きをし始めた。


(よし! ライジグスの船に効いているぞ!)

(ふふはへぁぇふあぁ、今回は俺の勝利になりそうだ)


 がっくんがっくん、見ようによってはかなりわざとらしい動きで撤退行動へ移行するライジグス艦隊を見て、寄生虫達は悦に浸り、追撃する事なくそれを見送ったのだった。自分達の決戦兵器の威力に満足して――

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