第134話 ルヴェ・カーナの戦い ⑦
Side:前士官学校訓練艦クル・ペクス艦橋
デブリ地帯を抜け、奇襲を完璧に決めて敵の巡洋艦、シルエットからすればニラ・ルカナ級の巡洋艦に見えるが、どうも微妙に違う感じのそれを爆発四散させれたが、奇襲に気づかれ彼らは敵に囲まれていた。
「これ終わったんじゃね」
火器管制を任されたヴァンは、ひきつった顔で、それでも皮肉な笑みを浮かべながら、汗が吹き出る手で火器をいつでも射てるように備える。軍に入隊する前、一応士官学校の生徒ではあるが、スコアを一つ刻めた段階で彼は満足していた。だからここで落とされても悔いはない。
「いやいや、ここで終わる訳にはいかないよ。クルシュ、シールド、君が練習してた奴、あれ頼むね」
「うえぇっ?! どこまで把握してるの?」
「さぁ? どこまでだろうね」
ヴァンは普段の彼女からは絶対出ない声を聞きながら、そら恐ろしい気持ちでユーリィを見上げる。
こいつは確かにあの天才リーンの息子だ。学校ではボンクラを演じていたようだが、こうして指揮下に入り、その指示を受ければ嫌でも分かる。こいつも絶対に、その才を天から与えられた人間なんだ、と。
自分もそうだが、一芸しか出来ない、というかそれを愚直に磨くしか出来なかった人間を、こうも簡単に使っていく指示能力。場面場面でこちらのパフォーマンスを引き出す能力。何より、この正規の軍人でも逃げ出したくなるような場面で、不動の山のようにどっしりキャプテンシートに構える胆力。こんなのが落第生と評価していた学校は、とんだ節穴じゃねぇか、彼はそう思っていた。
「トルム、機関部へ、後先考えないで触媒を投げ込んで、とにかくジェネレータをぶん回せ、と指示」
「サーイエッサー!」
「フラウ、合図を出したら全力で潜り込め」
「はいはい、全く人使いの荒い」
「ヴァン、回せるエネルギーはカツカツだ、ポーロの指示通りに狙撃する気持ちで射て」
「サーイエッサー!」
全く、何て楽しいんだか。チラリと艦橋を見回せば、全員が全員、凄く良い顔で笑っている。そうだ、本来俺達は、こういう世界を目指していたんだ。学校で能無しと馬鹿にされて、他のデキの良い生徒と比べられ、くさくさと腐ってきたが、これは悪くない。
「……出来れば、あいつの下で働き続けたいけど……」
まぁ、無理だろう。これで生き残ったら、二代で英雄誕生のプロパガンダに使われるだろうし、そうなったらファリアス派のエリート様達が出張って来るのは目に見えている。これが最初にして最後のラ・ホルンセブンの戦いになるだろう。
「各員奮闘を期待する」
「「「「サーイエッサー!」」」」
○ ● ○
「うほほーい、すげぇすげぇ」
「あれって訓練艦だよな? って事は学生が運用してるのか?」
「あれはスカウトしましょう、こちらで確保すべき人材ですよ旦那様」
周囲を六隻の巡洋艦に囲まれて集中砲火を受ける訓練艦。それを最小の動きで致命打を避け、直撃コースを潰し、ロックを外せないミサイルをシールドで個別にピンポイントに操作する事で直撃を避ける、そんな熟練のプレイヤーみたいな行動をしてやがる。しかも、お前はどこの復讐者だ? と思わずにいられないガンカタというかガンフーというか、相手の攻撃を受け流してそこに砲撃を叩き込みダメージを蓄積させていく、何て芸当まで披露する始末。ありゃぁ、学生のレベルじゃねぇわ。
「出ました。ユーリィ・エウャン、フラウ・レッセリウス伯爵令嬢、ポーロ・ナグラフィス、クルシュ・ボールドウィン男爵令嬢、ヴァン・ジズ、エリン・コラン、トルム・スン他十名くらいですね。コードネーム、ラ・ホルンセブン」
「おー精鋭部隊って事ならナイスネーミング」
「「「「えっ?」」」」
「えっ?」
いや何でそんな馬鹿なのこいつ、みたいな目で見るし? ラ・ホルンってそもそも改造メインの一時代を築いた変態メーカーの最強名船じゃんか? しかもMk.7っつったら、ラ・ホルンシリーズで最強の拡張性を持つ、愛好家が大量増殖した最終ロットじゃないか。その後のラメル・ホムスも良い船だったけどさ、無難な方向に行っちゃって廃れたよなぁあのメーカー。って事を話すと、ゼフィーナが額を押さえる。
「歴史に名を刻んだ欠陥艦って評価なのだがな」
「いや、そも、あの構成を見て、それをそのまま使うって発想になるのが馬鹿だろ?」
「それは旦那様だけの常識という奴なのでは?」
「うん? あーあーそうか、ゲームとこっちだと別物って事もあるのか、どれどれ」
一応、残されているデータを確認してみるが、やはり改造前提の構成をしていた。
「やっぱり改造前提じゃん。これをそのまま乗って欠陥艦って馬鹿じゃん」
「「「「はぁ」」」」
何でこっちが呆れられてるんですかね?
「タツローさんタツローさん、あの子達ヒップファイヤーやってるし」
「えっ?! うわっ!? すげぇ! おほほーいっ! すげぇっ! スカウトしようっ! 絶対引き抜こうっ!」
「「「「ひっぷふぁいやー?」」」」
俺達が少し視線を外している間に、訓練艦の動きがますます変態度を上げ、わざと相手の船に近づいてシールドを飽和させ、そいつを一斉射で撃沈、その爆発を自分達のシールドで受け止めて初速を稼ぐ、いわゆる尻加速、さすがに下品ということでヒップファイヤーと呼ばれるようになった技術で包囲網を抜けきった。やりおる。そしてこっちに引き抜き決定。あれってクソ根性ってか、タイミングがシビアで相当気合いの入った奴じゃないとビビって失敗するんだよね。
「そろそろか?」
「はい、ここから介入出来ます」
「よし、ルー君も良いんだね?」
「はい、もうあそこまで正統性を持っているんです。文句を言うのはお門違いですから。もちろん納得もしました」
「俺としては、別にそこまでしなくても良いんだよ?」
「いえ、自分も少々疲れました……ここら辺で楽になりたいなぁ、と」
「良い性格してるよ」
気が抜けた、というか柔らかくなった表情のルータニア君を見て、俺はハイパードライブ前の話し合いを思い出した。
『パパン! お仕事です!』
「はい?」
喜色満面のレイジ君という、何やら嫌な予感がプンプンしやがるモノを見ながら、話の続きを促す。
『ファリアス派とかジゼチェス派とかオスタリディ派とか、黙らせましょう』
「ん? ん? ん?」
いや、いきなり何を言い出すんだこの息子は? そう思って奴の義理の母を見れば、これまで見た事が無いレベルに上機嫌な様子で説明してくれた。
つまり、旧王家と呼ばれる、現帝国の大公と呼ばれている存在がいてだ、それは嫁達の実家であるんだが、何でも面従腹背状態でこそこそレジスタンス的な事をしてるらしい。しかしだ、いつなんどき爆発するか分からない超重粒子爆弾みたいなあの馬鹿相手に、それこそ矢面に立って批判するなんて行動が出来るはずもなく、完全なるファッションレジスタンス活動だったらしいんだが、それが最近になって変化が生まれたらしい。はい、俺のせいです。いや、正確にはゼフィーナ達が名を上げちゃったのが不味かった。
一番マズッたのが、ゼフィーナの旗艦主砲ブッパ。あの力があれば皇帝恐れるに足らず、となってしまったらしい。そして、実家から来る呼び出し、脅迫、強要、ゆすりたかり、と貴族とは何ぞやという、糞忌々しいラブコールが届くようになり、俺は知らなかったが、結構な密入国未遂が行われていたらしい、ゼフィーナ達の拉致目的で。
「……ほぉーぅ」
「タツローさんタツローさん、目、目がヤバイ」
「捻切り、切り割き、八つ裂き、磨り潰してくれようか?」
「殺気! 殺気がヤバイって!」
こほん、失礼。んでまぁ、いい加減面倒臭いと思っていたところに、今回、旧王家が持っていたという神器を、俺が持ってるって判明し、これはチャンスだ動こうって話になったのだ。
『調度良く、ファリアス派の一大拠点であるアベランタラ宙域での扮装ですから、ここに介入して黙らせるのも、今後の事を考えれば重要になります』
「そっちは任せる。こっちは物理的に黙らせよう」
『はいそれで行きます。唐突で無作法ですがルータニア殿、ルブリシュ解放軍をライジグスへと下りませんか? あ、言葉が悪いか……正式な我が国の一員として、我が国の民になりませんか?』
「……」
レイジ君はニッコリ笑って、王冠、錫杖、鏡を見せながら、そりゃぁあんた性格悪すぎんだろ、と思う手法で説得。最終的にルータニア君も納得し、俺達の国の一員となったのだった。
こうしてハイパードライブで、一気にヌテッィア宙域を抜けてアベランタラのドゥガッチ惑星改造コロニーへと出向いたわけだ。はい、今ここ。
「しっかしまぁ、コロニーの動き悪いなぁ」
そろそろハイパードライブ状態から抜けるという場面で俺が呟けば、ルータニア君が苦笑を浮かべる。
「我が国の練度がおかしいレベルというのもあるんですが、本来、コロニーへ直接攻撃というのは、国際的に禁止されている行為なんです。だから想定されていない。想定されていないから訓練もしてない、反応が悪い、という風に繋がるかと」
「……え? コロニーって攻撃したらダメなの?」
「「「「はいぃっ?!」」」」
え? クラン対決とかすると、普通にコロニーの二・三基は破壊されますが何か? 今、必殺のコロニー落とし! やめて! オーストラリアのライフはゼロよっ! 作戦とかすんげぇメジャーだったんだが。へぇ、こっちだとコロニーへの攻撃はご法度と……うん、国王、宇宙の、新しい、常識、覚えた。また、一つ、賢くなた。
「まぁ、いつもの旦那様だ。気にするだけ無駄だな……お姉様、学生達の説得は任せますね」
「はいはーい、任されましょう」
「シェルファは宙域全体の情報を支配」
「直ちに」
「リズミラは、全域の敵の動きを分析してくれ。シェルファと同時進行が良いだろう」
「畏まりましたー、隊長ー」
「ふふふ、実働部隊の指揮はガイツ、ルータニアに一任。やれるな」
「「はっ!」」
「……おー、俺、いらねぇじゃん」
テキパキと指示を出すゼフィーナに苦笑を向けながら、俺はモニターを見る。どうにも、こう、気持ち悪い感じがするんだよな。何だろうこれ?
「ま、いいか。よし、俺も戦闘艦で待機――」
「陛下はあっちです」
「アッハイ」
嫁に腕を引っ張られ、キャプテンシートに座らされると、俺の横にゼフィーナが立ち、背後にはガラティアが控え、艦橋が熱気に包まれていく。
「北部扮装に介入する。では陛下、お言葉を」
「うえぃ?」
いきなり何を言い出すんだこの嫁は。そう思って視線を艦橋に向ければ、こう、何だ、アイドルでも見てるようなキラキラしい視線ががががが。これ、何か言わんとダメな感じやね。
「えー、まぁ、気張らず焦らずいつも通りに、各員怪我とかしないように頑張ろうね」
「「「「はいっ! 頑張ります!」」」」
呆れたように笑うゼフィーナを視界に入れながら、俺達の艦隊はドライブアウトするのであった。
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