第127話 ティターニアとシェルファ

 ちょっとしんみりしてしまったが、こんな感傷に浸ってたからってアーサーが生き返るわけでもない。だから未来の話をしようと、妖精達のまとめ役であるらしいティターニアと向き合う。


「んでな、アーサーの奴に託されたんだわ。妖精達を頼むって。何の因果か、俺も一国の王でな。だから君達を守れる力は持っているんだわ。どうかな?」

「え? タツローさん、王様っ?!」

「何の因果かね。ジゼチェス、オスタリディ、ファリアス、ヴェスタリアそれぞれのお姫様を嫁に迎えてな」

「「はあぁっ?!」」


 ティターニアとヴィヴィアンが、ばっばっばっと素早く周囲を見回し、すぐに嫁達の姿を確認すると、あまり人に見せられない表情で固まった。


「それと何か知らんが、ガラハットとパーシヴァルっていう騎士の血縁も部下にいてな。そうそうルブリシュもウチと同盟関係を結んでるぞ? どうよ、それなりに信用に値する感じだと思うんだが」

「……タツローさん、信用ってか、むしろやり過ぎ」

「やり過ぎも何も、気付いたらこうなってただけだぞ?」

「……タツローさん、持ってるねー」


 呆れた感じのヴィヴィアンの横を通り過ぎ、まるで熱に浮かされたような表情でティターニアがシェルファの前まで移動する。シェルファがヴェスタリアの関係者だとすぐに分かったようだ。まあ、霊廟の王妃さんとシェルファ、生き写しレベルでそっくりだし、さすがに分かるか。


「お、お名前を、お、教えていただきたく」

「え? シェルファです」

「……シェルファ様……シェルファルム・エルフィン・ヴェスタリア?」

「っ! どこでそれを?」

「ああああああっ! システィーナ様っ! 約束を果たして、は、果たしてっ!」


 地面にぺたんと座り込み、ティターニアが号泣する。


 何かシェルファの家には代々、隠し名みたいな風習があるらしくて、決まった名前を代々受け継いで行くらしく、それを聞いたガラティアが帝国に残っていたヴェスタリア王家のデータ、まぁ多分DNA的な奴を調べてシェルファがヴェスタリア王家の人間だって分かったとかって説明してくれたんだ。その風習が、ティターニア的に来るモノがあったんだろうなぁ、あれ。子供みたいに泣いてるけど、どっちかってぇと嬉し泣きっぽいし。


 困った表情のシェルファが、助けてと俺に視線を寄越す。俺はティターニアを指差し、肩に乗ってるヴィヴィアンを抱き上げ、それを胸に抱き締める感じのポーズをする。シェルファは更に困った表情をしたが、放っておけなかったんだろう、俺の指示通りにティターニアを抱き上げて、優しく慰める。うんうん、絵になるねぇ。


「んで、約束って何?」


 ティターニアの言葉が気になってヴィヴィアンに聞いてみる。


「あぁ、マスターが死んで、本当はシスティーナちゃんがヴェスタリアに残って、王国を続けるって感じの話にまとまっていたんだけど、システィーナちゃんがそれを全力で拒否して逃げちゃったんだよねぇ。その時に、時が来たらシェルファルム・エルフィン・ヴェスタリアかシスティーナ・メルロン・ヴェスタリア、どちらかの名前を持つ私の子供達が迎えに行く、って捨て台詞を」

「捨て台詞って、おい」


 なんか、霊廟の王妃さんの印象で勝手にしとやかな令嬢って感じなのか、って思っていたが、どうやら結構なじゃじゃ馬だったようだ。


「んで困ったタツオミ君とデミオ君とローウス君が――」

「ちょっと待てちょっと待てちょっと待て! それ次男と三男と四男の名前だよな? なんで長男モードレッドなのに、以降はそんな俺とデミウスの名前組み合わせましたみたいな名前になってんだよっ?!」

「モードレッドも最初はタミウスの予定だったんだけどね? 変な奴がそれでは王国に災いをもたらすとか騒いで、国民投票でモードレッドになったんだよ。マスターもその名前はマズいって思ったんだけど、ほらNTR専門のグィネヴィアも名前と関係無かったし、気にしすぎるのもって流したんだよ」

「お前ぇ、王妃さんを愚弄するのはどうなのよ?」

「こんぐらいはあの子が生きてる当時から言ってたもん! いつランスロットと不倫するの? ねーねー! って言って煽ったら、私インテリ嫌いなのよって返されちゃって」

「自由過ぎない? お前、凄いな」

「そんなでもあるよっ!」

「誉めてねぇよ」


 いやマジで凄いなこいつ。やれやれと呆れていると、何かすげぇピッカピカ光ってるシェルファが見える。何してんだ? とよくよく見れば、ティターニアがシェルファにちゅっちゅしてた。


「あれ、止めなくていいのか?」

「んー? いいんじゃない? 妖精女王とか呼ばれてるけど、あの子だって本当は色々我慢してたんだし、アレぐらいのはっちゃけなら可愛いもんじゃない」

「その妖精女王とか、お前の妖精姫とかって何?」

「力の強弱だと思ってくれればいいかな。最上位が妖精女王で、その下に妖精姫。一度でも契約をしてれば誰でも妖精姫にはなれるから、そんなに珍しくもないんだけど」

「へぇー」


 シェルファが視線で助けを求めてくる。うん、ちょっと俺でも、そんな幸せそうな表情をしている女の子を引っ剥がすとか難しいかなぁ。諦めなさい、と首を横に振れば、シェルファは疲れたような溜め息を吐き出し、諦めの苦笑を浮かべる。何だかんだで抱き止めている感じが優しいから、困ってはいるけど嫌じゃない、って感じだろう。あれはあれで仲良くなるには最適だろう。そっとしておこう、うん。俺、理解ある旦那さん。


「んで、息子三人がどうしたって?」


 そっとシェルファから視線を外して、ヴィヴィアンに話の続きを促せば、ヴィヴィアンはブスーと口を尖らせてジト目で俺を見る。


「止めたのタツローさんじゃん。まあ、マスターもシスティーナちゃんが支配者的な立ち位置を嫌ってたのを察してたから、三人に次善の策的な指示を出してて、そこで生まれたのが新しい三つの王家って感じ。あははは、あっちの三人だよね? うん、やっぱり面影があるよ。はあ、まるであのやんちゃ坊主三人に再会したような気分ね」

「そうか」


 ゼフィーナ達を見ながら、ヴィヴィアンがうんうんと頷く。その言葉には、長い時を生きてきた苦味のような、渋みのような、直近の事にアワアワしている俺ごときでは計り知れない重厚な何かを感じる。


 そんな重さを打ち払うように、なるべくおちゃらけた砕けた口調になるよう肩を竦める。


「ま、この様子なら、俺の国へ迎えるのを嫌がるって感じじゃないか」

「むしろ嬉しいかな。ほら、ガラハットとパーシヴァルと契約してた子が」

「おっ」


 ヴィヴィアンよりは小さいが、他の妖精よりは一回り大きい妖精が二人、アベルちゃんとロドム兄貴へ近寄っていき、じっと二人を見つめてから、ズドン(本当に音がした)と胸に飛び込むと熱い抱擁をかます。


「なんか妖精ちゃん達、力強くない?」

「契約は妖精にも恩恵があるんだよ。魂のつながりから、大いなる力を私達は受け取れるようになるんだ」

「簡単お手軽なパワーアップだな」

「契約は誰でも良いって訳じゃないけどね」

「なるほどねぇ」


 サクナちゃんが、うんうんと頷いて、俺の頬をぺしぺし軽く叩く。


「へいへい、選んでくれてありがとう」

「♪~」


 妖精ちゃん達はかなり自由に飛び回り、何人かは嫁に引っ付いて早々に契約をしてるのもいたりする。まぁ、喜んでくれているならいいけども。


「そうなるとエメリウムは本当にラッキーな発見だったな」

「ん?」

「いやいや、こっちの話」


 このままステーションの設備にエメリウムを組み込んで、強固なフィールドを張った状態で牽引してアルペジオに戻れば、そのままアルペジオの中枢に繋げられる。いやはや、アベルちゃんの功績は鰻登りだぁねぇ。


「とと様? ルルもよーせーさんほちい」

「ん?」

「え?! とと様っ?! えっ?! タツローさん子持ちっ!?」

「実の娘じゃないぞ? 養女だ。何か色々あって懐かれてな、捨て置くのも嫌だから、俺の養女にしたんだ」

「ほへー、あの人間嫌いの、徹底的根暗だったタツローさんがねぇ」

「うるさいよ」


 あの頃は色々あったんだよ。てか色々あった後だったからああなったんだけど。


「よしっ! タツローさん、私とエンゲージしよう! だからタツローさんのお命頂戴?」

「なに普通の会話みたいに危険な事口走ってんだオラん?」

「ままま、可愛い可愛い娘ちゃんに特別な妖精をね」


 ねっとり妖艶に微笑み、ぺろりと唇を舐めるヴィヴィアン。いやお前、俺世界の一番メジャーな日本生まれのかの着せ替え人形サイズより、ちょい大きい程度の君がそんな表情をしても、特殊な性癖の持ち主でもなければ効果はないんだが。


 呆れながらルルを見れば、明らかにワクワクとすんげぇ期待した視線を俺に向けてくる。もぉ、仕方がねぇなぁ。


「はぁ、どうやんだ?」

「タツローさんはじっとしてればいいよ」

「? 分かった」


 言われた通りにじっとして、何となく周囲を見回す。どうやらゼフィーナとリズミラ、ファラにも妖精がくっついたようで、それぞれの肩に妖精が乗っかって、嬉しそうに足をプラプラさせている。嫁達も嫁達で、可愛らしい妖精ちゃんにメロメロなのか、デレデレした表情で頭を撫でていたりしている。まぁ、仲良き事は美しいね。


「サクナちゃんも早くしゃべれるようになるといいなぁ?」

「♪~」


 コクコクと激しくヘドバンするサクナに笑いかけながら、ヴィヴィアンに視線を向けると、何やら真っ赤な顔でうんうん唸ってる。何してんだこいつ?


「んで、どうなのよ?」


 呆れながら確認すれば、ヴィヴィアンはくわっと目を見開き、俺を信じられない化け物でも見るような目で見る。


「なんで平然としてるし?!」

「なんでいきなりキレてるし?」

「嘘でしょ?! 結構な勢いで生命力を貰ってるのに!」

「……何も感じないが?」

「嘘でしょっ?! あっダメ! 私の方が限界っ?! あうっ?! ふわぁっ! あああああんっ?!」

「妙な声で叫ぶなしっ! てかまぶしっ?!」


 何かしていたらしいヴィヴィアンが急に激しく光り、その輝きが空中に浮かび上がると、やがて静かに弾けて、そこにティターニアサイズの妖精が、胎児のように丸まった状態で現れた。


「うっそぉっ、妖精女王よりも力が強い」

「あんだって?」


 その妖精を見た産みの親が、信じられない表情で呟く。そんな呟きが聞こえたのか、丸まっていた妖精がゆっくりと目を開き、まるで羽化するかのごとく三対の羽根を徐々に広げて伸ばしていく。


「おお、ルルのよーせーちゃんだっ!」


 ルルが両手を広げてその妖精に微笑みかけると、妖精はルルの胸の中へゆっくり飛び込み、恭しくプニプニほっぺにキスをした。


「我が名はレナス、主様、どうか末永く」

「レナスー、ルルはルル。とと様の娘ちゃんですっ!」

「はい、ルル様」


 なんかいきなりしゃべってんだけど……


「まさかのネームド。しかも羽根が三対って初めて見た」


 どうやらこの結果は、産みの親も予想外だったらしい……って、おいっ。


「ま、まぁ、強力なボディガードが出来たと思って」


 ジト目で睨むが、吹けない口笛を吹く振りをしながらとぼけ出す。どうやらスルー推奨らしい。やれやれだ。


 どうにもしまらない空気の中、俺達は実に俺達らしい感じで、新しい仲間達を迎えた。しかし、能天気な俺達と世間とのズレを俺達はまだ知らないでいたのだった。

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