第138話 悪夢と悪意と害意と滅びと ②
Side:ルドッセルフ・エンブラ・ヴェスタリア
アベランタラ宙域ルドッセルフ準男爵領コロニーティセス。ルドッセルフより四代前の領主であった彼の遠縁に当たる人物が、愛する妻に贈ったとされるコロニーで、どことなく女性的なフォルムの曲線が多用された美しいコロニーだ。北部辺境にあって、このコロニーだけは見る価値ありと評価される程である。
「領主様っ! もうここは持ちませんっ! どうか退避をっ!」
「ならんっ! もう逃げる場所など残されていないのだ! 君達こそ早く逃げたまえ! こんな……こんな事を引き起こしてしまったのは私だっ! 私が君達を守らなければならないんだ!」
「領主様……お付き合い致します」
「ならんのだ! 逃げてくれっ! 頼む!」
辺境というのは過酷だ。帝国の軍事拠点があっても宙賊被害は多いし、有象無象の危険など日常茶飯。ある日突然、コロニー丸々一つの住人が謎の奇病で全滅、なんて事もままある。それでも北部辺境最北端であるティセスの住民達は、口を揃えて言う。私達は恵まれている、だって領主様がルドッセルフ様なのだから、と。
事実、ルドッセルフは辺境部のどの貴族よりも優秀であった。優れたバランス感覚で政治と民の関係を保ち、突出した産業もない状態で税収を安定させ、宙賊から病からありとあらゆる危険から、民衆を守り育み住まわせる。そうそう出来る事ではない。
今回の挙兵も、大本は民の安寧の為であり、ちょっとした功名心はあれど、その本質はぶれなかった。なので、ファリアス派への襲撃の失敗、その損失額を見て彼は正気に戻ったのだ。ああ、やはり私には向いてない、と。
これは潔く、帝国本星へと出向き、自分の罪を認め、責任を取らねばならない。そう、彼は胸元のガラクタを外してイグンに言ったのだ。もう、終わりにしようと。私の偽の情報で集まった人々には悪いが、この騒ぎはこれで仕舞いにしよう。なあに、北部軍事拠点の司令官はとても優秀な人物だと聞く、だからきっとこの先の北部辺境も悪いようにならないさ、と。
『それはそれは、とても都合が悪いですねぇ。なら、そうです。せめてその命を、怒りを、悲しみを、絶望を捧げなさい』
何を言われたのか分からなかった。しかし、次の瞬間、美しいティセスの内部に、醜悪な肉塊を纏う兵士達が雪崩れ込み、住民達を襲い出したのだ。
ルドッセルフは直ぐ様住人達をシェルターに避難させ、そこから私設軍の艦船へと移動、生き残った人々を何とか逃がす事には成功したが、コロニー内部の蹂躙劇は終わっていない。
「すまない、すまない、すまない」
頭の中で色々な事が駆け巡る。ファリアス派がやって来て全てが変わってしまった日から、どうやって切り抜けて、どうやって民達を守っていくか。メザリッシウスを建造したが、それだけでは防備も薄い、どうすればいいのか。そんな自分的に激動だった日々の記憶がグルグルと駆け抜けていく。
「領主様、失礼ですが、俺は嬉しいです。こうして領主様に直接恩返しができるんですから。大した学もなけりゃぁ恵まれた才能なんてなかった俺ですが、最後の最後まで栄えあるアベランタラ準男爵様の兵士でいられる。こんな名誉な事はありませんぜ」
「すまない。すまない……私が欲を出さなければ」
「ははははは、何をおっしゃいますやら。その欲って奴も、領主様が出世したいって欲じゃ無いじゃないですかい。こちらこそすみません、田舎者じゃぁ領主様の苦悩を助ける力もありませんでしたから」
「ぐぅっ……ずばない」
「ほらほら、照準が見えなくなりますぜ。目をかっ開いて、最後までやり抜きましょう」
「ぐず……ああっ! もちろんだとも! 私は世界で一番恵まれた領主だからな! 最後まで幸せを噛み締めて戦うさ!」
「その意気ですぜ! 野郎どもっ! 聞いたなっ! 一匹も生かして帰すなっ!」
「「「「おおおおおおおおおっ!」」」」
ルドッセルフ・ラ・アベランタラ準男爵最後の戦いは続く。
○ ● ○
「ああもぉっ! しつこいっ!」
「宙賊にしては腕が良すぎるな。ポーロ、どう見る」
「不自然なんだよねぇ……なんか、動きがさぁ、こう、生き物っぽい?」
「……ふむ、どう見る艦長」
「そうだね、まるで群れで動く魚みたいだとは思うが。確かに違和感はある」
「クルシュ、本隊からは何か情報は来てないか?」
「来てないわ。でも……ファラ様達の動きが忙しくなってきた感じ」
「……艦長、嫌な気配を感じる」
「奇遇だね副官、自分もうなじがチリチリるす感覚がする」
ドゥガッチの防衛艦隊、防衛本部をまるっと無視し、ちゃっかりそれぞれの家族をコロニーからこちらの重巡洋艦内へ避難させたラ・ホルンセブン改めラメル・ホムスチームは、訓練艦をさっくり乗り捨てて、特務艦隊の重巡洋艦に乗り換えていた。
「しかし、すげえよなぁ。こんな船、本当、ぽんと渡してくるんだもんなぁ」
「仮、だけどな。ガイツ司令も苦笑してたし。まさか部下が乗ってる船を丸々渡せって指示が来るとは思ってなかったって言ってたもんな」
「懐が深いのか、それともただ何も考えていないバカなのか」
「うおぃい?! ユーリィ?!」
「心配しなくても良いよ。さっき話してみたけど、この程度じゃ悪口にも感じないような人柄だったし。むしろ笑っていうんじゃないかな? もちろん後者だ、どやぁって」
「……」
くすくすと心底面白そうに笑うユーリィに、すっかり副官ポジションに収まって安定してしまった感じのトルムは、痛む胃を押さえる。
「あれ?」
そんな弛緩した空気の中で、それでも淡々と向かってくる宙賊を処理していたヴァンが、モニターを見て目を細める。
「艦長、メザリッシウス方面、あっちは岩礁地帯か? なんかチカチカしてるように見えるんだが」
「……クルシュ、望遠で映るか?」
「余裕余裕、余裕過ぎてシステム把握しきれてないのよこの船……こうして、こうでしょ、それで……こう! どうかな?」
旧式から全く別物のシステムに変化したコンソールに悪戦苦闘しながら、クルシュが望遠を使ってその場所の様子を映し出す。そこには、完全防御体制で大型船を守りながら移動をしている艦隊と、その艦隊を襲っている統一性のない船の集団が戦っている。
「……防衛側、マークが見えるだろ? そこを拡大できるか?」
「えーっと……ああ、あれか……よし、これでどうかな?」
再び映像が切り替わり、そこには防衛に回っている巡洋艦らしき船の側面が映し出される。ティセスコロニーの特徴的なフォルムと、そこに咲く一輪のタヤック。タヤックは特産品が少ない北部辺境にあって、ティセスで栽培されている穀物の花だ。小さい可憐な花で、ユーリィも一度保存された状態の物を見た事があるが、とても可愛らしい花だった。このマークはアベランタラ準男爵の私設軍隊の紋章、つまりは敵の艦隊……となるのだが……どうも様子が変だ。
「艦長、司令に報告しよう。なんで反乱を起こしたルドッセルフ準男爵の艦隊が襲われてるか、分からない事だらけだし。ここで僕らが独自に判断するのは危険だね」
「そうだな。俺もポーロの意見に賛成だ。なんで独立遊撃権を与えられたのか分からんが、本隊の指示を仰ごう」
「クルシュ、特務艦隊本隊に通信」
「了解」
エウャン家の人間、それも男だと尚更持つ感覚がある。それは危険な何かを感じると、体のどこかが痛み出すのだ。父親のリーンは二の腕、祖父は足が突っ張るような感覚だったとか、そしてユーリィはうなじが痛む。その危険信号が、どうも強くなっているのを感じ、これはまだまだ一筋縄ではいかないな、と溜め息を吐き出した。
○ ● ○
レイジ君発案、嫁協賛、おぅさすがにキレちまったぜ俺らはよぉ計画が終わり、慣れない事はするもんじゃねぇな、ってな感じにお茶などを楽しんでいたのだが、何やら唐突にティターニア達が騒ぎ出した。
「どうしました? タニア?」
「言い難いのですが……これは」
「っ?! ああ、タツロー、私もこれ、何かありそうな感じがしますね」
「……おいおい」
「タニアのそれってモードレッドの時みたいな感じ?」
「そこまで強くないですが……気持ち悪い何かは感じます」
シェルファまで不吉な事を口走ったせいか、緊急の通信が艦橋に飛び込んでくる。
「陛下、ガイツ特務司令より緊急です。アベランタラ宙域メザリッシウス方面ポイントD43地点にて、アベランタラ準男爵の私設軍と正体不明の混成艦隊が戦っているようです。ですが、私設軍は条約に則った避難信号を出しているようなんです」
「……」
俺はついついジト目でティターニアとシェルファを見てしまう。しかし二人は、この程度じゃないとでも言わんばかりに、そこじゃない、と首を振る。これ以上の事が起こると?
「それと、リーン提督の援護に向かっていたカオス、アベル両名より報告があり、共和国軍が急にライジグスレベルの艦隊運用をし始めた、と」
「……」
これか? その思いを込めて二人を見るが、二人はこの程度か? とお互いを見合って小首を傾げる。おいおいおいおい、もっとあるの?
はあ、まあいい。それならそれで備えるだけだ。俺はキリッとした表情のゼフィーナに視線を送る。
「ゼフィーナ」
「はっ、分散は危険と判断します。なので、ガイツ、リーン提督を含めた艦隊とカオス、アベルを合流させましょう。他のコロニーは放置で。リズ、それで大丈夫か?」
「問題ありませんー。大事なのは、玉ただ一つですからー」
うふふと笑って俺を見るリズミラに、俺は肩を竦める。
「王様一人生き残って国民ゼロは無しで頼むぞ? それと、俺にとっては君ら嫁の命も大切だかんな?」
「「「「存じておりますよ旦那様」」」」
「すーぐイチャイチャする」
「ふはははは、楽しいだろ? 俺の家族は」
「はいはい、ご馳走さまー」
しっかしまぁ、なーんでこの騒動を引き起こした奴らが襲われてんだ? この宙域で一体何が起きているんだか……何とも嫌な感じだ。せっかく、問題が片付いたんだから、このままお家に帰ってのんびりしたいわぁ。いやーとっとと終わらせたい、本当に。
などと言う俺の願いは、その後木っ端微塵に砕け散り、騒動はますます混沌方向へと突き進んでいくのだが、俺達はまだその事を知らずにいたのだった。
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