第152話 苦労人達の苦労という名前の苦行
帝国中枢、帝城に重苦しい空気が漂い始めて数日。帝国の良心、帝国の常識、どうかそのままの君でいて、と国民から慕われるアリアン・ファコルム・グランゾルトは、最近ずっと握りしめて離せなくなった、レイジアン製薬(ライジグス宰相肝いり事業。ライジグス王国最強の収入源と化している)の体と心に優しい胃腸薬を口に含みながら、ちらりともう一人の胃痛仲間を見る。
「ぐ、ぐふぅっ」
「大丈夫ですの?」
「な、何故、こうも問題ばかりが発生するんだろうなぁ?」
青白い顔で腹を押さえるスーサイに、その嫁が心配そうに寄り添う。事情が事情だけに同情を禁じ得ない。
だがしかし、それはそれこれはこれではないが、今の今まであらゆる問題を放置し、全てを力業、全てを暴力にて封じ込めてきたツケが、十一レベルの利子となって襲い掛かって来ただけなのだが、それをスーサイに言っても仕方がない事ではある。
「して、保護した彼らの様子はどうだ?」
「はい、幸いと言って良いかどうか……常識的な認識をされております」
「であるか」
ファリアス、ジゼチェス、オスタリディが突然独立宣言をし、帝国領内にてまさかの王国復興を果たしてから数日。アリアンは迅速に帝国本星にいる、その三家の子息子女達を確保、どう言う事か事情を聞こうとしたのだが、彼ら彼女らも全く寝耳に水状態で訳が分からない状態であった。
本当に幸いな事に、彼ら彼女らはとても常識的な人間であり、旧王家復興と聞いて、お前は何を言っているんだ? という反応を返してきたのは実にありがたい事ではあったが。
「となると、問題は」
「ええ、落とし所ですね。まぁ、アリアン主導の改革が進めば進むほど、貴族は選別されていくので、彼らの未来も真っ暗なのは少し知恵があれば理解できますから、浅慮な行動を起こしたのも理解は出来なくないんですが……悪手すぎますよね」
「うむ」
帝国はこれまでの行いを反省し、というかやっとまともな国家として体制を整える準備を開始し、ほぼやりたい放題の珍走団状態の貴族も粛々と監査という名前の査定が開始されている。つまり、まともな領地運営をしている貴族は残されるが、ほーん領地運営? みたいな貴族はお払い箱にされ、アリアンが用意した新しい貴族家が配置される予定だ。そういう連中がこぞって旧王家王国復興事業に参加し、ある意味一掃されて楽にはなったが、それはそれで問題の先送りでもあり、本当に頭が痛い。
「スーサイ殿、集結している相手の戦力はいかがか?」
「有象無象……ではあるんですが」
「ですが?」
「……北部動乱の時に暗躍していた何者かの介入を確認しました。あちらの戦力は全てレガリア級です」
「……」
アリアンは思わず天を仰ぎ、胃腸薬をラッパ飲みしたい欲求に屈するところであった。
「現在、大同盟からもたらされている技術を使い、我が軍も艦船の改修作業を進めていますが……」
「対応しきれるとは言えない、と」
「残念ながら」
スーサイの顔色が悪いのは、何も胃痛だけが原因では無いのだ。彼とて軍事のトップとして成すべき事、やるべき事はしっかり見据えており、このところ睡眠時間を削っては部下達の訓練に力を入れている。これはライジグスが提唱してみせた、対レガリア戦闘のマニュアルに沿った訓練であり、これの実用性の高さは北部ファリアス派が見せたように有用だ。だが、問題は……
「相手も対レガリア戦闘マニュアルを持っているんですよねぇーあはははは」
「あはははは、ではないぞスーサイ殿」
そう、ファリアスもジゼチェスもオスタリディも、裏では色々あったが表の顔はそれなりに有能な大貴族領主であり、その信用でもってマニュアルは渡されていた。彼らもまた、レガリアと、強大な力を持つ艦船との戦い方を理解しているという事だ。
「これまでのように、皇帝陛下を解き放ち、適当に敵を打ち倒す、というのも無理筋か」
「陛下は生き残るでしょうが、確実に象徴たるレガリアが失われますね。いやまぁ、その前に陛下が頷かないでしょうけど」
「……タツロー殿、容赦ないからなぁ……」
「皇帝陛下には、と注釈はつきますが」
アリアンとスーサイは謎の一体感を感じ、力無く笑い合う。それに嫉妬したプラティナムが、これは私のとばかりにスーサイの腕を豊かな胸に埋めて抱き締めるが、アリアンは苦笑を浮かべておざなりに手を振って、その気は無いと返事をする。
「これは、本当にどうしたものか」
「まぁ、一番は自滅を待つ、ですかね」
「自滅、するのか?」
アリアンが頭を押さえて唸ると、スーサイは青い顔でヘラヘラ笑って言う。
「何者かの介入と言いましたが、そいつらはかなり厄介なタイプの奴らでしてね」
スーサイが端末を操作し立体ホロモニターを起動、その画面上へ画像をアップする。
「これは……」
「ええ、魔薬です」
旧王家が占拠したコロニーのスラム的な場所が映し出された画像には、虚ろな表情にヨダレを流してヘラヘラ笑う大勢の男女の姿があった。
魔薬。それはとある調整をしたナノマシン集合体であり、これを摂取した知的生命体は、脳の機能を乗っ取られドロッドロに蕩ける快楽を体験できる代物である。もちろん体に有害で、ナノマシンの強制制御により、脳内の麻薬物質をドバドバ出す事で脳が溶ける、壊れる類いの物だ。
普通ならば手を出さないレベルの禁忌指定薬品であるのだが、人間、とことん追い詰められると安易な快楽へ逃げるもので、貧困に喘ぐ者程、この手のヤバイ壊れる系のブツへ手を伸ばす傾向にある。
つまりは彼らが占拠したコロニーも、思考放棄して迂遠な自殺を決意させる程度には、極まった状態である証左だったりするわけだ。
「コロニストの二割が魔薬に汚染され、ほぼ廃人状態です。このペースで魔薬の汚染が進めば、何もしなくても向こうは自滅します」
「そして我らは親愛なる帝国臣民の多くを失う、か」
「そうなります」
「……戦う道しか残されていないな」
「はい」
スーサイも自滅を待つ事を良しとは思っていない。ただ、そういう方法もありますよ、という提案であり、現状を正しく理解してもらう為にもプレゼンしないわけにはいかない。管理職は大変なのだ。
「二正面作戦はさすがに帝国でも無理があります、なのでここは北部と南部に協力要請をするのが無難であるかと」
「ふむ、クララベル子爵は問題無いとして、いや、まぁ、うん、問題はあるんだろうが、彼はまだ一応帝国に恭順はしているだろう?」
クララベル男爵は陞爵され子爵になったのだが、これは完全に帝国上層部が彼に鈴を付けた形だ。この事にクララベル子爵は大層ご立腹らしく、かなり威圧的になっている。アリアンはその事を言っているだろう内務卿アルクルスの表情を見て、かなり苦しい感じに取り繕うよう言葉を濁しつつ、話を進める。
「こほん、しかし北部はつい先日までファリアス派の拠点だったはずだが、協力の要請に応じるか?」
「応じない訳にはいかないでしょうな」
「ふむ?」
「独立武装コロニーティセス改は彼らにとって恐ろしい存在ですからね。下手な行動を起こせば、かつての自分達の飼い犬、英雄リーンが喜んで牙を剥きます」
「ああー」
すっかり忘れていた事実に、アリアンはポンと手を叩いた。独立したコロニーとは言っているが、完全にライジグスの属国であるかの武装コロニーは、確かに怖い存在だろう。何しろ、都合良く使っていた手駒がさっくり忠誠先を乗り換え、我が主以外のファリアスなど存在しない滅びろ、と公言したのはあまりに有名だ。それプラス、彼の息子がヤバイ。父親よりも苛烈で容赦が無く、その手腕は北部元ファリアス派を震え上がらせているのだから。
「アリアン殿、こちらの状況をある程度、あちらの国へ流した方がよろしいのでは?」
「うむ、多分、もう知っているような気がしないでもないが……」
「いやいや、まさかまさか、それはさすがに」
一応の義理立ては必要かと、副筆頭シーゲルに言われたアリアンだが、にやにや笑うかの国宰相の表情を思い浮かべながら呟き、それを聞いたシーゲルはひきつった表情で否定する。否定しきれていないが。
「まぁ、重要な事ではあるしな……コール、ライジグス王国レイジ宰相」
一応、ライジグス王国でのアリアンの認識は最重要であり、アポ無しの直通超空間通信が許されている。その通信を起動させる言葉を端末に向けて言えば、すぐにレイジとの通信が開く。
『おや、これはアリアン様。何かありましたか?』
かなりゆったりとリラックスした様子のレイジの姿に、アリアンはついつい羨望の眼差しを向けながら、こちらの状況を端的に伝える。
『ああ、良くもまぁ馬鹿な真似をしたなぁ、とは思ってましたよ』
((((何故知ってるしぃっ?!))))
『かなり危険な状況でしたので、正妃様方のご母堂殿達を我が国で保護したので、それ関係で知りました』
((((うおぉい! それ初耳っ?!))))
状況を知っているどころか、事情に通じている人物までしっかり確保している王国に、アリアンはそれは盛大に頭を抱える。
「レイジ殿、こちらが把握してない部分を知っておられるのでは? 我らが把握しているのは、大まかに説明した以上の事は知り得ていないのだが」
『ふむ、そうですね――』
こうなりゃ、取り繕うだけ無駄無駄無駄、利用できるなら利用してやれ、という気持ちでアリアンが聞けば、レイジは色々ボカしながらではあるが、かなり突っ込んだ部分まで教えてくれた。
「なんちゅう事を」
『そうなりますよね』
朗らかに笑うレイジに、アリアンは更に頭を抱える。まさかの自分の妻達を政治の道具として始末しようと企むなど、もう彼らも魔薬にやられてるんじゃなかろうかとすら思う。
「それで、ライジグスはどうのような方針で?」
せめて巻き込もう、そう思ってアリアンが聞けば、レイジはニコリと笑って宣言した。
『何もしませんよ?』
「え?」
『何もしません。帝国の問題なのですから、帝国で処理すべきですよね? あちらさんが我が国の領域へ進撃してきた、とかでしたら撃滅しますが』
「あの、名乗る事を許さない云々は?」
『ああ、そっちは既に抗議しましたよ。あまり調子乗ってると、さっくり潰すよ? って脅しゲフンゲフン、やんわり遠回しに言っておきました』
(絶対、直接的に言ってるし、これ)
アテが外れたアリアンは深い溜め息を吐き出し、体を椅子に押し付けるよう投げ出す。
『まぁ、同盟国ですから、相談とかはちゃんと応じますし、ヤバかったらヤバイって申告していただければ、援助もします。ですが、それは帝国が改革を進める為に必要な、帝国そのものが作ってしまった膿な訳で、そこはちゃんと認識して対応すべきだと思うんですよね』
「……正論すぎて反論できません」
『そういう訳で何もしません。ですがいつでも相談は受け付けますので、頑張ってくださいね。では失礼』
通信が切れ、アリアンは老け込んだ雰囲気で周囲を見回す。
「諸君、正念場だ。この困難を乗り越える提案を頼む」
自分でもかなり無茶な事を言っている自覚はあったが、自分一人では限界が既に見えている。三人よれば文殊の知恵ではないが、それに類する言葉が帝国にはあり、みんなで知恵を振り絞ろうという空気は出来上がった。
「頑張ろう」
「「「「はっ」」」」
会議は続くどこまでも。ただ、それは不毛な時間では無く、幸いにして確かに進んでいる実感があるだけマシではあったが。
こうして帝国の憂鬱で悩ましい日々が、これまで放置してきた宙域から始まったのであった。
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