第136話 ルヴェ・カーナの戦い ⑨

 Side:帝国評議会改めレイジちゃんねる@O・SHI・O・KIタイム


「グ、グランゾルト殿、こ、これはどんな茶番ですかな?」


 ジャミハム・ゲーブル・ファリアスが上ずった声で聞いてくるのを、アリアンは鼻で笑う。


「至って真面目だが? ああ、この映像が特殊加工と疑っているのか?」


 すがりつく様な貴族達の視線に、アリアンは妖艶に微笑む。


「もちろん本物だぞ」


 アリアンの言葉に、貴族達が声にならない悲鳴を上げる。


 そもそもの話、あの国王を嬉しそうに義父ですと自慢する、超絶無敵ダークマター腹のライジグス王国宰相様が、相手に弱みや引け目、アドバンテージとなる要素を与えるような事をするはずがない。むしろ是非、そんな部分を与えて欲しいくらいだ。


『そっちの茶番はそれで終わりでよろしいです?』

「おっと、失礼した」

『いえいえ、では話を始めますね』


 ライジグス王国宰相レイジ・コウ・ファリアス・ランスロットは後に、少年の皮を被った魔王、と呼ばれる事になる外交と言うには威圧的脅迫的すぎる話し合いを始めた。


『まず、アルペジオとサンライズに、ファリアス派とジゼチェス派の工作員が不法に入国しましてね。それを見ていたオスタリディ派は怖じ気づいたようで、逃げましたが。そこのところはどう釈明されますか? ジャミハム殿、バスド殿?』

「「全く初耳だが?」」


 レイジの問いに、二人は思わずハモり、嫌そうに互いを睨む。しかしこの時、レイジが心底嬉しそうに嗤ったのに気づいた貴族達は、直感的に二人がやらかしたと気付く。


『そうですか。何でも両派閥でも最強の工作員だとか、ミハイル、スタット、フェゼベ――』


 レイジが淡々と二人が送り込んだ工作員の名前を告げていくと、段々二人の顔から血の気が引いていく。


 裏の仕事を専門とする工作員は、もちろん尋問やら拷問やらに耐性を持っている。そのように訓練されるのだから当たり前で、彼らが送り込んだ工作員が、それらを受けて口を割るとは考えられない。いや、もしかしたら名前だけを告げて黙っただけかもしれない。いやいや、それこそあり得ない。そんな考えが二人の頭の中で駆け回る。


『かわいそうに……ミハイルには子供が二人、ジャミハム殿の口利きで帝国士官学校に入学されるんですよね? 大変でしょうねー、結構、お金必要なんでしょ? まだ若い奥さんなのにねぇ』

「っ?!」

『スタットとバスド殿の息子さんとは親友なんでしょ? しかも息子さんは活動に反対していたらしいじゃないですか? これを知ったらどうなるんですかね? うふふふふ』

「っ?!」


 なんだこいつは。二人は巨大なモニターに映る少年を、驚愕の瞳で見るしかなかった。まるで友達と無邪気に遊んでいるような笑顔なのに、圧倒的な重圧を感じずにはいられない。しかも、工作員の個人情報まで抜かれている。これは完全に口を割ったと思うべきだ。


『口を割ったな、って思いました? あらら、それはさすがに彼らに失礼ですね。彼らは口を割ってませんよ? 最後までプロとしての職務に殉じました。そんなんだからその程度の派閥すら上手く操縦できないんじゃないですか? お二方』

「「ぐっ?!」」


 その様子を見ている七大公爵三人は、心の底から追求される立場じゃなくて良かったと、いるかどうかも分からない神に感謝を捧げた。というか、物凄い怖い。タツローの場合、責め方が直情的なので一喝されて終わり、みたいなさっぱり感があるが、この少年宰相は本当にじわじわじわじわじわじわと、真綿よりも柔らかいナニかで、首を何重にも丁寧に巻き付けて、笑顔でじわじわじわじわじわと、ゆっくり愉しみながら上機嫌で締め上げてくる恐怖感がある。


『そこのパテマド殿。自分は関係ない、みたいな顔をされてますがね? 我が国の国母たる正妃様を害する命令を出してる時点で同罪ですからね? 知らないとでも思っているなら、ちょっと我が国舐めすぎですよ。ああ! そうそう、貴方が入れ揚げている女性、いい加減気持ち悪いそうで、我が国に亡命されましたよ。あははは、無様ですねぇ』

「なっ?!」


 レイジ・オンステージ。無邪気な少年らしい笑顔なのに、その笑顔は獲物を一方的に刈り取る魔王のように見えてきた。


『何より無様なのが、お前らの工作員ごときが僕らの一般兵に勝てるって思ってる事が無様だわ。おっと失礼、ではこんな映像を用意しました、ご覧ください』


 モニターに新しいウィンドウがポップアップし、そこにジャミハムとバスドが送り込んだ工作員の姿が映し出される。彼らはセンサー関係や対人での視認を誤魔化す、工作員用特殊装備に身を包み、プロフェッショナルらしい動きで、コロニーの港と思われる場所を、慎重に進んで行く。


『それは不法侵入って犯罪行為なんだよ? おじちゃん達犯罪をするのは駄目だってお父さんお母さんに教わらなかった?』


 映像に幼女が映り、その奇妙な白黒の衣装を着た幼女は、特殊装備で姿を消しているハズの彼らをしっかり認識し、呆れた様子で手に持つ不思議な棒状のナニかで肩をトントンと叩く。工作員達に動揺が走ったが、次の瞬間には相手を無力化する事を選択したようで、麻酔銃パラライザーを幼女に向けた。


『はい、真っ黒だ。確保』

『ぐあっ?!』


 どこから現れたのか、突然別の少女が画面に現れ、工作員達をいとも簡単に気絶させていく。


『もぉ、あたい一人でも大丈夫だったのに』

『ふふふ、そうね。でも貴女はまだ見習いの見習いなんだから、せめてもう一段上がってからね』

『ぶーぶー』


 ほのぼのとした光景だが、あちらこちらから白黒衣装の少女達が現れ、気絶している工作員を軽々持ち上げると、無言で立ち去っていく。後には不思議な棒状のナニかで床を掃く幼女と、それを優しく見守る少女の映像が流れ続けた。


『彼女達はメイドという、まぁ我が国のハウスキーパーみたいな仕事をしている女性達だよ。もちろん荒事を専門としている職業じゃない。我が国の入隊したての兵士でも彼女達程度の戦闘力はある』

「「「「……」」」」


 にこり、無邪気に笑ってレイジが言うと、もう誰も何も言えなくなっていた。


 その様子にレイジが嗤う。


『ではでは、はい、どん!』


 レイジが何かを取り出し、モニターにそれを映す。


「「「はっ?!」」」


 金色に輝く王冠、銀色の光を湛える錫杖,

神秘的な雰囲気の鏡、それを見たジャミハム、バスド、パテマドは足元の土台が静かに確実に崩れ落ちる音を聞いた。


『ヴェスタリア王家からファリアス、ジゼチェス、オスタリディに下賜された三種の象徴。確か、ハイドレンジア、と呼ばれる何者かに破壊され、その残骸が帝国博物館に所蔵されているんですよね? これ、なぁんだ?』

「「「……」」」


 言葉も無いとはまさにこの事。誰も何も言えない空気感の中、モニターに別の人物が映し出された。


 アリアンは後に語る。魔王なんて可愛く見える、そこには超魔王達が降臨していた、と。




 ○  ●  ○


「頭が高い、ひれ伏せ」


 普段のゆるふわガールはどこに消えたのか、リズミラが物凄くひっくい声で命令すれば、アリアンちゃん達を除く貴族全員が、弾かれたように椅子から転げ落ち、まるで時代劇のラストみたいな様相で土下座する。


「貴様達の悪巧みは知っている。申し開きを聞く耳も持たない。なのでこちらの決定だけを告げる」


 ゼフィーナがやっぱりひっくい声で言えば、頭を下げていた貴族達がすがるような上目使いでこちらを見上げてくる。うん、正直、おっさん連中の上目使いってきっしょいわ。


「どのような事が起こり、どのような不手際で象徴が失われたか、貴様らはもう知っているだろう。だからそこは追求はしない。だが、象徴は甦った。これにより我々が正統なるヴェスタリアの後継であると証明された」


 無表情に語るファラ。美人がこう、感情を殺して淡々としゃべるって、うん、ちょっとチビりそうだ。


「貴様らにファリアス、ジゼチェス、オスタリディを語る資格無し。今後、我らの名を語るのであれば、相応の覚悟をせよ」

「我らは星を砕き、コロニーを蒸発させ、全てを薙ぎ払う力を持つ。無論、無辜の民にこれを振るうつもりはない。だが、痴れ者を討つためにならば喜びその力を使おう」

「二度はない。次はない。許しも無い。心せよ愚かなる者共よ」


 ゼフィーナとリズミラとファラに肩を叩かれ、俺は手に持ったエクスカリバーをガンと床に打ち付けた。その俺の手にヴィヴィアンがヒラリと座り、俺の右腕にティターニアがヒラリと乗り、俺の肩にサクナちゃんが座る。


「心せよ。常に我らは見ているぞ」


 よし! ちゃんとドスを効かせた感じに言えたっ! 後は任せた! レイジきゅん!


 タイミング良く通信が切られ、俺達はそろって脱力し溜め息を吐き出した。いや、これ疲れるっ!




 ○  ●  ○


 超魔王達がモニターから消えると、貴族達は呼吸をする事を忘れていた事に気付き、慌てて息を吸い込んだ。


 あちらこちらでゲホゲホと咳き込む声が聞こえ、しばらくそれが続いたが、やがて貴族達の怒りが沸き上がっていく。


 貴族達の怒りがジャミハムとバスド、パテマドに向けられる。その怒りを受けた三人だったが、ピクリとも動かず顔面蒼白のまま、ぐったりと椅子にもたれ掛かっていた。


 それはそうだろう。彼らにとってファリアス、ジゼチェス、オスタリディの名前はアイデンティティの根幹だったのだから。


 そんな三人の様子に満足そうに頷いたレイジは、慇懃無礼に一礼すると口を開いた。


『ただの観光ならいつでもいらっしゃって下さい。もちろん正規の手順を踏んで、ですけどね。ではではアリアン殿、我が国からは以上です』


 清々しい顔で笑うレイジに、アリアンはじっとりした視線を向ける。それを受けたレイジは軽く肩を竦めて通信を切った。


 本当に怖い国だ。だが、これでこちらもかねてより計画していた事を実行に移せる。アリアンはキリリと顔を作ると、覇気に満ちた声で告げた。


「これより帝国は政治形態の変革を進めていく。これまでの大公爵家の政は継続するが、そこに皇帝陛下を加える。もちろん、陛下もみっちり勉強していただいている。なので、帝国評議会は本年度をもって解散とする」


 アリアンの宣言に、評議会が揺れた。それは帝国が本当の帝国に生まれ変わる重大な決断だったと、後の歴史で判明するのだが、それは遠い未来の話。

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