第140話 悪夢と悪意と害意と滅びと ④

「何だこれ、気持ち悪い」


 もはや掃討戦となった状況で、カオスは酸っぱい顔をして、追いかけている戦闘艦を睨み付ける。


「臭い?」


 酸っぱい顔のままカオスが呟くと、ミクとリアがすんすんと鼻を鳴らす。


「別に特別臭いって感じはしないけど?」

「そうね。生命維持装置が動いてるから空調関係は完璧だもの」


 二人の言葉を聞きながら、カオスは心の中でそういう事じゃない、と呟く。


「まぁいい、とりあえず生け捕りだ」

「♪」


 カオスと契約を交わした妖精レスプルが、肩に乗って腕を突き上げる。その様子にカオスは表情を戻し、マニュピュレータを動かすのに集中する。


 親友のアベルが、匂いで危険が分かる、的な事を確か言ってたような気がするな、そんな事を頭の片隅で考えながら、敵をマニュピュレータで掴んで捕まえた。




 ○  ●  ○


 Side:スーサイ・ベルウォーカー・ダンガダム


「なしておる」

「おう、キャラがおかしいぞ」


 ファラリス派のコロニーから緊急の要請を受けて、ドゥガッチに向かっていたのだが、その途中で出来れば見たく無い紋章付きの艦船を見てしまい、スーサイは変な言葉で呟いてしまった。


「あの……っておい、何だあれっ?! おかしいじゃねぇかっ!」


 旗艦に同乗していたロイター・ヴェルモント子爵が、その人々の戦いを目撃してしまったが為に、口をあんぐり開けて叫びまくる。


 とても、とってもその気持ちは理解できる。力押しを好む、技術だけ高い暴力集団。当初はスーサイもそう考えていた。だが、ライジグスの特務艦隊の戦いを、偶々、本当に偶々近場で演習を行っていた艦隊が記録していて、それを見せられた時の衝撃たるや凄まじかった。


 艦隊が持つスペックを十全に生かした艦隊運用。タイミング、連携、陣形の展開、その全てにおいて兵士の熟達っぷりたるや、帝国の精鋭中の精鋭、帝国近衛艦隊ですら易々負けるレベルの熟達っぷりなのだ。そこに全艦隊レガリアというパワーワードが加わり、もう絶対敵対したくなくなる存在へと進化するわけだ。スーサイのキャラ崩壊も無理からぬ事だろう。


「なんだよあれっ?!」

「あれが新興国ライジグスの艦隊だ」

「ライジグス……あの、レガリアぽんぽん出すっちゅう頭おかしいんじゃねぇの? っちゅうライジグスか?」

「それだ」

「……いやいやいや、なんでレガリア使って戦術駆使して戦ってんだよっ! レガリア使って小細工使うって、はああぁっ?!」


 ロイター壊れる。しかし、彼が壊れるのも無理はない。


 本来レガリアというのは、最強の最強なのだ。これは間違いない。というか皇帝が悪い。皇帝のやらかしで、レガリアというのは力こそパワー、パワーこそ正義、力こそジャスティスという頭悪いイメージを植え付けてしまった。だというのに、最強が熟達の技術を使い、連携して戦術を駆使し、まるで狩猟でもするが如く敵を狩っていく……それがどれだけ恐ろしいか、実際、最初に見た時にスーサイも壊れたから無理もない。


「……まぁ、出会ってしまったのものは致し方ない……いや、マジで勘弁して欲しいんだが……ええい、クソッ! オペレーター、ライジグス艦隊へ通信を」

「サーイエッサー」


 旗艦に乗っているクルーも、ライジグス特務艦隊の戦闘は記録映像を見せられている。彼らも漏れ無く壊れたので、司令の葛藤は自分の事のように理解できるので、心の中で合掌をしつつ仕事をこなす。


『こちらライジグス王国四正妃ファラミラール・デフィルス・ファリアス・ライジグス様旗艦アロー・オブ・サジタリウスです。帝国艦隊……ああ、北部辺境軍事拠点の艦隊ですか、随分とのんびりしたご出勤のようですが、こちらに何用か?』

「……」


 一番聞きたくなかった名前が真っ先に出てきて、更にはモニターのポップアップウィンドに映るオペレーターに、スーサイとロイターは超絶酸っぱい顔をする。


 帝国士官学校三悪魔の一角、サナウェイ・チューヤ男爵令嬢。冷徹なるサナウェイとか、クラッシャーサナウェイなどと呼ばれた二人の同期である。


 人当たりと言動はどうあれ、見た目がかなり男好きするタイプの女性で、多くの貴族令息がアタックを敢行しては玉砕していった。もちろん二人も若気の至りで玉砕した口である。


「あー……こちら帝国軍対反乱討伐部隊司令スーサイ・ベルウォーカー・ダンガダムだ。そちらの目的を知りたい。見たところ反乱側の艦隊を助けているように見受けるが?」

『あら? 君と僕は運命の糸で結ばれていると思わないか? でしたかしら?』

「やーめーろーっ! おまっ?! お前っ?! 昔の話をっ?!」

『そちらのむさいのは、俺様なら貴様を満足させてやるぜ、でしたかしら?』

「うおおおおおおおっ! あ、あ、あ、悪魔めぇぃっ!」


 悪魔の異名は伊達ではなかった。そして何気にダメージは大きかった。艦橋のクルーがしらーっとした視線を二人に向ける中、ペシリと乾いた音が響き、モニターの人物が別人になった。


『こちらのオペレーターが失礼した。久しいな、スーサイ』

「ぅお、おう、ゼフィーナはますます綺麗になったな」

『……そうさらりと女性を誉められるようになったのを見ると、なるほど結婚したんだったなぁっと実感するな』

「ははははは、まぁ、妻が一番可愛いからな」

『おやおや、それはご馳走さまだな』


 悪魔が消え、真面目なゼフィーナが対応すると、何とか立ち直ったスーサイが、疲れた表情で応じる。ロイターは撃沈したままだが。


『さてさて、こちらの目的だったな。目的は複合的ではあるのだが……そうだな、回線はこのままで、少し待ってもらえるか?』

「それは構わないが」

『まずだが、我々が、君達が反乱軍と定義する艦隊を助けたのは、彼らが条約に則って救難信号を出していたのだが、それを無視して彼らを襲っていた一団がいてな、なので我らは反乱軍の司令から要請を受けて介入した、というところだ』

「条約無視か……どこの蛮族だ、そいつらは」

『これからそれを確かめるところだ』

「うん?」


 モニターの映像が切り替わり、四隻の駆逐艦のエネルギーアンカーに繋がれた状態の戦闘艦が映し出される。


「見た事のない船だな」

「シルエットでのデータ照合を行いましたが、該当データありません」

「……新型な」


 既存メーカーのどこの特徴にも一致しない形状な船に、スーサイは妙な気持ち悪さを感じていた。見た事が無いのに、見た事があるような、そんな収まりの悪い感じがする。これは何だろうか? 気持ち悪さを思案していると、再びモニターが切り替わり――艦橋を絶叫が支配した。




 ○  ●  ○


「こいつはまた」


 黄色い悲鳴に包まれた艦橋。モニターに映し出されているのは肉肉しいナニか。一応、人間の頭部らしきパーツは見えるから、辛うじて人種族ではあるんだろうけど、それ以外は剥き出しの肉で侵食されている。


「あれだね。バイオなハザードだ」

「どっちかつーと、デッドなスペースっぽいような気もするな」

「「「「何で平気なの?!」」」」


 いやだってねぇ。俺らは大VR時代の真っ只中でゲームに沼ってた訳で。スペースインフィニティオーケストラ以外にもVRゲームってのはあったわけで。色々なジャンルの中に、絶対ホラーは含まれるわけで。倫理観上等潔く十八才未満のプレイは禁止だオラァってゲームもあったわけで。そんなん日常的にやってれば、この程度のグロさなんて可愛いもんよ。つか、もっと血液プッシャー、内蔵デローン、内蔵が勝手に動く、脳みそはみ出す、心臓が肥大化してドックンドックンする、位やってくれないと怖くない。これが和テイストなホラーだったらビビったかもしれないが。


「んで、こんな種族っておるのん? ほら、あるごにあん? っだっけ? そんな感じでミート! みたいな種族がいるとか?」

「……いないわよ、そんなキショイ種族」

「いませんね。そんな気持ち悪い種族」

「いたら困りますねー気持ち悪いですよー」

「これはキツいな。直視したくない」


 ふむ、ならコイツはナニモンだって話になるんだが……会話って成立するんか、これ。ニクニクニクニク、クケケケケ、とか言い出したらどうしよう。


『ふへへふぁへあぇ、これだから下等種族は』

「お?」

『我らの邪魔立てをするのはやはりお前らか、ライジグスよ』


 普通に流暢に喋りやがる。


「そっちはこっちを知っているようだが、俺らは残念ながらお前らを知らん。どこの誰さんだい?」

『貴様は馬鹿か? 教えるとでも?』

「まぁ、そうだろうな。んで、肉野郎よ。お前は俺達の敵、でいいんだな?」

『ふへへふぁへあぇ、何を今さら』

「ふむ」


 会話は成立するが話は成り立たないと。んで、あの状態をひっぺがして尋問出来るとも思わないんだが……これ、どうすんべ。


『今回は一方的に狩られてしまったが、毎回毎回、お前達が勝つとは限らない。ああ、楽しみだ。お前達の肉体はさぞ性能がいいんだろうなぁ』


 肉肉しい体から絶対十八禁指定を受けるだろう、虫ってか蟲だな、それも触手的な感じの奴が皮膚を突き破って無数に生えてくる。再び艦橋に黄色い悲鳴が。なるほど、確かにヴィヴィアンが言うようにバイオなハザードだったか、これあれだ時系列的に大統領の娘を助けに行く奴だな。うん。


「それが本体ってか?」

『だとしたらどうする?』

「いや、頭が悪くて助かったなぁって」

『……何だと?』

「じゃ、さようなら。アベル君」

『了解』


 アベル君のトイボックスが主砲を発射し、ピンポイントで戦闘艦のコックピットを蒸発させた。


「……大丈夫か? 君ら」

「「「「なんでケロッてしてるの?」」」」


 案外こっちって娯楽が少ないんだよねぇ。その弊害かしら? でもそう言えば、ビジュアルディスク関係でもホラー系って無かったなぁ。それの弊害かしら?


「まぁ、慣れだよ慣れ。んじゃまぁ、今度は助けた方の話を聞こうか?」

「あっちも変な風になってないでしょうね?」

「襲われていた側ですから、大丈夫かと」

「うえぇー気分が悪いですぅー」

「夢に見そうだな、困った」


 結構な衝撃を受けたようだ。っていうか帝国の方もわりと阿鼻叫喚状態なんだが……いやぁ娯楽って大切だよね! ありがとう! 多くのソフトメーカーさん! 僕は強い男の子になれたよっ!


 なんて阿呆な事を考えていたのが悪かったのか、事態は加速度的に悪い方へ悪い方へと向かっていくのであった。

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