メイド道4 メイドとは心も救う職業なのです
ファラの母親というだけあり、まるで姉妹のようにそっくりであるが、その表情には生気が見られない。いや、これでも先程より表情は戻ってきているのだ。だが、まともか? と問われれば、ギリ駄目だろう、という判断を下すだろう。
事情を知れば納得であるが、まさかの夫に不義理認定され、かつ命すら狙われていたかもしれない状況というのは、生粋な元帝国令嬢だった彼女の価値観を壊すには十分であった。むしろ、かなりケロリとしているゼフィーナとリズミラの母親が特殊と言えば特殊なのだが。
「だじょぶー?」
「元気を出すのじゃ」
率先して幼女二人が引っ付いているが、その効果も微々たるモノ。妖精達の香りもかなり全開で出しているが、ここまで戻るのに数時間を要した。安全な場所に来た事、愛する娘の顔を見た事、そうして気が緩んでいたところへ改めて現実を直視してしまったから、ここまで巨大な心のダメージを受けてしまったのだろう。
「はあ……ショックだろうねぇ」
これには娘のファラもどうにも出来ない。ファラからしたら最低最悪の糞親父ジャミハムだが、母からすればファリアスを維持し、その旗頭として立つ立派な貴族当主だったのだ。それなりに尊敬もしているし、情愛もそれなりに持っていた相手でもあるわけで、その男に梯子を外されて自分の価値観が崩れた。これはもう時間が解決するしか方法はないんじゃないだろうか? と現実逃避してしまう。
「全くもう、貴女はもう少し女性らしさを勉強した方がよろしいかと思いますの」
「ガラティア。何? アタシに喧嘩を売ってるの? 今のアタシ、ちょっと機嫌が悪いから手加減は出来ないわよ?」
「はあ、本当にもお、ですの」
何も出来ず、ただ傍に寄り添い居るだけのファラに、ガラティアは呆れた溜め息を吐き出しながら、ファラの母親ミラの前にティーカップを置く。
「ミラお義母様、こちらを飲んでくれませんか? ですの」
「?」
ガラティアが優しく微笑みながらミラに言うと、ミラは迷子のような表情でガラティアを見る。
「こちらは我らが旦那様、国王タツロー考案の薬草茶、ハーブティーと言います。飲み口を色々改良しましたので、多分お口に合うと思いますの」
ガラティアがにこにこと笑いながら、さりげなくミラの体に触れ、ささっとティーカップを勧める。ミラはガラティアを、ティーカップを交互に見て少し思案してから、おずおずとティーカップを口へ運ぶ。
「あっ、花の香り?」
「はいですの。カモミールと言いますの。それに色々な乾燥させた果実なども加えて、味を整えてますの」
「美味しい」
薄く笑ったミラに、ガラティアは優しく微笑み、ちらりとファラに視線を送る。その鋭い視線にファラはたじろぎ、居心地悪そうな表情を浮かべた。
「まず信じて欲しいのですミラお義母様? ライジグスはミラお義母様を凄く歓迎してますの」
「……」
ガラティアは少し瞳に光が戻ったミラに語り掛け、その視線を誘導し、にこにこと無邪気に笑う幼女二人を見せる。
「それにここはとても安全ですの」
ガラティアはそう言って視線を誘導、直立不動で立つロドムを、近衛機甲猟兵隊の隊員達を見せる。彼らは胸に拳を当て、恭しく頭を下げ、穏やかに微笑んだ。
「何よりここの国王は、最強ですのよ」
ガラティアは可憐に悪戯っぽく微笑み、立体ホロモニターを起動して映像を表示する。そこにはタツローとライジグス国軍の訓練風景が映されていた。それはただの貴族婦人でしかないミラの目から見ても、常軌を逸脱した光景だった。
『おらおらおら! てめぇら気合いを入れやがれ! オジキの新しい義母ちゃんがコケにされたんだぞ! このまま許していいのか?!』
『『『『ふざけんなっ!』』』』
『おう! そうだ! ふざけるなだ! これでこの国にノコノコ現れたらどうする?!』
『『『『ぶちのめす!』』』』
『完膚無きまでにだっ! 気合い入れろ!』
『『『『おおおおっ!』』』』
そして流れてくる音声は、粗忽で野蛮だったが、不思議と心に響く言葉ばかりだった。
『女性を泣かせるのはいけないと思うんだ』
『確かにクソだ』
『それは同感だが、お前らもうちょい訓練だという事を思い出してくんねぇ?』
『何を言っているのかな? アベル兄ちゃん、ファラさんのお母さんって言う事は、ボク達にとってはお祖母ちゃんだよ?』
『おう、オジキの義理のお母さんって事は、俺らのばあちゃんだ。そのばあちゃんがコケにされて本気を出さない? ずいぶんとふ抜けてないか相棒』
『だから! てめぇら二人をおれ一人で相手してるって状況を思い出せって言ってんだよっ! この化け物がっ!』
『とか言いつつ何とかしている奴がどの口で。なぁ? マルト』
『そうだよね? カオっちゃん』
『うがああっ!』
どの子達も自分を本当の祖母だと口々に言う。そして自分が呆けていた間にも、どうやら自分の為に牙を磨いているようで、何と言うか、心が軽くなる気分だった。
『はいはーい君達、張り切るのはとても良い、凄く頼りになるよ、うんうん。だけど本番はこれからだ、ここで体力を全部使いきる間抜けはするなよ?』
『『『『おうっ!』』』』
『よろしい。まぁ、気持ちは分かる。とても分かる。だから気合いと根性入れな! 今から俺が本気を出す!』
『『『『うえぇぃっ?!』』』』
『落とされる間抜けは居ないと思うが、落とされたらどうなるか……分かるな?』
『『『『ぎゃーすっ!』』』』
中でも国王その人が一番怒っていたが……
「信じて下さいミラお義母様、ライジグス王国全部がミラお義母様の味方です」
力強く、心に染み渡る言葉に、ミラは静かに嬉し涙を流した。ガラティアは無言で胸に抱き、呆れた表情でファラを見る。
「はいはい、アタシはガサツですよ」
お手上げという表情で、ファラは降参と両手を挙げる。こうして頼れるメイド長は一人の女性の心を軽くするのであった。
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