第160話 第二守護宮の激闘

 Side:ミリュ・エル・フェリオ


 神聖フェリオ連邦国最終にして最強の暴力装置、女王ミリュ・エル・フェリオ出撃と、女王を守護する最上級闘士、上級闘士総動員。さらに中級、下級、最下級闘士全てを動員した戦いは、底無し沼に迷い込んだような様相を呈していた。


「やはり、システムの不調が起こるか」


 女王は最前線に立ち、全身を隠せる程巨大な盾と、身長の二倍はあろうかという槍を操り、次々と第二守護宮へと飛び込んでくる戦闘艦を貫き落としていた。


「中級以下は下がらせましょうか?」

「動けぬ状態で動けは酷じゃろうに」

「御意」


 女王の横では、拳を振り抜き、レーザーかビームのようなナニかを飛ばして戦闘艦を叩き落とす筆頭侍女長が、かなり動き辛そうになりながらも、必死に戦っている。


 第二守護宮へ敵、オスタリディの軍勢が攻め込んで来た最初期は余裕があった。だが、戦闘艦を落とせば落とす程、パワードスーツのシステムが不調になっていった。


 まず一番最初に最下級闘士のパワードスーツが完全にダウン。次に下級闘士のスーツに駆動系のシステム回りのバグが発生し始め、続けざまに中級、上級闘士のスーツの生命維持関連のシステムが不調を起こしだした。そうしているうちに最上級闘士のスーツまでもが駆動系回りにバグが発生し始め、殲滅力が落ち始めると、敵の攻撃が捌ききれず被害が拡大し始め、唯一まともに動けている女王一人で戦線を維持しているような状況へと追い込まれていた。


 だが、獅子奮迅の活躍をしている女王にも、ついに魔の手が忍び寄ってしまう。


「妾のスーツは呼吸関係とは……」


 戦々恐々としてはいたが、恐れていた事が現実となって襲いかかって来た。


 ついに女王のスーツにも不具合が発生し、仮想デバイスに表示される情報は生命維持装置の故障。特に酸素供給関係がレッド、つまりは機能不全を起こしていると警告を出す。けたたましいアラートが耳元で鳴り続け、デバイスには撤退と要メンテナンスの文字が乱舞して、危機感をこれでもかと煽ってくる。


「駆動系をやられるよりはマシではあるが……さて、どこまで動ける?」


 それでも女王は落ち着いていた。恐れてはいたが、こうなるだろうと覚悟を決めていたのもあり、すぐに意識を切り替え細く浅く、一定のリズムで酸素を消費し過ぎないよう注意をしつつ、呼吸に細心の注意を払う。


 だが――


「くっ、動けない」


 ついに筆頭侍女長ら、最上級闘士のスーツがダウンし始め、動いているのは女王と、奇跡的に難を逃れた下級闘士数名が決死の覚悟で戦い続けていた。


「おのれぇっ! ここから先へ通す訳にはいかぬっ! この命果てようとも、ここは絶対に通さぬっ!」


 数多のレーザーを大盾で防ぎ、ミサイルの爆風を盾で払い除け、正確無比な槍が次々と戦闘艦を貫く。


 ギリギリ、本当にギリギリ瀬戸際で侵入を拒み続ける女王と下級闘士達であったが、その目に絶望を運ぶモノが見えてきた。


 禍々しい姿をした巨大な戦艦が五隻、生き物のような姿をした重巡洋艦が十五隻、凹凸が激しい巡洋艦が数十隻、駆逐艦、ミサイル艦、フリゲート艦、軽フリゲート艦などは数えるのが馬鹿馬鹿しい程密集して、これまで以上の戦闘艦が次々出撃してくる。


「く、これまでか」


 上手く呼吸が出来ず、酸欠で頭が回らない状態で、それでも槍を振るう腕は止めず、女王は苦悶の表情で大艦隊を睨み付ける。


「……せめて戦艦一隻程度は落としてくれようか」


 もはやここまでかと、女王は覚悟を決め、残された手段で戦艦を落とす算段を考え始める。


『いやいや、ここでそんな無駄な覚悟を決められましても』

「っ?!」

『ぐっもーにん! 神聖フェリオ連邦国っ! そしてこれがライジグス最強四正妃が一人、シェルファルム正妃様謹製ワクチンプログラム! グレムリンバスター! 出来立てほやほや、召し上がれっ!』


 唐突に通信に割り込まれ、やる気が果てしなくなさそうな少年がやかましく捲し立てたと思えば、大艦隊の後方から第二守護宮へ、複数のミサイルが飛来する。ミサイルは爆発するのではなく、その弾頭部分が分離し、そこから大型のプロープが大量に吐き出され、そのプロープが何やら銀色の粒子を散布し始めると、それまでアラートが鳴り続けていたスーツの不調が唐突に消え、ありとあらゆる状態が消えてしまったではないか。


「これはっ?!」

『立てっ! 勇敢なる正義の闘士達よ! その身を蝕むモノは除去されたっ! 女王の闘士よ! 愛と正義と平和を守る使者よ! 今こそ反撃の時! 拳を振り抜け! 蹴りをみまえ! 祖国を蹂躙する邪悪を討ち滅ぼせっ!』

「「「「っ?! う……うおおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」


 困惑しているこちらに考えさせる暇すら与えず、可憐な美少女のようでありながらも、勇ましい口上を叫ぶ誰かの言葉に、無様を晒して倒れていた闘士達が一斉に立ち上がって雄叫びをあげた。


『女王様、ほれほれ、お膳立てしましたぜ』

「っ?! くっ、小癪な……忠勇なる我が闘士よっ! 妾と共に進めぇっ!」


 パワードスーツが十全に稼働するのならば、神聖国の守護宮は闘士達にとって一方的に戦えるフィールドだ。これまでの汚名を返上するように、苛烈な攻撃がオスタリディ軍へと襲いかかった。




 ○  ●  ○


 Side:神聖国攻略第一艦隊


(馬鹿なっ?! なぜだっ!)

(後方から高エネルギー反応多数。他国の支援のようだが)

(問題はこちらの攻撃を無効化された事だ)

(どういう事だ? ライジグスの艦隊にも通用したと報告があったハズだが)

(分からん。不測の事態なのは確かである)


 快楽の表情を浮かべ、自我など存在していない者達が無言で、あるいは時おり乾いた笑い声を出しながら、腕だけコンソールを叩いている異様な艦橋で、テレパシーだけがせわしなく騒ぎ立てていた。


(まぁ良い。所詮はパワードスーツを着ただけの雑兵集団だ。こちらの艦砲射撃でいかようにも蹂躙できよう)

(ここを抜けて更に病原菌をばら蒔けばいいだけの話だ)

(うむ、引き続き病原菌を吐き出し続けよう)

(後ろの艦隊は引き付けてからこちらの戦艦で叩けば良いだろう)

(慌てるような事態ではない)

(うむ、病原菌もまた学習して増えるだろうからな)

(ふへぇあははへぇあ、磐石磐石)


 突然の事態に慌てはしたが、良く考えればまだまだ想定の内。圧倒的な勝利というのは難しくなってしまったが、まだまだ蹂躙は可能だ。戦いは始まったばかりであるからして。


(守護宮を完全に潰すぞ)

(砲撃戦用意)

(羽虫どもめ、薙ぎ払ってくれよう)


 オスタリディ軍の大艦隊が一斉射撃の体勢へと移行した。それがもうすでに意味を成さない事を知らずに。




 ○  ●  ○


 Side:第五艦隊総司令ジーク・リッタート


「うわあ……」

「うん、神聖国の闘士って怖いわ」


 相変わらずやる気を感じさせないぐっでぐでな姿でキャプテンシートに座っているジークが、かなり引いた声を出し、その横に立つハイジも平坦な声で呟く。彼らが見ているモニターには、義経の八艘飛びのような感じで、女王が最上級闘士が上級闘士が、駆逐艦を飛び台に、ついでに直接ブリッジ部分を槍で貫きながらピョンピョンと戦艦目指して突撃していく様子が見える。そして完全に足を止めている駆逐、ミサイル、フリゲートはおいでませとばかりに中級、下級、最下級闘士達の拳と足によって砕かれていく。


「うちであれが出来そうなのは」

「近衛と陛下。もしかするとアベルとマルトもやれそうかな。カオスはどうだろう、あいつはパイロットとしては異常だけど、白兵戦の訓練をしてるところは見た事ねぇな」

「うちの上位がやれるかな? って事を、こっちの人達は全員出来るって」

「まぁ、そっちに特化した感じだけどな。この戦場ありきの戦い方っぽいから、ありとあらゆる状況下でこれをやれって言われても出来んとは思うが」


 出来ちゃったらヤバイなぁ、そんな感想を思い浮かべつつ、ジークは命令を下す。


「この分だと逃げて来そうだから、一隻も逃がさないでね。陛下から潰せって命令もらったから」

「「「「サーイエッサー」」」」


 総司令にやる気はないが、他のクルー達のやる気は十分だった。何しろ、国のトップ直々に命令を下され、ひいてはそれが国のアイドル、感情型AIを助ける事に繋がるのだ、これ以上ないレベルで気合いが入っていた。


 そんな第五艦隊を置いてけぼりに、女王がついにオスタリディ艦隊の戦艦の一隻へ取りついた。


「お? お? お? うえぇぇぇっ?!」

「なっっっんぞそれっ?!」


 女王が長大な槍をブンブン振り回したかと思うと、そのパワードスーツの背中から光の翼が広がり、その翼の輝きが槍へ吸収、ピンク色に輝く槍を戦艦へと突き刺せば、その光はシールドやら装甲やらを完全に無視するかのように戦艦をど真ん中から貫いてしまった。


「記録! 記録して! これ絶対にシェルファ様に渡して!」

「サ、サーイエッサー!」


 相手はレガリアだった。ライジグスの艦船よりかは格下だろうが、それでもレガリア級なのは間違いない。それをまさか槍の一刺しで貫くなんて非常識はあり得ない。敵対関係ではないが、あの女王の一撃は確実にライジグスにとって驚異となる技術だ。


「うわぁ、ヤバイの見ちゃったよ」

「同感……あ、なるほど、良かった。あれ、連発は出来ないようだ」

「出来たら完全にチートじゃない」


 技を繰り出した女王は、最上級闘士に運ばれるように離脱していく。そのパワードスーツは白い煙を吹き出し、どうやら冷却処理を行っているようだった。


「ふむ。女王のアレだけが特別で、最上級闘士達の攻撃だと、やっぱり重巡洋艦のシールド破りも厳しいんだね」

「どうする?」

「もうちょい闘士の方々が下がってからやろうか。僕達の特別ボーナスの為にっ!」

「そこまで金が好きだったか?」

「お金で命も買えちゃう時代だからねぇ。備えは大切なんだよ」

「納得」


 女王の一撃に動揺したのか、その後はまとまらない散発的な攻撃を繰り返すオスタリディ艦隊に背後から襲いかかった第五艦隊の猛攻によって、おらおら状態だったはずの大艦隊はさっくり呆気なく殲滅されてしまったのだった。

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