第135話 ルヴェ・カーナの戦い ⑧
Side:ユーリィ・エウャン
「そろそろエネルギー触媒が切れるぞ!」
「ヴァン! 砲撃からミサイル中心にっ!」
「ミサイルの残弾も残りわずかだってのっ!」
「シールド発生機もそろそろ限界っ!」
「フラウ!」
「こっちも出力が不安定だって言ってるでしょうにっ!」
「ポーロ! 防衛艦隊は?!」
「駄目だ! 動きが凄まじく鈍い!」
初撃の奇襲、その後の包囲突破、そこまでは良かった。だが、ユーリィが予想したよりも、ドゥガッチの防衛艦隊の出撃が遅く、その為、完全に矢面に立たされている状況に、どんどんじり貧へと追い込まれていた。
「スコア幾つだっ?!」
「知らんし重要な事かっ?!」
「重要だ! このドリームチームで稼いだ記録だぞっ! 死んでもそのスコアだけは覚えて死ぬっ!」
ヴァンの言葉に艦橋が沈む。誰もが考えないようにして、誰もがその最悪に向かっている事実に、士気が急加速で落ちていく。
「ここで死ねるかっ! 自分は適当な企業に就職して、適当に仕事して金を稼いで、美人の嫁さん貰って、子供作って、子供育てて、老後はのんびり嫁と暮らすって決めてるんだ! こんな下らないところで死んでたまるかっ!」
急降下していく士気に抗うようにユーリィが叫び、重い空気が多少軽くなる。だが、それで相手の攻撃が緩むわけではない。
何とか、何とかこの状況を抜け出す方法は無いか、それを求めてひたすらモニターを睨み付けるユーリィ。その姿に他のメンバーも弱気を気合いで跳ね返す。
そんな時だった――
「っ?! 直上! ドライブアウト反応っ!」
「識別確認っ!」
クルシュの悲鳴のような叫びに、ユーリィは祈るように叫ぶ。
「識別、敵でも味方でもありませんっ?! どこのコードこれっ?!」
「相手に通信をつな――」
『はいはーい、君達凄いじゃない。不甲斐ない正規の軍隊より活躍してるわ。だからアタシ達の国に就職しなさい?』
「「「「はい?」」」」
底抜けに明るい声で告げられた内容に、艦橋にいた全員が同じ反応をする。その間に、ドライブアウトした船がその姿を表し、船に刻まれた紋章を見て、ユーリィは目を丸くした。
「ライジグス?! 黎明の王国旗っ?!」
『はい正解。ご褒美は貴方達の安全ね』
艦橋にけたたましい緊急アラートが鳴り響くのと同時に、こちらを攻め立てていた艦隊が文字通り蒸発した。何が起こったのかまるで理解できない光景に、ユーリィは改めてモニターに映る船を見る。美しいシルエットのその船を。
○ ● ○
「そうそう、アタシの名前はファラミラール・デフィルス・ファリアス・ライジグス。ライジグス王国四正妃の一人ね。よろしく、ユーリィ・エウャン君。中々良い気合いだったわよ」
『と、当代、ファ、ファリアスの、ひ、姫巫女様っ?!』
「そんな肩書きもあったわねぇ。そんなのはどうでも良いのよ。どうかしら? そこに乗ってる子達全員で、ライジグスに就職しない? ああ、勿論、希望は聞くわよ? 武官じゃなくて文官が良いとか技術士官をやりたいとか、色々あるだろうしね」
『……ま、まじですか?』
「ええ、大真面目よ? 若者の将来を寄越せって言ってるのに、茶化さないわよ」
あっちの子供達の説得はファラに丸投げしといて、こっちはこっちの仕事をこなそう。
「いやあ、暇人共の超技術は何回見せられてもバグってるとしか思えないよね」
ケタケタ笑いながらヴィヴィアンがこき下ろす。暇人じゃなくて遊戯人な。いやまぁ、クランメンバーほぼ全員が廃人っぽかったから暇人ではあったんだろうけどさ。
「旦那様、先程の攻撃、シールド貫通しませんでした?」
「そりゃぁ、この船の武装だからねぇ」
「アロー・オブ・サジタリウス。調整が難航していたファラの旗艦。また、凄い戦艦ですよね、これ」
「君のフェイト・オブ・ノルンもヤバイんだけどね」
「♪~♪~」
「ああ、サクナちゃんはノルン好きだったな」
「♪」
折角ファリアスの影響がデカい場所へ行くんだからと、ファラが選んだ戦艦アロー・オブ・サジタリウスで乗り込んだんだが、いやぁ、相変わらずエグい船だ。
この船のコンセプトは、狙撃。サジタリウスの矢だからね、そりゃあ、狙い射つぜっ! という感じになる。この船の性能を限界まで引き出す為に、ファラは火器管制のエキスパートを目指した訳で、その結果が先程の砲撃という名前の狙撃だったのだ。
本来の艦隊戦闘というのは、百ブッパして五十当たるか当たらないか。百発百中というのは、高性能な制御コンピュータを配備しても難しい事である。だが、これを真正面から否定しやがった変態がおってな、そいつが目指したのが、コンピュータで無理なら人間を限界まで鍛えればいいじゃない、という根性論であった。
量子コンピュータが提示する未来予測に近い観測データを、鍛え上げたスキルを持つエキスパートが瞬時に取捨選択することで、命中率百を実現しちゃるぜ、というのがこのアロー・オブ・サジタリウス号である。しかも、使用している主砲副砲対宙機銃に至るまで、全部が全部レールキャノンとレールガンという頭悪い仕様。それらに使う弾丸を製作するプラントまで完備している、もう変態による変態が楽しむ為の変態の遊びの集大成みたいな船だ。これをファラが嬉々として選んだ時は、この娘っ子、完全に俺ら側のアトモスフィアを持ってやがる、と思いましたまる。
「説得完了したわよ」
「……あれはー説得というより命令だと思うのですがー」
「幸せにはなれるわよ? ファリアス派に利用されるよりかは」
「まぁーそうなんですがー」
ニコニコしながらファラがドヤッとその大きなお胸様を張る。くっ、良いモノ持ってやがるぜ。
「あとはリーンの親父を引き込めばいいかな。他のファリアス派はいらね」
「あら、あのリーン提督とお知り合い?」
「まあねー。っていうか、アタシが逃げる時に協力してくれたのよ。あの親父がいなかったらここにいないわ」
「なぬっ?! それは俺にとっても恩人じゃねぇか!」
「……あー、そうかも?」
そういう重要な事はちゃんとしましょうよ、まいわいふ。
「大丈夫よ。あっちはアベルとカオスがいるんだし、むしろオーバーキルだから」
「いや、そーゆー問題じゃなくてだね?」
「あまり仰々しすぎるのも嫌うのよ、あのおっさん」
「……ますます気が合いそうな予感がするんだが」
そんな馬鹿話をしている間に、やっとこさノロマの防衛艦隊が出撃し、こちらの所属とか識別とかをまるっと無視して取り囲んで来る。うーんこの……
「旧王家の派閥なんて、どこもこんなもんよ? だからとっとと縁切りしたいのよ」
「面倒の一言ですからねー」
「その癖、プライドばかりはご立派なんだよな。反吐が出る」
嫁達の顔が怖いでごわす。レイジ君はやくはやくぅー!
○ ● ○
Side:帝国評議会
帝国の政は、ほぼ全て七大公爵によって決定され、彼らの命令により帝国は動いている。だが、一応、民主主義的な旗を掲げている国ではあるので、形だけの評議会と言うモノが存在している。これは、一種のガス抜きというか、不平不満を持つ貴族議員達が集合して、それっぽい議題で皇帝に対する罵詈雑言をここで吐き出していく、そんな感じの会議であった。
その評議会に、今回、本来ならば存在しない、というか存在して欲しくない人物達が参加していた。
アリアン・ファコルム・グランゾルト。アルクルス・ジョクラ・セルレイト。プラティナム・ケットス・ダンガダム。三人の大公爵が参加していた。
「なぜグランゾルト卿らが参加しているのだ」
ジャミハム・ゲーブル・ファリアス。どこからどう見てもマフィアのボスにしか見えない、かなりの悪人面をした男性が、側近の男に聞くが、側近も知らないとしか答えられなかった。この悪人面をしている男がファラの父親である。
「おやまぁ、ファリアス派が派手に動いたから、釘を刺しに来たのではないのかな?」
ジャミハムの言葉を聞いていたバスド・ロンド・ジゼチェスが、爬虫類のような顔に、ねっとりとした笑みを張り付けて、嫌みと皮肉を大量に含んだ言葉をぶつける。全く似ても似つかないが、ゼフィーナの父親だ。
「ふん、ファリアスだけじゃなかろう。貴様も裏でコソコソ暗躍していると、もっぱら噂になっておるわ」
険悪な雰囲気の二人へ、頑固親父を絵に描いたような男パテマド・ザビア・オスタリディが、両方共同じ位愚かだと言わんばかりにこき下ろす。百八十度以上違う、むしろ血の繋がりはあるんか? と問いかけたくなるが、リズミラの父親である。
「「お前が言うな」」
「ふん」
つまりはこの三人が、旧王家の派閥の長である。
「どうした? 我らがいるから皇帝陛下への悪口が吐けぬか? いつもの悪巧みはどうしたのだ? ジャミハム、バスド、パテマド」
そんな三人へ、つまらなそうな表情のアリアンが声をかける。三人は全く似合わない愛想笑いを浮かべ、いやいや、そんな事してませんよ? とすっとぼける。
「そうなのですか? 旧王家の復興をする準備をしていたと聞いてますが?」
氷の貴公子と名高いアルクルスが、氷よりもなお冷ややかな視線を三人へ向け、そこからさらに数人の貴族達を流し見する。それだけで、三人の重鎮はとても苦いモノを差し込まれた気分へ陥った。
どこぞの新興国みたいに、超絶技術と軍事力を最初から持っているわけでもない自分達は、どうやっても帝国に寄生しながら国の基礎を作らなければならない。ここでそれを暴かれると非常に不味いのだ。
「いやはや、それはきっと聞き間違いだと思いますぞ。我らは帝国と皇帝陛下に絶対の忠誠を誓っておりますれば」
ここは下手に出るしか手段がない。そう感じた三人は、素早く派閥の貴族達に視線を飛ばし、何とかこの場を乗り切ろうと一致団結した。
「別にその忠誠はいりませんけど?」
「「「「はっ?」」」」
まるで商人のように揉み手をしながら機嫌を取る貴族達に、プラティナムがバッサリ切った。
「レイジ・コウ・ファリアス・ランスロット卿」
『はい。お、役者は揃いましたか』
「うむ」
聞き捨てならない名前を聞かされ、評議会は騒然となり、さらに評議会の巨大モニターに映し出された少年の姿に貴族達は言葉を失う。
そこに映っていたのは、伝説でのみ語られる幻の種族、ル・フェリを肩に乗せた自信に満ちた表情で微笑む、どことなくやんちゃな感じの少年だった。
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