第126話 此花が咲く

 異常なレベルで頑丈そうな隔壁を抜ければ、そこは異世界であった。


 王と王妃の墓所だったからか、あの自然あふれる場所すら加減されていたらしく、どちらかといえば追悼の意味で静けさをテーマにしていたのだろう事が分かる。しかしここは違う。一言で説明すれば、生命力大爆発だろうか?


「ジャンゴー?」

「じゃんごー?」

「うむ、確かに熱帯雨林のような感じじゃのぉ」


 ドキュメンタリーなどで見る、熱帯雨林をアニメ寄りにしたような感じ、と説明すれば分かっていただけるだろうか? けばけばしい原色の植物が、それこそ、それで成長に悪影響出ない? と思わずにはいられない密度でニョキニョキ生えている。


『植物が多い方が喜ぶので、こんな感じになりましたな。この状態だと居心地が良いと』

「へー」


 まぁ、妖精といえば自然の中で無邪気に踊るイメージだが、やっぱりそういう感じなんかね。俺の妖精ちゃんのサクナは、めっちゃ機械だらけの場所で、普通に楽しそうにしていたが。


『お、どうやら気づかれたようですのぉ』

「ん?」


 風鈴のような音が響き――っておいっ! な、何か音のでかさがヤバイんだがっ?!


「おいおいおいおいおいっ?!」

「ふおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「なんじゃなんじゃなんじゃなんじゃなんじゃなんじゃっ?!」


 風鈴っていうか、ガラスが割れてんじゃねぇのかってレベルの騒音を出して、妖精の集団がこっちへ突っ込んでくる。


「ぶふおっ?!」

「にょわあぁぁぁぁぁぁっ?!」

「あいたっ?!」


 べちべちべちべちべち、そんな音が全身に響き渡り、何か小さい存在が体に張り付くのを感じる。どうやら俺以外も、もれなく張り付かれてるようで、ルルとせっちゃん以外の悲鳴も聞こえるなぁ。てか、俺、ポン刀持ってる関係上全く身動きができんのだが……


「お客様に何をしているのかっ! 控えなさいっ! 貴女達っ!」


 どうすんべこれ、と思っていたら、かなりのハイトーンボイスの一喝が入り、体に張り付いていた妖精達が一斉に離れていく。


「ぷっはぁっ! びっくりした」

「にょおぉぉぉぉっ?!」

「ルルが大人気じゃっ?! こ、これ! ルルが呼吸が出来ぬじゃろ、顔はやめるのじゃ顔は」


 せっちゃんの声にルルの方を見れば、まだ顔にべったり妖精達が張り付いている。せっちゃんがアワアワしているのを見て、とりあえず、鼻と口周辺にへばりついている妖精をペイっと引っ剥がす。


「く、くるしかった。あとまえがみえねぇ」

「おっと」


 両目のところにも張り付いている妖精をペイっと引っ剥がす。それでも顔に数人張り付いている状態だが、ルルは助かったと笑う。いやこの子、強いわ。


「いい加減にしなさいっ!」


 もう一度、ハイトーンボイスな一喝が入ると、やっと妖精達は離れていった。いやもう、どういう事よ?


「失礼しました。善良なる存在に子供達が興奮してしまったようです……それよりも、そこの黒髪の貴方」

「ん? お、俺か?」


 ハイトーンボイスの人に呼ばれて振り向けば、他の妖精より二回り、ちょうど赤ん坊くらいの大きさの妖精がいた。


「どうして貴方がその剣をお持ちなのでしょう?」

「ん? ああ、これね。友の形見だ」


 エクスカリバー(自称)を掲げながら、苦笑を浮かべれば、その妖精ちゃんは美しい顔を苦々しく歪めて、目尻をこれでもか! とつり上げて俺を睨む。


「友、ですって? それは我らが王、アーサー・ペンドラゴン・ヴェスタリアの聖なる剣エクスカリバー。王者の剣です。貴方のような馬の骨が持つべき剣ではありません。ましてや我が王の友であるという証拠はどこにあるのか、是非その証拠を――」

『ティターニア殿っ! 落ち着いてくだされ。その方は間違いなくマスターの盟友にして親友、プロフェッサー・タツロー殿ですぞっ!』


 ちっさいから怒ってもプンプンって表情でそっちは迫力を感じないのだが、何やら感情の高ぶりと連動して全身からバチバチ電撃が走っている、そっちは怖い何それ……うーむ、いやはやティターニアとは、シェイクスピアかしら? 俺の知識的にはコンゴトモヨロシクの方だけど。


「ちょっと退いてっ! タツローさん? 本当にタツローさんですか?!」

「ちょっと?!」

「んん?」


 そんなティターニアを押し退けて、物凄いきわっどいV字のレオタードのような服を着た水色の髪の妖精……あれ?


「湖の貴婦人ヴィヴィアンか?」

「っ?! タツローさんですっ! うわぁーん!」

「うおちょっと?」


 ズドンと、いやマジでズドンって音を響かせて胸に飛び込んできた妖精。つか妖精ってこんなパワフルだったっけ? ま、まぁそれは良い。この飛び込んできた妖精はアーサーのナビゲート妖精、ヴィヴィアンの名前からも分かる通り、伝説のアーサー王に聖なる剣エクスカリバーを授ける妖精から名前を貰ったらしい。


「ごめんなぁ、あいつが大変な時に俺がいられなくて」

「それは仕方がないです。でも、タツローさんに会えて嬉しいです」

「うん、俺もうれ――ん?」


 あれ? 妖精って風鈴が鳴るような音が声だったよな。何で俺、普通に妖精と話せているんだ?


「妖精ってしゃべれんの?」

「ふふ、今更ですね。妖精契約の絆が深くなれば、妖精は言葉をしゃべるようになるんですよ?」

「へぇ……ん? 妖精契約?」


 妖精契約とは、妖精が主と認めた相手と契約を交わし、主人に大いなる幸運を授けるというモノであるらしい。これより上にエンゲージという特殊な契約もあり、こっちは主に妖精の繁殖が必要な時の契約――


「繁殖っ?! うぇっ?!」


 いや、え? この小さい体で? いやいや、ちょっと待て、お、落ち着け。でもえ? どうやって?


「妖精の繁殖は人間のそれとは違いますよ?」

「あ、そ、そうだよねぇ、そりゃそうだ、あは、あははははは」


 どうやら契約した相手から、精神力、生命力、もしくは精力などを譲り受け、それと自分の力を合わせると、妖精は増えるらしい。繁殖ってか増殖じゃん、それ。


「そんな事よりも、タツローさん、あの子に見覚えはありませんか?」

「ん? どの子よ」


 妖精の出産事情に少々混乱していると、俺の肩に乗ったヴィヴィアンが、ティターニアの近くを指差す。


「んん? おや? おおっ?! えっ!? マジでっ! サクナちゃんだっ!」

「っ!? ♪~♪~」


 そこにいたのは、桜色の艶やかな長髪に、俺があっちこっちのファッション誌を読みまくって、さらに現実で着物を買って研究し、その当時の全力で製作した着物っぽい洋服を着た、まさに大和撫子な妖精が。間違いない、彼女こそが俺のナビゲーターをしていた妖精ちゃんのサクナだ。


「サクナ、こんなとこにいたのか。俺はてっきりこっちに来てないのかと思ってた」

「♪~♪~」


 サクナは涙を流しながら、すりすりと俺の頬に頭を擦り付ける。ああ、懐かしい。俺が世捨て人みたいな生活をゲームでしてた時も、彼女だけは楽しそうに嬉しそうに、こうやっていつでも俺に親愛の情を向けてくれてたっけ。


「また会えて嬉しいよ」

「♪」


 サクナはコクリと頷くと、俺の頬にちゅっとキスをしてくれた。くすぐったいような気恥ずかしいような、ちょっと酸っぱい感情を持て余していると、俺の全身が淡く輝いた。


「おや?」

「これが妖精契約ですよ。妖精が心から望んだ相手としか結べない、妖精の愛そのものです」

「わーお」


 サクナはニコニコ笑って、ヴィヴィアンとは逆の肩に座って足をプラプラ揺らす。彼女がご機嫌な時の様子は、昔と同じようだ。


「妖精姫、いい加減説明をして欲しいのだけど?」

「あら、妖精女王様、旧友との再会を邪魔するなんて、女王の名が泣きますよ?」

「だまらっしゃいっ! その男が王の剣を持ってる事を、私は納得していないのです! その説明をなさいっ!」

「いやいや王の剣って言っても、これ、このタツローさんがマスターの依頼で作った剣だけど?」

「……へっ?!」

「宇宙キターな世界観で、まさかまさかの実体剣のオーダーで、またその拘りがアレでしたよね?」

「ああ……大変だったよねぇ、マジで色々大変だったよ、うん……」


 俺が遠い目をしていると、サクナがポンポンと俺の頬を優しく叩く。ああ、この感じも懐かしい。


「なんでレーザーブレイドじゃねぇんだよ。実体剣なんて作った事ねぇよ。大体、実体の剣作るような設備からなんで俺が作らなくちゃなんねぇんだよ。俺は刀鍛冶じゃなくてどっちかつうと船大工なんだよ。宇宙船作らせろやゴラ」

「あはははははははっ! 懐かしいなぁっ! マスターもそうやって怒られたよね!」


 ついつい当時の事を思い出して悪態が出てしまう。それぐらい大変だったのだよ。だって、システム的に実体の剣なんて作れる要素なかったもん。これ、船です、宇宙船ですって騙すようにして作ったんだぜ? どんだけ手間暇かかったか、マジであの時はアーサーをボコボコにしたもんなぁ。


「この人は間違いなくアーサー・ペンドラゴン、妖精狂いのアーサーと呼ばれていた男の親友だよ。ティターニアも聞いたでしょ? マスターの死に際の、タツローに会いたかったって言葉」

「……あっ」

「……あいつ、最期にそんな事言ったの?」

「うん、だってマスター。タツローさんが大好きでしたもん」

「……そっか……ぐすっ……そっかぁ……俺も会いたかったよ、生きてる内にさ」


 やめて、また泣けてくるから。でもそっか、あいつにそんなに懐かれてたんだ。結構邪険に扱ってると思ってたんだけど。あーもーきっついなぁ、ちくしょー寂しいなぁ。


 熱くなる目頭を押さえ、屈託無く無邪気に耽美なイケてる面で、子供みたいにでっかい口を開けて笑う幻想の親友の姿に想いを馳せ、俺は残された剣の柄を確かめるように握る。そこにかつての友の温もりが残っているかもしれない、そんな淡い願いを込めながら。

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