第139話 悪夢と悪意と害意と滅びと ③
Side:ティセス脱出艦隊
「お母さん……お父さんは大丈夫だよね?」
「もちろんよ、大丈夫。大丈夫だからね?」
「うん」
ルドッセルフがコロニー内部に宙賊が入り込んだ時用に準備していた大型の輸送船。そこに詰め込まれたティセスの住民達は、不安と恐怖に震えながら、船を震わせる轟音に耐えていた。
「領主様は大丈夫だろうか?」
「後からいらっしゃるんでしょ?」
「あの肉の化け物は何だったんだろうな?」
「知らないよ。あんな化け物」
不安と恐怖を誤魔化すように、誰彼構わず語りかけ、その実、返事を期待せず、ただただ感情を吐き出す為だけに喋り続ける領民達を、兵士達は複雑そうな表情で見ている。
「……後続は?」
上官の質問に、部下は首を力無く横に振る。
「……せめて……せめて、領主様の愛した民達は逃がしたいが……」
「……護衛艦の損耗率が」
「畜生……誰も助けてなんかくれないってか? 神なんか糞だ」
「ははは……いたとしても、罪深き我々を助けてくれますかね?」
「糞が」
「はは」
諦めと絶望が襲ってくる。抗う気力はもう既に尽きていた。
「弾幕緩めるなっ! 絶対に輸送船へ敵を近付けさせるなっ!」
「艦長っ! ジェネレータがっ!」
「構わずぶん回せっ! 船が焼け焦げるなら、船ごと敵にぶち当てろっ!」
「駆逐艦チィーザ、ベルメン、サーヂ中破航行不能っ! 巡洋艦スッダィ、ガランディ、バサフェット、大破航行不能っ! 戦闘艦損耗率七十突破っ!」
「クソがっ! こちらは白旗を出している状態だぞっ! 我らはそれほどまでに罪深いとでも言うのかっ?!」
護衛艦隊はもうほとんど機能しておらず、それでも罪無き領民を守る為に最後の足掻きを続けている。
「遊んでやがる」
敵は完全にいたぶる行動をしている。こっちの必死の攻撃など当たらぬとばかりに、ひらりひらりと回避しては、散発的にシールドや装甲の厚い部分へと当てる、完全に遊ばれていた。
「こっちの心が折れるのを待ってるってか? ふざけやがって……こちとら領主様にくれぐれも、と頼まれて護衛してるんだ。貴様らのような奴らにくれてやる命は一つも無い」
「艦長っ! 重巡洋艦アジャンテがっ!」
「……フェイラー」
航行不能だった重巡洋艦が渾身の力を振り絞るように、こちらと敵の間に陣取り、全ての攻撃を受け始める。もう装甲などダメになっているはずなのに、シールド発生機など故障しているだろうに。
「フェイラー艦長の粋な配慮だっ! ジェネレータを回し続けろっ! シールドなどいらんっ! 一匹でも多く害虫を駆除せよっ!」
「「「「サーイエッサー!」」」」
完全に防御を捨てた攻撃全振りに、そこそこの痛手を相手に与え始める。しかし、焼け石に水状態の攻撃は、次第に見切られていき、ジェネレータも限界を超えて動きを止め始める。
「ここまでか……」
護衛艦隊の八割が動けなくなり、残り二割も時間の問題。エネルギー供給が不安定になり、生命維持装置の稼働すら怪しくなってきた艦橋で、護衛艦隊司令は覚悟を決める。
「駆逐艦、敵をこちらへ寄せるように動け。諸君、退艦せよ。当艦はこれより自爆シークエンスに入る」
「艦長っ?!」
「諸君はこのまま輸送船へと合流し、こちらの自爆に合わせて逃げろ。もうすぐドゥガッチが見える。クソッタレなファリアス派でもさすがに条約は守るだろう。さあっ! 退艦するんだっ! 急げっ!」
ぶるつける方法だと確実に逃げられる。それならば、動けない船を爆薬にして範囲で潰せばそれなりの数を道連れにできるだろう。司令はそう判断し、部下達に最後の命令を下す。
「艦長、それはダメです。もっと効率を考えて計算しなければ」
「爆発範囲の計算を急げっ! 効果的な配置も同時に計算しろっ!」
「各艦艦長へ通達、これより自爆シークエンスに入る。各艦のマスターコードを旗艦へ譲渡せよ。繰り返す、これより自爆シークエンスに――」
部下達は誰一人として退艦せず、自分達の仕事を続ける。司令は被っていた帽子のつばをぐいっと下げて、静かに鼻を啜った。
「駆逐艦の誘導開始っ! こちらの陣形も動きますっ!」
「各艦との連動開始!」
戦える状態ではない駆逐艦が、渾身の力を振り絞るように、敵の船をこちらへと誘導していく。表示されたマップに、どんどん敵の艦船が入ってくる。
「諸君っ! 領主様には叱られるだろうが、あの世でまた酒を酌み交わそう」
「「「「はっ!」」」」
「ではな、さらばだっ!」
マップにマーキングされていた範囲に敵の艦船が入りきった瞬間、司令は自爆スイッチを押し込んだ。
『まぁ、させないけどな?』
「っ?!」
『心意気は買う。でもそりゃぁダメだ。許されんよ。だからな、そういう時はこう言え』
確かに押し込んだ自爆スイッチは動かず、押すのと同時にモニターにウィンドがポップアップし、黒髪の整った顔立ちをした青年が映し出され、獅子のような笑顔で言う。
『助けてくれってな』
ニヤリと悪戯小僧のように笑った青年は、ほれほれと手を振る。
「助けて、くれるのか?」
『そう言ってるんだが?』
これはなんだろうか? 悪戯だろうか? それとも悪魔の囁きか、神の采配だろうか……いや、今はそんな事はどうでも良い。自分が今すべき事は……
「恥を承知でお頼み申す。どうか我らをお助け下さい。いや、我らは良い。どうか、我が主の愛した領民だけでもお助け下さい」
司令は深々と頭を下げ、悪魔だろが神だろうが、この魂、この命が対価になるのならばと全身全霊で願った。
『おう、ケチ臭い事はしない主義だ。全部を助けてやらぁな。聞こえたな? 狩れ』
『『『『おうっ!』』』』
○ ● ○
いやぁ、ちょっと様子を見てたら、なぁーんかヤバイ感じに集結し始めたなぁって思ったんだよ。まさかドンピシャで自爆しようとしてるとは、はぁー胆が冷えた。
「シェルファ、あんがと、愛してる」
「はい、この程度で愛が増えるならいくらでも」
大慌てでシェルファにシステムをクラッキングしてもらい、マジぎりぎりのタイミングで阻止してもらった。様子見なんかするもんじゃねぇや。
「ルータニア艦隊、ガイツ特務艦隊、介入を開始しました」
「カオス、アベルエンゲージ。ザキ騎士団長旗下ネスト・アレフ・ナムイ五隻エンゲージ」
何を目的に戦っていたのか分からんが、どうも必要以上に相手の恐怖を煽るような戦い方をしていた敵さんが、俺達の攻撃に慌てて対応し出す。まぁ、遅いんだがな。
「ファラ、逃がすなよ?」
『任せて、狙い射つ』
そしてアロー・オブ・サジタリウスの長距離射程の主砲群が、既にロックオン済みと。負ける要素がないわな。いやまぁ、こいつのシステムをここまで完璧に運用してしまっているファラが異常っちゃ異常なんだけども。一度だけここの火器管制をテストしたけど、脳細胞が焼ききれんじゃねぇかってレベルの情報が押し寄せてきて、鼻血噴いた。ファラは涼しい顔でやってるけどな。
「うーん、ガイツ君もヤバイな」
「ええ、なかなか勉強しているようで」
「傭兵団とは艦隊の運用が違いすぎるはずなんだけどな」
艦隊戦闘というのは、こっちの場合だと力こそパワー的な戦い方をする。ガチンコの殴り合いだ。とにかく固まってシールドを効率良く使って、ひたすらジェネレータが焼け切れんばかりにぶん回し、弾薬庫が空になるまでレーザーとミサイルを吐き出す、それがセオリーだ。
それは否定しない。面倒臭くなくて効率的ではあるからね。だけど、それじゃぁ勝てない戦いってのが多くなるんだよ。特に船の性能差がある場合。だからこそ戦術なり戦略なりが必要になるわけで、ガイツ君はそれを意識して艦隊を運用できている。成長著しいねぇ、それだけ無茶振りし続けたって事でもあるんだけどね。今度、特別手当て出そう、そうしよう。うん。我が国はブラックではありません。
駆逐艦で敵を誘導して、敵がまとまったところへミサイル艦のミサイル連射を叩き込み、フラフラと生き残った奴らを、巡洋艦と重巡洋艦の主砲で叩き落とす。なんだろう、ゲームうまい人の攻略実況動画を見ているような感覚になるわ、これ。
『いやはや、凄まじいですな』
「君んとこの息子も参加してっけどね?」
『ははははは、私も引退が近いのかもしれませんなっ!』
「楽にはさせんぞ?」
『いやいや、楽隠居憧れてるんですよ。出来れば早めにお役御免になりたいですな』
「ファラに言え」
『それは御無体な』
合流して、すっかりこっちに恭順つーか、もういきなり忠誠心マックスでファラの部下になったリーンのおっさん。他人事のように観戦して、他人事のように話しやがる。全く、食えない男だぜ。
「んでおっさん。あいつらの目的ってなんだと思うよ?」
手を出さずに少し観察しましょうと言い出した言い出しっぺに聞くと、おっさんは無精髭が生えた顎先をじょりじょり擦りながら唸る。
『まぁ、見たままならば、相手の恐怖を煽っているだけって感じなんですよねぇ。そこにどのような意味があるか、全くもって理解不能ではありますが』
「だよなぁ」
混成艦隊なのに高度な連携を行いつつ、攻撃も回避も防御も優秀。どう見ても宙賊にしか見えないカスタム戦闘艦すら、艦隊の中で立派にその連携を担っている。これはちょっとどころじゃなく異常事態だ。
「……うーん、カオス!」
『なーにーオジキ』
「適当な戦闘艦を一隻生け捕りにしてくれ」
『分かった』
直接敵さんに聞けば良いの精神。これで何か分かるだろう。多分。
まさかこの後、コズミックホラー的なイベントが待っていようとは知らず、俺は呑気に戦況を見守るのであった。
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