第155話 神話のコロニー
Side:ライジグス王国第二艦隊総司令リューネ・エリルール
その日第二艦隊は通常業務に平行する形で組み込まれている艦隊行動訓練中、唐突に緊急出撃の命令が下される。普通ならば軍人と言えど少々慌てる場面なのだろうがしかし、日頃の訓練というのは目に見えぬ形で役立つようで、補給などの必要な行動をさっくりと終わらせ、即座に作戦行動へと移れたのは日頃の訓練の賜物だった。
「司令、スケジュール表です」
「ありがとうナルミ」
「いえ、仕事ですので」
第二艦隊は女性中心に編成された艦隊で、他国でも珍しい女性の司令官と副司令官がトップに立っている。更に言えば、帝国下級貴族の娘達の逃げ込み先だったりもする。
女性を中心とした艦隊というのは本当に珍しいのだが、それにはライジグス特有の条件みたいなモノが関係していて、その事が原因でライジグス軍は女性の割合が凄く高い。
これはタツローが知らない事ではあるが、帝国と神聖国、フォーマルハウトでも有名なトップブランド『ティチャネル』のデザイナーのエーリカ・ティチャネル女史がライジグスの軍服をデザインしており、そのあまりに秀逸すぎる美しくも可憐な制服は他国でも凄い人気であり、それ目当てでやってくる少女達が大勢いる。これがライジグスに女性軍人の割合が多い理由だ。
どこぞの
なかでも尉官から上の軍服は凄く、上品で気品もあり、それでいて女性を蠱惑的に見せる秀逸な感じは、一時期女性ファッション情報サイトのトップページに君臨し続けた過去があり、これを元ネタにした似たデザインの衣服が量産された事すらある。これがきっかけとなり、トップブランド『ティチャネル』の本店がアルペジオへ移転してきたのだが、国王陛下は知らぬ事実である。
閑話休題。
第二艦隊総司令リューネ・エリルールは母性溢るる妖艶な美女である。しかし、その外見とは裏腹に気さくな人格者で、一部の部下達から影でお母さんと呼ばれるくらいに優しい人物だ。副司令のナルミ・ヴァルトレートもリューネとは別ベクトルなクールビューティーな女性で、ほわほわしているリューネを献身的に支える出来る女である。この二人が艦橋に存在すると、クルーの士気が格段に高まり、仕事の効率が驚く程向上する。これを第二艦隊ではコンサートと呼んできたりするのだが、トップ二人は全く知らない事実だ。
「帝国の貴族にも困ったモノね」
「まともになりつつある改革の時の、歪みやひずみが一気に噴出した感じではありますが」
「それで陛下達のお心を乱されるのはイヤになっちゃうわよ」
「同感です」
春と冬のような二人であるが、プライベートではお泊まり会や女子会を度々する位に親密で、とても仲が良く、そんな雰囲気がありありと伝わるので艦橋のオペレーター達は尊いと思いながら仕事をしていたりする。
「エリシュオンには第五と第六よね?」
「はい、ジーク総司令とベルクトス総司令が向かわれてます」
「ベルクトス総司令は安心だけど……」
「ジーク総司令は新米司令ですから、少し不安はありますが、副司令はハイジ・メルクルスですので」
「ああ! ハイジちゃんね! それなら安心」
「総司令、ちゃん付けは止めてあげてください。見た目可憐な乙女ですが、あの子は立派に男子です」
「可愛いじゃない」
「そうやってからかうから距離を取られるんですよ?」
「ええー」
綺麗なお姉さんと凛々しいお姉さんがきゃきゃうふふしている尊い、等と噛み締めつつ、オペレーター達は意識のマルチタクスを行いながら仕事を続ける。
「総司令、副司令、ハイパードライブ予定地点へそろそろ到着します」
今でもどこまでもきゃっきゃうふふな感じを見ていたいが、残念ながら仕事中である。断腸の思いで仕事へ戻るように二人へ告げるオペレーター。その報告を受けた二人はキリリと意識を切り替え、司令官らしい凛々しい表情で告げる。
「スケジュール通りに。各艦にもそのように通達せよ」
「アイマム」
「陛下達の予感は恐ろしく的中する。お前達一人たりとて欠ける事を陛下達はお許しにならない。何があっても対応が出来るように注意を怠るな」
「「「「イエスマム」」」」
二人の司令に命令を受けつつ、ライジグス随一と呼ばれる練度の第二艦隊は、一糸乱れぬ艦隊行動でハイパードライブへと突入するのであった。
○ ● ○
Side:ライジグス第六コロニー『エリシュオン』
タツローの元の世界での神話に登場する幸福者の島という名前のコロニーは、ライジグスの技術習得関係の総本山、専門高等学府のような役回りを担っている。
ゲーム時代からエリシュオンは工業的な施設を集中的に揃えたコロニーであり、特に艦船関係の超大型まで揃えた建造ドックが大量に設置されており、ここからポンポコレガリア級の艦船が産み出されている。
手持ちの艦船、タツロー達超一流の変態技術者達が心血注いだ異常艦船の手持ちが、ほとんどタツロー周辺の、いわゆる国王直属と呼ばれるような人々の所有となり、新しく艦船を揃える必要性が生まれて、このコロニーに白羽の矢が立った感じだ。
こうしてライジグス王国軍の統一規格艦船計画が実行され、エリシュオンでは日夜何かしらの船が建造されているのだが、その様子を眺める第六艦隊総司令ベルクトス・イヴァーノは飽きれ顔であった。
「戦艦ラクシュミ級すら古巣の新鋭艦の数十年先を行くカタログスペックなのに、こうもぽんぽん作られているのを見ると、自分の陣営だというのに背筋が寒くなるな」
彼は帝国東部辺境でほとんど機能していない対宙賊艦隊を率いる軍人であった。だが、中央と地方との軋轢によって機能不全に陥っている状況に嫌気がさし、軍に辞表を提出。その足で退職金とそれまでに溜め込んだ預金を持ち、家族を伴ってアルペジオへ逃げ込んだ。そしてそこで目にした豊かな生活に感動し、この国を是非に守りたいとライジグス軍へ入隊。経歴もあって、あっという間に艦隊司令へと出世した人物である。ちなみに軍服の魔力にやられて娘達も軍人になってしまった事が目下の悩みである。
「しかもまだまだ設計が甘いとダメだしをされているらしく、現在も更新されて拡張していってるようですからな。恐ろしい速度で強さを増していっているのを身近で感じていると、あの時に司令の言葉を聞き入れたのは正解であったと、常々司令には感謝を捧げておりますよ」
「はっはっはっはっ、我ながら良い判断だったと思うよ」
「反論できませんな」
副司令シュタイン・クルクスム。東部辺境にその人あり、と言われた人物であるが、作戦実行中に宙賊の奇襲を受け、部下達を逃がす為に負傷。治療費をケチった地方軍部のお偉方のせいで身体機能に障害を残し、その事が原因で引退していたのを、ベルクトスに誘われてアルペジオへと居を移したのがきっかけとなり、軍人として復帰。ライジグスが誇る医療技術によって身体機能を回復し、かつての手腕をベルクトスの横で振るっている。ベルクトスと同じように、娘達が軍人になってしまったのが悩みの種だ。
「しかし、第五のジーク坊の事は分かる。ここで実戦を経験させて脱童貞をさせるつもりなんだろうが、女神艦隊まで寄越すか」
「陛下が悪い予感がすると」
「……それは、気を引き締めないと不味いな」
「はい」
既にオスタリディが動き、神聖国の第一守護宮へ向かっている事実は聞かされている。そしてオスタリディの艦隊のカタログスペック情報を知った上で、慢心も油断も無く勝てると思っていたが、ベルクトスは気持ちを切り替え、警戒度を引き上げた。それだけ、タツローの予感というのは当たるのだ。
まだ艦隊を率いる立場では無く、宙賊退治の分隊を率いてた頃に、作戦本部から、その宙域に嫌な感じがするから注意せよと陛下から命令が出てます、と言われて鼻で笑って馬鹿にしたのだが、とんでもない大部隊の宙賊がドライブアウトしてきて死にかけた苦い経験がある。それに、ライジグスがル・フェリ達の宿と呼ばれるようになり、国王とル・フェリが契約してから精度が高まった感じで、以前に増してその予言は的確になっていっているのだ。
「それで、オスタリディの様子は?」
「それが、神聖国の第一守護宮へ小規模の先見隊を派遣してから動きが止まりまして」
「……確かに不気味だな」
「はい。軍事の素人が無茶苦茶に動かしている、と思わなくは無いんですが、艦隊が留まっている宙域がユルヤなんです」
「こちらと第一守護宮のちょうど中間地点」
「何かあると警戒すべきかと」
「そうだな」
確かに嫌な空気感だ、ベルクトスはエリシュオンを、後方アルペジオ方面に視線を送りながら気を引き締め直す。だが、事が起こってもいないのに、こちらの話を聞いて萎縮してしまっている部下達はダメだなと思い、ニヤリと笑う。
「第五艦隊総司令ジーク・リッタート殿にも注意喚起を。まぁ、ハイジの嬢ちゃんがいるから無駄かもしれんがな」
「ハイジ殿は立派なオノコですよ、総司令」
「知っとるよ。結構な一発をもらったわい」
わざとおどけるように言う総司令と、それに乗っかる副司令。そのベルクトスのバカ笑いが響き渡り、少し空気か重くなった艦橋を明るくする。二人の会話をそれとなく聞いていて、嫌な緊張感を高めてしまっていたクルー達は、その笑い声に救われ、体から余分な力が抜け落ち自然体へと戻ったのであった。
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