第143話 ティセスコロニーの戦い ①

「ミサイル、ルブリシュ艦隊のマルチタレットで全弾処理完了。抹茶よりちょっと上くらいの威力っぽい感じだな、ありゃ」

「ふん、小手調べは向こうも同じってか? 面白いじゃねぇか」


 キャプテンシートに座らず、腕を組み立つガイツ。その肩に全く同じポーズで立つガイツの妖精マーズ。その様子に艦橋の野郎共は必死に笑いを堪えていた。彼らも似たような感じなのはまるっと無視して。


「ルー、準備は?」

『万全だ。ガイツも頼む』

「任せな」


 正式にライジグスへ所属する事となり、ルータニアも立派な司令官として扱われる事と合わせて、お互い仲良くしようや、という感じになり、口調も呼び方も遠慮をしなくなった二人は、同じように笑う。そして二人と契約している妖精も同じように笑う。絶対に面白がって妖精ちゃんは遊んでいる。


 そんなモノを見せられる部下達は大変である。ここが戦場だという事を忘れてしまいそうになる位に面白い。


「これ、俺らがキツくね?」

「言うな。つーか自分の仕事に集中しろ、絶対周囲を見るな」

「あん? ぶふほっ!」


 必死に笑いを堪えていたが、同僚の忠告に周囲を見てしまったが為にとうとう噴いてしまう。契約をしている同僚達の妖精が、まるで真似っこをするように、主人と全く同じ行動をしているのだ。いかつい男のすぐ横で、可憐な妖精が真似をしているという絵面の破壊力は絶大だった。


「おらぁっ! 遊んでんじゃねぇぞ!」

「「「「無茶言うなっ!」」」」


 笑わしに来ている筆頭に渇を入れられるのは納得出来ない。だが、そこはプロ。すぐに意識を切り替えて自分の仕事に集中しだす。


「旗艦からデータリンク、敵の船の情報が来た」

「情報の精査はそっちでやれ」

「アイサー」

「敵の陣形、動くぞ」

「ルブリシュが対応、例の奴で行くとの通達」

「お手並み拝見だな」


 元から強面なガイツだが、企むように笑うとより凶悪さが引き立つ。そんなどこのマフィアのドンですかい? という男の肩で、妖精ちゃんが可愛い顔でニヤリと笑う。本当に絵面は酷かった。それを数人のクルーが見てしまい、ぷるぷる震えながら仕事をしなければならなくなるくらいには。




「敵、駆逐艦を中心に来ます」

「陣形アロンダイト」

「了解、騎士団長、陣形アロンダイト」

『了解した。ルー』

「何だ?」

『見せ場だな』

「……そうだな」


 短いやり取りの中に万感の想いが込められているのに、ルータニアは薄く微笑む。


「ルブリシュを取り戻す前に、我らは忠義を誓う主を再び得た。これは主が用意してくれたお膳立てだ。抜かるなよ」

「「「「了解!」」」」


 まるで矢じりのように突っ込んでくる敵の駆逐艦に、ルブリシュ艦隊はUの字形に陣形を動かしていく。


「駆逐艦、突っ込んできます」

「ジェネレータを回せ、五十」

「了解、ジェネレータの出力上げい! 五十!」


 艦橋を揺らす唸り声のような音を立ててジェネレータの出力が上昇していく。そのエネルギーを使用して、艦隊の前方に巨大なシールドが張られる。


「ミサイルだけはマルチタレットで処理。爆発までシールドで受けるのは厳しいからな」

「了解! 各艦へ通達、ミサイルはマルチタレットで処理せよ。繰り返す、ミサイルはマルチタレットで処理せよ」


 ぐんぐん接近してくる駆逐艦が、至近でレーザーとミサイルを盛大に吐き出す。そしてそのままこちらへと突っ込んでくる。


「随分とまぁ……相手が馬鹿ならやりやすいが……」


 ほとんどがむしゃらに突っ込んでくる敵に、ルータニアは苦笑を浮かべる。何故か理解出来ないが、陣形で最も分厚い場所へと突っ込んでくるのだ意味不明すぎる。


「罠という可能性もあるじゃろ?」

「本心か?」

「……無いじゃろうなぁ」


 ユシーが小馬鹿にしたように鼻で笑う。その姿を妖精が真似る。ルータニアはニコリと微笑み、モニターへ視線を戻した。


「駆逐艦シールドにぶつかります」

「出力七十」

「全艦、ジェネレータ出力七十へ上げい!」


 古の海戦で使うようなラムアタックをするように、駆逐艦が次々シールドへと体当たりを敢行。その後方に隠れるようについてきた巡洋艦と重巡洋艦、ミサイル艦が一斉に攻撃を開始する。


 これが普通の船ならば、シールドはこれの攻撃で飽和して、まともに相手の一斉射撃を受ける事になっただろう。だが、そうはならない。レガリアにはレガリアの戦い方があり、同じレガリア同士の戦いならば、この戦法は悪手でしかない。


 ルータニアはニヤリと笑って指示を下す。


「騎士団」

『ルブリシュ騎士団! 抜刀!』


 勇ましいザキの声が響き渡る。


 ルブリシュ艦隊はU字からO字へと敵を包囲していく。そして艦隊の影に隠れていたネスト・アレフ・ナムイ四十隻が飛び出し、O字に包囲されている敵の頭上と艦底から半々づつで襲い掛かった。


 陣形アロンダイト。かつて円卓の騎士団でランスロット卿が考案した包囲殲滅陣形。それを対レガリア用に、ルータニアがアレンジしたモノが上手く機能したのだ。


 敵に容赦など必要ない。ルータニアは酷薄な笑みを浮かべて命令を下した。


「後方ミサイル艦、タキオン」

「通達、ミサイル艦、準備していたタイキオンチャージミサイル全弾掃射せよ!」


 大混乱に陥っている敵艦隊へ、追い討ちとばかりにミサイルが打ち込まれる。広範囲に広がる爆風でシールドが飽和し、シールドを失った敵艦へ、騎士達が殺到し、次々に撃墜していく。


 呆れる程、有効な陣形であった。


「敵の本隊が動きます」


 やっと危機感を覚えたのか、ティセスを包囲するようにしていた敵の本隊が動き出したようだ。ルータニアは肩に座って足をプラプラしている妖精リタリアと目を合わせると互いに苦笑を浮かべる。動きが遅すぎる、と。


「ガイツへ通達。任せた、と」

「了解」


 だがここからは自分の仕事ではない。ひとまず、この包囲した先鋒艦隊を撃滅しなければならない。次の作戦行動はそれからだ。


「そっちの司令官は、私などよりも凶悪だぞ?」


 どこか自慢するように呟いたルータニアは、面白そうに笑うのであった。




 ○  ●  ○


 Side:北部辺境艦隊


「……なぁ、これは……本当にマジで……なぁ」

「いや、そんな抽象的に聞かれても困るんだがな」

「いや、だって、うむむむむ」


 ロイターが表情の抜け落ちた顔でモニターを見ながら唸る。気持ちはとても良く分かる。特務艦隊の戦い方よりかは理知的というか理性的ではあるが、それでもこれは無いと叫ばずにはいられないだろう。


 ティセスに陣取っていた敵の戦い方は驚異的であった。小回りが効く駆逐艦を突っ込ませ、シールド干渉による飽和を狙い、シールド消失からの火力集中、これはかなり効果的な戦法だ。艦隊全体の高い練度が必要ではあるが、まさに鎧袖一触も夢じゃない戦い方と言える。


 だが、ライジグスは真っ向から受け止めて、これを包囲殲滅する。自分で言っていて頭おかしいと思うが、いやもう、ナニアノクニ、状態である。


「シールドの強度が違う? いや、強度に関係無く飽和は発生するわけだから……そもそものシールドの仕組みが違う?」


 双方の戦いを観測しながら、スーサイはぶつぶつ呟く。実はライジグスのシールドはごく普通のシールドである。一応、使われている技術はレガリア相当ではあるものの、シールド発生装置自体は大きな違いは無い。


 スーサイ・ティセス包囲艦隊の連中とライジグスとの間にある違いは、シールドの仕組みへの理解度の違いだ。


 そもそも、こちらの艦隊戦というのは、遠距離からの殴り合いが主流であり、ジェネレータが悲鳴を上げるまで遠方からの砲撃戦しかまず行われない。そこに小細工だの戦術だのはあまり介入しないのだ。


 だが、タツロー達プレイヤーはそんなクソつまらないプレイなどする訳がない。より強く、より格好良く、よりスタイリッシュに、より賢く、より映える戦い方を追求する。無駄とも言える時間と、馬鹿じゃないのという創意工夫と、それ単なるマゾじゃんという追求をし続けて、艦隊戦の全てを熟知していったわけだ。


 だから彼らは知っているのだ。シールドの飽和は出力調整で変化を加えれば、それを押さえる事が出来ると。そして経験則から学んだのだ。シールド飽和現象を引き起こすのは、実は出力調整を行わないからだと。


 戦闘艦同士の戦いでは、それらを行う暇というか、やってる場合じゃないから無理だが、艦隊戦ではそれらを行える。やらない手は無い。


 そもっそもの話、誰もが一番最初はこっちの世界と同じように遠距離からのドンパチをやっていたのだが、実はこれ、一番効率の悪い戦い方なのだ。何しろ船の性能差が大きくなければ決定打を与える事が出来ず、とんでもない泥試合となるし、何より面白くも何ともないのだ。そうそうに廃れ、多くの戦い方や戦術が生まれたのだった。


「ライジグス特務艦隊動きます」

「おっ?!」


 オペレーターの言葉に深く思案の海に沈んでいたスーサイは浮上し、慌ててモニターを見る。


「ライジグス特務艦隊出撃か」


 ティセス側の動きを見ると、やる事は先程とあまり大きな違いはなさそうだ。特務艦隊がU字に陣形を作っていないからか、駆逐艦を中心とした足の早い船が突っ込んでいく。


「それは……悪手だろ」

「ん? どういう事だ?」

「うん? ああ……まぁ、見てれば分かるさ」


 苦虫を噛み締めるように呟くスーサイに、ロイターは不思議そうな表情を浮かべ、静かにモニターを見る。


 先程の衝撃など可愛らしいと思えるナニかが始まろうとしていた。

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