第132話 ルヴェ・カーナの戦い ⑤

 Side:アベランタラ宙域L4地点、もしくはルヴェ・カーナ栄光の海


 砲撃とミサイルによる波状攻撃と、合間合間に行われる戦闘艦による接近攻撃により、三戦士側の艦隊はジリジリと押されていた。


 この地点の防衛を任されているリーン・エウャンは、予想を外された相手側の迅速な作戦行動よりも、その攻勢に目を見開いて驚いていた。


「どうなっているんだ、これは」

「提督?」


 ルドッセルフの軍が動いたと知らされたのは一時間前、これまでの動きから余裕を持って迎え撃てるタイムスケジュールで行動していたのだが、こちらの陣形が整う前に彼らは攻めてきた。自分達が読み間違えた、それだけの事と納得するには、相手の動きが全く別物になってる事が不気味でしかない。


「はぁ、やだやだ、戦争なんて不毛な事を何でやりたがるんだか。相手もこちらも、平和的に解決しようって意識がない」

「提督……怒られますよ?」

「私はね、ここの上層部に忠誠を誓っているんではないのだよ? 私はずっとファリアスの姫巫女様に忠誠を誓っているんだ。それをあいつらときたら――」

「あーあーあーきーこーえーなーいー」


 初撃の迅速さには驚いたが、やれべき事は同じ、ここの防衛だ。それを念頭に置き、ジリジリと陣形を整えれば、強固な壁が出来上がる。そうなってしまえば、どれだけ組織的な攻撃だろうと、リーンが率いる艦隊にとって脅威足り得ない。


「提督、何か妙ですよ?」

「あのクソ共のせい……ん? 何が妙なのかな?」

「相手の陣営、共和国の艦船しかいません」

「何だって? 望遠でモニターへ」

「サーイエッサー」


 クドクドグチグチ、ひたすら男爵と子爵と騎士爵の文句を口走っていたリーンだったが、部下からの報告に素早く切り替え、モニターに注目する。


「……確かに、傭兵もルドッセルフの私設軍もいないね……」


 自分が呟いた言葉に、強烈な違和感と得も言われぬ悪寒に似た感触を覚える。


「帝国の報道機関に連絡」

「サーイエッサー……通信、通じません」

「……」


 いよいよ嫌な予感が確信に近くなっていくのを感じ、リーンは素早く後方に連絡を繋げる。


「こちらL4地点防衛艦隊リーン・エウャン。そちらに異常はないか?」

『ザザザッ! ……ザザッ! ……てザザッ! ……しゅうザザッ!』

「良く聞こえない。そちらに異常はないか?」

『―――キュゥーブブブィーキュルゥゥゥー

「明らかなジャミングですね、これ」

「ちっ」


 リーンは忌々しく目の前の艦隊を睨み付ける。


「つまりこちらは囮で、本命は直接後方へ向かったって事か」

「こちらの防宙網を抜けられたって事ですか? そんな馬鹿な」


 副官が青い顔で否定しようとしてくるが、それはあまりに甘い。機密情報を知らされていないリーンでも、直接後方コロニーへ抜けられるルートはざっと三か四程は当たりを付けられるのだ。つまりは相手側にそれなりの戦術眼を持つ指揮官がいるという事でもある。


「提督、どうしますか?」


 いつもならヘラヘラ笑って昼行灯を演じるのだが、リーンはしばらく目を閉じて考え、決意したように指示を出す。


「相手を撃滅する。このままここで防衛していても好転はしないだろう。まず確実にこちらの艦隊を素早く殲滅する!」

「「「「サーイエッサー」」」」

「各艦へ通達、甲の四で進める」

「サーイエッサー、通達します」

「他の拠点へ繋がるなら情報を共有するんだ。たぶん狙われているのはドゥガッチだと思われる」

「サーイエッサー、そちらも同時に行います」


 一通り指示を出し、ゆっくりと気持ちを静めるように深呼吸をし、胸元のペンダントを握りしめる。


「……すぐに行く、すぐに駆けつける。頼むぞ……」


 神頼みなんてモノはしない主義のリーンであるが、後方に残してきた家族の顔を思い浮かべ、ついつい願望を聞き届けてくれる何者かへ願わずにはいられなかった。




 ○  ●  ○


 Side:メディラム永代騎士爵所有コロニー、小惑星ドゥガッチ改造型コロニー


「イーラム、エサンテからの援軍はどうしたっ!」

「敵のジャミングが強力すぎて通信繋がりません!」

「ちくしょうめっ! ぐおっ?!」


 アベランタラ宙域L4地点に敵の侵攻あり、その報告から提督リーンが出撃したのが三十分前。コールディ男爵の軍事拠点からの出撃だったので、その報告を受けたのは十分前だった。


 自身も帝国士官学校で学び、帝国航宙軍第一艦隊に所属していた経験的に見ても、今回のリーン提督の出撃に何も不安はなかった。それこそ今回もがっしり守りきり、相手は何も出来ずに逃げ帰るだろうと思っていたのだが……


「どこから現れたっ!」

「エサンテの防宙監視の死角からです!」

「馬鹿なっ?! ぬぅおっ!?」


 メディラム永代騎士爵の領域は、ヌテッィア宙域に隣接している為、そっち方面から抜けてくる宙賊が多い。その為、騎士爵という貧乏貴族でありながらも、イーラム、エサンテという防宙軍事拠点を建造して守備を固めていたのだ。これは帝国のファリアス派の資金力を借りて作られた拠点であり、その備えは帝国中央の水準とほぼ同じ、つまり現行最高の技術によって守られていたはずなのだ。


「軍港の位置を完全に把握されてます! 防衛艦隊が出撃できません!」

「ちくしょうめっ!」


 唐突に現れた敵の艦隊は、迅速にこちらを砲撃してきて、まず一番大きな港を破壊。緊急アラートで恐慌状態に陥っているこちらを嘲笑うかの様に散発的なミサイル攻撃を行い、こちらが迎撃態勢を整えはじると、途端に激しい砲撃をし始める。まるでじわじわとこちらの恐怖を煽るような攻撃に、メディラムの怒りは止まらない。


「この宇宙に生きる者として、このような非道を行うとはっ!」

「……」


 この宇宙において、国際的に条約が結ばれ、絶対的に守られている事が一つだけある。それはコロニーへの直接攻撃の禁止である。


 コロニーの内部へ乗り込んで制圧して乗っ取る、という行為は禁止されていないのだが、コロニーを破壊しうる攻撃というのは全面禁止となっている。それはコロニーこそがこの宇宙での生活拠点(一部テラフォーミング済みの惑星もあるが)であり、これを攻撃する事は全宇宙のコロニストを敵に回す行為に他ならない。本来ならばそんな愚行をする馬鹿はいない……はずだった。



「なんとか後方へ救援要請を繋げられないか?」

「ダメです! 全部ジャミングされます!」


 絶望的状況だ。こちらの状況にイーラムとエサンテの駐留防衛艦隊が気づいてくれれば良いが、このままではいずれコロニー外壁となっている小惑星部分の岩壁が壊されるのも時間の問題だ。そして、ここにはコールディ、マナティそしてファリアス派の貴族の領民達が避難しに来ている。もしも壁が破壊されて、空気の流出が始まったら、彼ら全員分のノーマルスーツの用意など無い。多くの罪もない民達が犠牲になってしまう。


「せめて、せめて防衛艦隊さえ出撃出来ればっ!」


 小さな岩のような拳を握りしめ、真っ赤にうっ血するくらい力を込めていると、第七軍港の上に陣取っていた敵船が唐突に攻撃を受け、なす術もなくシールドが飽和、そのままメイン機関へ集中砲火を受け、爆発四散した。


「っ! 出撃させろっ! 第七軍港だっ!」

「はっ! はいっ!」


 メディラムは素早くモニターに視線を走らせ、このチャンスを産み出した存在を確認する。


「なんて事だ……早くっ! 防衛艦隊を早く出せっ!」


 そこに映っていたのは、メディラムにある前士官学校、帝国士官学校に進学する前に通学する、日本的に表現するなら中学校ぎり高校くらいの年齢の少年少女が通う軍事学校の訓練艦であった。


 味方が撃沈された事に気づいた他の船が、一斉にハイエナのように訓練艦に群がって行く。訓練艦は旧式の重巡洋艦で、火力はあれど鈍足、シールドはそこそこだけどジェネレータの出力が不安、といった微妙な性能だ。そんな船が囲まれたら……メディラムは必死に狂ったように叫び続ける。


 しかし、誰もが最悪を予想したその状況で、訓練艦は信じられない動きをしてみせた。


 後に、メディラムの奇跡と呼ばれるそれは、こうして始まった。

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