第137話 悪夢と悪意と害意と滅びと ①
Side:イグン・ウエハイス
「ふむ、やはり共和国の人間にトライアイズは良く効く。しかし……」
イグンは、手に持つケミカルガンを弄びながら、自分が作り出した光景に呆れた溜め息を吐き出す。
「やっぱり突撃しかない!」
「これだから無能は困る。いいか、こちらの数は向こうより多いのだ。広範囲に包囲してしまえば殲滅など容易い」
「バカは黙ってろバカは」
見事に無能な集団の、机上の空論大会を見せられ、イグンは深々と溜め息を吐き出す。
「トライアイズは強力だが、知能指数が著しく低下する副作用がなぁ。感情の抑制も出来んし……まぁ、そうやって烏合の衆を産み出し、巨大な混沌とした国を作り上げた訳だが……目覚ましのつもりか、本当にやっかいだよ全く」
モニターには手負いの艦隊を守るように、化け物のような動きでこちらを牽制する二隻の戦闘艦。その戦闘艦には、忌々しい黎明の王国旗がデカデカと刻まれている。
「ライジグスめ。いつまでもその技術をお前達だけで独占できると思わない事だ」
イグンは忌々しげに呟くと、両目がぐちゃぐちゃに動きだし、膨らんでる腹を両手で押し込むと、巨大な何かを口許まで移動させ、ぐばぁっと吐き出した。それは奇妙な形をした触手的な生命体の塊で、一匹一匹個別に動き出すと、激論を交わしている共和国軍人へと襲いかかった。
「く、くふ、ぐふへへはあぁへへはぁ。さあ、我が子達よ、ここから地獄を見せようじゃないか」
共和国軍人達の奇妙な躍りを眺めながら、触手的生物が寄生するのを待ち、イグンは、いや、イグン・ウエハイスの皮を被った化け物は動き出した。
○ ● ○
「っ?! 何だ? 動きが変わった?」
リーン・エウャンの救援に来ていたアベルは、こちらへ向けられる砲撃が、唐突にその精度を上げた事に気づいた。
「うおっ?! ちっ! 急に至近弾が増えやがったっ! ユリシーズ、しっかり捕まれ!」
「♪」
タツローが突貫でデッチ上げた、妖精用のノーマルスーツを着たアベルの相棒ユリシーズが、やはりタツローが突貫でデッチ上げた、妖精を座らせる専用のシートをギュッと握りしめる。それを確認しないまま、アベルは思いっきりフッドペダルを踏み込んだ。
「カオス! そっちは大丈夫かっ?!」
『どうなってんのこれ。急にシールドを掠るようになってきたんだけど』
「お前はいいよなっ!」
『アベルっちも腕つけたらいいのに』
「さすがにそこまで器用じゃねぇよっ!」
チラリとモニターを確認すれば、戦闘艦でイシカワスタイルとフォーススタイルをぶちかますアルス・ナルヴァの姿が。生身でだってシビアなタイミングで、実戦でやろうなんてクレイジーな事が出来るか、と思っているアベルからすれば、本当に信じられないクソ度胸である。しかもあの船にはミクとリアが乗っているのに、だ。
「よし、派手だからカオスに集中し出した。リーンの旦那、応急修理の進捗はどうだい?」
『あと五分は欲しい。必ず動かす』
「了解。旦那を連れて帰らないと、ファラの姉さんにぶっ飛ばされるからな」
『もちろん連れていかれるさっ! やっとあのクソ共の部下という立場から抜け出せるのだからなっ!』
「頼むぜ」
アベルは男臭い顔で笑うリーンに微笑み、通信を切ってから共和国艦隊を睨み付ける。
「……何だろう、臭いな」
「♪~?」
「最近、悪い事が起こる前触れっていうか、腐ったような悪臭を感じる事があるんだ。良い事だと花のような香りがしたりするんだが……今回のはとびっきりに臭い、吐き気がする」
厳しい表情を浮かべて鼻の頭に皺を寄せるアベルを、ユリシーズは大丈夫とでも言っているように、ポンポンと頬を叩く。
「その優しさをミィにも向けてくれよ」
「プイッ」
最初程では無くなったが、それでもやっぱりミィには対抗心みたいなモノを燃やすユリシーズ。そんな彼女に苦笑を向けて、アベルは息を大きく吸い込んだ。
「カオス、引っ掻き回してくる。リーンの旦那の護衛を頼む!」
『ドジるなよ戦友』
「おうよ!」
アベルに専用船は無い。いや正確にはタツローは作るつもりでいた。しかし、それはアベルの持ち味を台無しにしてしまう結果をもたらすと分かり、アベルに専用の船を与える事は見送られた。
アベルは手に入れたのだ、潜在能力を引き出す万能調律師の力を。チューナーともチューニングとも呼ぶべきその異能。彼は使用実績が多い、大切に使用されていた物品が持つ潜在能力とも呼べる力を引き出してしまう。それは長く大切に扱われた船ならば尚更良い。そう、例えば、とあるゲームで一時期、伝が無くてずっと同じ船を乗り続けたトッププレイヤーの戦闘艦とか。
「よし、機嫌が良くなってきた。行くぞ! デミウス・トイボックス!」
トップ・オブ・トップ、デミウスが騙し騙し使い続け、その後タツローにより修理され、愛着のあるその船を使い続ける為にタツローに改造をしてもらい、デミウスというプレイヤーの代名詞ともなっていた船、デミウス・トイボックス。アベルにとって専用船よりも強力な船である。
タツローによって限界まで性能を上げられたジェネレータが唸り、効率を極限まで追求した回路を駆け抜け、爆音と黄金のフレアを吹き出すパルスエンジン。旧式の戦闘艦にあるまじき速度を叩き出しながら、ほぼ直角に艦隊の真下からアベルは突っ込んだ。
「その密集は頂きだっ!」
加速を乗せた散弾を吐き出すショットキャノンを連続で発射し、密集陣形で進んでいた巡洋艦数隻分のシールドを一瞬で飽和させ、小型の誘導ミサイルを無数に吐き出す。その姿はまさしく、箱からおもちゃが飛び出すトイボックスのようだった。
「ちっ、やっぱり反応が妙に良い」
直接戦ってはいないが、映像やシミュレーションでは何度も見ている共和国の軍とは思えない、いや、むしろ練度という意味ではライジグスの正規軍に近いレベルの物を感じ、アベルは嫌な汗を流す。
「航行に問題無し、か。それに、悪臭が強くなった」
誘導ミサイルを見事にマルチタレットガンで落とされ、それでもそれなりの数が命中したが、装甲が厚い場所で受け止められ、ダメージらしいダメージを与えられなかった。
「ち、オペレーターがうちのメイドレベルって事かよ。まあいい、ここで殲滅できないなら、情報を出来るだけ集めて、タツローさんとゼフィーナさんに任せよう」
艦隊を切り崩せない状況なら、ちゃんとしたセオリー通りにすれば良い。アベルはすぐに意識を切り替えて、撃墜するのではなく、艦隊の運用情報を収集する方向で行動する。
「これはこれで時間稼ぎになる。さあ、もっと情報を見せろ」
光条とミサイルと質量弾が飛び交う中、それらをするする抜けるように飛び、自称、ライジグスでもっとも地味な男(大嘘)は、時間稼ぎと情報収集に集中するのであった。
○ ● ○
Side:スーサイ・ベルウォーカー・ダンガダム
帝国からアベランタラ宙域にたどり着くには、数度のハイパードライブを使用し、最短でも二日三日は必要となる。だがそれも、帝国が前々から建築していたゲートを使用すれば、数時間に短縮が可能となる。スーサイはゲートを利用し、北部辺境地域の入り口に設置された軍事拠点にたどり着いていた。
「配備はどうか?」
北部辺境を統括する北部司令部の司令官、士官学校時代の同期でもあるロイター・ヴェルモント子爵は、にやりと笑ってスーサイの肩を叩き笑う。
「突貫で作業中だ。それより、大出世じゃねぇか」
「やめろ、士官学校ではないのだぞ?」
「かてぇ事いうなよぉう。なんでぇぃ、偉くなった途端につれねぇじゃねぇか」
「はあ……お前は変わらなさ過ぎだ」
「だあーはははははは、男なんて、んなもんだろうが」
「そこは同意するが、せめて公私の区別はしてくれ。俺はお前の直属の上司なんだがな」
「気にすんな気にすんな、今夜は飲もうぜ」
「気にしろ、馬鹿者」
学生時代からまるで変化の無い悪友に、スーサイは体の力が抜けていくのを感じる。どうやら知らず知らず緊張していたようだ。
そんな友人の雰囲気を見抜いたのか、ロイターは頬をコリコリ掻きながら、呆れたような視線をスーサイの背後に向ける。
「しっかし、ひでぇなおい」
「……言わないでくれ」
口先だけ大王の第三艦隊を率いてやって来たのだが、ゲートを抜けて通常空間を航行中に、それ程密度が高くないデブリ地帯を抜けてきたのだが、それだけで第三艦隊はボロボロになってしまった。スーサイ率いるダンガダム私設軍は無傷なのが余計に悲しみを誘う。
「連れてかない方がいいんじゃねぇか?」
「そうもいか……ん? 具体的な情報があるのか?」
珍しく友人の歯切れの悪い口調に違和感を感じて問い詰めれば、普段の豪放磊落な様子は鳴りを秘め、声を潜めてスーサイに告げる。
「あー……そうだな、ファリアス派のリーンがかなりやられたらしい」
「なっ?! あのリーン提督がかっ?!」
思わず大声を出したスーサイに、ロイターはトントンと人差し指を立てて唇を叩く。スーサイはコホンと咳払いをすると、話の続きを促すように目配せした。
「こっちも観測施設の望遠映像で見てただけだから詳しくは分からんが、相手の、ヴェスタリア王さまの軍の練度がやばかった。正直、俺はあそこに行きたくねぇな」
「お前がそこまで言うか……」
帝国の辺境軍事拠点の司令官というのには二つの力が求められる。武勇と知恵だ。この男は戦闘狂でありながら戦術眼にも長けるという、武将になるべくしてなった男なのだが、その男の口からこれ程の弱気を聞くのは初めての事だ。
「妙な事に、共和国が強いんだわ」
「……それは何かあると言っているようなもんだぞ」
「だよなぁ」
最弱最低、それが共和国軍の各国の評価である。それは軍事行動が取れないという致命的な弱点から来るのであるが、その共和国軍が強いとなれば、それはもう異変レベルのナニかである。
「そういう訳だから、突貫とは言え、十分な備えは必要だと思うんだわ」
悪ガキそのものな笑顔で言う悪友に、スーサイは溜め息混じりに告げる。
「……分かった。次の日に残らない程度であれば付き合う」
「だあーははははは、そう来なくちゃな! じっくりあの高慢ちきお嬢様の話を聞かせろや」
「……高慢ちきではない、プラティナムだ」
「だあーははははははははっ! お前の口から惚気が聞けるなんて、良い日だぜ!」
「ちっ」
悪友にまんまと乗せられた気がしたが、どうも状況は悪いらしい。ならここで適度に緊張を抜くのも必要だろう、スーサイはそう判断して、部下達に指示を飛ばし明日に備えるのであった。
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