第153話 そこで何故動くのか

 Side:ミリュ・エル・フェリオ


 神聖国首都エル・ベル・バルム。美しき信仰の都。偉大なるフェリオの女神を崇める国の中枢。常ならば静謐な、それでいて厳格な空気が流れる都は、苛立ちと怒りと憎しみに満ちていた。


 首都中央、白亜の城を思わせる建物の主は、うんざりした表情で背中の羽根を撫で付け、胡乱な瞳を筆頭侍女長へ向けている。


「女王様、わたくしにそのような目を向けられましても現状は変わりませんよ?」

「分かっとるわ」


 麗しき女王陛下は心底面倒臭そうに返事をし、ここ数週間起動しっぱなしであるモニターへ瞳を向ける。そこには、現在進行形で増え続ける難民の数字がデカデカと表示されていた。


「娘は傑物じゃったが、その遺伝子提供者は阿呆じゃな」

「母親似なのでは?」

「……ああ、確かにそうかもしれぬな」


 年間それなりの数、難民というか重税を苦に逃げてくる人間というのは確かに居た。一年間で大体百人程度、多い時でも百五十人程度くらいだろうか。だが、帝国辺境東部でオスタリディが一方的な独立宣言と王国復興宣言をした途端、それが跳ね上がった。既に百人なんて笑えるレベルの人数の難民が神聖国へ雪崩れ込み、それが原因となった問題が色々と発生している。


 首都の様子があからさまにおかしいのは、この難民達のせいだ。


 年間百人程度、月換算で十人を割る人数が来る程度であれば、神聖国も丁寧な対応が出来るのだが、さすがに数週間で万へ届きそうな難民の受け入れは無理である。もっと悪いのは、その流れを止められないという部分だろう。


「帝国はどのように言っておるのだ?」

「対応中、としか」

「……あのクソガキめ、これだから脆弱な政治形態の国は……」

「陛下、お口が悪いです」

「けっ!」


 一番の問題は、難民に偽装した不埒者の存在だ。こいつらは性質が悪い事に、神聖国首都へ魔薬を持ち込み、それを裏で販売を開始したのだった。奴らにとって誤算だったのは、神聖国の人間が全く薬になびかなかった事と、むしろ逆に通報され、神聖闘士団によって壊滅させられた事だろうか。だが、他にも暗躍している小悪党は確認されており、目下そいつらが引き起こす犯罪が首都住民をカリカリさせている要因となっている。


「ライジグスは動かんのか?」

「動く理由がありませんよ?」

「何故じゃ? オスタリディの姫を嫁に迎えているじゃろう?」

「あの国王、聖剣エクスカリバーとル・フェリを従えているんですよ? 何故、自分よりも格下の旧王家を叩く必要が?」

「ああーそうじゃったー」


 旧四王家と言われているが、その権威の威力とでも言えばいいか、ランキングと説明すれば良いだろうか、ヴェスタリア王家がぶっちぎりでトップにあり、そこから急速に下がっていってギリランキングに入るレベルでオスタリディらの王家が並ぶ、というイメージをすれば正しい。そんな感じなのでライジグスが、ヴェスタリアの継承国と黙される王国が、わざわざ格下相手に目くじら立てて攻撃する理由と言うモノがないのだ。


「まぁ、あの会議で触れたかの国の宰相殿だったら、帝国の問題だから帝国自身が自分のケツを拭け、というスタンスを取るじゃろうしのぉ」

「実際、帝国の身から出た錆ですし」

「そうじゃよなーこっちは完全にとばっちりじゃのぉー」

「世知辛いですが」

「はあ」


 女王がうんざりした様子で溜め息を吐き出すと、廊下がにわかに騒がしくなり、何者かが走ってくる音が響く。


「何事じゃ?」

「さぁ?」


 女王がのんびり構えていると、執務室のドアがノック無しで開かれ、黄金色のパワードスーツを着た、神聖フェリオ連邦国で神聖闘士と呼ばれている軍人が駆け込んできた。


「何事か! ここは女王陛下の執務室であるぞ! 控えろっ!」


 先程までゆるふわな感じであった侍女長は、ドスがかなり効いた大迫力の一喝を入ってきた人物へ投げつけ、女王の前に立ち、無駄の無い動きで構えを取る。


「ご、ご無礼、ひ、平にご容赦を! 火急の用件にて!」


 軍人がその場で跪き、深々と頭を下げながら、緊迫した様子で叫ぶ。


「許す、火急とな?」

「はっ! オスタリディの軍が動きました! 目的地は第一守護宮!」

「「はっ?!」」


 風雲急を告げる。神聖フェリオ連邦国、さらなる受難の幕開けであった。




 ○  ●  ○


「いや、ありがとうね。本当に毎日が楽しいわ」

「うむ。もっと早くこちらへ来ていれば良かったと思うぞ」

「ええ、本当に」

「楽しんでいただけているようなら幸いです」


 義理の母親達とのお茶会がそろそろ恒例行事となりつつあるライジグスです。


 皆様ごきげんよう、タツローです。淑女の相手をしていると、何だか自分も言動を改めなければと思ってしまうよね。


「アンタは流されやすい性格ってだけでしょうが」

「お口が悪くてよ?」

「……気持ちが悪いから、本気でやめて」

「こら、ファラさん。タツローさんに失礼でしょう?」

「ぐっ」


 いやもうなんだろう、すげぇ面白いの。お義母さん達と嫁達と全然違うんだわ。


 ゼフィーナの母親のゼルティナさんは、凄いおっとりした方で、リズミラの母親だと言われたら納得しそうなんだが、全く性格は真逆っていう。むしろリズミラの母親のリッテラさんがゼフィーナの母親なんじゃね? ってレベルで男前。凄いさっぱりした感じのハキハキ喋る女性だ。んでファラの母親のミラさんは乙女。ザ・ご令嬢って感じのお人で、ご覧の通りファラは全く頭が上がらない。


「大きな母上、あれはジャレておるんじゃよ? ファラらしい不器用な甘え方じゃ」

「あらそうなの?」

「うむ! ああやってそっけない素振りで構って欲しがってるんじゃ!」

「ちょっと?! せっちゃんっ!?」


 そしてミラさんに超絶懐いたせっちゃんは、ミラさんの膝の上が定位置になりつつある。波長が合うらしい。


「とと様? ねーね、かおまっかっか」

「うむ、見ないであげてな」

「うにゅ?」

「色々あるんだよ、色々」

「うゆ~?」


 ルルちゃんは俺の膝を独占出来るので、最近は超絶ご機嫌だ。俺もそのおこぼれをもらうように、精神ポインツが回復してきたので、最近政務が捗る捗る。レイジ君の負担も減ってお互いWin-Winって奴だね。


 なんて、現実逃避なんですがね……


「どうします?」


 はい、問題は発生しているのです。


「いやなんつーか、バカじゃろ」

「バカですね」


 ジゼチェス・ファリアス連合が北部と南部へ進軍した、という情報はすぐに届いた。二つの軍の目的地は北部は元ファリアス派の宙域、南部はクララベル子爵領域……まさかの二正面作戦実行である。


「クララベルさんとこの近くには、俺らのコロニーもあるし、要請があれば支援かな」


 一応、コロニー公社から自分のコロニーを解放するという作戦は完遂しており、残り後三つ程解放していないコロニーがあるんだが、そこは解放しなくてよかんべって場所なので、とりあえず解放すべきコロニーは全てこちらの所有へと戻っている。


 クララベルさんとこの近く、大型コロニーリライズには、トリニティ・カーム開発の前線基地的な役割もあって、ライジグスでも精鋭中の精鋭が詰めてるから問題はないんだけど……あいつらの目的が見えないんだよな。


「これがクララベルさんじゃ無くて、交易コロニーやら基幹系のステーションを狙うなら分かるんだけど、なーんでクララベルさんとこなんでしょうね?」

「それを言ったら元ファリアス派の宙域だって派兵する理由が薄いですよ」


 いや本当、意味不明なのだ。だって、クララベルさんのとこってトリニティ・カームくらいしか無いんだよ。そこを攻めてどうするんだって話だ。


 交易と基幹系だったら、そこを押さえれば国の利益が増えるって分かりやすい理由が見えるんだけどね。それは元ファリアス派の領域も同じだ。今の北部の交易と基幹産業の中心地はティセスだしね。


『緊急につき失礼陛下』

「おっと? アネッサさん?」


 どうすべ、とレイジ君とうんうん唸っていると、緊急通信が開き、アネッサさんからの通信が入る。


『オスタリディが動いた。目標、神聖フェリオ連邦国』

「「はあっ?!」」


 もうこいつら何なのよ? 訳が分かんねぇんだけど。


『どうします?』

「ああいや、うん、そのまま監視で」

『了解、失礼』


 通信が切れ、俺とレイジ君はテーブルに突っ伏す。


「もーなんなの? 馬鹿なの? アホなの? 死ねよ」

「意味不明過ぎるし、目的が見えない。ってか今動くって、まだ足元すら固まってないじゃん」

「どうする? とりあえず放置する?」

「神聖国方面にあるコロニー、エリシュオンの点検が不十分なんですよ。あそこは技術部門の研修地でもありますし」

「ふむ、第五艦隊でも行かせるか」

「第六もつけましょう」

「おけ、それで行こう」


 まぁ、こちらへ喧嘩を売ってきたわけじゃないし、とりあえずは防備を固めて静観かね。いやもう、面倒臭いから動くなマジで。


「ガラティア、メイド隊の見回りの強化を頼む。こっちはこっちで警備ボットの数を大幅に増やすわ」

「承りましたの。面倒な奴らが増えてきたので、ばっちり掃除させますの」


 すでに面倒事は次から次にやって来る。難民も増えてるし、変な組織も暗躍してるし、まぁ、片っ端から潰してるから問題はないんだが、それでも下の子達の負担は増えるんだ、やめて欲しい。


「本当、何が目的なのやら」


 冷えたハーブティーを口に含み、ルルに頭を撫でられながら、俺達は面倒な事態に顔をしかめるのであった。

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