第128話 ルヴェ・カーナの戦い ①

 北部辺境元アベランタラ宙域。現ルヴェ・カーナ宙域に、ヴェスタリア解放軍は集結していた。


 共和国軍の脱走兵を先鋒に、中央にこの宙域で活動する傭兵達、そして一番後方にルドッセルフ・エンブラ・ヴェスタリアの私設軍隊が陣取っている。そしてその旗艦近くに、異形な姿の宇宙船が数隻停泊していた。


 機械的なフォルムというより、どこか生物っぽいが歪に過ぎるフォルムをしたその船には、三つの目に靄が漂っているような紋章が刻まれている。その船の持ち主である人物が、ルドッセルフを前に恭しい感じに跪いていた。


「御拝謁賜り感謝致します陛下」

「うむ」


 まるでイスラムの女性のように、頭から足先まで、すっぽり布で覆われた女性が、目だけが見える顔をルドッセルフへ向ける。爛々と輝く不気味な瞳だ。ルドッセルフはこの瞳を苦手としており、毎回この瞳を見る度に気分を悪くしている。しかし、相手は重要な立ち位置にいる人物で、現在無下にするのは完全なる悪手、じっと我慢するしかなかった。


「貴様の功績は覚えておこう」


 色々と飲み込みながら、王者らしい慇懃無礼さを意識しつつ、何とか言葉を口にする。


「感謝致します。陛下が王国を復興されましたら、我が商会を是非に首都へ」

「うむ、約束しよう」

「ありがたく、ではこれで我々は失礼致します。武運長久を」

「うむ」


 女性は優雅に一礼し、すすすとまるで滑るように歩いて立ち去った。そこでやっとルドッセルフは気を緩めた。


「陛下」


 それまで黙った様子を見ていた宰相が、どこか非難するような口調で自分を呼ぶ。何を言いたいのか分かっているルドッセフルは、王者らしい仕草を意識しながら片手を振る。


「お前の不安は分かる。しかし、奴らの商品がなければ、我々は進撃もままならぬ。今は飲み込んでおけ、後々奴らが分を弁えぬ愚か者ならば、処理をすれば良い」


 今回の言い回しはかなり王者っぽいのではないだろうか。そんな自分に酔いしれる。


「御意」


 宰相も飲み込まなければならないのは重々承知しているのだ。


 皇帝不在、そして流れ着く共和国脱走兵。それだけではルドッセルフも宰相も、さすがに帝国相手に喧嘩を売らなかっただろう。彼らに決断を下させた最大の理由は、先程の女性、夢幻商会ムスタファと名乗る、彼女が供与した商品があったからだ。


「今回の納入品は?」

「……コティ・カツン発展型レティア・ツェン改造タイプだそうです」

「……」


 彼女達が持ってくる商品は、レガリアに今一歩届かないが、既製品からは隔絶した能力を持つ船だった。特に主力となる戦闘艦を、彼女達は大量に、どこかで量産でもしているように持ってくる。しかも、価格はほどほどの高級宇宙船クラスで、更に胡散臭い。だが、この戦闘艦がなければ、彼らは確実に立ち上がる事は無かったのも事実だ。


「まぁ良い。まずはルヴェ・カーナの平定だ。こちらに恭順を示さなかったのは?」

「は、コールディ男爵、マナティ子爵、メディラム騎士爵です」

「ふん、どこも弱小ではないか」


 鼻で笑うルドッセルフだが、宰相の男は心の中で目の前の男を嗤う。その三人の貴族を誰よりも恐れ、領地に籠り、ガッチガチに境界線の防衛網を構築していたというのに、力を手に入れた途端これだ。何と操りやすい小物だろうか、宰相は自分の知略に酔いしれる。


「陛下ならば鎧袖一触ですな」

「当然であろう?」


 怯えた猿のような、ひきつった笑い顔の王を見上げ、宰相は恭しく頭を下げる。その隠れた口許に、蔑む嘲笑を浮かべながら。



 ○  ●  ○


『まぁ、何だ。俺もオジキの事で、お前みたいに言われたらキレたろうとは思うがな?』

「……」

『お前、一応、貴族家当主相当の扱いを受けてる一大勢力の頭だろ? ちょいと軽率すぎやしねぇか?』

「ぐっ?!」


 モニターには風格を感じさせる、上級将校だけが着用を許された制服に、詰め襟には燦然と輝く勲章。男前な感じに整えられた全身コーデ。誰がその人物をかつてのストリートチルドレンの総大将ガイツ・ルキオだと思うだろうか。その姿は完全にライジグス最強の切り込み将軍、猛将ガイツである。


 しかし、外見は将校らしい感じになったが、そうそうに中身が伴うわけでもなく、そもっそもの話、そういうきっちりかっちり軍人でござるを、国の最上位の男が拒絶するレベルで嫌っている現状、改める必要性もなく、口を開けばガイツ君という感じで、ガイツは馴染みの相手に苦言を呈する。


「いや、ガイツ殿、これは我々臣下も同意した上での事だ。責めるならばルータニアだけでなく、我らも等しく責めるべきだ」

『んな、キリッ、みたいな顔してっけどよ? それ、惚気だぞ? 元魔女ユシーさんよ』

「うぐっ?!」

『いやまぁ、気持ちは分かっけどな? やっぱりな、お前らはオジキと対等な同盟関係にあるんだからよ、そこんとこは筋を通さねぇとならんだろ?』

「あー、いや、通信が繋がらなくてな」

『だから超空間通信を使えって』

「ウチのオペレーターでは扱えん」

『馬鹿野郎、尚更動く前に、俺に一言伝えろって話じゃねぇか。全く』


 額を押さえて溜め息を吐き出すガイツ。これがかつては、狂犬ガイツやら噛みつきガイツやら鉄砲玉のガイツだの呼ばれていたとは思えない。むしろ昔はこっち側だったろうと、ルータニアは密かに思った。


『今、どこまで進んでる?』

「詐欺師が動いたという情報を、昔の伝で仕入れた。目標はコールディ男爵達三戦士貴族領宙域方面へ向かってるからな、挟撃になるよう、少々大回りでヌテッィア方面から向かっている」

『……あー、把握した。つーか詐欺師って、アベランタラ男爵だろ? あいつ、三戦士にビビりまくって引き籠ってたじゃねぇか』

「気が大きくなったんだろ」

『面白いくらいに小物ムーブをかましやがってからに……あ、閣下。ルータニア捕まえました』


 呆れたような表情を浮かべていたガイツが、急にキリッとした表情を浮かべると、モニターに新しいウィンドが開き、そこに苦笑を浮かべたレイジの姿が映し出させる。


『動くの早いですよ、ルータニア殿』

「すみません。つい、我らが王の事を踏みにじられて、我を忘れました」

『そう、堂々と開き直るのも困るんですがね。ガイツさん、状況はどうです?』

『ヌテッィアに向かっている最中です。足の早い高速艦を使用すれば届きますが、実際のところウチらが嘴を突っ込む旨味はねぇんですわ』

『でしょうね……うーん、ちょいとパパンに相談でもしましょうか?』

『それは……介入確定になりませんかね?』

『そこも含めての確認です』

『さいですか』


 別の意味で実績のあるタツローの存在意義に、男達は苦笑を浮かべる。レイジが嫁に合図をしている間、ガイツは軽く状況を確認する為に、帝国メディア経由の情報サイトに目を通す。


『結構な兵力だなぁ』


 帝国のメディアは、偏向報道などしよう物ならば、皇帝が直接乗り込んでくるリスクもあり、かなりジャーナリズムとして正統派な仕事をする事で有名だ。だから、彼らの発表はかなりの下調べがあっての物なので、相当信頼できる。面倒臭いなぁと思いながらサイトの内容に目を通していると、突然レイジが妙な声を上げるのを聞いた。


『閣下?』

「レイジ殿?」


 モニターのレイジは、唐突に胃の上辺りを押さえ、嫁達の慣れた手付きで胃薬を投入されている。何事か? そう思っているとモニターに新しいウィンドがポップアップし、そこには見慣れた王様と見慣れぬ小さき存在の姿が……


「『うえぃっ?!』」


 ほぼ同時に、ルータニアとガイツが妙な声を上げた。




 ○  ●  ○


「すっごいねータツローさん。まさかあの地獄のような宙域を、こんな方法で抜け出すなんて」


 ムーンライトの展望室からは、エネルギーアンカーで牽引しているアヴァロンの姿がバッチリと確認できる。それを見ていたヴィヴィアンが、相当呆れた様子で呟く。


「まぁ、こればっかりは、このバリアフィールドを構築する物質を発見したガラハット卿を誉めてやってくれ」


 俺がニヤリと笑ってアベル君を見れば、アベル君は疲れた様子で呟く。


「……その名前で呼ぶのやめてくれませんかね? おれはアベルです。予定ではジゼチェスになりますが」

「あ、そっちは受け入れたんだ」

「……さすがに開き直りました」


 ガラハットという人物と契約していた妖精、ユリシーズと新しく契約したアベル君は、じっとりとした目でその妖精を睨んでいた。まぁ、彼がトラウマを乗り越え、有耶無耶のまま周囲に押し流される形ではなく、自分から一大決心をしてプロポーズをしたミィちゃんに、もう結婚が決まっている嫁相手に、ユリシーズはかなり威嚇をしてたから、そんな顔をするのも無理はない。


「嫉妬深い女は嫌われるぞ~」


 ここぞとばかりにヴィヴィアンが弄り倒し、かなり大人しくはなったが、それでもミィちゃんが近くに寄ると睨む。それもミィちゃんと契約した妖精ちゃんの方が力が上らしいから、早晩上下関係はしっかりその子が叩き込むだろうとはヴィヴィアンが言っていたが。


「正直、契約を解除してもらいたいくらいだ。おれはアベルで、ガラハットじゃない。そのガラハットがどんだけ凄いかも知らんけど、おれはそのガラハットに捨てられた人間だ。そこで縁は切れてると考えている」


 まぁ、アベル君の気持ちも分かる。彼は、生まれとか血筋だとかで頑張った訳じゃない。彼は義理の兄弟達を守り守られる関係でいられるように努力を重ねたのだから。唐突に教えられた尊き血統により、棚ぼた式に契約する事になった妖精ちゃんを快く思わないのも無理はない。


 ユリシーズもそこまで言われてやっと理解したのか、ショックを受けて小さくなる。そんなユリシーズを、ミィちゃんが抱き上げ、ちょんちょんとアベル君の額をつついた。


「ちょっと嬉しすぎてはしゃいじゃっただけじゃない。ダメよ、女の子を傷つけるような事を言ったら」

「……だって」

「うん、分かってる。けどね、ちょっと考えてあげて? この子達は凄い長い孤独な時間を耐えて、この瞬間を迎えたのよ? 大目に見て許してあげて」

「……すまん、そうだな」


 すっかり尻に敷かれてらっしゃる。いらっしゃいましましーこちら側! いやいや、まずはここは言うべき事がある! 俺はヴィヴィアンとアイコンタクトをすると口を開いた。


「「イチャイチャしやがって」」

「「っ!?」」


 ボンと顔を真っ赤にする初な二人をニヤニヤしながら見ていると、結構な勢いで頭を叩かれた。


「あいたっ?!」

「あまり私の義息をからかうな」


 どうやらゼフィーナに叩かれたらしい。いや、普段こう言った事をし慣れてない弊害か、結構手痛い一撃を食らったんだが。


「ダメよゼフィーナ。旦那様を叩く時は、威力じゃなくて音を意識しないと、こうやって手首のスナップを効かせて、こうっ!」

「いってぇなっ?!」


 スパァン、とまるでハリセンで叩かれたような音が展望室に響く。いや、音のわりに先程よりかは痛くないんだが、痛みよりも衝撃が凄くて、一瞬首が前方にズレたんだが? ファラさん?


「そもそも叩くのをやめなさいって話ですね、これは」

「扱われ方が雑なんですねぇ、シェルファ様の主人さんは」

「楽しい家庭だろ?」

「ふふふふ、ええ、楽しくて、そして暖かいです」


 叩かれた場所を優しい手付きで撫でるシェルファ。そのシェルファの肩に座っているティターニアが、俺達の様子にコロコロと楽しげに笑う。


『タッ……げふんげふん、失礼しました。陛下、本国より宰相閣下から通信が入っております』

「いや別に普段の呼び方で構わんのだけど、こっちの回してくれ」

『いえ、一応公私の区別は必要ですので。展望室に通信を回します』


 立体ホロモニターが起動し、そこにレイジ君の顔が映るが、レイジ君が俺達を認識した瞬間、ニワトリがひきつるような奇声を上げて、胃を押さえて悶絶し始めた。


「人を見て胃痛に悶えるって、君、ちょいと失礼じゃないのかい?」


 俺の言葉に何か言いたげな表情をするが、嫁達の介助で薬を口に突っ込まれながら、すぐにコンソールを操作する。するとモニターにもう二つのウィンドウがポップアップし、そこにガイツ君とルータニア君が映し出された。


『『うえぃっ?!』』


 こっちを見る二人が揃って奇妙な声を上げて固まった。何だと言うのか?


 何も理解していなかった俺が、何故に通信相手が悶絶しているかを知るのも、もうすぐそこ……

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