第144話 ティセスコロニーの戦い ②

 特務光翼士ガイツ・ルキオ。新興国ライジグスで唯一光翼士と名乗れる人物である。ほぼノンストップでそこまで成り上がり、誰からも、それこそ国王と妃からすら、もうちょい上の階級作ろうか? と言わしめる位に大活躍中の人物だ。


 内政に外交にと無双状態のレイジすら、圧倒的な階級差で引き離し、名実共に大将軍とされているガイツであるが、彼がそこまで成り上がれた理由はただ一つ。単純にガイツという将軍が飛び抜けて優秀だった、ただそれだけである。


勢子せこ

「アイサー、駆逐艦、ビースト」


 ガイツの指示で特務艦隊所属の駆逐艦が広範囲に飛び出し、まるで逃げ出したように見える行動をする。その様子に敵の駆逐艦が釣られるように加速した。


 敵の駆逐艦が突出した瞬間、八方向に分散して移動していた駆逐艦達が筒状に回転するように動き出し、突出した敵へと次々にレーザーとミサイルを撃ち込む。その様子に慌てて後方の巡洋艦達が砲撃を開始するが、駆逐艦は悠々と泳ぐように潜り抜けて行く。


「檻完成」

「おう、次」

「アイサー、高速巡洋艦、続け」


 今度は艦隊から巡洋艦とは思えない速度で飛び出す船達。駆逐艦が辿った軌道をなぞるように駆け、駆逐艦を越える攻撃力を誇るレーザーとミサイルを降り注ぎ、足止めされていた敵の駆逐艦を撃滅していく。


「ジェネレータ、出力上げい」

「アイサー、ジェネレータ出力、高効率モードへ移行せよ」


 敵は駆逐艦を殲滅させられ、慌てたのか広範囲に陣形を広げ、精密射撃ではなく広範囲の攻撃へ移行、自由に動き回る駆逐艦と高速巡洋艦に集中しだした。


「まぁ、そうするわな」

「固まったら固まったで楽にやれるんですがね」

「そこまで無能じゃなかったって事だな」

「無能、おいしーです、になりませんでしたなぁ」

「まっ、やる事は変わらん」


 ガイツは組んでいた腕をほどき、敵艦隊の中心に陣取る敵旗艦を指差す。そしてその腕にマーズが飛び乗り、全く同じポーズで指差した。


「気が抜けるが……チャージ」


 微妙な表情のガイツの言葉に、特務光翼士へ昇格した際に下賜された高速戦艦フレイム・ストームの五連結ジェネレータが唸りを上げた。


「うぷぷ、アイサー、ナイトランサー」


 副官の気の抜けた指示に、周囲の重巡洋艦達も動き出した。




 ○  ●  ○


 Side:ティセス包囲艦隊


「なんだこれは……どうしてこうなる……」


 戦艦フィファニール改の艦橋で、それは呆然とモニターを見上げていた。


 レガリアでの戦闘など、どうせ力押しで来るに違いない、ならばこちらは常勝無敗の波状攻撃で行けば負けるどころか圧勝で終わる。それはそう思っていた。実際、これまで試しで行ってきた戦い全てで、この戦法は大ハマりし、艦隊は無傷で敵を殲滅など簡単に出来てきた。何より、こちらには練度など関係無く、全体を一つの意志で、自分一人で運営出来るのだからこんなチートな能力は無い。そう、自分一人が産み出した寄生生物、それに寄生された奴らは全て自分にとっての子機と化す。同一の意識で動かす艦隊に隙などあろうはずが無い……と思っていた。


「どうして負ける?」


 先発隊として出した艦隊は、ライジグスに簡単に絡め取られ、対応策を打ち出す前に包囲殲滅されてしまった。


「なんだこれは?」


 ならば本隊で攻め立てれば問題無かろう、と艦隊を動かせば、気がつけば先頭の駆逐艦が一掃され、攻撃の要たる巡洋艦、重巡洋艦も翻弄され、そもそもこちらの攻撃が全く掠りもしない。


「どうなっている?」


 確かに一人で艦隊全てを同時に動かし、なおかつ並列思考でもって複雑な処理すらしてしまうそれの能力は驚異ではある。だが大きな問題というか、そもそもの認識違いに気付いていない。


 戦いとは、踏んできた場数、がモノを言う。それが修羅場であればあるほど、鉄火場であればあるほど磨かれていき、研ぎ澄まされて熟達していく。ただのおもちゃを手に入れて、ぼくがかんがえたさいきょうのたたかいかた、に満足していたそれと、叩かれ砕かれ死にかけて、それでも泥をすすり砂を食み、半分死んでいるような状態で勝利を目指し続けてきたガイツとでは役者が違い過ぎる。無論、ルータニアにだって及ばない。


「おのれぇっ! こうなればフィファニール五隻での集中砲撃でっ!」


 それがガイツの旗艦に狙いをつけようとした瞬間、ガイツの旗艦が輝き出した。


「っ?!」


 館内にけたたましいレッドアラートが鳴り響き、第六感に警鐘を促す焦燥感に襲われる。それは半ば本能に従うままに、戦艦五隻の持つ最大攻撃をガイツの旗艦へと放った。小惑星を消滅させるに足る威力を持つ、十二門の主砲を解き放ったのだ。


「ふへぇはあへえはぁっ! 滅びろ! 消え去れっ! そして死ねっ!」


 旗艦はこれで落ちる。そうしたら回りをうっとうしく動き回る羽虫を叩き落とせば、残りは後方の艦隊だけだ、それは勝ちを確信し邪悪なニタリ顔を浮かべた。




 ○  ●  ○


「敵、戦艦フィファニールの主砲一斉射」

衝角ラム

「アイサー、フレイム・ストーム、突撃形態へ移行。重巡洋艦へ、高速形態へ移行せよ」


 圧縮されたエネルギーの固まりが飛んで来る状況で、ガイツは一切慌てる様子を見せず、むしろ涼しそうな顔で指示を出す。


 ガイツの指示を受けたオベレーターがコンソールを操作すると、船の船首部分が動き、鋭い突起物、サイの角のようなモノが飛び出していく。そしてフレイム・ストームの後方に隠れるように展開している重巡洋艦も、船体の一部を変形させて流線型に近い形へ移行していた。


「敵主砲弾着まで十」

「ぶちかませ」

「アイサー、ナイトランサー行きます」


 ジェネレータの音が二段階程高い音を上げた瞬間、飛び出した突起物にエネルギーが集中し、真っ赤なビーム状の角が発生し、それと同時にエンジンが唸りを上げて加速、敵の主砲の真正面から突っ込んだ。


「効果的な砲撃ってのはなぁ、行き当たりばったりじゃ話にならんぜ?」


 ニヤリと笑うガイツを乗せたフレイム・ストームは、まさしく炎の嵐のように真っ赤な余剰エネルギーを撒き散らし、一直線に加速し続ける。その正面にいる敵の船を馬上槍の突撃のように貫いて、邪竜が吐き出した十二のブレスを切り裂き、邪竜の喉元へ一直線に進んだ。


 陣形ビーストナイトランサー。一定距離からの駆逐艦による砲火で敵を足止めし、そこへ高速巡洋艦による追撃で完全に留め、最終的にそこにビームラムを纏った高速戦艦で突撃をかます、というガイツ特務艦隊十八番戦術である。この陣形、戦術を十全に行う為に特務艦隊は全ての艦船が高速仕様となっていて、これまでこの戦術で敵を逃した事は一度もない。


「ぶっ放せ」

「重巡洋艦、ブラスブラストキャノン一斉掃射」


 敵旗艦を逃したのものの、他四隻の戦艦は引き裂かれて炎上、更にフレイム・ストームに引っ張られるようにして駆けてきた重巡洋艦達が、その背に積んだ大砲を放つ。


 ブラスブラストキャノン。超大型の散弾砲であり、この散弾には船の速度が乗る。しかもフレイム・ストームが放出している余剰エネルギーすらプラスで乗っかるのだ。そうなると散弾であるにも関わらず、それは超大型レールキャノンと同等の威力を発揮する。それも四方八方に飛び散って。


「敵艦隊、五割消滅」

「ちっ、てめぇら弛んでるんじゃねぇか? たったの五割かよ」

「「「「さーせん」」」」


 敵艦隊の半分を消滅させてガイツは不満であった。これが帝国軍ならば叙勲モノの大活躍として、一斉にメディアに報道される戦果なのだが、特務艦隊にとっての戦果は日常茶飯事である。珍しくもない。というよりいつもより少ない。


「まあ良い。旗艦はどこへ逃げた?」


 不機嫌そうなガイツの頭を、よしよしと撫でるマーズに目を引き付けられながら、副官は顔面を複雑に変化させながら答えた。


「コロニー、逃げた、どうする? 追うか?」

「何で片言だよ?」


 笑ってはいけない場面にこれは厳しいと内心で歯軋りをしつつ、呆れた顔をするガイツに拳を叩き込みたくなるのを我慢して言う。艦橋のクルー達は心の中で副官に合掌した。そして自分達は遠慮無く笑った。


「お前ら、後で、追加で、訓練、時間加速」

「「「「うぇえいぃっ?!」」」」


 勿論、しっかりと死刑宣告はする副官であった。




 ○  ●  ○


 Side:北部辺境艦隊


「「「「……」」」」


 北部辺境の軍人達は、目の前の戦いに言葉を失っていた。スーサイはその様子に無理もないと同情する。


 自分達も記録映像で全く同じ戦法を見た時、あまりの衝撃に壊れたのだ。言葉を失う程度で済んでいるなら自分達よりマシだろう。


「確かに悪手だったなぁ」

「だろ?」


 船の性能に任せた突撃思考というのは、どんな船乗りにも共通してある悪癖のようなモノだ。例えそれがレガリアでなかったとしても、自分の船は特別、的な感覚は多かれ少なかれあり、特務艦隊の戦い方はまさにそこを突く、実に巧妙な戦い方だ。多くの船乗りは初手突撃というのは実に多いのも、ハマる理由だろう。ただ、ガイツはそこまで考えていない、実に天然物なのが恐ろしいが。


「しっかし困ったなぁ……レガリアの性能を十分に理解して、レガリアの性能を十全に引き出し、レガリアの安定性で攻め立てる……こりゃぁ、本星の実家にマジの連絡入れとかないと不味いな」

「一応、同盟関係ではあるんだがな」

「……本気か? お前は本星の馬鹿貴族を甘く見すぎじゃないか?」

「……頭、いてぇ」

「だろ?」


 軍人というのは因果な生き物で、もしも、を想定してしまう。


 もしも、あの艦隊がこちらに牙を剥いたらどう対処する? もしも、ライジグスが帝国に宣戦布告を行ったら、自分はどうのように戦う? もしも、もしも、もしも……その最悪の想定が頭を駆け抜ける度に、スーサイとロイターの顔から表情が抜け落ちていく。


「ま、まぁ、大丈夫だ! うん! グランゾルト卿とも懇意であるし、我が妻も熱心に外交に参加すると表明している。帝国はライジグス王国と仲良しさっ!」

「……確かに好き好んで敵対する馬鹿はいない……よな?」

「そこは断言しろやっ!」

「うっせぇわっ! 俺は本星の馬鹿貴族が嫌で辺境に故意に左遷されてやったんだよ! どんだけ馬鹿がいると思ってやがる! 断言などできっかっ!」

「不吉な事を断言すなっ!」


 いやマジで、本星の方々、お願いします。そんな願いにも似た気持ちで、蹂躙劇を続ける特務艦隊を見つめる帝国軍一同であったとか。

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