第130話 ルヴェ・カーナの戦い ③
Side:帝国七大公爵会議
頭痛が痛いとはまさしく今の状態を言うのであろう。アリアンはもたらされた報告に、部下には申し訳ないと思いながらも、溜め息を吐き出さずにはいられなかった。その溜め息を怒りと捉えたのか、部下が青い顔で戦々恐々とこちらを伺ってくる。
「すまない。問題が一つ片付いて、また問題が出てきた事についな、許せ」
アリアンの言葉に安心したのか、部下の顔色が戻る。それを確認してから、テーブルを囲む面々に視線を送った。
「介入するしかあるまいなぁ」
「しかし、王笏を名乗りますか……馬鹿なんですかねぇ」
「むしろ他の三王家を名乗ってくれた方が良かったかもしれませんよ? かの方が嬉々として排除してくれますから」
「滅多な事を言うでない。お前はまだ会った事がないからそのような戯れ言を言えるのだ。一度でも対峙してみろ、わしは二度とあの人物の前に立ちたくはない」
「……そこまでですか?」
「そこまでじゃ」
シーゲルの言葉には苦笑しか浮かばない。確かに気安い、親しみやすい人物ではあるのだが、臨戦態勢とでもいうか、こう、事を成す状態になった時の存在感や気配というのが巨大な質量を持つのだ、あの国王は。普段のおちゃらけ具合とのギャップが酷すぎて、当初はかなり混乱したものだが、逆説的に彼の逆鱗に触れなければ良いだけなので、アリアンはシーゲル程の恐怖は感じていない。
「介入するのは決定事項として、ダンガダムで先陣を切りますか?」
先のフォーマルハウト大会議(そう呼ばれている)を経験した事で、二皮三皮くらい剥けて急激に成長をしたプラティナムに、アリアンは渋い表情を向ける。
「そこが難しいところでな」
「……ああ、ファリアス大公ですか」
「うむ」
ファリアス派は知らぬ存ぜぬであるが、実はファリアス、ファラの実家は結構頑張っているのだ。むしろ他の旧王家、ジゼチェスとオスタリディの方がのんびりしていたりする。ファリアスは虎視眈々と王家復権を目標とし、帝国が少しでも隙を見せれば嬉々として立ち上がるくらいの気概はあるのだ。
「となると、近衛は絶対に動かせませんね。中枢艦隊である第一と第二も保険として必要。残る選択肢は第三か第四になる……不安しかありません」
「そうだな」
お飾りの軍事卿だったプラティナムが、今ではすっかり軍部のあれこれを把握している事を嬉しく感じながら、彼女が言った第三と第四艦隊を思い浮かべ、アリアンは溜め息を吐き出す。
第三は地方出身の貴族が多く、かつてのクヴァースで馬脚を現したシュバイ・ニールセンの二番煎じのような馬鹿が多い。では第四はどうかと言うと、こちらは新設されたばかりの艦隊で、士気と構成員に問題はない。しかし、やはり新設とあって練度は低く、いきなりの大規模作戦を任せるには少し心許ない。
「ふむ……スーサイ殿はライデルに?」
「はい、ライデルで書類仕事をしているはずですが?」
ライデルは帝国の衛星ステーションであり、帝国軍事の本拠地でもある。帝国本星の周囲を常に周回している事から、帝国の槍などと呼ばれてもいる。
アリアンはコンソールを操作し、ライデルに通信を繋げると、起動した立体ホロモニターに書類の山に埋もれるようにして仕事をしているスーサイの姿が映し出された。
「あー、すまない。大変なところに邪魔をするスーサイ殿」
『っ?! こ、これは失礼をしましたグランゾルト卿。今は会議の最中では?』
「うむ、その事でスーサイ殿に相談があってな」
『はっ、何でありましょう?』
「スーサイ殿は良識ある傭兵団の知り合いはいないだろうか?」
『は、はあ? 傭兵団でありますか?』
「うむ、実はな――」
アリアンの話を聞いたスーサイは、なるほどと納得する。しかし、帝国では傭兵を使う(辺境部は除く)という文化がそもそも存在しておらず、残念ながらそのような知り合いはいない。
『残念ながら傭兵団に知己はおりません。しかし、代案ならばあります』
「ほお?」
『第三艦隊を使いましょう。指揮は私がいたします。それならば何とかなるでしょう』
「アナタッ?!」
スーサイの提案にプラティナムが悲鳴のような声を出す。装備や練度などを加味すると、わざわざ負け戦に出向くようなモノだ。第三艦隊とはそれくらいにお粗末なお荷物で、プラティナムの悲鳴も無理はない。
『大丈夫だ。私の私設軍を中心に、あいつらには先陣をやらせる。必死に戦ってくれるだろうさ』
ナチュラルに酷い作戦をサラリと提案するスーサイに、通信を聞いていた一同がひきつった表情を浮かべる。スーサイもかの大会議を経験した事で、甘さや青さというのが払拭され、清濁を上手くコントロールして事を成す方法を産み出すようになってきたのだ。そうしないと、自分が苦労する事を学習したとも言うが。
「……任せても良いかスーサイ殿?」
『はっ』
「すまぬが頼む。事態は切迫しているのでな、準備が整い次第、出撃する形で」
『はっ、お任せください。では自分はこれで』
通信が切れ、会議室に少し弛緩した空気が流れる。スーサイが動いてくれるのであれば、適宜状況を判断してこちらへ支援要請をしてくるだろう。その時までの猶予が生まれたのだ、生かすために色々手を回さなければならない。
「よし、では我らも我らの戦いをしよう」
「「「「御意」」」」
○ ● ○
Side:ルヴェ・カーナ栄光の海、もしくはアベランタラ宙域コールディ男爵方面L4地点
「どうなってんだよっ?!」
栄光のヴェスタリア先鋒部隊として、それなりの数のレティア・ツェンを投入された三戦士討伐部隊は、想像とは違った状況に悲鳴を上げていた。
相手の船は、帝国航宙軍が正式採用しているベイツ・ルクス社製、最新鋭メル・モンティスの前、ティル・ラティスに乗って戦っている。軍用戦闘艦として高い水準の船ではあるが、レガリアにあと一歩という性能であるレティア・ツェンとでは勝負にならない――はずだった。
『や、やめ、やめろおぉぉぉぉっ――』
『また食われたっ! おいっ! 聞いてたはな――』
『死にたくない死にたくない死にたくない』
ほとんど一方的と言うレベルで、ガリガリ王家の軍勢の数を減らされている。それもこれも、敵の動きが尋常ではないのが原因だ。
戦闘艦の性能任せで単独行動をする王家の兵士に対し、三戦士の軍勢は見事な編隊を組み、必ずスリーマンセル、もしくはフォーマンセルで対処をしていく。これはどこの軍でも採用していない戦術だ。
そもそもの話、宇宙での戦闘は、船の性能と個々人の技量によって勝負するのが通例のような部分があり、戦闘艦は単独行動するのが当たり前みたいな常識がある。これはこの世界がゲームの常識に引っ張られている部分がそうさせているようで、タツローもそこは不思議に感じていた。タツローに話を聞き、それでレイジが発案したのがこの編隊航行によるレガリア攻略法である。それが見事にはまったというわけだ。
三戦士の私設軍は、大同盟によってもたらされた教練方法を真面目に取り入れ、編隊航行で効率のよい動きや、僚船との連携攻撃、僚船のフォロー等々を訓練し備え、こうしてその力を発揮している、ただそれだけだ。
「おいっ! これどうにかしろよっ! このままだと全滅するぞ!」
四隻で一班という形で編成し、班長を任された男が叫ぶが、本来ならば冷静に指示を出すべき本隊が混乱しており、明確な指示が飛んで来ない。だからといって、流れに乗っかって班長になったようなこの男に、現場を見て判断するなどという高度な能力は無く、僚船をジリジリ落とされ、死神の足音を聞かされ続けていた。
『ど、どうすんだよっ?!』
「い、一旦本隊に戻る!」
『戻るったってっ!』
バラバラに行動する王家に対し、三戦士は規則正しい編隊で効率的に各個撃破をしてくる。もうじり貧を通り越して詰みの状態なのを彼らは理解していなかった。
「びっくりするくらい、効果的な戦術だねぇ。いやー、これを考えた人とは絶対に戦いたくないなぁ、あはははは」
「提督、艦橋でお茶なんか飲まないで下さい。しかもわざわざティーカップでなんて」
「君も飲むかい? ライジグス産の紅茶でね、ダージリンっていう種類なんだけど、これがまたスッキリした味わいで飲み終わりが爽やかなんだよ」
「はぁ……」
三戦士側の艦隊を指揮する人物が、緩い空気感で、まるでやる気を感じさせない昼行灯な言動で、ヘラヘラ笑いながらティーカップを口へ運んでいる。北方辺境に天才有り、などと呼ばれている人物で、常勝無敗の提督などという二つ名で呼ばれていたりする。とてもそうは見えないが。
「そんな心配しなくても良いよ。そろそろ撤退するはずだから」
「え?」
ヘラヘラ笑って断言する彼の言葉通り、敵の艦隊が急に撤退を始めた。その様子に副官を任命された女性は、化け物でも見るような目付きで提督を見る。
「簡単な事だよ。小心者に帝国の軍が動いたって情報を流したのさ」
「たったそれだけで?」
「それだけ。君はあの自称王様のビビリっぷりを知らないからね。帝国本星が動いたって聞いたら、脇目も振らずに自分を守らせるよ」
「はあ……」
まるで納得出来ないが、提督の言うとおりに相手は撤退した。数の暴力で突き進めば、それなりの被害は出るだろうが、今度はこちらがじり貧になるのは間違い無いのに、この状況で撤退するとは信じられなかった。
「はいはい、お仕事お仕事。飛び出した子達を迎えて。もちろん最大級に労ってね。その間にボク達も備えるよ」
「「「「はっ!」」」」
にこにこ笑う男の目はしかし、厳しい光を宿して戦場を睨んでいる。初戦は大勝。しかし次も上手く行くとは限らない。
「……どこまでやればいいのやら」
この紛争が進む先を見据え、それがあまりに不毛である事を理解しながら、それでも戦い続ければならない状況に、男は溜め息を吐き出した。そうして口に含んだ紅茶は、とびっきり苦く感じるのだった。
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