第133話 ルヴェ・カーナの戦い ⑥

 Side:前士官学校振り分け班ラ・ホルンセブン


 ドゥガッチ惑星改造コロニー襲撃時より時間を少し遡る――


 防衛拠点イーラムより少し外れた宙域で、前士官学校の学生達が乗艦する艦船が、実践的な訓練を行っている。


 帝国工廠の信頼性が高いディサランテ級重巡洋艦クル・ペクスが四隻と、ニラ・ルカナ級巡洋艦サティニール五隻が、中々の動きで本格的な訓練をこなしている。どちらも退役した旧式艦であるが、その動きは素晴らしい。


 だが、一隻のクル・ペクスが徐々に遅れ出し、隊列が乱れていくと、それが予定調和だったかのように、他の艦船がその一隻を見捨てたような動きをし始める。


『また貴様らかっ! このラ・ホルンセブン共がっ!』


 クル・ペクスの艦橋に、けたたましい怒声が鳴り響き、それに負けないくらい強烈な迫力を持つハゲ頭の教官が、モニター越しに怒鳴り散らかす。


「いやぁー皆さん、凄くお上手で」


 激昂する教官の相手をするのは、やる気が無さそうな、学校指定の軍服に似た制服をだらしなく着た、身だしなみという言葉をどこかへ置き忘れてきたような、そんな男子生徒であった。


『貴様は恥ずかしいと思わんのか? あのリーン・エウャンの血を受け継いでおきながら、そのような体たらく……将来ファリアス派を率いる筆頭であらねばならぬのに――』

「あ、それ問題発言です。建前上、学校は中立であり、教師も中立です。これを破れば帝国法によって厳しい処罰を受ける事になりますが……そこは理解されてますか?」

『……ふん、腑抜けがっ』

「正当な評価どうもぉー」


 荒々しく通信が切られ、教官の姿が消えると、彼は疲れたようにキャプテンシートに座る。


「……なぁ、良いのか?」

「おや、“無関心”トルム君が他人に関心ありですか?」

「茶化すな。オレらはまぁ、ほとんど見捨てられたような存在だ。学校の扱いにも、ムカつくが折り合いはつけてる。でも、お前は違うだろ?」

「大丈夫ですよぉ? 何しろ親公認ですからぁ」

「……マジかよ」


 副官ポジションに立っていた美丈夫という言葉がぴったりな青年トルムの言葉に、彼、ユーリィ・エウャンはケタケタ笑いながら答える。


 この船に乗っている生徒は、ほぼ全てが問題児という、学校の鼻つまみ者ばかりが集められたグループだ。ラ・ホルンセブンという命名も、かつて歴史に名を残してしまった欠陥戦闘艦ラ・ホルンから取っているし、数々の逸話を持つラ・ホルンの中で最低最悪の欠陥艦と名高いMk.7を揶揄してセブンなんて呼ばれているのだ。


「ウチの父親、別に現ファリアス大公に忠誠を誓ってる訳じゃないからね。あくまでファリアスの姫巫女様に忠誠を捧げているのであって、現在の立場にも不満たらたらだもん。自分も、軍人なんか糞っ食らえだ、って親から言われ続けてるから、なるつもりもないよ?」

「おいおい」


 トルムは額を押さえる。英雄にしてファリアス派最強の天才提督リーン。彼が実は現状に不満を持ってるなど、知りたくなかった事実だ。


「“七光り”のユーリィなんて呼ばれても、全く気にしないと思ったら、そう言う事でしたのね」

「実際に親の七光りは受けてるからね、レディ・フラウ」

「あら、“凶暴女”フラウと呼ばないんですのね」

「いやいや、可憐な乙女に凶暴だなんて、自分、そこらは弁えてますよ。父とは違うんです父とは」


 よく気の強い母に、父が余計な事を口走っては折檻されているのを見ているユーリィは、そうならないように注意をしている。なので、彼の危機回避信号に確実に引っ掛かる地雷ワードを口にする事はない。そんな彼を操舵席から見る少女フラウは、二つ名からは解離した可憐な顔に苦笑を浮かべ、つまらなそうにモニターへ視線を戻した。


「でもそうか、英雄リーンはそう言う考えだったのか。戦争嫌いって噂も本当なの?」

「ええ、大っ嫌いですよ。無駄の無駄による無駄しか生まない無駄な行為だって、うるさいです」

「ははは、まぁ、そうだね。生産的ではないわな。軍事特需でも狙わない限りは」

「ええ、その通りですよ。頼れる“雑貨脳”ポーロ君」

「君にそう言われると、馬鹿にされた感じじゃないから、ちょっと痒い」

「良い二つ名だと思うんですけどね、雑貨な知識って。広く浅くでも知識があるのは良い事ですし」


 少し小太りな少年ポーロは、作戦立案シートからユーリィを見上げて笑う。専門的な知識は持たないが、専門的じゃない知識はかなり広く拾っているタイプの彼は、学校の連中が馬鹿にする程無能ではない。ただ、学校の評価とは解離しているが為に、落第生の烙印を押されている。この船に乗り込んでいる連中はそんなのばかりである。


「でもあれですね。まさか本当に置き去りにしていくなんて」

「さっきの意趣返し、ですよ。レディ・クルシュ」

「あら、“見栄っ張り”のクルシュで構いませんよ? ユーリィ君」

「いやいや、そんなそんな。はははははは」


 だからそんな危険ワードを振るんじゃない、そう思いながらユーリィは笑って誤魔化す。


 クルシュ・ボールドウェン男爵令嬢。落ち目の男爵家に生まれた彼女は、この学校を卒業と同時に結婚が待っている。本当なら、伝説の逃げを実行したジゼチェスの姫君を頼って、エペレ・リザ艦隊に入隊するつもりだったのだが、艦隊は解体されてしまい、彼女も投げ槍になってしまった。全く同じ事を目指していたフラウも似たような感じだ。


「ま、世間話もここまでにして、そろそろ帰還しましょう。さすがにこれ以上ダラダラしてると、またあのハゲを見る事になりそうですし」

「お前も言うな」

「あいつ嫌いなんですよ。自分は大した能力無いくせに、父と船を並べて戦っただの、彼の指揮は素晴らしかっただの、自分の功績を語ってみせろってんだよ、全く」

「お、おう」


 どうやら英雄の息子も大変な様だ。トルムはフラウに指示を出し、オペレーターのクルシュが機関部に指示を伝達する。その様子はとても落第生には見えない、何度も修羅場を越えたチームのような熟練の空気感があった。


 しばらくは何事も無く進み。やがて他の訓練艦と合流すると、ドゥガッチへと進路をとる。


「はーやれやれ、後は筆記試験を受ければ、長期休暇ですねぇ。最近何かと話題の、ライジグス王国にでも観光に行きますかね」

「あの眉唾の国に行くのか?」

「ええ、興味はつきませんからね」


 和やかに談笑をしていると、艦橋に緊急アラートが鳴り響く。


「宙賊でも出ましたか?」

「待って……これは……えっ?! コロニーが攻撃を受けて、既に被害が広がっているですってっ?!」

「「「「はいっ?!」」」」


 クルシュの言葉に全員が叫び声を上げた。


 ユーリィはすぐに指示を出し、教官が乗船している船に通信を繋げる。


「どう動きますか?」

『待て、今、ドゥガッチの司令部へ通信を繋げて……なにぃっ?! 繋がらない?! ジャミングを受けているだとっ?!』

「……」


 教官の叫び声を聞き流し、ユーリィは手元の端末を起動させると、メッセージアプリを確認し、送られてきているメッセージを確認する。


「親父が出撃している。親父の方が本命じゃなくて釣りかこれ……となると、こっちが本命でコロニーを落としに来てる? マジかよ。コロニーを制圧しないで壊すとか意味が分からん」


 ユーリィがブツブツ呟きながら、ぎゃーすか喚いてるだけの教官に冷たい視線を向け、これはダメだとすっぱり意識から切り離した。


「クルシュ、当艦の監視システムの最大望遠で戦場を確認出来るか?」

「うえぇっ?! あ、はいっ! 出来ます!」

「最大望遠で戦場を確認する。トルム、機関部にいるエリンに戦闘に耐えられる調整を指示」

「お、おう、あ、いや、りょ、了解っ!」

「ヴァン、火器管制戦闘レベルへ移行。ロック解除、セーフティシステムも誤魔化せ」

「は、はいぃぃっ?! ま、マジかよ」

「いつもそうやってドンパチ楽しんでるのは知ってる。良かったな、実戦で腕を試せるぞ“兵器オタク”ヴァン」

「別人じゃねぇか! ちくしょっ! やってやるよっ!」


 ガラリと雰囲気を一変させたユーリィは次々に指示を出し、それを元々は燻っているだけで優秀なのは間違いない仲間達が忠実に実行していく。


「最大望遠、モニターに映ります」


 モニターにドゥガッチを砲撃する敵の姿が映り、艦橋に動揺が広がる。しかし、一人ユーリィだけは冷静にそれを見つめ、青い顔で震えているポーロに聞く。


「この状況でポーロ、君ならドゥガッチをどう攻める」

「え?! あ、あっと、え、えっと」


 口をパクパクさせ、体を小刻みに震えさせ、視線をあっちこっちに飛ばしまくる彼に、ユーリィは安心させるよう微笑む。


「君の得意な分野だ。ウォーゲームだと思って考えれば良い」

「あ、う、うん……」


 ポーロはぎゅっと目を閉じて深呼吸を繰り返すと、目を開いてモニターを凝視する。


「敵の数が少ない……あの場所は、正面の大宇宙港が煙を吹いてる……数が少ないのに分散してるのは……分かった。あいつら軍港を押さえて防衛艦隊を出せないようにしてるんだ!」

「なるほど……切り崩すとしたら、どこが崩し易い?」

「ちょっと待ってくれ……こいつら防衛艦隊の能力も把握してるのか? 一番危険な第一軍港に一番数を置いてる……それなら、第七、第六、第五が狙い目だ」

「第七にしよう。教官、救援に向かいます、作戦指示を出してください。第七軍港を攻めれば、ドゥガッチの防衛艦隊が出撃できます。そこから逆転を狙いましょう」


 無駄だろうなぁと思いながらも、一応の上官ポジだし、この訓練艦隊で命令権を持つ人間なので通信を入れるが、訳の分からない戯言ばかりを叫んでいて、全く役に立ちそうにない。


「この映像、保存しといて」

「了解」


 ユーリィの指示に嬉々としてクルシュは記録を残す。


「よし、フラウ、奇襲を仕掛ける。ドゥガッチのデブリ地帯を抜けて行く。出来るな」

「出来ない、って行っても信じてくれないのでしょ?」

「もちろん、君の腕じゃないと難しい」

「とんだ昼行灯です事。行きますっ!」

「総員戦闘配備っ! ドゥガッチを助けに行くっ! 自分達の家族を守るぞっ! 諸君の奮闘を期待する!」

「「「「サーイエッサー!」」」」



 ラ・ホルン、それは確かに歴史に名を残した欠陥艦であり、Mk.7も酷い船であった。しかし、このラ・ホルンから得たデータから新しい船が生まれた事は知られていない。ラ・ホルンMk.8として発表される予定であったその船は、あまりにそのスペックがラ・ホルンから解離し、それならばと全く新しい船として発表される事となる。


 その新しい船はラメル・ホムス、若き目覚め、という名前だった。

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